麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第五十七話 忍者散策

 

 

 

「~~~~♪」

 

 

 

 昼下がりの麻帆良。そこを、ひときわ人目を引く若い男が歩いていた。

 

 年の頃は青年というのが正しいのだろうが、その風貌と高い背丈が四~五歳彼を実際より年上に見せていた。

 

 身に纏うのはどこかの稲妻のような深紅のジャージ。頭には認の一字が書かれたバンダナ。

 

 どこでも買えそうな安っぽい雪駄はずるっペタずるっペタと石畳の上で音をたて、それにあわせるようにコンビニのビニール袋がガサガサと音をたてる。

 

 

「~~♪  ~~~、~~~~♪」

 

 

 左手に食玩の入ったビニール袋を引っかけて、両の手をジャージの上着のポケットに突っ込んで足取りも軽く歩いて行く。口ずさんでいるのはとあるアニメのオープニングテーマだ。

 

 

「~~、~~、~~~♪」

 

 

 見た目はそこらの軽そうな兄チャンだが、その実体は関東呪術協会の幹部の一人、組織の諜報関連の実働部隊を取り仕切る神里空里に他ならない。

 

 見た目とは裏腹に、組織内でも指折りの実力者だ。

 

 その証拠に、鼻歌を歌いながら歩きながらも、その実、一分の隙も無い。

 

 伸びた背筋。一見ただ歩いているだけのようだが、身体の重心はまったく左右にぶれることがない。

 

 たとえこの状態で狙撃されたとしても、対応することが可能だろう。

 

 

「~~~~♪……あっ、すいませーん! そのメロンパン二つくださいっす!」

 

 

 彼は、ビニール袋を派手に揺らし、車を改造した路上でパンを売る店に駆け寄っていく。

 

 

 

 ……繰り返すが、彼は組織でも上位に位置する実力者である。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 ――歩く。

 

 鼻歌を歌いながら歩く。

 

 雪駄のかかとを地面に擦りながら歩く。

 

 ビニール袋を揺らしながら歩く。

 

 さくさくメロンパンを咥えながら歩く。

 

 ただ、囓……食べ……歩く。

 

 

「……うん、美味い。さっすが長……社長推薦のメロンパン」

 

 

 思ったことを口にする。別に言っても言わなくても同じ事、メロンパンの味が変わることはない。

 

 けっして――そう、メロンパンは美味しい。それはこの世に存在する不変の真理の一つだ。

 

 口に出すまでもない。ああくだらない。

 

 だが、これも“仕事”だ。

 

 歩く。それは全ての基本。

 

 自転車でもいいが、いざというときに後で回収しにこないといけない。

 

 昔学生のころに一度やったが部下の緑ジャージが回収を拒否したので自分で取りに来る羽目になった。

 

 故に徒歩だ。

 

 無論、なんの用もなくふらついている訳ではない。ヒトの動き、路地の位置、小さな小さな、ほんの些細な事まで確認していく。

 

 メロンパンが美味しいなどということをわざわざ口にだしたのも無意味ではない。

 

 自分の現在位置から半径二十メートル以内にいる内の数人から感じる視線が少しだけ苛立ち混じりのきつい物になった。

 

“立派な魔法使い”、あるいはそれを目指す“もどき”。

 

 予想していたことであったが、ここ最近、麻帆良にいる魔法使いの数が少しずつ増えてきている。

 

 それも、ある程度の実力をともなった魔法使いが、だ。

 

 近衛近右衛門が呼び込んだか、それよりも上位のメガロメセンブリア本国が送り込んだ、魔法世界の魔法使い。

 

 確かに彼らは優秀なのだが……

 

 

「カタいんすよねー、ちょっと」

 

 

 根がまじめと言ってもいいが、些細な事にも反応する。そこそこ使えるのだろうが、専門職の技術を魔法(ズル)で補っている分、一般人ならともかく自分のような者とっては見つけてくださいと言っているようなものだ。

 

 メロンパンごときで勝手にこちらを過小評価したり見損なってくれるのだから、楽なことこのうえない。

 

 さぁ。今日はどれだけ連中を見つけられるだろうか?

 

 どれだけ連中に自分という“囮”見せつけてやろうか?

 

 

「次は、本屋にでもいくっすかねー」

 

 

 ほら、また一人、向かい側から歩いてくる男が一人顔をしかめた。人混みの中で五十メートルも離れた所からこちらに視線を送るなど下の下だ。部下だったらペナルティものだ。

 

 

「~~~、~~♪ ~~♪ ……?」

 

 

 メロンパン二つを平らげ、また違う曲にしようと思った矢先、何かが視界の端に映った。

 

 白い体毛に覆われた胴長短足の身体。イタチにも似たそれは――

 

 

「オコジョ? なんでこんな町中に」

 

「……?」

 

「おお?」

 

 

 オコジョと、目があう。

 

 直後、オコジョはすぐに路地の方へ逃げて行ってしまった。

 

 だが、あのオコジョの目に宿った感情には覚えがある。

 

 ――焦りだ。

 

 獣が、それもオコジョがこんな町中にいるというだけでも変な話だが、それが瞳に感情を宿すというのもまた変な話だ。

 

 だが、別にいい。些細な事だ。獣一匹いたところで、どうと言うことはない。

 

 そう結論し、また歩き出す。

 

 ……だが、何か嫌な感じがする。

 

 何か忘れているような。

 

 何か見落としているような。

 

 とにかく、このままではいけない気がする。

 

 忍として、こういった直感は信じるべきだ。今のような日常で感じることなどは特に。

 

 だが、閃かない。

 

 あと少しで出てきそうなのだが、わからないのがひどくもどかしい。

 

 

「……しゃあないか」

 

 

 思い出せない以上、思考に囚われて動けなくなることの方が怖い。

 

 故に、空里は再び歩き出した。

 

 報告は迅速かつ確実に。それが組織の大原則だ。

 

 本当はいけないことだが、携帯電話を取り出し長であるセイに電話をかける。

 

 報告して、何かわかればそれでよし。わからなくても報告が完了するのだから問題はない。

 

 

『―――はい、私です』

 

「あ、社長。実はですね……」

 

 

 自分が見たことを、正確に伝える。これも忍者には必要な技術の一つである。

 

 

『……空里君。そのオコジョ、可能ならすぐに確保してください』

 

「了解したっす」

 

 

 電話の向こうのセイの声が、ほんの少しだけ変化した。空里もそれに反応して、自分の意識を切り替える。

 

 忍者は、主の命令を疑う必要は無い。

 

 雇われの身であるなら必要なことだが、今は違う。

 

 主と仰ぐべき方を、自分の中で決めている。

 

 セイの方針で普段はそんなことはないが、今のは“お願い”ではなく“命令”だ。

 

 なら、ただ仕事を始めるだけだ。

 

 

 

 次の瞬間。

 

 

 

 関東呪術協会構成組織の一つ、表では神里総合警備を名乗る神里忍軍の若き首領、神里空里は、さながら映画のコマ落ちのように何の予兆もなく、さながら世界から切り取られるかのようにして姿を消した。

 

 

 

 


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