麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第五十四話 黒眼剣士

 

 

 

 ――古都、京都。

 

 古き時代の趣を今に色濃く残す町だ。

 

 その京都にあるのが、関東呪術協会の発足以降力を落とした関東魔法協会とは対照的に、そのかつての影響力を取り戻しつつある関西呪術協会の本山である。

 

 そして、いつもなら静寂に包まれている朝の本山は今、騒然としていた。

 

 

「クソ、まだ見つからへんのか!」

 

 

 彼女の名は天ヶ崎千草。関西の最高幹部であり、同時に関東の幹部でもある女性だ。

 

 黒の着物に濃緑の帯、長くのばした髪をうなじで束ね、足早に移動しながら矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

 その表情にあるのは、彼女としては珍しい焦りの表情だ。

 

 

「ええい、鶴子さんがおらへんこの時に……!」

 

 

 青山鶴子。彼女もまた関西の最高幹部であり、また神鳴流の師範でもある。京都の本山に常駐する幹部の仲では最強と呼ぶにふさわしい女傑である。が、彼女は今いない。

 

 先日、結婚六年目にしての妊娠がわかり、一時的に幹部としての職務から離れ入院中である。

 

 

「千草様!」

 

「おったか!」

 

「いえ。それどころか、武器庫から“炎天”や“風花”などの業物が数点消えています」

 

「……まずいな、どこ行きよった」

 

「千草様!」

 

「どないした!」

 

「市街地に散っていた者から連絡が。“長”は市内の封鎖を突破した模様です!」

 

 

 そう、関西の長、近衛詠春が突如行方不明になったのだ。人望がそれほど無くとも長は長、上へ下への大騒ぎだ。

 そこに来たのが、やっと見つかったと思った詠春が力ずくで押し通ったという知らせ。

 

 

「なん……やと……?」

 

 

 一瞬、千草の顔から表情が消え、すぐに怒りを露わにする。

 

 

「あのアホォ……、自分の立場わかっとんのかぁっ!」

 

 

 本山に言霊と霊力の乗った怒鳴り声が響き、辺りがシンとする。

 

 

 それから、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

 

 

「逃 が さ へ ん」

 

 

 ずずず……と、千草を中心に空気が渦を巻く。

 

 

「関西最高幹部の権限で非常事態宣言を発令する!! 京都府庁と府警の担当部署にも協力を要請しぃ!

目標は県内での捕縛! ただし最悪の事態も想定して近畿圏内全域の各地の支部にも協力を要請し、石化封印も許可する!」

 

「千草様、石化封印はやりすぎでは!?」

 

「殺さんだけましや。魔法世界の鬼神兵一太刀で切り伏せる相手にウチらが手加減らできるか。後で解呪したらええんや解呪したら。……ちゅうかそもそもなんでこの時期に動き出したんや?」

 

「あのぅ……それなんですが……」

 

「なんや、どないしてん」

 

 

 少しクールダウンし、ちょっと思考がさえてきた千草が、ふと疑問に立ち返る。なぜ“彼”は突然いなくなったのか?

 

 そこにやってきたのが、本山にたくさんいる巫女の一人である。手に持つのは、パソコンと言うには少し小さい板状の機械。

 

 

「……小型DVDプレイヤー? そんなもんがどないしたんよ」

 

「その……長の部屋にこれが」

 

「っ、貸し!」

 

 

 千草は巫女からそれをひったくるようにして奪い、すぐに電源を入れて再生ボタンを押す。

 

 周りにいた術者達も、何か手がかりがあるかとモニターを覗き込む。

 

 だが、なぜかモニターは割れていて映像を映さない。しかしかろうじてスピーカーは生きて居たらしく、音声のみの再生となった。そして――

 

 

 

『フォフォフォ……この本が欲しくば、儂の質問に答えるのじゃーフォフォフォ』

 

 

 

 機械を通しているので少し変わっているが、聞く者を酷く不快にさせる独特な笑い声。まちがいない。

 

 

「ぬぅらりひょんが原因かぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 今度は、突風が吹き荒れた。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 電話がかかって来たのは、朝食を取るために皆で食卓を囲んでいたときでした。今は空里もここにいて同じ食卓を囲んでいます。

 

 先日の一件も無事かたがつきました。エヴァとは不干渉を結べましたし、近右衛門も空里君がゴーレムを 粉々にしてくれたそうです。

 ダメージの何割かが本体にいくハズなので、報復としては十分でしょう。

 

 面倒ごとが一段落し、この場にいる者達は誰もが皆ゆるやかな時間の中で朝食を取っていました。

 

 そんなときです。ヴーンヴーンという振動音が聞こえたのは。手に持っていた箸をいったん置きます。

 懐から携帯電話を取り出して開いてみれば、そこに書かれた番号は、天乃五環で一般雑務を取り仕切る古郷善一朗。

 

 彼もずいぶんな古株であるため、さして躊躇うこともなく電話に出ました。

 

 

「はい、私です」

 

『長か、緊急事態だ!!』

 

「……何事です」

 

 

 

『近衛詠春が、一人で麻帆良を目指して動き出した! 今琵琶湖北岸付近で関西の部隊が防衛線を組んで足止めしているところだ!

さっき関西から正式にウチに援護要請が来て、千草と衣子のお嬢さんがたが抑えに出てるが分が悪い、私も第二、第三防衛線の構築が終わり次第出るが、長もなるべく早く来てくれ!』

 

 

 

 一段落など、していなかったんですよね。

 

 

 

 


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