麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第七十一話 昼の部③

 

 

「こいで終いやぁっ!! いねやチビ助ェっ!!」

 

「――契約執行0.5秒間、ネギ・スプリングフィールド」

 

 

 力を乗せ突き出した、止めの一撃。しかしそれは手の甲で流され、逸らされた。

 

(止められた、やと……!?)

 

 己の目を疑う。最後の一撃、これで勝負を決めるつもりだった一撃が、一方的にやられていたはずのネギに止められた。

 

 驚愕。

 

 その次に感じたのは痛み。

 

 顔に突き刺さる拳。自分の身体が宙を舞い、

 

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル」

 

 

 聞こえたのは、西洋魔術師が使う始動キー。

 

 

「闇夜を切り裂く一条の光、我が手に宿りて敵を喰らえ!」

 

 

 背中に、何かが当てられる。

 

 

「白き雷!!」

 

「がああああああああっ!?」

 

「小太郎さん!?」

 

 

 衝撃。視界が白く染まっていく。再び痛みが走る。地面に落下したのだと気づく。

 

 

「父さんを……父さんを馬鹿にするな!」

 

 

 さっきまで圧倒していた相手に、油断からつけ込まれ、逆転された。あげ、地に無様に転がるのは自分。

 

 自分のなかで、何かがはじけた。

 

 

「な、にが、父さんを馬鹿にするな、や。手加減しとったら調子にのりよってぇ……!」

 

「な、まだ立ちやがるのか!?」

 

「ちょ、小太郎さんまずいですって!!」

 

 

 血が騒ぐ、とでも言うのか。

 

 自らの身体を、より戦うためのそれへと変える。

 

 

「獣化変身!? マジモンのワーウルフだったのか!?」

 

 

 髪は白く、尾を生やし、爪は鋭利に、己を獣へ。

 

 拳を強く握りしめる。

 

 ネギはおそらくもう限界。自分もそうだが、獣化した分有利、そうふんでいた。だが。

 

 

「左からのワンツー、そこから左の変則アッパーが来ます!!」

 

 

 拳は、空を切った。

 

 その後も数発攻めるが、それをする前にどこからか聞こえる的確すぎる助言に合わせてネギが攻撃をよけ、あまつさえ反撃をもらってしまった。

 

 そこでやっと声のしたほうを見ると、そこには千本鳥居の途中でであった少女が、大きな本を構えて――

 

 

「あれは、まさかアーティファクト!? 貴女、一般人ではなかったんですか!?」

 

 

 驚愕から目を見開く暦。向かおうにも、前にアスナがいて動けない。

 

 

「あ、ああの、小太郎君! ここから出る方法を、教えてくれませんか!?」

 

「ああ!? んなこと教えるわけ……はっ! まさかその本!?」

 

 

 小太郎が、はたと気づく。なぜ、自分の攻撃がよまれたのか。なぜ、答えるはずもないのに自分に脱出のしかたなど聞いたのか?

 

 答え。

 

 

「こ、この広場から東へ6番目の鳥居の上と左右三カ所を壊せばいいそうです!」

 

 

 あの本は、自分の考えていることを読める、アーティファクト。

 

 

「ちょ、おまっ! 待ぁてやコラァ!!」

 

 

 脱兎のごとくとはまさにこのことと言わんばかりに、ネギ達が東を目指す。

 

 追いかけるが、ダメージもあるため杖にのったネギに追いつけない。

 

 結果、ネギ達は無限方処を突破し、あまつさえ結界返しをくらって閉じ込められた。

 

 結界が完全に閉じた後で、小太郎はごろんと仰向けになった。

 

 

「あーーーーーーーっ!! やられた!!!!」

 

「大丈夫ですか!? 小太郎さん!」

 

「平気や平気、死にはせん。けど、予想外やったわ。まっさかあのお姉ちゃんがアーティファクト出すとは思わんかった」

 

