麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第五十九話 忍者と銃と

 

 

 

 カチャリ。

 

 カチャカチャ、カチャン。

 

 

 ほんのわずかな月明かりのみが差し込む、仄暗い室内。

 

 そこで、銃の分解掃除と点検を行う一人の男がいた。

 

 男の名前は、神里空里。その手にあるのは、銃の部品。

 

 さまざま形の部品があるが、一つ一つを手際よく磨き、光にかざして確認してから机に置く。

 

 そしてそれらを組み上げ、銃の形にしていく。

 

 その間思い出すのは、昼間の記憶。

 

 

「……」

 

 

 少しの間だけ、手が止まる。だがすぐにまた手を動かし、組み立てを再開する。

 

 昼間、長であるセイから命令を受けながら、結果的にむざむざ取り逃がしてしまった。

 

 捕捉はできていたのだ。だが、運に見放された。

 

 せめて、あと五秒はやく捕捉できていればよかったのだが、再び捕捉したときには暗号名“薬味”と合流されていた。

 

 周りには関西の“お嬢様”やその護衛やら同室の少女やらがいて、少し離れた所には高畑までいた。

 

 あの状況では、狙撃できても少女達に血を見せることになるし、間違いなく高畑に気づかれ戦闘になる。それは、セイの望むところではない。むしろ大きなマイナスとなる。

 

 ゆえに、あの場は引いた。己の恥など気にしない。関係ない。そんなものは存在しない。

 

 成功か、否か。それだけだ。

 

 

 ……カチン。

 

 

 だが、二度は無い。

 

 既にセイに再び伺いを立て、いざとなれば、西のお嬢様さえその場にいなければ多少の荒事には目を瞑る、その判断は任せるとの言を賜った。それに、その後に発生するであろう学園との交渉もこちらで受け持つとも。

 

 自分は忍者、恥などない。だが、ささやかな誇り・・・いや、矜持はある。

 

 命を遂行し、セイの期待に応えることだ。

 

 これ以上時間をかければ、状況によってあの獣を放置するという判断も下されるかも知れない。それは、自身の敗北と言っていい。

 

 組み上がったそれを、月の光にかざす。

 

 ――開発班謹製多目的銃砲・涼暮月(すずくれつき)。

 

 七守衣子の拡声器のような遊び心のあるようなものではない。最初から幹部の“本気での戦闘”に耐えられるように設計開発された、戦闘の為だけの武器、あるいは兵器だ。

 

 空里が開発班にただひたすらに高機能を要求し、その返答として帰ってきたのがこれだった。

 

 白いグリップとその周囲、ただそれだけ。スライド式でもリボルバー式でも、ましてやボルトアクション式でもない。極短い銃身は引き金の上辺りでまるで途切れるように無くなっており、そのうえ銃口すらもない。

 

 だが、これはコレでまぎれもない完成型だ。奇人変人狂人魔神、それらが集う開発班の新機構――

 

 

「――式番・壱。展開」

 

 

 直後、銃の――涼暮月の姿が変わる。

 

 持ち手だけという歪な姿から、グリップとその周りはそのままに、本来あるべき部分に長細い銃身が虚空から現れる。

 

 完成したのは、俗にいうハンドガン。ただし、既存のどの銃とも異なる見た目を持った物だ。

 

 そして、空里はそれを、片手で持ったまま銃口を月に向けかざし続ける。

 

 まるで、月を狙うかのように。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 気配を殺し、己を殺す。

 

 そうして、誰にも……機械にすら気づかれず暗号名薬味こと、ネギ・スプリングフィールドを……正確には、そのすぐ側にいる獣を尾行する。

 

 様子を伺う限り、どうやら少年はエヴァンジェリン陣営の……確か茶々丸とやらを尾行しているつもりらしい。

 

 先程、件のエヴァが高畑に呼び出され共に学園長のところへ向かったようなので、機会を窺っているのだ。

しかし、すぐ側にオレンジの髪のツインテールの少女、神楽坂明日菜がいるためにやや手が出しづらい。

 

 流石に何か大きな隙があれば別だが、現状で二人に気づかれずにやつをどうにかするのは無理だ。おまけに周りに人も多い。

 

 いくら手に持つ涼暮月が“規格外”でも銃は銃。鉛の弾丸が発射され、多少なりとも音が出る以上一般に裏がばれる危険はつきまとう。

 

 故に、今は影のように機を待つ。待つのだ、が……

 

 

(どーして、君がそこにいるんすかねぇ……煌君!)

