麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第六十四話 集合

 

 関西呪術協会の奥まった所に、小さな庵のような建物がある。今では住む者がいなくなった、先代の長近衛木乃芽の庵である。

 

 その存在を知る物もこの十年程で随分と少なくなったが、時折当時を知る最高幹部の誰かが暇な時に持ち回りで掃除をしており、今もなお当時のままの姿を保っていた。

 

 古参組が、たまに昔語りをするために集まるのに使うからだ。

 

 その実体は反対派の集会ではあるが、昔話に花を咲かせる時もあり、あながち全て嘘ではない。

 それに、融和派の古株連中は木乃芽に合わせる顔がないと言うことで、亡くなった今でもここには近づかないのでなおさら都合が良いのである。

 

 その庵の一室に、数名の男女が集まっていた。今いるのは急な招集が可能だった反対派最高幹部で、数は千草を入れて三人。

 若い男と、禿頭の老人。全員が着物である。

 

 関東呪術協会発足から十余年、反対派の中での世代交代もあり、今いる内若い男の方は千草同様当時子供だった大戦を経験していない世代。

 言い換えれば、家族を失った世代でもある。

 

 二人は反対派が大半を占める近畿の中でも、禿頭の老人の方が和歌山、若者の方が滋賀を管轄する最高幹部である。

 

 そんな三人が、炬燵を囲って座っている。

 

 北側の、木乃芽が昔座っていた席はそのままにして。

 彼らが集められた理由は当然関東魔法協会による修学旅行の強行と、それに伴う和平を目的とした英雄の息子という特使の派遣についての対応である。

 

 

「―――ちゅうわけや。今日はとりあえずここにおる面子だけでも方針固めときたい」

 

「固めるも何もなぁ」

 

 

 南側に座った千草に、東側に座った禿頭の老人が言う。

 

 

「儂らにそいを聞くちゅうことは、もう腹決め取るンやろ?」

 

「爺さん。そういう風に決めつけるんはようないよ」

 

「カァッ! 決めつけるもなにも、間違っちゃおらんやろうて。なあ千草ちゃん」

 

「うん」

 

 

 千草は、さして躊躇わずに言う。

 

 

「やっぱり、いっぺんぶちかまさなあかんやろ。東だけやのうて、うちらも動けるっちゅうのを見せつけてやらな」

 

「戦争をなさる気で? 勝算はあるんですか?」

 

「反対か?」

 

「落としどころがないのであれば」

 

「そんなもんなかったらやらん。まぁ、修学旅行っちゅうのが肝や」

 

「……どういうこっちゃ」

 

「おそらく、今回の件は関東魔法協会としてもぎりぎりの選択や。うちら関西との和平。形だけのもんであったとしても、その重要性は麻帆良のじじいもわかっとる」

 

「近右衛門かい……」

 

 

 老人が、苦々しげに顔を歪める。彼は麻帆良のぬらりひょんと同世代で思うこともあるのだろう。

 

 

「そうや。仮に関西に和平の使者を送るとして、一番ええんはどんな人間が、どんなことをすることや?」

 

「それは……当然彼らの本国で地位ある人間が、謝罪をしにくるのが一番でしょう。そうすれば、中立派の一部は確実に融和に傾く」

 

「そやな。せやけど、それは実現するはずないわな」

 

「ええ」

 

「あの人を見下しきった外道共が来るわけなかろうて」

 

「そう。だとするなら近右衛門が和平の為の特使を送るにしても、難易度は一気に上がる。元紅き翼の高畑は長と親交があるゆうても交渉ごとは不得手らしいし、今も魔法使い側で活動しとるからウチらからの受けは悪い。近右衛門とかは交渉事には強いけど、うちらとの相性ちゅう意味やと最悪や。じじいが京都の土踏んだら言うたらその時点で戦争やろ?」

 

「そやな」

 

「ですね」

 

 

 老人と若者が一瞬の間もおかずに答えた。

 

 

「かといって、他の奴ら……残りはパッとせん。魔法先生でもで交渉事が出来るような人間は基本麻帆良の防衛から外せん。となると動かせる人間はさらに限られる。そうなると……」

 

「そうなると?」

 

「今回みたいに、『この程度の奴を特使としてよこすとは、魔法使いは私ら馬鹿にしとるんちゃうか?』っちゅうことになる。なら、英雄の息子でもって関西の中で……一番仲が冷え込んでしもた詠春をもっぺん味方につけようっちゅう腹づもりやろ」

 

「なるほど……しかし、それと修学旅行がどう関係するんですか?」

 