「ですね。一般人にしか見えませんでした。後で報告しないと」

 

「そやな。俺も結構でかいダメージもろてしもた」

 

「……けど、よかったんですか。もうちょっと追い詰めてもよかったんじゃ?」

 

「よう言うわ。おまえかて全然本気ださんかったくせに。けど、これで“計画通り”やろ? ほなら別にええやん」

 

 

 ネギ達を通したのは“当初の予定の内”。つまりはわざと。

 

 そうでなければ、杖にのったネギはともかく暦が相手の明日菜が逃げ切れる訳がないのだ。

 

 

「それはそうですけど……じゃあなんで獣化したんです?」

 

「頭に血ぃのぼった」

 

「……もういいです」

 

 

 ふうと息をはく暦。心なしか耳が少したれている。

 

 

「あとは一葉姉ちゃんと月詠姉ちゃんの方か……大丈夫やろか」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「にとーれんげ……」

 

「甘いっ!!」

 

「っ、やりますな、せんぱ……」

 

「そこっ!!」

 

「……っ! あーん、話させてもくれへん~」

 

 

 数本の薄い金の髪が舞う。

 

 その髪の持ち主は、月詠。

 

 月詠が刹那の攻撃を、抑えきれなくなってきているのだ。

 

 最初は自分の生き甲斐であるキリアイが楽しめる。その程度の認識だった。

 

 だが、実際に相対してみればとんでもない相手だった。

 

 足運び、呼吸、刀を構えて振るうまでの、一連の動作の一つ一つに無駄が無く、隙がない。

 

 実際にはあるのかも知れないが、すくなくとも自分ではわからないレベル。

 

 そのくせ、こちらの攻撃は初見であろうと即座に見切り、斬撃の合間を縫って逆に反撃を繰り出してくる。

 

 当たったと思った攻撃がかすりもしない。神鳴流では珍しい対人特化の小太刀二刀。それが完全に対処されている。

 

 同門だというだけではない。そんなことで対処されてしまう程度の腕なら、自分はこの場にいない。きっと自分は他の場所に配置され、ここにいるのは一葉だけだったろう。

 

 だが、今も自分は手も足もでない。

 

 かろうじて食い下がってはいるが、刹那の速く、重く、鋭い野太刀の斬撃に、完全に封じ込められつつある。

 

 本来、野太刀の方が手数が少ないはずなのに。

 

 

 

 ――なんて素晴らしいんやろか。

 

 

 

 これこそ、自分が求めてやまなかったもの。

 

 強者との、シアイ。

 

 自然と口の端がつり上がる。

 

 身体が火照り、精神が高揚し、加速する。

 

 もっと、もっとだ。

 

 

 

 もっともっと、キリアイタイ。

 

 

 

「あははははは! ええなぁ、ええどすなぁ! 先輩、どうしてそないにウチの剣に反応できるんやろかっ!?」

 

「貴様の剣には殺気がありすぎる! それと、お前の剣はあの地獄の特訓に比べれば常人の範疇だ!」

 

「ウチを常人と言いますかぁ!?」

 

「少なくとも貴様は人の範疇だろうがっ!」

 

「ほなら剣鬼にでもなってみせますえぇ!」

 

「ぬかせぇっ!?」

 

 

 一瞬、刹那の視界がぶれた。

 

 

「すきありですー♪」

 

「くっ!? まだまだぁ!!」

 

 

 首に迫る短い方の小太刀を刀の柄でいなしてしのぎ、一度距離をとる。

 

 柄を確認すると、気で強化していたにもかかわらず少しそぎ取られていた。そしてその間にも自分の見える世界に違和感を覚える刹那。

 

 何かおかしい。なにがおかしいのかはわからないが、とにかくなにかがおかしいのは間違いないのだ。

 

 自分の感覚と、実際の間合いがほんの数センチずれているような、もどかしい感覚。

 

 

「月詠」

 

 

 月詠の背後に、もう一つの人影。

 

 憲兵のような制帽と黒衣に身を包んだ自分と同じくらいの少女。男装だが、外套の上からでもわかるあの胸は女性でまちがいない。

 

 その物腰がどこか誰かにかぶって見えるのだが、やはり自分の記憶にはない未知の少女。

 

 広い関西。本山に閉じこもり東へ移った自分が知っている顔などたかが知れているとはいえ、この局面で出てくるような相手。一度目にしたか噂に聞いたなら忘れることはないはずなのだが……

 

 

 ――誰だ?

