麻帆良で生きた人   作:ARUM

8 / 146
 若干手は加えてありますが、二次ファン時代のままの一人称です。しばらくはこんな感じですかね?


第六話 京都の夜

 

 

 餡蜜、という菓子をご存じだろうか?

 

 賽の目に切られた寒天に、小豆餡や杏子、そっと赤エンドウ豆などをのせ、その上に黒蜜といった蜜をかけていただく、実に楚々とした菓子である。

 

 なぜそんな話をするのか? それは、今私とさよさんの目の前に餡蜜が、それも老舗と呼ばれる名店の餡蜜があるからである。

 

 細かい細工の施された硝子の器に入れられて運ばれてきたそれは、清楚ながらも確かな存在感をもってそこにある。

 

 寒天、小豆餡、そして赤い彩りを添える赤エンドウは、それぞれがただそこにあるだけで意味をなし、そこに黒蜜が加わることによって餡蜜として完璧な調和を作りあげている。

 

 店員の、ごゆっくりという言葉すら、今の私にとっては嘲笑に聞こえる。そんな今の私に、この完成された芸術品ともいうべき餡蜜を食することなどできるのだろうか……

 

 

「セイさん、食べないならもらっちゃいますよー」

 

「ああっ、食べます! たべますよ! 器返してください!!」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「まったく、なんてことをするんですか」

 

「だってセイさんいつまでも手をつけないで、ぼーっとしてたから……」

 

「欲しいなら欲しいと言えば良いでしょう。別に餡蜜の一杯や二杯、気にするほどのことでもないでしょうに」

 

「……でも、女だてらにとか、思われちゃうかもしれないじゃないですか」

 

「個室で人の目を気にしていてもしょうがないでしょう……」

 

 

 店を出て、夜の京都を歩いている。先ほど餡蜜をいただきましたが、実は私たち、基本的に不老のためか空腹にならないのです。気づいたのは昨日のことです。

 

 ええ、一日空を飛び続けてまったく空腹感を覚えなければ嫌でもきづきます。ただ霊力を一度で大量に消費するとその分は空腹を感じるようですが。

 

 昨日の夜遅く……いえ、もう今日になったころでしたかね、京都に到着したのは。

 

 いや、やはり良い物ですね、さすが京都です。多少「びるでぃんぐ」や「あぱーと」が増えましたが、それでも昔懐かしい町並みが残っていました。昔から連綿と続く伝統が残っているのは良い物です。

 

 おかげで、裏に関する品物を取り扱っている店を探すのに手間取らずにすみました。店構えこそ変われども、営業している場所は変わっていなかったので。

 

 しかし、百年近くたっても同じところで営業できていると言うことは、やはり西にはまだ陰陽師達や土着勢力が残っているんでしょうね。

 

 とにかく、そこで手持ちの中から比較的高価なはずの転移符を換金しました。これで当座の活動資金は確保できたので、符やらなにやらで半分ほど使いました。

 

 さよさんにこれから符や結界、式神の召喚についても教えなくてはいけませんからね。

 

 それとついでに、そこの店主に関西呪術協会との仲介を頼みました。場所は彼らから指定されたので、今はそこにむかって歩いているところですね。

 

 あ、今は二人ともあの装束ではありません。私は白の「ぽろしゃつ」に「べーじゅのちのぱん」、さよさんは青い「てぃーしゃつ」に「でにむ」を身にまとっています。

 

 これらは表の店に擬態するために売っている普通の商品だそうですが、二人の狐の面と元の服を入れている旅行鞄は、魔法技術を取り入れて見た目よりも多くの物が入るようにした売れ筋商品らしいです。

 

……ええ、高かったです。結構しました。まさか術具よりも高いとは思いませんでした。「かるちゃーしょっく」という奴でしょうか。

 

 もっとも、魔法世界には中に異空間を作りあげるダイオラマ魔法球というとんでもないものも売っているそうです。

 

 空間系というより異界構築の類の品なので新しい結界のためにいつか一つくらいは買って研究してみたいのですが、店主によると値段の桁が違うそうです。

 

 と、そろそろついたようですね。待ち合わせ場所として指定されていた公園に着きました。人払いの結界も張られているので間違いないでしょう。

 

 

「セイさん。ここなんですか?」

 

「ええ、間違いありません。ほら、あそこに」

 

 