 

 

 薄い緑の長髪を持った茶々丸の横に、濃い緑の髪をし平時であるにも関わらず黒の燕尾服を纏った少年が一人。食材の入った袋をぶら下げた煌がいる。なぜか燕尾服が少し汚れているが、なぜ汚れているかはわからない。

 

 二人は何でも無い話をしながらにこやかに歩いている。が、そのほほえましい様子は組織の諜報担当として多くの情報を握る空里からすると笑えない。今の状況は笑えない。

 

 手元にある情報を鑑みるに、ネギ少年達は先日一度戦ったエヴァの従者である茶々丸を今の内に潰すために尾行しているのだろう。

 

 今はなぜか二人が人気のない方へ向かっているため、煌が離れればすぐにでも動くはず。

 

 が、それはまずい。非常にまずい。

 

 煌は長の息子、しかも唯一血を引く実子であると同時に幹部クラスの実力を持つという言うまでも無い関東呪術協会の重要人物。

 

 その煌と執事とメイドという仕える者同士の友情のような物をもつ茶々丸は“闇の福音”エヴァンジェリンの従者。

 

 そして、二人を追うのが魔法世界の英雄、ナギの息子、ネギ・スプリングフィールド。

 

 ここで、ネギ少年が何かした場合どうなるか結果を予想してみよう。

 

 

 煌が負傷する→セイはともかくさよさんが怒る。

 

 茶々丸負傷→エヴァンジェリンが超怒る。煌も怒る。

 

 結論。どっちかが負傷すると高確率で麻帆良大戦争。

 

 そして現状近くにいる幹部は、自分一人。

 

 

 ヤ バ イ !

 

 

 ここまでセイがひたすら我慢してきたのに、それを少年一人の身勝手な行動で台無しにされかねない。

 

 それを防ぐには、自分が動くしかないが、どうしたものか……

 

 

「それでは、荷物をおいて着替えてから来ます。次回のスイーツについてはそれから話しましょう」

 

「はい。ここで猫とともにお待ちしております」

 

(もう別れたっすか!? ヤバイか!?)

 

 

 そして、煌が離れてから少したって、少年達が動き出した。

 

 

「茶々丸さん」

 

「……ネギ先生、ですか。それと、神楽坂さん」

 

「……僕を狙うのを止めてくれれば、それだけで良いんです! エヴァンジェリンさんが吸血鬼だからとか、そういったことも言いません。だから……!」

 

「申し訳ありませんが、マスターの命令は既に下されています。そしてそれを私が覆すことはできません。また、判断を下すこともありません」

 

 

 茶々丸がぺこりと頭をさげ、二人と相対する。

 

 そして始まるのは、本当の裏に身をおく空里からすれば子供だましのような戦闘。

 

 ここで介入すれば無力化するのはたやすいが、自分が“浅い所”に顔を出すのはまだ早い。

 

 それに、涼暮月では威力が強すぎるため現状での制圧には向かない弱装弾や模擬弾頭もあるが、入れ替えの一瞬に動かれるのが怖い。

 

 こんなはずではなかったのに。一瞬そんな考えが頭をよぎるが、すぐに打ち消す。

 

 そんなことを考えていても、仕方がない。どうやらあのオレンジ髪の少女も無関係ではないようだし、今はこの状況をどうするか――

 

 

「――魔法の射手、連弾・光の11矢!!」

 

(おいおいおいおい、仮にも生徒に使う魔法っすか!?)

 

 

 高速連射自動追尾と三拍子そろった攻撃魔法。魔法の射手は初級の攻撃魔法だが、その分術者の魔力や技術に影響されやすく、上級者でも好んで使う者がいるほど。要はロボットアニメの髙機動戦での小型ミサイルやホーミングレーザーの一斉射みたいなのができるわけだ。

 

 それを、生徒に使うとは――!

 

 

(ええい、ままよ!)