 

 

「あなたはそこで桜咲刹那の相手をお願いします。私は式神の配置にもう少しかかりますから」

 

「一葉さん、ウチいわれずともやってますえ~?」

 

 

 式神?

 

 気づけば、宙におびただしい蒼い灯りが浮かんでいるが、代わりに周りから人がいなくなってきていた。

 

 自分達の派手な斬り合いを目当てに、相当な数の見物客が居たはずなのに、今はほとんどいない。

 

 委員長や村上といった級友達は未だに式神達と戦っているようだが、彼らに対しても通行人は興味を示さない。

 

 まるで、視界に映っていないかのように。

 

 

「貴様、何をしたっ!?」

 

「たいしたことではありません」

 

 

 そっと、近くにある灯りの一つに手を添える。すると、蒼い光は消えて古めかしい行燈(あんどん)が残った。

 

 

「この子達に、私がつけた火を守ってもらって、一般人を遠ざけてもらっただけのこと。人界にあらざる蒼い火は人をたやすく惑わせる。……あなたもそうではありませんか?」

 

「貴様が原因か……!」

 

「ええ。何か耐性があるのか、効きづらいようですが……見たところ、まるきり効いていないわけでもない」

 

 

 ホゥ、と行燈に再び蒼い火が灯り、宙に浮く。

 

 ゆらりゆらりと宙を漂うそれを一葉は満足そうに眺め、再び視線を刹那に戻した。

 

 

「さて、どうしましょうか。月詠、まだ抑えられますか?」

 

「もちろんです~」

 

「では、私だけで、先にお嬢様をさらってしまいましょうか」

 

 

 こつり、と刹那をしり目に、一歩、木乃香の方へ近づく。

 

 木乃香は、周囲を一葉の式神に囲まれて動けない。

 

 まるで、ホゥホゥと点滅するように蒼い灯りに魅入られたように。

 

 

「それでは、月詠。お役目、頼みましたよ」

 

「はいな~」

 

「ま、待てっ!!」

 

 

 その言葉を無視し、こつり、こつりと硬質な音を立てて一葉は木乃香へと近づいていく。

 

 月詠に足止めされた刹那をあざ笑うかのように、ゆっくりと。

 

 

 

 ここで、一葉は一つ、大きな間違いを犯す。

 

 ここでの一葉達の役目は二つあった。一つは、小太郎と同じく対象……この場合は木乃香を、なるべく“自然な形”で本山に誘導するためにあえて日のある内に悪役を演じつつ襲撃をかけること。

 

 もうひとつは、関東の幹部達が一度は受けるというセイの地獄の特訓メニュー……正式名称『一週間であなたも幹部候補! 超速成幹部候補養成特訓メニュー』の最新版を受けた刹那の脅威がどの程度であるのか、その強さの限界を確かめることであった。

 

 ゆえに、一葉はあえて普段なら絶対に言わないようなセリフを使うことにする。

 

 酷薄な笑みを浮かべるという演技までして。

 

 

 

「さて、お嬢様。しばし眠っていただきます。……もっとも、次に目覚めることがあるかどうかは、保障しかねますが」

 

 

 

 そして、不用意なその一言が。

 

 

 

「―――――待てと言った」

 

 

 

 刹那の、逆鱗に触れた。

 

 

 