「今言うた理由で、引率で来る魔法先生は多くてもガキの他は二人くらいやろ。あんまり多いと中立派が離れるさかいにな。つまりはここ関西において、魔法世界の重要人物であるガキが戦力的に孤立する」

 

 

 ここで、千草は紙を取り出して、いくつかの事柄を書き出していく。

 

 

「問題は、修学旅行の一般生徒やけど……基本は秘匿の前提の元に不干渉とする。ただ、一部例外をもうける」

 

「……木乃香の、嬢ちゃんかい?」

 

「……そや。悪いけど、ここまで来たらもう無関係ではすませられへん。むしろ今回の計画の“核”となってもらう。それと、詠春のつけた護衛の刹那や。父様が速成コースやらせた言うてたから、並の幹部と同格と見るべきやな」

 

「……で、結局何をするんや」

 

「前段階として親書の確保。次にお嬢様を保護して、最終的には本山の一時的な制圧と長及び融和派最高幹部の交代。

それによる本山新体制の確立と移行。及び西日本の指揮系統の統一。……欲を言えばガキを捕縛か? じじいに三つ指付けて頭さげてもらおやないか」

 

「……つまり、何ぞ新しモン得るんやのうて、邪魔なモンを一掃しようっちゅうんか。まぁたえらい大事やな。そこまでやらにゃぁならんか?」

 

 

 老人の問いかけに、千草は頷く。

 

 

「いままでズルズルやってきて、このザマや。もう、お嬢様に隠し通すんも限界。ほんなら中途半端にするよりかいっそ派手にやって方がええ。じじいの策略で魔法使いの従者にされでもしたら、長に申し訳たたへんやないか……」

 

 

 彼女らが長と呼ぶのは、未だに当代の詠春ではなく先代の木乃芽である。表向きは長と呼んでも、裏で詠春を長と呼ぶ者は多くはないのだ。

 

 

「暗辺特別顧問の“計画”は?」

 

「そっちは問題ない。今回は、父様には積極的には動かんように頼んだ。これはうちらの問題やからて言うて。そしたら『なら、娘の成長を見せてもらいましょう』やって」

 

 

 千草は笑う。セイを知る老人もまた同様に。

 

 

「カッ、あの男、そうは言いつつ土壇場できっと出てくるぞ。恩にはあつい男やさかいになぁ。そう思わんか?」

 

「やろなあ」

 

 

 書き出した紙に誤字や意味の通らない文が無いか一通り目を通し、それを折りたたみ懐にしまう。

 

 

「ほな今日はお開きにしよか」

 

「そやな。とりあえず今日は方針だけでええやろて。奈良のと大阪のがおらんしなぁ」

 

 

 この場には居ないが、奈良担当も大阪担当の幹部もまた融和に対しては反対の立場をとっている。

 そのため、融和賛成派反対派それぞれの幹部はともに全国にいるが、近畿圏に関しては未だに幹部の全員が反対派となっている。

 

 ただ一人。近衛詠春という例外を除いて。

 

 

 

 話も一区切りつき、老人が立ち上がろうとしたとき、障子に人影が映った。

 

 この庵にはあまり人が近づかないので、今いるのは千草たち反対派最高幹部三人の他はそれぞれの付き人位である。

 

 そして、映った姿は少女のもので、それは千草の付き人だった。

 

 

「一葉(ひとは)、どないしたん?」

 

 

 障子の向こうから、少女の声で答えが返ってくる。

 

 

「それが……市内に、魔法使いの従者を名乗る者が来ております」

 

「魔法使いィ?」

 

 

 思わず、室内にいる三人が顔を見合わす。

 

 

「その従者が、どないしてん」

 

「……我々反対派に協力したいと、そう申し出ております」

 

 

 いよいよ、三人は表情を険しくする。この時点で、まだ反対派が本山にたいして行動を起こすと決めたのは今日が最初であり、情報が漏れたというのはありえない。

 

 ならば、相手は関東魔法協会側の、修学旅行の情報から諸々の情勢を鑑みて自分達が動くという判断を下したと言うことになる。

 

 それだけの情報力と判断力。それらを兼ね備えた上、何らかの目的を持って自分達に接触しようという“魔法使い”とその“従者”がいるというのだから、ただものではないだろう。

 

 

 

「その、従者とやらの名前は?」

 

 

 

 障子の向こうの、一葉と呼ばれた少女は答える。

 

 

 

「暦(こよみ)。そう名乗っておりました」

 

 

 

 




 ねこみみ いず じゃすてぃす。

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