 

 

 姿と気配を隠したまま、射線上に躍り出る。

 

 目に見えず、気配も無い。忍者が暗殺に使う技術の、最奥の一つだ。

 

 詳しく知る物はもはや自分一人。神里の家の一子相伝の秘技でもある。

 

 とにかく、一番良いのはうやむやにすることだ。そのためには、まず魔法の射手を撃ち落とす。

 

 開発班謹製多目的銃砲・涼暮月。その最大の特徴は、バリエーションの多さとその展開速度だ。

 

 見た目は陸上競技のスターター位にしか見えないが、実際はダイオラマ魔法球の技術を応用し、銃の中に一つの異空間を形成し、そこに銃弾や銃身、機関部などを収納し目的に応じて即座に展開が可能という物である。

 

 利点は、持ち運びが非常に楽なこと、弾切れがほとんどないということ、そして、文字通り“銃”から最大で“砲”まで選択して展開可能だということだ。

 

 今回は飛んでくる高速の魔法を撃ち落とす。しかも不審さを極力減らす為にぎりぎりで、という高難度。

 

 しかし、特訓メニューに比べれば格段に楽だ。正面からの十一発。全方位からの高速貫通ビームとかじゃない。

 

 一発、二発、三発……瞬く間に、ほぼ同時に魔法の射手が銃弾でもって迎撃され、光の粒子になって消える。

 

 ……十発目までは。

 

 

(~~~~~っ!! このタイミングで動作不良!? マジッスか!?)

 

 

 十一発目の銃弾は、何らかの理由で発射されなかった。

 

 そのため、残った一発は当然射線上の空里に着弾し、余波で砂煙を巻き上げる。

 

 そして、煙が晴れた時には……

 

 

「―――? あれ、茶々丸さん……!?」

 

「どこに行ったの!?」

 

 

 中心を撃ち抜かれた猫缶が、衝撃でくるりくるりと回っていた。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「これは一体どういう事ですか! 空里さん!」

 

「煌君ナァイスタイミングゥ! でも説明は後ッス」

 

 

 麻帆良郊外の森林地区。そこを二人の男が霞むような速さで走っていた。

 

 一人は空里。もう一人は茶々丸を抱える煌だ。

 

 あの瞬間、やむを得ず最後の魔法の射手を素手でたたき落としたのだが、上手いタイミングで煌が戻ってきたのだ。

 

 燕尾服は汚れたまま。どうも荷物の中に今日買ったネコ缶の内の幾つかが紛れてが入っていたのに気づいて戻ってきたらしい。

 

 とにかく、これ幸いと件の茶々丸を確保、獣は断腸の思いで保留、離脱したのだが……

 

 

「……」

 

 

 先行する自分の斜め後ろで、煌が笑っている。その表情を空里は、いや、関東や関西の幹部は皆知っているだろう。

 

 

(キレた時の長にそっくり……!)

 

 

 薄ら寒いものを感じた空里であった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 数日後。天乃五和・四層会議室。

 

 

 

 そこはあくまで普通の会議室であり、最下層の秘密会議室のような場所ではない。通常の会議に使われる部屋である。

 

 あくまで最下層の秘密会議室は本部長である朴木が召集するような重要な会議でしか使われない重要な部屋なのだ。

 

 ゆえに、普通の会議室である第七会議室も規模こそ大きいものの割と普段からよく使われる会議室の一つである。

 

 そしてその日、第七会議室には多くの者たちが集められた。

 老若男女、服装も様々だが共通点は大きく二つ。腰に巻いたりフードを追加して改造したりしているが、皆一様に白衣を身にまとっていること。

 そして、全員が“班長”と呼ばれる者達であるということだ。

 

 班長。ようは小さなものから大きなものまで一つの開発チーム、班をまとめる者のことである。

 元は関東発足時から今までに引き抜かれてきた科学者、技術者が研究分野、あるいは以前に所属していた会社・組織ごとにまとめられたグループのリーダーとしての暫定的なものだったが、問題が無かったので今に至る。

 

 なお関東呪術協会の場合、厳密には小班長とか大班長とかいるのだがここでは省略させていただく。また、一応班長は基本的に年齢などに関係なく同格である。

 

 そんな彼らが、大学の講義室のような扇形の第七会議室に百人から集まっていた。これだけいても氷山の一角である。

 

 そんな部屋の一番奥、一番低いところであり黒板の代わりに設置された大型ディスプレイの前に、一人の女性がいた。

 女性にしては長身でスタイルも良く、顔も整っているのだが、大きな黒縁メガネに化粧も何もしていない姿がそれを台無しにしている。

 緑のジャージの上に機械油で所々黒く汚れたよれよれの白衣を身に纏う姿は科学者というよりは技術者と呼ぶにふさわしい。

 

 その彼女が教壇というか演説台というか……とにかく机の前に立ちパンパンと机を叩くと、ガヤガヤと好き勝手に話していた班長達が静かになる。

 

 それをぐるりと見まわしてから、彼女は口を開いた。

 

 

「はーい開発班兵装部門の各班長の皆さんこのクソ忙しい時によーく集まってくれましたー。先にさくっと一言で要約すると、残念なお知らせがありまーす」

 

