麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第七十七話 和をもって

 

 

 京都に端を発し、西日本全域へと広がった関西呪術協会の内紛。

 

 反対派も融和派も、長を含めた全最高幹部会のメンバーがそれぞれの戦場で命を削る中、最高幹部の中でただ一人、関西にいない者がいた。

 

 関西呪術協会融和反対派最高幹部、滋賀管轄水無原冬雅その人である。

 

 冬雅は刀久里とは逆で最高幹部会の中で最も若く、まだ二十三と関東の幹部瀬乃宮桃と同い年なのだ。

 

 しかし彼もまた反対派の最高幹部であり、それ相応の実力と理由を持っている。

 

 刀久里が息子夫婦と孫夫婦を、千草が父を亡くしたように、彼は祖父と父を大戦で失った。

 

 水無原の歴史は実は関西の中でも古く、祖は近江大津宮の遷都に裏の面で関わった術者であり歴史の長さでいうならば近衛、刀久里になどにもひけをとらない。

 

 しかし、もとから戦闘向けの家系では無かった上、長い歴史の中で血は混ざり薄まり、その結果として父と祖父は帰ることができなかった。

 

 しかし、残された冬雅の母はそのまま泣き寝入りなどしなかった。彼女自身は戦闘能力はほぼ皆無の水無原家に残されていた文献を徹底的に洗い直して失われた知識を掘り起こし、唯一家に残された男子である幼き日の冬雅に可能な限りの英才教育を施した。

 

 彼に力を与えるために。

 

 いつか力でもって、理不尽に抗えるように。

 

 そんな彼が闘争から一時とはいえ身を引き、どこで何をしているのか?

 

 彼は彼の仕事があったのだ。必ず誰かがやる必要があるが、かなりの危険をはらんだ役目。それを、彼は請け負った。

 

 式紙で済ませようと思えばそれでもできた。部下や他の最高幹部でも良かった。それでも、彼は自ら出向くことにしたのだ。皆が戦う中で向いている向いていないなど関係なく、自分一人が安全な後方にいることなどできなかったから。

 

 だから、彼はその役を自ら進んでかってでた。

 

 自らの足で、彼の地にいくことを選んだのだ。

 

 

 

「――初めまして、魔法使いの皆様方」

 

 

 

「……この“麻帆良”に単身乗り込んでくるとは、良い度胸じゃ、若造。」

 

 

 

 極東・日本の魔法使いの首魁にして妖怪やぬらりひょんの異名を持つ極東最強とも言われる大魔法使い、近衛近右衛門を筆頭に、百をゆうに超える魔法使いが常駐する日本最大の魔法使いの拠点、麻帆良学園へと。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 近右衛門を先頭とする、百人からの魔法使い達。それに、冬雅は一人相対する。場所は事前にセイに訊いていたとおり世界樹前広場。やはりここが彼ら魔法使いの集合場所らしい。

 

 冬雅の役目は、ほぼ間違いなくこの内乱に、自分達の未来の為の戦に直接的な力で干渉して来るであろう近衛近右衛門、ひいては魔法使い勢力の牽制である。

 

 今回の中心、まとめ役の千草からは適当なところで撤退して良いと言われてはいたが、冬雅なるべく長く時間を稼ぐつもりでいた。

 

 その為に、冬雅は単身この麻帆良に乗り込んだのだ。敵の懐、多勢に無勢な状況に自分から飛び込んだ。

 

 

「戯れ言に耳を貸す気は無い。今なら見逃してやろう。疾く去ね、若造」

 

「まぁそう言わず。自己紹介でもいたしましょう。自分、関西呪術協会最高幹部会は融和反対派最高幹部、滋賀管轄水無原冬雅と申します。麻帆良学園長にして関東魔法協会の長でもあらせられる近衛近右衛門殿におかれましては……」

 

 

 冬雅のいやみったらしいまでに長い挨拶。これも時間を稼ぐためのものであるのだが、それが終わらぬうちに魔法使い達の一部が動いた。

 

 放たれたのは、無詠唱での捕縛魔法。一度に複数の魔法が迫り、水無原は抵抗する素振りも見せずそれに捕まる。あっという間に二重三重の捕縛魔法にがんじがらめにされてしまった。

 

 

「ほ、関西の最高幹部も落ちたものじゃ。この程度の魔法に抵抗すらできずに捕縛されるとはのう」

 

 

 魔法使い達から見て階段の下にいる水無原を、あからさまに見下したような口調で近右衛門はそう言った。

 

 確かに、近右衛門のような実力者からすれば中距離からの捕縛魔法に反応できないようでは二流もいいところだ。しかもそれが最高幹部を名乗っているのだからなおのこと。

 

