麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第六十六話 213号

 

 

 

「ほな、迎えは頼むで。一葉」

 

『了解いたしました。月詠、小太郎、暦共々、京都駅にてお待ちしております。どうか、ご無事で』

 

「ん、まかせとき」

 

 

 それだけ言って、携帯を切りポケットにしまう。

 

 東京駅。いつもの着物とは違い、キャップにエプロン、丈の短いスカートと、車内販売の服に着替えた千草がいた。

 

 コスプレまがいの格好だが、あえて千草が出てきたのにも理由がある。

 

 目標は、関東の長、近衛近右衛門がネギ少年に渡したという関西の長近衛詠春あての親書。

 

 それくらいならば、別に部下に任せても良かったのだが、それができないだけの障害があった。理由は二つ。

 

 一つは、桜咲刹那。長が直々に付けた護衛であるが、ついこの間までは特に役に立っていなかったらしい。昔のままなら一ひねり、と言いたい所なのだが、自分の父が特訓メニューを受けさせたとのことで、確実に強くなっているはずなので部下にまかせて万が一があっては困る。

 

 もう一つは、闇の福音。登校地獄とやらのせいで麻帆良から動けないと思っていたのだが、やはりコレも自分の父が何らかの理由でそれを解いていたらしく、今回に限って修学旅行に出張っている。

 

 もっとも、基本的に闇の福音は和平云々にはノータッチらしく、事前に行った裏取引(普段は非公開の重要文化財や京都の着物やらなんやらの老舗へのとりなし)で少なくとも新幹線にいる間の不干渉は取り付けた。

 

 それに……少しやるせないことだが、麻帆良の狂気じみた認識阻害結界のおかげで、修学旅行でうかれる彼女ら麻帆良の女子中学生は“普通”と“異常”の境界が非常に曖昧に……むしろ“異常より”になっている。

 

 そのおかげで多少の無茶はできるのだが、やはり裏の関係者としては割り切れないモノがある。

 

 何にせよ、あとは自分が上手くやるだけなのだ。パン、と頬を叩き気合いを入れる。

 

 

「ほんならちぃとかし気合いいれて、お仕事をばがんばろか」

 

 

 そしてゆっくりと、京都へ向かう新幹線、東京駅10:26分発京都行き、ひかり213号は動き出した。

 

 その内に、様々な思いを乗せて。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 千草はおなじみの車内販売のワゴンをつきながら、目標である赤毛の少年、ネギ・スプリングフィールドを目指す。

 

 父親譲りの赤い髪を目印に、少しずつ近づいていく。途中、刹那がこちらを見ていたが、あの表情から察するに自分が西の幹部天ヶ崎千草だとは気づいてはいないようだ。

 

 何かが記憶の隅にひっかかっていて、思い出せそうで思い出せない。そんな顔。

 

 よもや裏の重鎮が、新幹線の売り子をしているとは思うまい。

 

 自分だってこんなことやるとは思ってなかった。

 

 

 

 しかし……刹那をうまく欺けたのはいいとして、気に入らないことが一つある。

 

 

 

 件のネギ……ではなく、いやネギもといえばそうなのだが……あの獣。あれは気に入らない。

 

 何でも麻帆良でも父様や同僚である空里でも間が悪くて仕留められなかったからしい。

 

 今だと、その理由がわかる。

 

 あの獣、存在そのものが秘匿を無視しているのだ。

 

 そもそも肩乗りオコジョとか日本ではありえない。確かにオコジョは日本にもいないでは無い。だが肩乗りは流石に有りえない。そのうえ、小声とはいえ普通に会話するなど日々細心の注意を払って裏を隠匿している術者達をなめているのか?

 

 おそらく、父や空里も秘匿に気を遣ったが故にし損じたのだろう。

 

 ……というか、ここは新幹線の中なのだから、そもそも動物を入れるなと思う。しかもまがりなりにも教師だろう。生徒の模範とかあるだろうに。

 

 大宮駅の改札は何をしていた? ……まさかこんなことで麻帆良の外で認識阻害を?

 

 

 と、ここで千草はネギとかなり接近していることに気づいた。

 

 

『おっとと……行き過ぎてまうとこやったわ。あんな獣一匹後でどうにでもできるわな。今はこっちや』

 

「お弁当―、ジュースにお菓子―……」

 

『三、二ィ……のぉ……今!!』

 

 

 タイミングを見計らい、エプロンのポケットに仕込んでおいた符を起動させる。符を数枚連動して発動できる特別製で、これにも父様や……本当の父の技術が生きている。

 

 効果は、霊力の流れの隠蔽、対象の識別、情報の複写の三つ。

 

 たかだか符、しかも地味ではあるが、非常に高度な技術なのである。

 

 今のに気づけたものがいたとすれば、それこそ闇の福音くらいだろう。

 

 

 

 事実、刹那を始めとした裏の関係者に止められることもなく、そのまま車両を抜けることができた。

 

 ポケットから紙の包みを出してその中身を確認してみると、そこにはもとから仕舞われていた符の他に、複写された書状の写しがあった。

 

 確認の為に、それらにざっと目を通し――

 

 

 

 直後、ぎしり、と新幹線の扉がきしんだ。

 

 高速で走る上、内と外で気圧の差が発生するため特に丈夫に造られているはずの新幹線の扉が、だ。

 

 

 

 わかってはいた。

 

 

 

 一時勢力を大きく盛り返したとはいえ、世代交代が進む関西。

 

 近衛千蔵、橘然次など古株がいなくなり、じじいの腹芸に対応できるモノも減り続けている現状。

 

 自分や特別顧問である父様、志を同じくする反対派の面々がいるとはいえ、関西呪術協会単体では未だにどこかなめられているということは。

 

 彼ら魔法使いの本国MMにしても、本当に怖いのはしがらみや内々の問題で思うように動けない関西呪術協会ではなく、それに所属する父様とそれに付随する関東呪術協会だということも。

 

 

 

 わかっては、いた。

 

 

 

 だから、自分達は一切の妥協をしない反対派として在り続けた。

 

 あのじじいが関西を、先代の長が愛した世界を崩さぬように。

 

 だが、この文面はなんだ?

 

 まがりなりにも、今回は和平のための特使としての派遣ではなかったのか?

 

 これは、そのための書状ではなかったのか?

 

 

『下もおさえれんとは何事じゃ、しっかりせい婿殿!!』

 

 

 わざわざ書状の内の一枚を使用して書かれた文章。右下には忌々しい近右衛門のデフォルメされたイラストと『ぷんすか』という言葉もある。

 

 これでわかった。はっきりした。

 

 じじいは、近衛近右衛門は自分達と対等な和平など成す気はない。

 

 それどころか、和平という枠組みすら、まともに組む気はないのだろう。

 

 茶番だ。こんなものは。

 

 

 

 即座に破り捨てたい衝動を精神力で抑え込み、元のように折りたたんでしまい込む。

 

 破り捨てたいが、今はまだそれは出来ない。これがあれば、中立派を反対派に引き込める。

 

 だから、今は我慢する。

 

 

 

 ……今なら、なぜ木乃芽が実の父である近右衛門を毛嫌いしていたかわかる気がする。

 

 あれはもはや独善主義者ですらなく……強いて言うなら、我欲主義者とでも言うのだろう。

 

 今は笑っているがいい。じじい。

 

 だが、今までの、黙して動けぬ関西だと思うなよ。

 

 

 

 京都に着くまで、あと少し。

 

 

 

 ――獲物が狩り場に入るまで、あと、少し。

 

 

 

 





 かえるぱにっくなど、なかった。

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