 背後に感じた、強烈な殺気。そして、風切り音と共に、外套をかすめるように二本の刃が橋の欄干に突き刺さる。

 

 振り返れば、そこには小太刀二刀を根元で“切断”され唖然とする月詠と、黒化してこそいないものの、一切の感情の消えた目を細め、こちらを見据えた刹那がいた。

 

 野太刀の切っ先が、自分に向けられ、ぴたりと止まる。延長線上には、自分の心臓。

 

 一葉は、後悔する。

 

 自分は、やはり急ぎすぎたらしい、と――

 

 

 

「覚悟は、いいな?」

 

「……撤収します!! 月詠っ!!」

 

 

 

 刹那の切っ先がぶれた瞬間に、一葉の術が発動する。

 

 周囲三百六十度、百近い光源(式神)からストロボ並に強烈な閃光が走り、世界を蒼に染める。

 

 それが消えた時には、式神も、月詠も、一葉もいなくなっていた。

 

 

「くっ、逃がしたか……お嬢様、ご無事で!?」

 

「あ、せっちゃん……?」

 

 

 元に戻った刹那が、茫然自失としていた木乃香にかけよる。

 

 

「申し訳ありません。危険な目にあわせてしまって……」

 

「……ええよ。危ななっても、せっちゃんが守ってくれるて信じとったから」

 

「お嬢様……」

 

 

 

  ◆

 

 

 

《―――――》

 

 

 去り際に残してきた盗聴用の符。

 

 すぐに効果が切れるし、有効距離もそう長くない物だが、多少ノイズ混じりとはいえ情報を得ることは充分に可能な便利なシロモノだ。

 

 

「一葉さん、お嬢様は計画通り本山に向かうみたいや」

 

「そう、ですか……」

 

 

 京都市内の森の中。

 

 そこに、あの一瞬で逃げのびた一葉と月詠がいた。

 

 

「月詠、すいませんが、報告をお願いします。計画の、第一段階は終了。お嬢様、が、本山に向かわれたことと、桜咲刹那は、ともすれば、最高幹部にも食らいつきうる、と」

 

「……一葉さん、大丈夫ですか~?」

 

「大丈夫、です……」

 

 

 しかし、言葉とは裏腹に、木に背中を預けるようにしてもたれかかっていた一葉の顔色は真っ青だ。

 

 

「……一葉さん?」

 

 

 月詠は、気づいた。

 

 一葉の外套に大きな横一文字の切り込みと、その下の黒衣に染み出た赤があることに。

 

 月詠が気づいたことに気づくと、一葉は苦しげな笑みを浮かべた。

 

 

「転移で消え際に、ばっさりやられました。野太刀の間合いを、見誤りましたか……」

 

「一葉さん!」

 

「大丈夫、ですって」

 

「それは大丈夫な傷とちゃいます!」

 

 

 職業柄、刀傷を見なれている月詠の見たところ、一葉の傷はかなり危うい場所にある。

 

 すぐにでも手当をしなければ、命にかかわる程度には。

 

 それでも、一葉は首を横に振る。

 

 

「問題、ありません。そう簡単に死ねはしません」

 

 

 その言い方に、月詠はほんの少しの違和感を覚えた。

 

 

 

 ――死なないと強がるのではなく、死ねない?

 

 

 

「不思議、そう、ですね……?」

 

 

 

 一葉に、変化が現れる。

 

 些細な変化ではあるが、黒だったはずの瞳がやや青みがかってきたのだ。

 

 

 

 そして、何より一葉が纏う力。

 

 一葉の内から感じられる力。

 

 月詠からすれば、それは余りにも馴染みのある力。

 

 

 

「妖、気……?」

 

「……ええ、ええ。そう、です」

 

 

 

 答える一葉の声は、どこか自嘲の響きを帯びて。

 

 

 

「私は――、“混じり物”なんですよ……」

 

 

 

 




 つまりけもみみである。

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