麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第五話 京への道中

 

 

 今では使われなくなった旧国名で言うところの、上野と信濃の国境。緑深く、道も整備されていない山中に、木々の間に隠れるようにして朽ちかけた堂があった。

 

 風雨に晒されたせいか、それとも野犬のねぐらにでもされていたのか痛みは酷く、床は所々抜けていて、柱も腐り無くなっている個所がある。

 

 忘れ去られ、人が訪れることなどあるはずもない朽ちた堂。ただこの夜だけは――人がいることを示す灯が、戸の格子の隙間から漏れていた。

 

 

「これは駄目。これも駄目。こっちは……いけますね。あ、これも使える」

 

「セイさーん、こんなの出てきましたけどー」

 

「あー……それは駄目ですね。中までカビちゃってますし、虫食いだらけなんで箱ごと火にくべちゃってください。火の扱いには気をつけてくださいね?」

 

「はーい」

 

「それじゃまた何か出てきたら教えてください、さよさん」

 

 

 一見すると、今にも崩れそうな朽ちた堂。それは玄凪一族の拠点や備蓄庫の一つだった。

 符は消耗品。今手持ちには一枚も無く、腰刀一本では同時に召喚できる式神にもかぎりが有る。

 その補給のために麻帆良を脱出後北進し、訪れたのがこの堂だった。

 

 

(このままだと遠からず詰みますか。これだけ回って戦果がこれだけとは)

 

「ふぅ……駄目ですね。……さよさーん、ここにはもうめぼしい物はなさそうですから、休憩にしますよー」

 

『はーい、今そっちにいきますねー』

 

 

 別の部屋からさよさんの返事が聞こえてくる。

 

 彼女は再構成された肉体を得ても、幽霊時代に得た物を動かす力(ポルターガイスト)を失わなかった。

 

 それどころか、理由はわからないが力が強くなったので、今は一人で作業させていた。

 

 むしろ二人でやるとなぜか彼女がいつの間にか側にいて、多少なりとも作業効率が落ちるのだ。

 

 

(……しかし駄目ですね)

 

 

 今いる朽ちた堂、山中の拠点で見つけることができたのは、黄ばんではいたもののまだ使えそうな符が全部で八十枚ほど。

 

 その内、まだ何も書かれていない符が約半分の四十枚、戦闘に使う攻撃用の符がさらに半分の二十枚、緊急時のための転移符は二枚だけ。後は結界や治癒といった符。

 符などしょせんは消耗品、いくらあっても事欠くことは無い。

 

 で、あるのに。ここで八箇所目だというのに、まだまともに使える道具を見つけたのはここが初めてのこと。

 

 というか、拠点として建物が残っていたのもここが最初だった。

 

 他は、すでに人の手で取り壊されていたり、風雨にさらされて自然に朽ちて崩れたり、あるいは「だむ」とやらのせいで水の中に沈んでいたりと……そのため、まだ建物が残っていたこの拠点を見たときはかなり期待もしたのだが、思ったほどでは無かった。

 

 百年も経てば紙でできた符は湿気り、文字が滲んでカビに塗れる。鋼を鍛えた術具も土に埋もれてしまえば朽ち腐る。それはしょうがないことではある。

 符が多少なりとも残っていたのは嬉しいことだが、召喚に使う術具を見つけられなかったのは痛い。

術具で召喚するのと符で召喚するのとでは効率が随分と違う。符は基本的に使い捨て。術具は繰り返し使える……と言うよりか、より使い方に幅があるので、物によって専門性や特化性があるにしろ戦闘、隠蔽、召喚と多くの事態に柔軟な対処が可能なのだ。

 

 まあ符が劣るのかと言われればそうではなく、どちらにも長所と短所があるので一概に言い切れる問題でもないのだが。

 

 

(ん、さよさんが戻ってきましたか。……おや、なにか持っていますね)

 

「さよさん、それは……?」

 

「あ、呼ばれてから見つけたんで持って来ちゃいました。でもこの箱、私じゃ開けられなくって……」

 

 

 さよが宙に浮かべて持ってきた箱は、どこが蓋かもわからない大きな長方形の箱。全面黒く塗られているが、八つある角のうちの一つだけは白く塗られている。

 

 

「……さよさん、お手柄かもしれません」

 

「え、でもこの箱開けられませんけど……?」

 

「そこはまぁ見ててください。あ、こっちにおいてもらえますか?」

 

 

 そう言って物をどけて場所を作り、さよはその場所に箱をゆっくりおろした。

 

 

(さて……ここからは私の仕事ですね)

 

 

 箱の上部、白く塗られた角……ではなく、その対頂角に当たる部分に手を当て、霊力を流しつつ手を横へ動かす。すると箱の天板の一部だけではあるが手の動きに沿って動いた。

 天板の一部が動いたことによって出来た隙間を埋めるように違う部分を動かし、次にまた違う部分を。それを何度も繰り返す。

 

 

「わぁ、これって秘密箱だったんですか、セイさん!」

 

 

 そう、秘密箱。お土産で売ってるあれである。

 

 これはその技術を応用し、術と組み合わせてより難解にした代物で、一族が機密保持を目的として作った封印術の一つ。

 主に歴代の長が重要物の保管の為にその都度造っていた物で、自身も何度か作った記憶がある。

 開け方を間違えたときに発動するよう燃焼術式や爆砕術式を仕込んだりと世代によっては芸が細かかったりもするので、開け方を知っていても結構ドキドキする代物なのだ。

 

 とにかく、中身には期待できる一方、その機密性の高さから開け方を知らないと、火薬を使おうが何をしようが何日かけても開かない。

 