 

 ――ただし、それは“本当に”彼が捕まっていたならの話。

 

 

「おや酷い。まだ挨拶も済んでいないというのに」

 

「ぬ……」

 

 

 冬雅の周りの捕縛魔法が、何の前触れもなく空気に溶けるように、見る物によってはほどけるように消えて行った。それを見て近右衛門は片眉をひょいと少し上げた程度だが、周りの魔法使い達はあからさまに動揺を見せる。

 

 

「なっ、馬鹿な、魔法が解除された!?」

 

「そんな……完全に発動していた魔法をああも簡単にレジストするなんて、そんな馬鹿な事が!」

 

 

 その様子に、冬雅は一人ほくそ笑む。

 

 水無原は刀久里や天ヶ崎のような戦闘向きの一族ではない。しかし、混ざり薄まり、それでもなお長く続いた一族の技術。

 

 それは、“環”でもって“和”を成すこと。濃い物を薄く、緩やかに、そこに在る物を無くす術。

 

“環”と言うのは円と力の循環を表し、多くの術の方式で用いられる非常に重要なファクターの一つである。

 

“玄凪”でも特に重要視されており、結界術にもよく使われていた。

 

 他にも“環”の概念を用いる家や流派は多いが、水無原はその中でも特に珍しい術式体系を持つと言って良いだろう。

 

 その始まりは何かを生み出すのではなく、其処にある強い念や怨、呪を薄く拡げ、環、ここでは力の流れに流し、最終的には完全に流れに取り込ませることで、和、つまりは元の何も無い状態に戻す術。平穏を取り戻し、異常を日常に回帰させる術であるのだ。

 

 水無原の始祖は近江大津宮の造営に辺り、一つの術式を編み出した。

 

 それが、環を利用した術式。都に蓄積される人の怨、自然発生する念、誰かが誰かを傷つけるための呪。それら全てをゆるやかに循環する霊脈の環に取り込み、少しずつ消し去ることで常に清浄な状態を維持し、都の平和を保つ。

 

 結果としていくつかの要因からその術式は失敗し都がどうなったかも歴史の記す通りだ。

 

 しかし、それでも術式の骨組みはできあがり、最終的には外からの攻撃術式をある程度緩和して陣地の保護をしたり、個人レベルの小さな霊力の環を造り捕縛や魅了、呪いなどの継続するタイプの術を無効化したりすることができるようになるまで発展させていった。

 

 これを応用すれば霊力のチャージなどをして威力をあげるなど、攻撃にも転用できなくもない。

 

 そして、そのほぼ全てを冬雅は身に付けた。だからこそ、水無原が再び冬雅の代で最高幹部に返り咲くことができたのだ。

 

 

「ま、良いでしょう。私も大魔法で消し飛ばされたりするのはごめんこうむりたいので用件だけ言って帰ることにしましょう」

 

 

 できればもう少し時間を稼ぎたかったが、今の近右衛門は予想よりも数段本気だ。自分一人では分が悪い。逃げるにしてもタイミングがある。いざというときの為の“仕込み”はあるが、自分で仕込んだものではないのでできれば使いたくはない。

 

 とにかく、冬雅は懐から一通の書状を取り出す。それは、近右衛門が詠春にあてた親書の写し。

 

 

「――現在関西呪術協会は内紛中であり、現状各支部の最高意志決定権は当該地を管轄する最高幹部に移っております。故に私は滋賀管轄の最高幹部として、また、近畿圏内を管轄する他数名の最高幹部による幹部会の過半数から信任を受けた代理として……」

 

 

 ――さあ言ってやろう。自分は、そのために来たのだ。

 

 

「関東魔法協会と関西呪術協会の和平。これを、この場でもって正式に拒否することをお伝えします」

 

 

 拒絶の言葉と共に、舞い散るは紙吹雪。

 

 冬雅の手によって縦に裂かれた書状の写しが、夜風に乗って舞い上がる。

 

 それは、言葉以上に明確な意思表示。

 

 

「もし、あなたがたが我々に干渉するというのならそれ相応の覚悟をしていただきたい。

我々は動き出した。もう躊躇わない。遮るしがらみもありはしない。降りかかる火の粉は振り払うだけでなく、火元から消してみせましょう」

 

 

 冬雅の周りに現れる三つの光の環。それらは一つ一つが魔法を吸収し拡散する盾であり、同時に高密度の霊力流、鉄板をもたやすく斬り裂く刃でもある。

 

