麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第五十六話 エヴァと

 

 

「むぅ……」

 

「どうしたんですか? セイさん」

 

「あ、さよさん」

 

「はい、どうぞ」

 

 

 

 手元の書類の内容にため息をついている時に、ちょうどさよさんがやってきました。

 

 さよさんが手に持っていたお盆を下ろし、自分の前にお茶を置いてくれる。

 

 

「……えへへ」

 

 

 それから、さよさんは私の隣に腰を下ろしてぴたっとひっついて来ました。

 

 さよさんの体温を布越しに左側に感じつつ、湯気の立つ湯飲みに口をつけ、再び書類に眼を落とす。

 

 昔、私が造った魔法球は二つ。一つは特訓などで使われる『黄昏』。主に鍛錬、模擬戦闘用の物です。

 

 それと、もう一つ。

 

 魔法球、『水華殿』。こちらは生活用の魔法球で、用途、規模ともにエヴァのレーベンスシュルト城のような物です。

 町一つ分ほどの和風の屋敷が水上に建ちならぶ少し特殊な設計で、ちょっとした迷路のようにも見えますかね。

 

 あと最近少し手直しして、中央部から順に幾つかの層を形成するようにしました。中央部が最も高く、段々畑のように高低差を付けて水の流れを制御しやすくしました。

 

 ぱっと見はもう城ですね。天守はありませんし、もっとも高いところも普通の和風建築ですけど。

 

 まぁこれだけ広いと、家の家族が一人一棟使っても有り余ってるくらいなんで無駄と言えば無駄なんですけどね。

 

 

「まーた難しい顔して何読んでるんですか?」

 

 

 おっと、さよさんの顔がいつのまにか真横に来てました。悪いクセですね、ついつい考え込んでしまう。

 

 

「いえ、昨日の朝、いろいろ起きていたようで……」

 

「それは……」

 

 

 さよさんの顔が曇ってしまいました。おそらく、千草ちゃんの事を思い出したのでしょう

 現在、千草ちゃんは天乃五環内の病院にて療養中です。腹部を貫いた刀は、幸い脊髄などの後々まで影響を残すような器官には傷を付けておらず、時間をかければ復帰はたやすいとのこと。

 全治二ヶ月ですが、ダイオラマ魔法球を使えばそれほど長くもかからないでしょう。

 

 ……でも、傷は傷。

 

 千草ちゃんは家の中で唯一の生物学的な意味で純粋な人間です。

 

 些細な事でも、たやすく死ぬ。そして、そうでなかったとしても、彼女は老いる。

 

 いずれ、私も……いえ、私達も決断を迫られるでしょうね。フゥ。

 

 ぷに。

 

 

「……ん?」

 

 

 ぷにぷに。みにょーん。

 

 

「ふふ、柔らかいです」

 

「……何してるんですか、さよさん」

 

「また私の事を忘れたから、お仕置きです」

 

 

 さよさんに頬を指でつつかれたりしました。ひっぱらないで欲しいです。

 

 

「さよさんもこれを見ればそうなりますよ」

 

 

 そう言って書類を手渡す。内容はろくでもないことばかりだ。

 

 千草ちゃんの負傷と衣子ちゃんの武器全損から始まり、エヴァから会談の要請があったとか、超包子の代表から連絡があったとか、他諸々。

 

 特に最後の報告はいけない。天乃五環・査察部からの『四層より下の階層にいる開発班が最近なんかカオスでやばそう』という報告。

 

 いまいち要領を得ない部分もあるが、何か企んでいるというのは間違いなさそうだ。報告書の感じだと、冗談ではすまないレベルの話なのだろう。一度戻らないといけないかもしれない。

 

 

「千草ちゃん、傷が残らないと良いんですけど……」

 

 

 さよさんが書類を見ながら言いました。どうも私とは違う所を見ているようです。

 

 

「お腹ですし、隠れるからいいのでは?」

 

「もう、そういう問題じゃありませんよ」

 

 

 そうなのですか。

 

 

「それで、どうするんですか?」

 

「……そうですねえ」

 

 

 ま、とりあえずは……

 

 

「一個ずつ。すませていきましょうか」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「なかなか趣のある所じゃないか」

 

「それはどうも」

 

 

 まず始めに手を付けることにしたのは、エヴァとの会談。麻帆良における他勢力の中では一番信用できるし、その人となりは信頼できます。

 ただ、彼女に問題ないとしても、私達がこうして魔法球『水華殿』の中で会うということだけで周囲の立派な魔法使いが騒ぎそうでいやですが。

 

 

「と、いうわけで、何かようがあるなら簡潔かつ明瞭に手短でお願いします」

 

「また貴様は……まぁいい、簡潔にいうぞ。ネギ・スプリングフィールドの実力を見ておきたいのだ」

 

「えーー……」

 

「そうあからさまに嫌そうな顔をするな! ナギの息子、それがどれだけのポテンシャルを秘めているのか、それを確かめておきたいのだ。どうせジジイのことだ、何か理由をこじつけて私と戦わせようとするだろうさ」

 

「で、どうせなら自分からしかけてやろうと?」

 

「そうだ」

 

「……それ、別に私に言わなくてもよかったんじゃないですか?」

 

 

 エヴァが、出されたお茶菓子を口に運びながら、めんどくさそうに口を開く。

 

 

「言っておかねば、ニンジャどもが邪魔するかもしれんだろう。ここ最近、新しく来た赤ジャージが日中からそこら中でフラフラ買い食いしているのをしらんのか? あれは実際は監視だろう?」

 

「え?」

 

「ん?」

 

 

 へー、空里君はそんなことしてたんですか。まぁ給料でやってるんでしょうから、別に良いでしょう。

 口うるさく注意するような事でもないですし。

 

 おや、エヴァがなんだかうなだれています。なぜでしょう?

 

 

「まったく、貴様ときたら。本当に監視では無いんだな?」

 

「まぁ、強いて言うなら情報収集くらいですかね? ……ああ、そう言えばこの間ネギ少年が惚れ薬を造ろうとしたのをフラスコを狙撃して邪魔したって報告はありましたが……それくらいです」

 

「……とにかく、協力しろとはいわん。黙認してもらえればそれでいい」

 

「いいんですか? 登校地獄が解けたとはいえ、学園結界の影響でたいした力は出せないでしょう?」

 

「ほう、知っていたか……いや当然と言えば当然か。まあ心配するな、考えがある」

 

「まぁ……木乃香ちゃんと一般人を巻き込まなければいいですけど」

 

「ふふん、まあ見ていろ」

 

 

 エヴァは自信満々なんですが……どーにも、寒気が……水流の調整間違えましたかね?

 

 

 

 


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