魔法使いに限らず、術者に分類される者達は基本的に皆後衛である。
無防備になる詠唱中の隙、詠唱完了から術の発動までのタイムラグ、前衛、特に剣士などと比べると明らかに劣る機動力などなど、近接戦闘に向かないからだ。
これらの弱点を克服するため、術者は一般的に近接戦闘に特化した前衛をつける。
西洋魔術師なら従者を、変わり種では使い魔や人形(ゴーレム)といったものもあり、日本の陰陽師なら強力な式神、あるいは神鳴流を護衛につけたりもする。
しかし、これは絶対の法則ではない。強者であればある程この法則にあてはまらなくなっていく。
たとえばセイであるならば、術者でありながら近距離からノータイムで大魔法級の威力の術を発動することができる。銃を使うこともあるし、素手に限れば神鳴流も充分以上に扱える。
エヴァンジェリンの場合でも同様で、断罪ノ剣という攻撃手段の他に合気鉄扇術などを会得しており、遠近共に攻守に隙がない。
本当の強者とは、力を持ってもそれにおごらずさらなる高みをめざす者のことだ。
その研鑽が長きにわたればわたる程、その技術はより高められていく。百に満たない短い時を生きる人でさえ、時には神殺しにも手をかけうる。それが遙かな時を生きうるセイやエヴァンジェリンであるならば、もはや隙などどこにもありはしない。強いて言うなら慢心が生む油断だけがそうだと言えるだろう。
とは言え。やはり全ての者達が彼らのような最強の座に至れるわけではない。
それでも人は修練を積む。戦う理由があるのなら、武器を手に取り、ほんの少しでもより高みを目指して。
だが、どんなに努力を積み重ねても、どうしても及ばない時がある。
力及ばず、守れないこと、届かないことがある。
だからこそ、人は手を取り合って戦う。足りないところを互いに補いあって生きていく。
だからこそ、人は強い。時に一人では及ばない相手にも並びうる。
だからこそ。夜の闇が薄くなり、古い時代の臭いがだんだんと消えて行っても、彼らは誰かと共に戦場(いくさば)に立つ。
たとえそれが、人と魔性が生きる場を互いに求めて戦う戦場でなく、人と人とが相争う戦場だとしても。
そして――少女達もまた、戦場という舞台に上がる。
幼いながらも、年齢に不釣り合いな覚悟をその身に宿して。
「――ええ夜ですなぁ、先輩もそう思いません?」
「……そうだな。お嬢様がいれば最高だろう。……どこだ」
「この先の湖、リョウメンスクナの祭壇に。ですが、ここを通すつもりは毛頭ありません」
森の中で、少女三人が対峙していた。
より正確には、一人と二人が。
刹那と、一葉と、月詠と。
刹那は麻帆良の制服を、一葉と月詠はフリルの着いた服を。一葉が黒、月詠が白のゴシック調のドレス。月詠はそれに加えて花の髪飾りもつけている。
辺りは足首の上までが水につかる程度の水場。森の中でもこの一体は開けており、戦場にするには周囲への被害もすくなく申し分の無い場所だ。
しかし、刹那からすれば戦うつもりなどなかった。この水場はリョウメンスクナの封印がある湖までの最短距離のルート上に位置し、視界が良く突っ切ることは難しく、戦闘は避けられない。
だが、“戦わない”。
あくまで刹那の目的は木乃香の安全、つまりは身柄の奪還であり、それは刹那の中で何よりも優先される。
「押し通るぞ……!」
だから、戦うことなくただ“斬り”抜ける。
刹那は、野太刀・夕凪を抜き、駆ける。
刹那からすれば一葉、月詠共にシネマ村で一度は退けた相手。勝てないとは思わない。だが、それをすれば時間を食う。
だから、道を“斬り”開く。それだけでいい。
ためらいなく刀を振るう。
前衛の月詠と後衛の一葉の内、狙うのはより近い月詠。月詠も腰に吊した二本の小太刀……新しい二刀を抜き放つが、気にする程の物では無いと判断する。
シネマ村では気で強化した状態でも小太刀を二本まとめてへし折れたので、今度もまたそれを狙う。刀を斬るという経験は無かったが、あの一件でコツはつかめた。
特に難しい動作は行わない。最初だけは下段から途中まで切り上げてからの横への振り抜く……ように見せ、実際は単に上段から振り下ろすという簡単なフェイント。
ただし、上段へと切り替えは自分のトップスピードで行い、可能な限り速く、鋭く、重くなるよう意識して思いっきり行う。
普通、力みすぎるのはよくないとされ神鳴流でも同様だ。しかし、この時だけはこれで良いのだ。わざと力み、一瞬だけ気を周囲にも発して、相手の気を呑んで押し“斬る”。
自分よりもずっと格上の人間を相手にすると相手が大きく見えるということがあるが、ようはそれを利用する。剣士に限らず近接戦闘ではコンマ一秒が、あるいはもっと短い刹那の一瞬が生死を分けることもある。
一度成功したことがあるのだから、それだけあれば十分だ。