 少し離れた長いすに、杖を持った和服姿の老人がひとり。

 

 その傍らにはひと組の男女。二人とも背に竹刀袋を背負っているところを見ると、術士ではなく近接主体の剣士。

 それも京都であることを鑑みるに、かの名高き神鳴流でしょうかね。どうやら彼ら以外に他にもまだ周りにいるようですが。

 

 私たちがあちらに近づくと、彼らも気づいたのか、長いすに座っていた老人が立ち上がりました。まぁ神鳴流の二人は公園に入った時点で気づいていたでしょうがね。

 

 

「……おまえさんらが、わしらに会いたい言う玄凪うのもんかい?」

 

 

 老人が、声に威圧感をにじませて話しかけてきました。さよさんは少しそれにのまれかけているようなので、私が前に出ることで背後にかばいます。

 

 

「ええ、私が玄凪(くろなぎ)斉(せい)です。かくいうあなたは、関西呪術協会に名を連ねる方で間違いなく?」

 

「おう。まぁ関西呪術協会で幹部やっとる近衛千蔵ゆうもんや。しかしおどれ、今時分になって玄凪かたるたぁどこのもんや?

玄凪と言やあ東の方じゃ有名だがよ、あれは百年は前に滅んだ家やぞ。魔法使いどもに里焼かれてな」

 

「……滅んでなどいませんよ?」

 

「あぁん? なんやと?」

 

 

一般的見れば、土地を失い、一人しか残っていない一族など滅んだも同然でしょうよ。しかし……

 

 

「まだ、この身が残っています」

 

 

 ええ、ええ。今あるものはこの身一つ。たった一人だけ生き残ってしまいました。ですが、たった一人でも、私もまた玄凪の名を継いだ者。

 私が生きている限り、そこに玄凪はあります。ならば、滅んだなどとは言わせません。

 

 

「……は、優男か思たら、ええ面するやないか。まあええ、ほんならそういうことにしとこか。で、その玄凪のもんが、わしら関西呪術協会になんの用や」

 

「情報を」

 

「うむん?」

 

「ここ百年。裏の世界で起きたことを含め、世界規模でなるべく詳しく。それと……〈魔法世界〉へと至る方法を」

 

 

 春香は言っていました。学べ、と。そのために、やはり多くを知るには一度あちらへ、風の噂に聞いた魔法使いの本拠地が存在する魔法世界へ、赴く必要もあるでしょう。

 

 千蔵老人はそれを聞き、黙り込んでしまいました。なにやら考え込んでいるようです。

 

 

「……わしもまあ幹部やっとるくらいや、そこそこ権限も持っとる。多少のことならわしの一存でもどうにかできる。

せやが、ここ百年言うたら本山の書庫にいかなあかんが、流石にあそこにゃ勝手によそのもん入れる訳にはいかんでな」

 

 

 千蔵老人はなぜだか少し楽しそうです。何か企んでいますね。これは。

 

 

「よそのもんを入れるには長の許可がいる。が、そうそうそこらの誰とも知れん馬の骨を長に会わすわけにもいかん」

 

 

 なるほど、話の筋は見えてきました。

 

 

「……それで?」

 

「そこで、や。われらの“力”をわしに見せてみい。人の性根見るにゃぁそれが一番速いでな。ほんなら、わしが責任もって長に会わしたるし、いろいろ便宜はかったるわい」

 

 

 その言葉と共に、周囲の木立の陰から、陰陽師らしき服装の者や刀をもった者が現れました。その数十七。どうやらやるしかなさそうです。

 

 

「……あいわかりました。やりましょう。」

 

「ええ返事やの。うし、ほんならさっそくやろうや。準備はええか?」

 

「あ、ちょっと待ってください。こちらの……さよさんは戦えないので、戦闘からは外してください」

 

「おう、なんやそっちの嬢ちゃん戦えんのかい。どうも“人っぽぉない”から戦えるもんやと思とったんやが。ほなこっちきて座っとき。手ぇださへんさかい」

 

 

 しかし、さよさんはとまどう素振りをみせます。普通は今から戦う相手の隣には座れませんね。

 

 

「セイさん……」

 

「だいじょうぶですよ。信用しても問題はないでしょう」

 

 

 それに、多人数が相手では、さよさんがいると立ち回れませんからね。

 

 符と腰刀をとりだした旅行鞄をさよさんに渡します。

 

