麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第六十二話 

 

 

 

 スターブックスコーヒー。麻帆良にある緑の看板でおなじみのコーヒーショップである。珈琲以外にちょっと食べられるものも充実しており、スタブの通称で親しまれている。

 断じてスタバではないことをここに明記しておく。

 

 そのスタブのオープンテラスを占領するように、店の雰囲気に不釣り合いな団体客がいた。

 

 彼らは、三つの塊に別れていた。

 

 一つは、闇の福音の勢力。

 

 椅子に座るエヴァと、メイド服ではない普通の普段着を着て背後に立つ茶々丸。そしてその茶々丸に抱かれるチャチャゼロの一人と二体。

 エヴァの登校地獄が解除された今ではチャチャゼロ単独で動くことも可能なのだが、日中であるため人形である自分で歩くわけにもいかず、茶々丸に抱かれているのだ。

 

 

 一つは、ネギ・スプリングフィールドとその愉快な仲間達。

 

 傍らには仮契約をかわしてしまった神楽坂明日菜と、アルベール・カモミールがいる。

 

 その手にあるのは、常識ある裏の関係者からすれば正気を疑われる大きな杖だ。魔法先生の中でも、裏で『秘匿はどうした』と嘆いている者もいるとかいないとか。

 

 

 そして、最後の一つ。

 

 仕事場から抜けてきたのか、外国の車掌のような黒い制服を身に纏ったセイと、その家族だ。

 今日もいつもと同じ燕尾服を着こなした煌と、先日混沌をもたらした量産型エヴァンジェリン……もとい白エヴァがいる。

 

 とりあえずあの後ぬらりひょんや遠巻きに様子を窺っていた高畑に介入される前に煌と白エヴァを回収して家にとんぼ返りしたのだが、その後で天乃五環の開発班に連絡を入れて確認をとったり査察部に総動員の準備をかけたりで大変だった。

 

 とにかく、それで白エヴァが開発班の仕業であると言うことがはっきりしたが、本部は本部でいろいろ慌ただしいらしく、麻帆良まで来たこの一機は当分セイで預かることになった。

 

 今の白エヴァは最初のようなワンピースではなく、エヴァと対照的な真っ白なノースリーブのセーラー服のようなものを着ている。

 その上から両の端に切れ込みが入った同じく白の特徴的なマフラーを巻いおり、それが風にたなびく様はまるで翼のようだ。

 

 まあそれは良いのだが、問題がひとつある。

 

 

「おい、貴様」

 

 

 不機嫌そうな、エヴァの声。セイがエヴァの方を見れば、顔をひきつらせて頬をぴくぴくさせている。不機嫌そうどころではなく、どうやらたいそうご立腹らしい。

 

 

「どうしてそいつを連れてきた! むしろなぜ引っ付けてきた!! さては貴様、実はそういう趣味か? そういう趣味なのか!?」

 

 

 白エヴァ。彼女が今どのようにしているのかというと。

 

 

「ぐらんどますたー、どうしておりじなるはおこってるの?」

 

「それはですね、あなたがエヴァと同じ姿かたちをしているからですよ」

 

「それだけー?」

 

「いいえ。……自分と同じ姿かたちをしているあなたが、私の頭にしがみついているからですよ。エヴァはそれが恥ずかしいんですよ」

 

「そうなの? おりじなるー」

 

「違うわっ!」

 

「そっかー、ちがうのかー。ぐらんどますたー、ちがうって」

 

「違うみたいですねー」

 

 

 白エヴァは、セイの頭にしがみついていた。

 セイは長身である。対して普段のエヴァは十歳程度の身長しか無く、それを模した白エヴァも同様である。つまり、肩車をしているわけなのだが、六百年生きた闇の福音にはそれが気に入らないらしい。

 

 

「ぐらんどますたー、あれがさいきんはやりの“やんでれ”なの?」

 

「いいえ、あれはどちらかと言うとツンデレです」

 

「つんでれ?」

 

「そうです。また一つ賢くなりましたね」

 

「えへへ♪」

 

 

 年相応にしか見えない笑みを浮かべ頭に手を回し抱きつく白エヴァ。

 

 セイの子供は養子も含め全部で三人。時雨は神の模造品でありこんな時期はなかったし、同じく養子の千草もこのように甘えてきたのはセイからすればはるか昔。

 煌は中南米にいた頃に生まれ中東や日本を行き来しつつの子育て生活だったし、本人の気質も相まってこのように甘えるというのは少なかった。

 

 なので、実はセイも案外、まんざらじゃなかったりする。

 

 

 

「うがぁぁぁぁぁっ! とりあえずそいつを下ろさんかあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「それで、わざわざ人を呼び出してまでどうしたというんです? エヴァ」

 

 

 とりあえず白エヴァを自分の頭から煌の頭に移してエヴァに問いかける。何も頼まず席を埋めるのもアレなのでとりあえずブレンドコーヒーを注文するのも忘れない。

 

 

「貴様はよくもまぁ臆面もなく……っ! どうもこうもあるか、結局のところソレはなんなのだ」

 

「ああ、白エヴァですか?」

 

 

 ぎりぎりと苦虫を噛み潰したような表情のままのエヴァに、セイはのほほんと返す。

 

 