刹那の斬撃はねらい通り吸い込まれるように小太刀二刀の根本に向かい――
耳障り金属音とともに、交差した二刀にしっかりと受け止められた。
「……なっ」
「甘いですえ~?」
「ぐっ!」
自分が描いていた予想と異なる結果は、逆に刹那に数瞬の思考の空白を生んだ。おかげで小太刀をへし折るどころか逆に腹を蹴り抜かれ、数メートルはじき飛ばされることになった。
「ウチも今度はちゃんと準備したんですえー? 昔の神鳴流の中にもおんなじように小太刀二刀の使い手がおったみたいでー、これはその人の愛刀やったそうどす~。二刀一対の初春(はつはる)と初空(はつぞら)。神鳴流は武器を選ばずてほんまどすな~」
小太刀を顔の前に持ってきて見せつけるようにして語る月詠。
「それでも……押し通ると言った!」
夕凪を構え直し、再び刹那は突貫する。
一撃、二撃と剣を交え、攻め立てるが月詠まで刃が届かない。シネマ村でもそうだったが、やはり二刀というのは手数がある分やりづらい。
小太刀というのも問題だ。刃の短さ、軽さが手数が多くし素早い動きを可能とする。リーチはこちらに分があるが、それは勝負を決める決定打にはならない。そんな中で、刹那はわずかな違和感を覚えた。
自分が攻め立てて、それを月詠が時に受け止め、時に流す。
一刀で防いで、もう一刀でこちらを狙う。今度はこちらが夕凪を引き戻してそれを防がねばならず、手数で劣る分攻めきれない。
しかも月詠には隙がない。月詠の性格上、足止め、時間稼ぎが目的でも積極的に斬り込んでくるとみていたのだが、今の月詠はそれをしない。
あくまで牽制程度の攻めで、防御に徹しているような。
「……本当に、月詠か?」
「え~、ウチはウチですよ~?」
鍔迫り合いの中で、ぽつりとこぼした言葉に月詠が普通に答えるが、それすらも違和感でしかない。
剣鬼にまでなってみせると言った月詠が自分から攻撃してこないという、もはや違和感を通り越して気持ち悪さしか感じないという状況。ずるずると時間を浪費していく状況に焦燥だけがつのるが、自分一人では状況を打開できない。
少し前に連絡がついたネギと明日菜はまだこないし、違和感の正体を突き止めるにしても、月詠の瞳にも狂気などなくいたって冷静な光をたたえているだけで……
……冷静?
「……っ!!」
自分の脳裏に浮かんだ事実に、それを振り払うかのように一度大きく夕凪を横に振り抜いた。
流石にこれは受けるとまずいと判断したのか、月詠はその勢いを利用して自分から後ろに飛んで勢いを殺す。
結果的に間が空くことになったのだが、一度攻め手を休めてよく観察する。
気の巡り、構え方、そして、自分を見る目……どれもこれもが自然体。力むこともなく適度な脱力を維持し、月詠のどこからも戦闘に酔っているような狂気が“感じられない”。
あの、月詠から。
「あらー? 先輩、どないしはったん? まあ攻めてこうへんのやったら別にかまいませんけど、間に合わんようになってまうかもしれなせんえ~?」
まただ、また攻めてこない。
おそらく、月詠は……いや、先ほどから遠巻きにこちらを見ている一葉もたぶんそうだ。この二人は――
「……攻める必要がないから、攻めない。戦闘が止まればそれだけ時間を稼げるから、自分達からはしかけない……?」
ここでやっと刹那は確信した。今の月詠は自分がシネマ村であった月詠とはまるで違う存在だと。斬り合いを楽しむのではなく、ただ一人の剣士として己を殺し、忠実に誰かの命に従っているのだと。
そして、同時に理解した。自分は、一度は勝ったという事実から月詠を侮り、実力を見誤っていたのだと。
これでは、まるで。
「私より、お前の方が剣士らしいな……」
「褒めてくれるんですか~? んー、そやったら剣士よりも刀て言うてもらえる方が嬉しいですわ~」
「刀、か……」
無様だ、と思う。
頭に血が上り、未熟な身であるにもかかわらず驕ったあげく、たった一人に足止めされているのだから。
どうしてこう自分はいつまでたっても未熟なのだろう? 欲を出さずに最初から確実に対処するか、それか禁を破って■んでいけば良かったのに、それをしなかった結果がこれだ。
先は長い。まだ守るべき木乃香の姿も見えず、先には最強の名を冠する者達が立ちふさがっている。
なのに自分は我が身可愛さで出し惜しみをした。そんな実力も無いくせに。お嬢様の為に、このちゃんの為にこの身はあると決めていたのに。
なら、もう出し惜しみはやめにしよう。
自分の、今の全力を振るおう。
今からでは一葉に対抗措置もとられているだろうから離脱はできないだろうが、有利には戦えるはずだ。
今は後のことを考えず、今のことだけを、このちゃんのことだけを考えよう。
……終わった後で、化け物は化け物らしく闇に消えていけばいい。
そう決めて、刹那は己の中の厳重な封を、自らが忌み嫌う力の封を解いた。