 目の前で書状を破り捨てたのも、環を見せたのも一つの演技。ここで自分だけでなく、関西の、魔法使いでない術者を印象づけておけば、今後有利に事を運べる。

 

 

「……ふむ」

 

 

 しかし、この場には冬雅以上にそういったことに精通した人物がいる。麻帆良の長、近衛近右衛門である。

 

 老境に達するまで、否、達してなお闇の中で絶えず蠢動し続ける妖怪以上に妖怪じみた魔法使い。十五年前の事など、他の者であったならば間違いなく本国に召還され責任をとらされていたはずだ。にもかかわらず、そういったことを手練手管でもみ消し、今なおその地位を維持する老獪な古狸。

 

 それが近右衛門なのだ。当然、この程度のことではすぐに切り返してくる。

 

 

「……今の京都にはウチの生徒達が修学旅行に行っておってのう。内紛などと物騒なようじゃし、安全が確保できているのかどうかわかったものではない。よって関西にこちらの人員を派遣することを要請する」

 

「拒否します。旅館の位置は嵐山。同じ市内とはいえ本山からは距離がありますし、近隣

には裏に関係していたり戦闘が起こるような重要度の高い施設は存在しません」

 

「戦闘において絶対はなかろう? 流れ矢でも飛んだらどうするつもりじゃ?」

 

「安全面でご不満な点があるなら旅館の周りに結界でも敷きましょうか? なんなら旅館の周辺では一切の戦闘行為を行わないと誓約してもいいでしょう。……“流れ矢”など、それこそ魔法使いでもあるまいし」

 

「魔法使いでもあるまいし、か。信用できんのぉ……」

 

 

 二人の間で舌鋒がかわされ、火花が散る。高畑、エヴァと言った近右衛門に比肩するレベルの使い手を欠いた周りの面々はその間に入ることも出来ず、ただ息を呑み行く末を見守っている。

 

 

「木乃香の件もある。お主らは木乃香を利用するつもりじゃろう。可愛い孫娘をそんな所に置いておくわけにはいかん」

 

「勘違いも大概にしていただきたい。お嬢様の親権はあなたでなく近衛詠春にあります。それに、お嬢様は既にこちらで“保護”しています。それに、利用していたのはあなたの方でしょう」

 

「なんのことかの?」

 

「図書館島の一件、忘れたとは……」

 

「おお! あの件なら“間違った”情報が伝わってしまったようじゃのう。あれは単なる合宿じゃよ。試験のな」

 

「誰の為の試験でしょうね?」

 

「無論、“子どもたち”の試験に決まっておろう?」

 

 

 周りの魔法使い達は、その時確かに空気が軋む音を聞いた。

 

 

「……そろそろ茶番はやめにしようかのう」

 

「そうですね。そろそろ限界でしょう」

 

 

 その音は、崩壊の先触れ。

 

 

「既にネギ君から報告が来とる。本山にウチの生徒がおるそうではないか。しかもその無事が確認できておらんとか。ならやはり人は送らせてもらわんとのお」

 

「当然拒否しますが?」

 

「じゃろうなぁ。お主一人でも、儂を足止めするくらいは出来そうじゃしのう。先ほど若造と呼んだことは訂正しよう」

 

「それはどうも」

 

「しかし、じゃ」

 

 

 近右衛門の表情に変化は無い。言葉の続きを待つ。

 

 だが、気づいた。

 

 眉の下に隠れて見えづらい近右衛門の目が、こちらを見ていないことに。

 

 

「お主と同程度の者がもう一人おったなら、どうなるかの?」

 

 

 言葉と同時、背後に感じた人の気配。刹那の間に首を回してそちらを見ると、武器を腰だめに構えた全身鎧甲冑が滑るような動きでこちらに突っ込んできていた。

 

 手に持つのは、ニメートルを超えるトゥハンド・ソード。

 

 冬雅の術式は魔法などの術式に対しては大体の物に対応できるが、反面、霊力流に取り込み拡散させるという性質上物理攻撃とは相性が非常に悪い。

 

“環”は鉄などたやすく斬り裂くが、一流の戦士は武器に気を流すなどして強化してくる。まして、今の状況は背後からの強襲。分が悪い。

 

 しかし、冬雅はそんな物には見ていない。

 

 自分の命を刈り取りうる鋼の刃など意識の外。

 

 彼の視界に映るのは、多少の改造が為されている物の、基本形を維持した鎧甲冑。

 

 それは、おそらくはMMの重装兵団所属の正規兵の物。兜の中央に角が付けられていることから、隊長格なのだろう。

 

 

「連合の重装騎士!?」

 

「いかにもっ!」

 

 