「はい!」

 

 

 その言葉に、班長の一人が手を挙げる。髪を角刈りにした軍人のような見た目の男だ。

 

 

「そこ、何かー?」

 

「それはもしかして、先日署名を集めて提出した『カ○リーメ○ト』のメープル以外の味も販売してほしいという申請が却下されたということでしょうか?」

 

 

 これに、班長達はざわめく。表だったの動きではないが、班長を含めた開発班の中にはメープル以外の味が好き、あるいはたまには他の味も食べたいという者達がたくさんいる。

 しかしこの天乃五環では全ての売店でメープルしか販売されておらず、長年多くの不満の声が寄せられていたのだ。

 

 

「違いまーす。今回のは別件です。……まぁさっき『論外』の二文字が書かれたメールが総務部から届きましたけどー」

 

 

 その言葉に、今度は班長達の多くが憤る。過激な者たちは『労働闘争、やっちゃう?』とか『地下の葉頭さんと三層の農耕部門の奴らも巻き込もう』とか『葉頭さんはメープル派だから難しい』とか色々言っている。

 

 パンパン!

 

 

「せーいしゅーくにー。今回はもっと重要なことで呼んだんですよー」

 

「あれ、その銃……空里さんの急な発注で造ったやつじゃ……」

 

「そうだよ。涼暮月だよ。たしか」

 

 

 発砲音に驚いた班長達が下を見ると、司会役の女性が白い銃を手に持って天井に銃口を向けていた。そこからは細い煙が伸びている。

 

 

「今回の議題はー、これについてですー。開発班史上初、“開発班謹製”の品で動作不良が確認されましてー、空里さんからリコール喰らいましたー」

 

 

 その瞬間、第七会議室から音が消え、次の瞬間爆発した。

 

 開発班謹製とうのは一つのブランド、誇りと言ってもいい。最高の技術の結晶、それらが更に合わさって生まれるのが開発班謹製という品だ。

 

 それに幹部たちは命を預ける。その信頼にこたえてきたからこそ、開発班という立場と居場所を得ているのだ。

 

 

「しーずーまーれーやぁー」

 

 

 ズドォン!!

 

 轟音。見れば、白い銃が白い砲になっていて、八十八ミリのような砲身が天井を向いていた。天井に穴などはないので空砲だろう。

 

 

「通信で聞いた限りではー、十一連射しようとしてら十一発目が発射されなかったそうですー。調べたところー、どうも空里さんの連射速度に転送が追いつかなかったみたいですー。原因はわかりましたけどー……、このままだと我々の根幹が揺らぎますよねー」

 

「……」

 

 

 グリップだけに戻した涼暮月を、指にひっかけくるくる回す。班長達は黙ってその様子をじっと見ている。

 

 

「どーするかー、わかってますよねー」

 

 

 パシィ、と回すのをやめグリップを握る。

 

 

「大班長権限でー、涼暮月の設計を全面的に見直しを目的とした特別チームを設置しますー。班長三十人までで構成して、大幅なグレードアップ。あるいはまったく別コンセプトでの新開発を目標としー、志願者を募りますー。目標は魔法球の中で一週間。こちらの七時間なのでー、デスレースは覚悟してくださいねー」

 

 

 そして、彼女は銃を置く。

 

 

「それではー、志願者を募りますー。志願する奴は手を挙げてー……」

 

 

 ――バツン!

 

 照明が、突如赤い非常灯に切り替わった。

 

 そして、鳴り響く警報。

 

 

「んー……? また『抜き打ち☆強制査察』ですかー? 最近多いなー」

 

 

 スピーカーがある天井を見上げて、つぶやく。

 

 本部“迷”物、査察部による『抜き打ち☆強制査察』。最近どうも多いとは思っていたが、班長クラスになると別段気にする物でもなく、話しを続けようとしたのだが……

 

《開発班統合部より緊急連絡!! 最下層・特殊ハンガーにて開発されていた実験機・計九機が暴走、地上を目指して移動を開始しました!! 各員は至急シェルターか最寄りの研究室に退避してください!! 現在五層を中央メインシャフトに向かって移動中、五層の全隔壁を封鎖し時間を稼ぎますので、四層、四・五層で機動兵器開発担当者やテストパイロットなどは保安部とともに協力して鎮圧にあたってください。破壊も許可されています!!》

 

 

 静まり返った第七会議室。そこで、アラートだけが鳴り響く。

 

 

「……大事件だーねー」

 

 

 

 


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