「……雇われたは良いが、意外と暇なものだね」
「また随分と贅沢な愚痴ですね……」
リョウメンスクナの封じられた巨石のある湖。そこを見下ろすことのできる宙空に椅子やら机やらを浮かべて造られた、カフェの一角だけを切り取ってそこに持ってきたような不思議な空間。
そこでコーヒーを飲んでいます。そういやこういう場では昔からコーヒーが多いんですよ。私の好みじゃないんですけど……いや、嫌いじゃありませんけどね?
まぁ暇と言ってもしょうがないと言えばしょうがないんですけどね。なんだかんだ言って関西の術者は優秀です。
それに近畿圏というのは関東呪術協会ができるまでは魔法使いとの最前線ということもあって実戦になれてますし、大戦をくぐり抜けた者達もいます。心構えが他とは違いますよ。
特にこの京都は精鋭が多い。大戦の経験者が多いというのもありますが、京都の術者達は木乃芽さんが鍛え、時に鶴子さんや私にしばかれてきた術者達。
今は鶴子さん配下の特殊部隊木乃根あたりがその筆頭になりますか。懐かしいですねぇ……
ああ、懐かしいと言えば――
「しかし、あなたと会うのは久しぶり……いえ、初めてとなるのでしょうが、もう少しその姿はどうにかならなかったんですか?」
「何か問題が?」
「いや、問題はありませんが……」
完全なる世界の大幹部にして造物主の使徒、フェイト・アーウェルンクス。
いや、問題はありませんよ? 問題はありませんけど、いくら何でも、見た目が……
「どうしてそんなに小さいんです?」
「ネギ・スプリングフィールドと合わせてみたんだけど……変かな?」
「いや、変じゃないですけど……」
変ではないですよ? ただ違和感は凄まじいものがあるんですよ。私の知ってるアーウェルンクスと言えば、こう……何考えてるかわからないようなニヒルっぽい笑みを浮かべた青年って感じだったんで、やっぱり……ねぇ?
「……」
おや、なんだかフェイトの後ろに立つ……暦ちゃんとか言いましたか。彼女が親の敵でも見るような目でこちらを見てます。なんでか昔から結構よく睨まれるんですよね。何ででしょうか。
「フェイト。何故かあなたの後ろのお嬢さんが私のことをずっと睨んでいるんですが……」
「……? 暦、どうかしたのかい?」
「あ、いえ……その……随分親しげに話されるな、と思って……」
「ああ、なるほど。そういうことですか」
そういやこの子の年から考えて、私のことなんか知るわけがありませんね。千草ちゃんの話だとフェイトのことが好きらしいですし……見ず知らずの男が自分の大好きなフェイトと親しいのは許せない、というか何様?といった感じなんですかね?
完全なる世界に所属しているんですし、一応敬語を使っていることからも私が関西の最高幹部としてどういう立場にあるかわかっているようですが……まーあ恋する乙女ですからね、ええ、しょうがないでしょう。
「フェイト。あなた、私のことを話していませんよね? そちらのお嬢さんに私のことを大雑把でいいので教えてあげてくれませんか? そうすればいろいろ解決すると思うので」
自分から語ったりはしませんよ? それはそれで楽しいかもしれませんが、今回はお嬢さんの観察に終始するとしましょう。今回私は何事も“基本的”には動かないのです。
「……暦、彼は今は暗辺セイと名乗っているけど、昔はクロト・セイと名乗って大戦中傭兵として活動していたんだ。聞いたことくらいあるだろう? 鮮血事件の主犯で召喚大師の異名を持つ歴代最高額賞金首。それが彼だよ」
「……え?」
「こんなところでいいかい?」
「ん、もう少し喋ってもいいですよ」
「そうかい? ならもう少し続けようか……彼は一時期は僕たち完全なる世界にも所属していてね。雇われの傭兵としてだったけれど、僕やデュナミスと同じ大幹部格だったんだ。そういう意味では数少ない生き残りと言ってもいいのかな? ああ、あとそうだ。昔セイとデュナミスが一度だけ本気でやり合ってね。墓守人の宮殿の外縁部が結構な規模で崩壊したっけ」
「ああ、そんなこともありましたね……」
あれはデュナミスが悪い。私は悪くない。今でもそう思ってます。しかしフェイトの口ぶりから察するに奴も元気なようです。
……さて、お嬢さんはどんな表情をしているか……おお、面白いようにお嬢さんの顔から血の気が引いていきます。何かとんでもないような物でも見るような目でこっち見てますね。
ええ、ええ。この目はよーく知ってますよ。自分とは違う物、人の世から、人の範疇から外れた、排除されるべき“化け物”を見る目です。
ふっふ、完全なる世界も代替わりしたということですかね? 私程度でそんな反応をしているようではまだまだです。エヴァ辺りなら逆に『面白い……クハハハハ!!』とか言って爆笑するでしょうに。
「あ、あわわわ」
「ああ、はいはい、怒ったりはしませんから」
でもまあ、それが“普通”なんでしょうね。ですが、古巣の人間にそんな目で見られるとは……寂しいような、悲しいような。
「ところで……」
「おっと、はいはいなんでしょう」
「君も、本当に動いていないようだけど良いのかい?」
「別に良いんですよ。そう伝えてありますから」
「……わからない。麻帆良の魔法使いのこともあるし……それに、君が動けば、それでかたがつくだろう?」
まぁ、フェイトの言うこともわからないではないですが。
「時間はかかるでしょうが、問題はないでしょう。みんな上手くやってるようですし」
今のところ大きな問題はおきてません。“あの”詠春がいまだ突貫してこないところを見るに刀久里さんも上手くやったんでしょう。さっきも遠くの方で爆発のような光が見えましたし、今のところは誰もこないところを見ると他も頑張っているようです。
それと、現在制圧完了の報告が来ているのは四国地方西側と中国地方南東側、あと同じく中国地方西側。あともだいたい優勢のようです。北九州方面は若干手こずっているようですが、制圧が済んだところから人が行くはずですから問題ないでしょう。
魔法使いに対する備えも済んでいます。今の所主に中部地方を軸にして関東呪術境界に所属する組織が当該地域の警戒に当たっています。転移や箒なんかで西を目指そう者なら迎撃しますよ。
……私は命令してませんよ? 注意を促しただけです。ウチの人たち魔法使い嫌いですし、人の縄張りに無断で侵入するやからはとっちめるのが普通です。ねぇ?
