麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第七十話 昼の部②

 

 

 

「なかなか来ませんね……」

 

「もろに入れたったからな。あのチビ助にはよう効いたんやろ」

 

 

 小太郎と暦、二人はぶらりぶらりと竹林の中をさまよっていた。

 

 煙幕をはって逃げたネギ一行はいまだこちらに向かってこず、再び暇をもてあまし始めたので自分達から動くことにしたのだ。

 

 

「一葉姉ちゃんや月詠の姉ちゃんはどないしてるんやろか……くそっ、チビ助め、はよ出てこいっちゅうねん」

 

「……あの、小太郎さん。一つ良いですか」

 

「あん? なんや?」

 

「一葉さんって、どういう風に戦うんですか? それ以前に戦えたんですか? 私、てっきり前線に出るような人じゃなくて、千草さんの秘書的な役回りだと思っていたんですが……」

 

「一葉姉ちゃんか……」

 

 

 暦の問いに、小太郎は珍しく小難しい顔をする。どうも話して良いかどうか悩んでいるようだ。

 

 

「召喚系の符はよう使うらしいから戦えるには戦えるし、体術もそれなりにいける…………らしい!」

 

「らしい?」

 

「そや。昔な、いっぺんだけ千草姉ちゃんにおんなじこと聞いたんやけどな、教えてくれへんかったんや。んで、しゃあないから直接一葉姉ちゃんに聞きに行ったんやけどな」

 

「……それでそれで?」

 

 

 小太郎に続きを促す暦。黒いしっぽは少し興奮しているのかゆらりゆらりと揺れている。しかし、

 

 

「むっ!? 今なんか音したで! チビ助かもしれん、行くでぇ!」

 

「あっ、ちょっと!?」

 

 

 小太郎は話をきりあげ、そのまま走り出してしまった。

 

 しょうがないので、暦もまたその後を追う。

 

 だが、追いついた暦が見たのは、少女のスカートに顔を突っ込んだ小太郎だった。

 

 

「……不潔です」

 

「ぬあっ!? 違うわ事故や事故っ!! あっ、わざとやないねん、人違いや!!」

 

 

 暦に言い訳し、少女に謝罪ともとれない謝罪をする小太郎。しかし、ここで暦が気づいた。

 

 

「今日って、一般人立ち入り禁止のはずじゃ……?」

 

「そや! 入り口に看板あったはずや! アカンで中入ったら! あ-、もう。どないしよか?」

 

「とりあえずまずはちゃんと謝りなさい!」

 

「うぐおっ!?」

 

 

 暦が、小太郎の頭を石畳に叩きつけた。その様子に逆に少女が身体を少し引いたのだが、暦は気づかなかった。

 

 

「つぅあー……何すんねん!!」

 

「ちゃんと謝らないからです」

 

 

 冷たい目で小太郎を見ながらも、暦は小太郎の耳元に顔をよせる。

 

 

「向こうで声がしました。彼らかと」

 

「っ! ほな、後で罠解くいたるさかいに、ここでじっとしときや! 誰かに怒られそーになったら犬上小太郎て俺の名前出したらええから! ほなな!」

 

 

 少女に軽い挨拶と、動かないよう念をおすのもそこそこに再び駆け出した。

 

 

 

「―――来れ(アデアッド)」

 

 

 

 背後で、少女――宮崎のどかが、一冊の本を虚空から取り出したのに気づかずに。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「っ、居よったなあ!」

 

 

 暦よりも先行し、鳥居の上を走る小太郎。それを出迎えたのはネギの放つ魔法だった。

 

 薄緑の身体をした精霊。ネギの写し身。杖にまたがり武器を持ち、小太郎に向かってくる。その数、八。

 

 風の精を使役したものだと適当にあたりをつけ、それを蹴散らす。

 

 拳で殴り、蹴り飛ばし、小さな刃を打ち込んで。

 

 そんな小太郎の視界に、光が映る。

 

 ネギが追加で放った、魔法の射手、連弾・雷の17矢。それが、小太郎に殺到する。

 

 

「ちいぃっ!!」

 

 

 とっさに、前もって渡されていた守りの護符で防ぐが、勢いはそがれ脚を止めてしまった。

 

 

「小太郎さん!」

 

「暦ィ!! 俺は大丈夫や! もっぺん土蜘蛛召喚せえ! おれはチビ助をやる!」

 

 

 数秒遅れて追いすがってきた暦に、小太郎は指示を出す。しかし暦は前を指し示して、

 

 

「違います、前っ!」

 

 

 その瞬間、小太郎の視界が白に染まる。ネギの放った『白き雷』が直撃したのだ。

 

 護符が自動で作動し過負荷で焼き切れた。しかしそれでも相殺しきれず鳥居から落ちる。

 

 だが、多少のダメージは負ったものの、動くには問題ない。拳をより強く握り、脚に気を満たし、煙を突っ切り突撃する。

 

 途中、立ちふさがる明日菜を無視し、ネギの背後に回り込む。

 

 

「オラァっ!!」

 

 

 拳を腹に打ち込み、宙に浮いたネギを地面にたたき落とすように追撃を加える。

 

 明日菜は暦が、獣は式神が抑えているので、ネギに助けは来ない。

 

 そこからは、ラッシュだ。

 

 殴って殴って殴って殴って、殴り倒す。

 

 そして、とどめの一撃が――

 

 

 

  ◆

 

 

 

「よう来はりましたな、先輩。約束通り来てくれて嬉しいわ~」

 

 

 シネマ村の橋の上。明治大正の華族のドレスを改造したようなきらびやかな服の月詠の隣で、一葉はげんなりとしていた。

 

 シネマ村に紛れ込んだまでは良かったのに、月詠がいらぬ芝居を打ったせいで無駄に衆目の目を集めることになってしまった。

 

 おかげで、自分まで仮装することになってしまった。

 

 

「まったく……」

 

 

 一葉の今の姿は、いつものシャツにチノパンではない。

 

 黒い制帽に黒の詰め襟の上下、そして金の鎖で留めた黒い外套。腰には模造刀を差した黒ずくめで、それを着こなした自分は月詠曰く『男装の麗人』なのだそうだ。

 

 

「ひゃっきやこぉー♪」

 

 

 月詠が、符でもって小型の妖物を大量に召喚する。一般人に害あるものはなさそうだが、百鬼夜行の名の通り細々したのが百近くいる。

 

 予防措置として、自分も符を取り出した。

 

 

「……百器夜光」

 

 

 妖怪と一口に言っても北から南まで多種多様な多くの妖怪がいる。月詠はその中でも自分の好み、見た目重視で選んでいるようだが、自分の場合は少し違う。

 

 カンテラ、提灯、ランタンなど、年経た古道具の中でも照明器具の類が変じた九十九神の類を好んで集めている。

 

 その役割は、その身に灯す蒼い光で“惑わす”こと。こういった場で多勢向けの暗示や催眠に向いている。月詠と違い、補助に特化した実用重視と言ってもいいだろう。

 

 月詠の方は既に白兵戦へと移行して、桜咲刹那を相手にしている。

 

 自分の役目も、もうすぐだろう。

 

 

 

 ――ここからだ……!

 

 

 

“急がない”

 

 千草に言われたことを頭で反芻しながら、一葉は自分でも気づかぬうちに、汗ばんだ手を握りしめていた。

 

 

 

 





 百器夜光は誤字にあらず。こうばしいとかいわない。

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