 が、それは開け方を知らない者の話。

 

 

(解き方さえ、知っていれば、物の数秒で……と。お、開きましたか。さて中身は何が……、…………)

 

 

 

  ◆

 

 

 

 寝具も何もなく、風も満足に凌げない堂で一夜を明かし、日が昇りきらぬ内に空を行く。雲の合間を縫うように進み、まずは南下、そらから西進。目指すは京都。

 

 道すがら、どこかの土着の勢力と接触を持てないものかと記憶を辿りながらの逃避行だが、どこも残ってなどいない。

 

 かつて各々の隠れ里があった場所は様変わりし、森は開かれ街になり、山は崩され道ができ……付近一帯をくまなく捜索したわけではない。

 だから今もどこか場所を移して活動しているのかもしれないが、どちらにせよ見つけることはできなかったことに違いはない。

 

 ただし、退魔師の組織……その中でも表とも強い関わりを持つ一部の神社仏閣は残っており、見つけることができた。

 しかし、それであっても完全に表に切り替えていたり、実働部隊がほとんど残っていないところも多く、“カタチ”の現状維持が精一杯のようだ。

 

 

…………え、箱?

 

 

「セイさん、それ幾つ目の箱ですか?」

 

「……七十六個目です。ですが、これも、ここを、こうして……よし、開きました。これで……」

 

 

 箱の表面を指で滑らせて、板をすいすい動かしていく。それは単に上下左右の動きだけでなく、時に一部を内へ押し込み、時に盤のように回したり。

 しかし手の中の箱は開いたかと思うと、箱は砂になって崩れ、風に乗って飛んでいった。残されたのは、一回り小さな箱。

 

……七十五回目、である。

 

 解き方は変わらず、一回目とまったく同じ。単調な作業が繰り返されるごとに、自然やる気は削がれていく。

 

 セイ自身にこんな仕掛けは作った覚えがないので、前の代かそれ以前の長の仕業とみて間違いない。

 

 ここまで来たら支える物は半ば意地だ。成人男性の身長ほどに大きかった箱も、今は掛け軸の箱くらいの大きさしかない。

 

 

「セイさん、少し休んだらどうですか? もうずっとやってるじゃないですか。そんなに根を詰めると身体を壊しちゃいますよ? そろそろ京都についちゃいますし……」

 

「これで、だめなら、切り上げますよ……、と。どうだ!」

 

 

 七十七回目の正直。開いた箱を固唾をのんで見守るが、箱には砂になったりというような変化は起きない。

 

 

「やりましたね、セイさん!」

 

「……ええ。やりました! やりましたよさよさん! やっと開きましたよ!」

 

「ひゃあ!」

 

 

 おっと。嬉しさの余りついさよさんに抱きついてしまい、さよさんに悲鳴をあげさせてしまいした。

 

 

「セ、セセセセイさん! なななな、何を!?」

 

「あ、すいません。失礼しました」

 

「え? ……あ」

 

 

 嫌だったかと思い、すぐにさよさんを離すと、少しの間ポカンとして、それからなぜか残念そうにしていたように思います。きっと気のせいでしょう。うん。

 

 

「もう終わりですか……もっと……」

 

 

 さよさんが何か言ったようなのだが、ちょうど風の音で聞こえませんでした。

 

 

「さよさん、なんですって?」

 

「あっ、な、なんでもないです! そ、それよりもセイさん、箱の中には何が入ってたん

ですか!?」

 

「え、ああ。そう言えばそうでしたね」

 

 

 箱が開いたことが嬉しすぎて忘れていました。これだけの仕掛け、余程のものだと思うのですが……

 

 

「これは……術具、か?」

 

 

 箱の中には、厳重に青い布で包まれた棒状の物が入っていた。それを箱から取り出すと、箱は今までと同じように砂になって飛んでいく。

 

 もう、役目は果たしたと言わんばかりに。

 

 こういったものは例え一族の術具であっても、まれに呪われた品であったりするので注意が必要になる。なるべく慎重に、まかれた布を解いてゆく。

 

 そして、布がすべて取り払われた時、そこにあったのは一振りの剣だった。

 

 刀のような片刃ではなく両刃で、曲刀でもない。

 

 柄も刃もすべてが一つの素材から造られており、どこにも継目は存在していない。

 

 刀でいう鍔もなく、ただ柄と刃があるだけの剣としての最低限必要な要素だけを集めたような極々簡素な見た目の剣。

 

 剣そのものに色は無く無色透明。水晶か硝子のように、向こう側が透けている。

 

 けれど、その剣の“内側”。

 

 水の中に朱墨を垂らしたかのように、剣の中で赤い光が静かに揺らめいていた。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 まったく、セイさんは私をなんだと思っているんでしょうか! いきなり私を抱きしめたかと思えば、すぐに離されちゃいましたし……女の子として見られていないのでしょうか?

 

 けど、いったいどうしたんでしょう? あんなに喜んでいたセイさんが、箱の中身の赤いきれいな剣を、怖いくらい真剣な顔で見ていると思ったら、また同じように布を巻きなおしてしまいました。

 

 何だったのか聞いても、術具としか答えてくれません。しかも、ほかのことを聞いても生返事ばかり。まともに答えてくれないばかりか、ろくに目も見てくれません。

 

 さすがにこの態度には頭にきました。さっきはいきなり抱きついてきたと思ったら今度はこれです。

 

 京都につくまでに、多少大胆なことをしてでも私に目を向けさせてみせる。と、夜空を駆ける黒輪火車の上で、私は決意したのでした。

 

 

 

 




 今日はこれで打ち止めです。ご意見ご感想誤字脱字の指摘など全てお待ちしております。

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