それに加えて、今回は通常ルートでの侵入も無理です。電車では新幹線でも間に合いませんし、高速道路などは千草ちゃんがどうやったのか複数の県にまたがって警察による大臨時検問を敷いて封鎖してますから。ほんとどうやったんでしょうね。私は鶴子さんに頼んで木乃根を動かしたと見ています。
「ま、それになにより今夜は――」
「――今夜は、何だ?」
夜空に漂うこの場において、さらに上から声がかかる。見上げれば、夜空をバックに、広がる金色。
「おっと、これはこれは……また珍しいお客様ですね?」
「ふふん、随分と賑やかなようだからな。こんな夜にじっとしているなど考えられん。楽しそうな話もしているようだしな?」
マントを翼のように拡げ、大人びた肢体を見せつけるように腰に手を当てていた。それから机の上に数本の日本酒の瓶と幾つかの杯を置き、どこから持ってきたのか茶々丸が持っていた椅子に座る。
しかし……エヴァ、どうやってここまで来たんですかね? 本山の結界はまだ機能しているはずなんですが。
「君は……」
「うん? 貴様は……」
む、フェイトとエヴァがちょっと気まずい空気になってます。というかこの状況、政治的にはヤバイとかいうレベルでは収まらないんですけど。なんとかしないと。
「フェイト、彼女はエヴァと言います。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、闇の福音と言えば有名ですしわかりますよね。で、エヴァ、こっちはフェイト。フェイト・アーウェルンクス。私の知り合いで、悪の組織の大幹部です」
……ひとまずの危機はさったようです。どちらも互いに相手の様子を窺っている、という感じですね。さて、なるべく危なくないほうへ流れを持って行かねば。
「それで、また何をしにきたんです。別に酒を飲むだけなら余所でもできるでしょう?」
エヴァの持ってきた酒。その蓋を開けて杯に勝手に酒を注ぐ。それにエヴァは慌てた様子で私から瓶をひったくりました。
「ええい、人の酒を勝手に飲むな! しかもその杯は私のお気に入りのやつだぞ!」
そうなんですか。
「じゃあ、はい。代わりにこっち借りますよ」
「あ、うん……って違う!」
よし、上手い流れに乗せられました。流石私。
「何が違うんですか? それより私の質問に答えてくださいよ」
「……ええい貴様という奴は……! まあいい。月見酒だよ。今宵は良い月だ。それに、賑やかなようだから肴にもこまらんかと思ってな。それで闘争のきな臭い“臭い”のする方へ来て見ればお前がいたというわけだ」
「なるほど」
杯の酒を一息に飲み干す。酒がするりと喉を通り、ほどよい甘みと香りを残す。……いい酒ですね。こっちも開けてみましょうか。
「ああっ! 貴様っ、次々開けようとする奴があるか! まずはこっちを呑み切れこっちを馬鹿者がっ! それより、私のことにも答えてもらうぞ。今夜は――なんだ? ええ?」
うわ、悪い笑み。答えづらいことだと思ってますね、これは。微妙にフェイトも興味があるみたいですし。
「たいしたことではないですよ?」
「いいから、答えろ」
「今夜は、ですね……」
酒の入った朱塗りの杯。それを掲げて、月を映す。
「今夜は、私の娘の晴れ舞台なんですよ」
「……なんというか、お前らしいな」
「そうだね、君らしい」
私らしいってなんですか。……あ、そろそろですね。
「……さて、いよいよ始まりますか」
私の言葉に、フェイトとエヴァ、それに茶々丸さんと暦ちゃんも下の湖を眺めます。
淡い光を帯び始めた巨石。リョウメンスクナ復活の儀式の始まりです。
「……ん、おお。あれは刹那、か?」
エヴァの見る方向。そちらには確かに巨石に向かう一筋の白い流星が。またえらく速いですね……
「行かんのか?」
「行きませんよ。言ったでしょう、これはあの子の舞台です」
これは、あの子の舞台。あの子のための舞台なんです。なら、いくら困難があっても親が直接手を出すのは無粋というものでしょう?
もし仮に失敗しそうになっても、最後まで見届けます。それが私にできる、私なりの応援ですから。
本日はここら辺で打ち止めです。
ご意見ご感想誤字脱字の指摘批評などよろしくお願いします。