 

「……わかりました。でも、絶対に勝ってくださいね!」

 

 

 そういうとさよさんは鞄を持って千蔵老人の隣に座りました。

 

 

「今度こそ準備はええな?」

 

「ええ、問題有りません。……いつでもどうぞ」

 

 

 腰刀を右手で抜き放ち、鞘は腰に差しておく。左手には数枚の符を持つ。

 

 

「ほんなら……始めぇ!!」

 

 

 千蔵老人の声と同時、先手をとる。

 

 麻帆良でしたのと同じように、腰刀を水平に振るう。

 

 にわかに地面に描き出される円と線で組まれた召喚陣。その数八つ。

 

 一瞬で展開された召喚陣に相手の動きが一瞬鈍り、その間に陣からは地鳴りと共に八つの影が勢いよく飛び出してきた。

 

 ごうと風を捲き現れたのは、二メートルはある巨大な頭蓋骨。

 それらは人でなく鬼のそれであり、額には雄々しい二本の角。色も人では考えられない青白い物。

 肉も筋も剥げ落ちた鬼の頭蓋骨はカタカタと音をたてて笑いながら、鬼火を引き連れて宙に浮かんでいる。不気味なことこのうえない。

 

 と、潮が引くように笑いが止み、周囲の鬼火が八つの頭蓋骨それぞれの口の中へと吸い込まれて、光を失い形を崩した。

 

 何かを感じたのか、復活するのが早かった数人がそれを見て大きく飛び退くが、そのほとんどはまだ動けない。

 

 

「阿呆っ! 散れえっ!!」

 

 

 どうやら千蔵老人はこちらの意図に気づいたようですね。しかし、もう遅い。

 

 

「やりなさい」

 

 

 自分は頭蓋骨の内の一つ、四本角の鬼の頭蓋骨の上に乗った状態で命令を出す。

 

 八つの頭蓋骨の口からはき出されたのは、禍々しい黒の息吹。一定範囲への無差別攻撃。風のような速さで地を這う黒煙に、彼らの大半が足下から飲み込まれていく。

 

 

「な、なんだこれは!?」

 

「しまった、呪の類かっ……! くそっ、身体が……ぁ」

 

 

 煙の中から声がしますが、すぐにやみました。煙がはれた後に残ったのは大きく飛び退いた二人以外の、十五人分の石像。

 

 

「阿呆め、油断するからや」

 

 

 千蔵老人はあっという間に大半がやられたのでおもしろくはないのでしょうが、こんなところでつまずく訳にはいきません。

 

 残った二人は、剣士と術士が一人ずつ。

 

 

「……まだ、やりますか?」

 

 

 こう言うと、残った二人は千蔵老人を見ます。一瞬で仲間がやられれば、戦う気力も失せたでしょう。

 

 

「……あーあーあーもー負けや負け、負けでかまわん。こんだけおってあっという間にやられてよって。まぁ、できるっちゅうんは見せてもろた」

 

 

 そういって千蔵老人は懐から符を取り出して石になった彼らに投げます。符は彼らの額に、張り付き石化を治療する。

 

 その動作は一瞬。どうやら思っていたよりも彼は油断ならない人物のようです。

 

 

「そないに警戒せんでもええわい。約束はちゃんと守ったるわ。まぁもう今日は遅いさかいに明日になるけどな。……おどれら、とっとと帰るぞ! 人払いを解くん忘れるな!」

 

 千蔵老人が怒鳴ると、石化が解けてぼうっとしていた者達が雷にうたれたようにきびきびと撤収していきました。

 

 

「……ほなわしらも行こか、玄凪の。夜の遅にいつまでもふらふらするもんちゃうわ。特にこの京都じゃぁな。車ぁ回させるさかい、ついといで」

 

 

 その背中を見ていると、さよさんが駆け寄ってきました。

 

 

「セイさん、大丈夫なんですか!?」

 

「はい? なにがです?」

 

「だって、セイさんもあの煙の中にいたんでしょう!?」

 

「ああ、私は大丈夫ですよ。……もしかして、心配してくれたんですか?」

 

 

 そう言うと、顔を赤くしたさよさんが、無言のままぽかぽかと殴りかかってきました。

 

 こうして、京都での二度目の夜はふけていくのでした。

 

 

 

 




 今日はもう何話か上げます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。