 言葉と共に、剣が振るわれた。

 

 そしてその刃は――

 

 

 

「……ご協力感謝します。“志津真”殿」

 

「何、これも主の命だ」

 

 

 志津真の短槍によって、受け止められていた。

 

 そして冬雅を挟んで反対側、近右衛門の方には両手で短機関銃銃を構えた空里が魔法使い全体を威圧するように佇んでいた。

 

 自分の剣が受け止められたことを理解した鎧は即座にバックステップで距離を取り、志津真もそれを追撃したりはしない。

 

 魔法先生達はこの状況に理解が追いつかず、全てを知る近右衛門だけが苦々しげな表情をしていた。

 

 

「これはこれは……お主は関東呪術協会の所属じゃと思っておったんじゃがのう。木乃香の護衛として来とったお主らがこの状況に手を出すとは」

 

 

 それは、言外に関東魔法協会と関西呪術協会の問題だから部外者は手を出すな。ということだ。

 

 不意打ちを仕掛けておいて良く言う、と言いたいのを胸で押しとどめつつ、命の危機を間一髪救われた冬雅は不適に笑う。

 

 近右衛門は忘れていたのだから。十五年前の三会会談での一幕。その時、反対派は何と言っていたか。

 

 

「先程の言葉を繰り返すようですが……忘れていませんか? 十五年前、鶴子さんが言ったはずですよ。反対派七席はセイさんにつくと。故に我々反対派は関東の長でありながら関西特別顧問を兼任する暗辺殿と同じく、関西最高幹部でありながら、関東の幹部と同程度の権限を有している……十五年前のあの日から」

 

 

 冬雅が会話を切るのと同時、世界樹広場付近が突如真っ暗になり、風が吹き荒れた。

 

 突然の自体に慌てるが、すぐにまた月と星に照らされた前と同じ明るさに戻った。

 

 しかし、その場に冬雅と志津真の姿はない。

 

 

「くっ、しまった!」

 

 

 鎧甲冑、本国からの増員部隊の指揮官が空を見上げている。その先には、度々麻帆良近隣で確認されていた双胴飛行船……ただし胴体から尾翼の先まで真っ黒に塗られたそれが、戦闘機もかくやという高速で高度を上げつつ離脱、なおかつ夜の闇に紛れるように姿を消していく所だった。

 

 

『ああ、そうそう。大事なことを言い忘れていました』

 

 

 声の出所は、鎧甲冑の足下付近。慌てて飛び退くと、其処には黒塗りに白で文字が書かれた符が一枚。

 

 

『どうしてもと言うのならば力尽くで来ればよろしいかと。ただしもちろん可能な限り排除させていただきます。無論、“たかが”一幹部の私では動員できる関東の人員の数も限られますが……それ相応の犠牲は覚悟していただきましょう。それでは良い夜を』

 

 

 

 そして、役目を果たした符は風にのって塵となった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

『高度一万三千到達、巡航体制に移行します』

 

 

 関東呪術協会所属の双胴飛行船の格納庫で、艦内放送を聞いた冬雅は壁に背中をついてずるずると床に座り込んだ。

 

 関東の人員云々の話は、単なるブラフだ。

 

 確かに、関西の反対派は関東でも幹部としての地位は持っている。迎撃の用意もさせている。しかし、冬雅が動かせる人員というのはあくまで自分が管轄する関西呪術協会滋賀支部所属の人員だけだ。

 

 関東の人員というのは基本的にそれぞれの幹部の直轄であり、指揮系統も独立している。

 

 たとえば空里の率いる神里忍軍……表で言うところの神里総合警備もあくまで空里の部下であり、セイなど一部例外を除いて空里以外の幹部の命令を聞く必要はない。

 

 今乗っている飛行船も冬雅が用意したのではなく、今回の内乱の今後を見越して麻帆良から撤収するさよ達に便乗させてもらったにすぎない。

 

 まさか、近右衛門があらかじめ不意打ちの為に人員を用意しておくとは思わなかった。あの時、前もっていざというときの援護を頼んでおかなければ、やられていたかもしれない。

 

 やはり世界は広い。少し魔法使いを甘く見ていたと言うことか。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 しかし、これでとりあえず役目の半分は果たせた。

 

 自分もこれから関西に向かう手はずであり、まだ仕事は残っている。

 

 向かうは京都の本山。関東本部まで同乗し、そこからは別の足に乗り換えになる。

 

 京都は今どうなっているのか。

 

 冬雅は、格納庫を照らす灯りを見ていた。千草や刀久里、仲間の無事を願いながら。

 

 

 

 

 




“せいとたち”とはいっていない。

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