「そうですね、とりあえずは白エヴァと呼んでいますが……正式にはネタ用兵器試製量産型・タイプエヴァンジェリンと言います。うちの部下……まあそれこそいっぱいいるんですが、そのうちの一人が暇だったからつくったみたいです」

 

「ひまー」

 

「暇だったから……!? ええい、ならなぜ私の姿である必要がある!!」

 

「……遠い世界に、エヴァンゲリオンという決戦兵器があるんですけどね」

 

「……それがどうした」

 

「名前、似ているじゃないですか。エヴァンジェリンとエヴァンゲリオン。つづりも意味も。そういうことらしいです」

 

「……知るかぁぁぁぁーーーーーーっ!!」

 

 

 

 魂のシャウト。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 エヴァの魂のシャウトの後、一時敢えて会話から外れて場を静観してみました。

 

 話を聞いている限り、どうやら少年はエヴァに父親……赤毛の馬鹿ことナギのことを聞きたいらしい。

が、どうやらエヴァに勝てたらという約束だったらしく、エヴァは話すのを渋っていました。

 

 しかしあまりのしつこさに根負けしたのか、昔京都にナギが住んでいたことを話していました。

 懐かしい話です。木乃芽さんに馬鹿と詠春が首をゴキっとされてたのが昨日のように思える。

 

 

「あの……」

 

「ん?」

 

 

 木乃香ちゃんのルームメイト、アスナちゃんでしたか。彼女が遠慮がちに話しかけてきました。

 麻帆良駅前で初めて会った時からずっとどこかで会ったような気がするんですが……はて……?

 

 

「あの……木乃香のおじさん、なんですよね?」

 

「ええ。彼女のお母上と仕事上それなりに深い付き合いがありまして。その縁もあって、直接の血のつながりはありませんが、まあおじさんと呼ばれていますね」

 

 

 ネギ少年も何かもじもじしていましたが、やがて口を開いた。

 少年よ、なぜ若干照れているというか、そんな邪気のない目で私を見ているのです?

 

 

「その……エヴァンジェリンさんから聞いたんです、凄腕の術者だって。立派な魔法使いなんですか?」

 

「違います」

 

 

 即座に否定。それだけは看過できることではない。自分があの表面だけの自己中心的な正義を語る連中と一緒にされるなど我慢ならない。

 単に“魔法使い”というならまだしも、立派な魔法使いやその類は駄目です。

 

 

「くははははははっ! 立派な魔法使いと来たか!!」

 

 

 私の横でエヴァンジェリンが爆笑しています。

 

 

「……坊や、貴様の目の前にいるのは立派な悪だぞ? それも私と同じかそれ以上の、な」

 

「え……?」

 

「獣、貴様なら知っているんじゃないのか? 鮮血事件の主犯、笑う死書、あるいは召喚大師とはこいつのことだ」

 

「な、ななななんだってぇ!?」

 

 

 エヴァの暴露に、ネギの肩の上でがたがた震えだすカモ。

 

 ……エヴァ、どうしてそういうことバラしちゃうんですかねぇ?

 

 

「ちょっと、なんなのよそれ?」

 

「近代魔法世界最悪と言われる大事件でさぁ! 賞金額歴代トップで、アリアドネーとかだと子供に聞かせる歌にもなってる、札付きも札付き。もはや生きる伝説とも言われる大悪党……!」

 

「そんな! どうしてそんなことを!?」

 

「あーー……」

 

 

 ちらり、とエヴァの方を見ると、にやにや笑っている。意趣返しのつもりらしい。

 

 面倒なことになったと、心の内でつぶやく。

 

 案の定、ネギ少年は“子供の意見”を押し付けてくる。

 

 

「いけません! 悪いことは止めて……」

 

「少年」

 

 

 少し、ほんの少しだけ威圧すると、ぴたりと黙った。生物としての格の違いを、頭ではなく体が理解しているのでしょう。

 

 

「少年、覚えておきなさい。正義は一つではない。正義は絶対ではない。正義は平等ではない。既に用意された正義に従うというのは、自分で考えることを放棄したということ。

考えなさい。確かにあなた方の言うそれは間違いなく私が私は行ったこと。賞金も掛けられている。なるほど、あなたの基準からすれば充分に悪でしょう。

しかしなぜ悪という存在があるのか。そも悪とは何か。なぜ私やエヴァが悪と言われ、そしてそれを否定せず自称すらしているのか。全て理解できたなら、話くらいは聞いてあげましょう」

 

 

 言うだけ言って席を立つ。白エヴァも、私が立ち上がると椅子から降り私をよじ登り始めました。

 

 こういう手合いは相手にすればするだけ面倒なことになるからだ。とっとと離れるのが吉なのです。まぁこれだけ言っても意味不明でしょうが……せいぜい考えなさい。

 

 

 去り際、一度に多くの問いを投げかけられ混乱しているネギ少年に言葉をかける。

 

 

「少年、悪はいけないと思いますか?」

 

「あ、当たり前です!」

 

「そうですか。ですが――私のように立場ある者からすれば、貴方が庇ったその獣。それは間違いなく悪ですよ?」

 

「え……?」

 

 

 今度こそ、セイは立ち去った。

 

 

 機嫌良く笑う吸血鬼と、ますます混乱する少年達を残して。

 

 

 

 




 今回はここらで打ち止めです。

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