「――よう来てくれたな。魔法使い、フェイト・アーウェルンクス。それとも……造物主の使徒て呼んだほうがええか?」
「……報告にはあったけど、本当に僕のことを知っているようだね。やはり、クロト・セイから聞いたのかな?」
京都市内の喫茶店。その角の席に人影が三つ。
壁際、奥に千草が座り、隣に一葉が座っている。
一葉は白のシャツに黒のチノパン。千草は黒のスーツスカートで身を固めている。
その向かいに、白い少年が居た。日本なら脱色されたと判断されるであろう白い髪。
色を映さない白い瞳。そして、表情のない顔。完全なる世界の残党、フェイト・アーウェルンクスその人である。
「そやよ。父様から聞いた大戦の昔話。その中に出てくる世界救済を掲げる悪の組織の大幹部、その生き残り。何か間違うとる?」
「いや……しかし、そうか。なら腹の探り合いはしないほうがいいね。僕の目的はネギ・スプリングフィールドの将来の驚異を調べること。そのために君たちに一時的に戦力として協力する。……それでいいね?」
「ん。大筋はそれでかまわ……ちょいと待ち」
「ん?」
二人は、話すのを止めた。
三人に人影が迫っていたからだ。
「ご注文おきまりですかー?」
「あ、すんまへん紅茶とチーズケーキセットで」
「私、紅茶だけで」
「僕はコーヒー、とりあえずブレンドで。砂糖は結構」
◆
「それで、そういう予定なのかな? できれば、なるべく早く教えてもらいたい。僕の言えたことではないけど、秘密主義は好きじゃない。それに君はあのクロト・セイの娘だからね、何を考えているのやら」
フェイトが、コーヒーを音もたてずに静かに口にする。
小さなスプーンでチーズケーキを一口だいの大きさに切っていた千草は、目を合わせることなく答える。
「予定よか遅れてきたくせによう言うわ」
「イスタンブールでの細工に手間取ってね」
千草の皮肉に、フェイトは何の謝罪もなくたんたんと返した。それに千草はええ面の皮しとるな、と内心で毒づきつつも、おくびにも出さない。
フェイト・アーウェルンクス。完全なる世界の大幹部。それはつまり、己が父と轡を並べた強者。それも、別次元と呼ばれる分類に位置されるだけの、飛び抜けた強者。
「……今日と明日。修学旅行初日と二日目は動かへん」
「へえ。日程は四泊五日と聞いたけど、そんな余裕があるのかい?」
「事を起こすには一日あればことたりる」
千草たち反対派がたてた計画はスピードが命だ。秘匿や対外的な問題など、一度ことを起こしたならば後は走り続けるしかない。止まることは、許されない。
「問題はその準備や。修学旅行自体がそもそもウチらにしてみれば寝耳に水の話、準備らできとるわけがあらへん。おかげで今も根回しに駆けまわっとる最中や。
このまま問題なく事を進められれば勝負は予定通り明後日の三日目になる。三日目の日中にお嬢様を確保して、その日のうちに関西呪術協会本山及び各地を制圧する。
夜が明ける頃には、西の首脳部ががらり変わっとるちゅう訳や。で、その準備を終わらせるために二日使う。なるべく万全を期したいさかいな」
「お嬢様……サムライマスターの娘だね。その辺りはお手並み拝見といこうか。人は足りるのかい?」
「今中立派を引き込みに刀久里……ウチら反対派の最古参が動いとる。じじいの手紙の写しがあれば中立派はまず間違いなく引き込めるはずやから、賛成派最高幹部は詠春を入れて七席。本山以外は奇襲すれば十分落とせる。……何せ関西の術者には大戦を生き延びたモンも多い。皆実力者ぞろいや」
紅茶に砂糖をいれ、スプーンでくるくるとかき混ぜる。千草は視線を紅茶の渦に落としたままだ。
その顔には、薄い笑みがうかんでいる。そこにあるのは自嘲でなく、自虐でもなく、ただ回顧だ。
「……謝るべきかな?」
「かまへん。そも、人に訊いてから謝るくらいなら謝らん方がマシや」
「なら謝らないよ。……時に、彼は動くのかい?」
「父様のことか? 基本的に父様は動かへん。一応京都には来るらしいけどな」
「そうか、ならいいよ」
「……先に言うとくけど、完全なる世界にまた誘おうゆうんはたぶん無理やと思うで。父様は目的があって大戦に参加して、それはもう達成した言うとったから。良くてちょっとだけ協力とかやろ」
一瞬、ぴくりとフェイトが動きを止めたが、またコーヒーをすする。
「残念だけど、まあそれならそれでいい。敵対さえしなければ」
「さよか」
「……ところで、暦はどこにいるのかな? 一応、他の面子とも可能な範囲で顔合わせはしておきたいんだけど」
「ん、一葉」
「はい。そろそろ来る頃かと」
ちょうどそのとき、からんころんと喫茶店の入り口で音がした。
「いらっしゃいませー。何名様ですかー?」
「待ち合わせなんですけどー、眼鏡かけて髪の長いお姉さんいてはるやろかー?」
「月詠はん。こっちやこっち」
「あ、いてましたわー」
ごゆっくり、という店員の声。店に入ってきたのは、白いフリルがたくさんついたゴスロリ調の衣装の月詠と――
「あの、フェフェフェフェイト様、ど、どおでしょうか?」
そこに、フェイトの記憶とは姿の大きく異なる暦がいた。
えび茶色の袴に、赤と白の矢絣の着物を着た、日本の古き女学生のような姿。
袴の裾を握り、少し顔を伏せうつむいている。
「これは……」
「耳隠せん言うんでな。コレやったら、うちの月詠といっしょにおらせたらコスプレですませられるやろ? 十年前なら通らんかった言い訳やろうが……まぁ時代が変わったっちゅうことやな」
「なるほど……暦の髪は黒だからね。うん、よく似合う」
「ひゃい!?」
そっと暦の黒い髪、それも耳の辺りを触るフェイト。フニフニと感触を確かめるように、しかしそれでいて優しい手使いに、暦の顔は急速に赤くなっていく。
そして――ついにぷしゅーと煙をあげて目を回してしまった。
「あーあー……フェイトはん、嬢ちゃん背負ったりや。あと一葉、勘定しといで。レシート忘れんように」
「? かまわないけど」
千草たちは、扉をあけて外にでる。
外は、雲一つ無いほどに晴れ渡っている。
「一葉、月詠」
唐突に、千草が二人に声をかけた。
「はい」
「なんでしょかー」
「空、よう見とき。ヘタしたら、お天道様ら見れへんようになるかもしれへんさかい」
千草は、手をかざして、じっと太陽を見上げていた。
今日はこの辺で打ち止めです。
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ねこみみ いず じゃすてぃす。大事なことなので二回……