麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第五十八話 昼下がりの会談

 

 

 

 私は、最近思うことがある。

 

 魔法使いって、実は結構暇なんじゃないだろうか?と。

 

 なぜなら、自分と中学生一人の会話を監視するのにそこそこ腕の立つ魔法使いを三ダースも投入してくるのだから。

 

 単に紅茶を飲んで世間話をしているだけなのに、それを覗いて何が楽しいのだろうか?

 

 

「あなたもそう思いませんか?」

 

「この状況でその発言は、流石と言うべきなのカナ?」

 

 

 机を挟んで向かいに座る少女は、あきれ顔でこちらを見る。どうやら、彼女は少し緊張というか、警戒しているようだ。

 

 

「そうですか……ま、そろそろ話とやらを窺いましょうか。麻帆良の頭脳、超鈴音さん」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「単刀直入に言うヨ。私の仲間になってくれないかナ?」

 

「嫌です」

 

 

 

 間。

 

 

 

「……もう少し、訳を聞いてくれたりしてもいいんじゃないかナ?」

 

 

 眼前の少女、超鈴音が少し泣きそうになっています。何と無くサディスティックな気分にさせられました。特にそれで何か変わるのかと聞かれれば何も変わらないと返しますが。

 

 ふむ、と一つ考える振りをして少女を観察する。超鈴音、自身が知る情報はそれほど深くなく、とりたてて多くもない。

 背丈や身体つきは同年代からすれば普通か少し良い位だろう。

 前に一度木乃香ちゃんに聞いた話では、恐ろしく頭がいいらしい。本部の開発班曰く、自分達に比肩しうるとも。

 しかも、私の存在を知ってなお、相互不干渉でなく味方に引き込もうという思い切り。

 

 何か勝算があるのか。とにかく一考の価値はあるか。

 

 

「昔、誰かにも言いましたけどね、単刀直入すぎて意味不明です。目的から何から説明しなさい。それが私の益となることであるならば、考えても良い」

 

 

 超の目に、少し光が戻ります。なんか元気になりましたね。

 

 

「わかたヨ。貴方には隠し事をしてもマイナスにしかならなさそうダ。……私はネ、世界を救いたいのだヨ」

 

 凄まじいデジャビュ。こんなんばっかりです。ちなみに、今は術で魔法使いには会話を聞こえないようにしてますからね。

 

 しかしよりにもよって“彼ら”と同じ世界ときましたか。世界を救う、ね。

 

 

「如何にして?」

 

「魔法を全世界にばらすネ」

 

 

 

 

 

 

「……正気か?」

 

「無論ネ。そのための策も、その後の準備もしてあるヨ」

 

 

 魔法をバラす。ひいては、裏世界そのものが白日の下に晒されることになると。

 

 

「それが何を意味するか、わかって言っているのですよね? 世界は混沌の坩堝へとたたき込まれます。間違いなく、必ず戦争が起き、不要な、それでいて膨大な量の血が流される。あなたの考えは“それ”は、起きえなかった争いを敢えて起こそうという物だ」

 

「もちろんネ。私は科学者、荒唐無稽な絵空事を語る気は無いヨ。生まれる犠牲も、何もかも、それら全て計算し踏まえた上で私はやると決めて此処にイル」

 

 

 ――この娘、涼しい顔してなかなか……!

 

 

「……一つ、訊ねましょう」

 

「何ネ?」

 

「何故、世界を救う必要がある?」

 

 

 これは、避けては通れない疑問だ。

 

 

「昔にも、同じ事を言った相手に問うた事があります。何故に世界を救うなどと大それた事を目指すのですかね? 戦火に包まれた世界において何を持って世界を救ったと? そこまでする理由があなたにあるのですか?」

 

「何を持って、カ? 至極簡単なことネ」

 

 

 超は臆することもなく、目を見て答える。

 

 

「私は、実は未来の火星から来た火星人ネ。未来の火星は酷い有様でネ、生きていくことすらままならない。そんな未来を変えるために、私はこの時代に来たのだヨ。

故に私の答えは一つ。この世界の未来が、私の生きた未来の世界よりも最終的に平和になっていること。たとえそれまでに、どれだけの血が流れようとも、ダ。

無論可能な限り犠牲は減らせるようにするし、対応も考えているガ」

 

 

……

 

…………

 

………………

 

 

「そうですか」

 

「アラ、信じるのカ?」

 

 

 超が呆けてますね。大方失笑を受けるか、唖然とされるかとでも思っていたのでしょう。

 

 まぁ私もそれなりに驚きましたがね。しかしこの少女の語る話は真実と見て良いでしょう。

 

 

「貴女の話が真実だとすれば、納得できることが幾つかありますからね」

 

 

 たとえば、空里君が部下を動員しても影も形もつかめない、麻帆良に来るまでの軌跡とか、ね。

 

 

「答えを聞いても良いかナ?」

 

「変わりません。否、です」

 

 

 超の表情が、ほんの少し変化する。

 

 

「……そうカ」

 

「おや、諦めるのですか?」

「その反応を見る限り、魔法使いにちくったりはしないだろうしネ。今回は諦めるヨ。敵対されるよりはいいサ」

 

「おや、まだ敵対しないとは言っていませんよ?」

 

「だが、する気は無いのダロウ?」

 

「まあ」

 

「諦めたわけでは無イ。けど、とりあえず次回は相互不干渉あたりで交渉したいネ。それくらいなら良いかナ?」

 

「そのとき次第ですね」

 

「言質はとれないカー」

 

 

 椅子から立ち上がり、背を伸ばす超。軽く手を振りそのまま去るかと思われた彼女は、何か忘れ物でもしたかのように、こちらを振り向きました。

 

 

「もしかすると気を悪くするかも知れないが、もう一つだけ、訊いていいかネ?」

 

「何なりと。無論答えるかどうかは別として」

 

 

 

「……貴方は、何か、過去に戻ってやり直したいことはないカ?」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「あ、お帰りなさい。超さん」

 

「ん、葉加瀬カ……」

 

「それで、どうでしたか?」

 

「どうもこうもないネ。結論だけ言えば物の見事に空振り。失敗ダヨ」

 

 

 超は今回の結果を踏まえ悪くは無かったと思いつつも、少し焦りすぎたかと自己反省していた。

 

 自分の知る情報にはない組織と、その首魁。おまけにキーパーソンの一つとなりえた相坂さよを妻にした謎の存在。その人物との直接の接触。

 本拠地を調べようとしてもなかなか上手くいかないし、ここ二十年の歴史も自分の知る物と違う事が多すぎた。組織――関東呪術協会の影響で歴史そのものが狂い始めている。

 

 自分が過去に跳んだことで、因果律でも狂ったのか・・・・・いや、今回は接触が上手くいっただけでもよしとしよう。次の交渉への芽は残せた。

 

 ただ――最後の質問は失敗だったかもしれない。

 

 最後の質問をした後の、自分を見るあの目。

 

 冷たい訳ではない。濁っているわけでもない。むしろ澄んでいた、澄みすぎていた。

 

 まるで綺麗すぎて魚が住めない泉のように。たとえるなら、そう言う目だった。

 

 彼は結局何も言わず笑っていたが、次に会うときは今日にもまして警戒もとい心して事にあたる必要があるだろう。

 

 

「いやはやまったく、ままならいネ、葉加瀬」

 

「? そーですねー、でも、そんなもんですよー」

 

 

 

 


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