麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第五十話 見ている人々

 

 

『これが図書館島……』

 

『でも……大丈夫かなー。下の階は中学生部員立ち入り禁止で危険なトラップとかあるらしいけど……』

 

「……だったら行くなっつうの」

 

 

 高度一万三千メートル。やたらと個性的な幹部が多い関東呪術協会の中で、特にアクの濃い者達が所属する技術開発班が造りあげた多目的双胴飛行船、薄雲(はくうん)級がその巨体を静かに夜空に浮かべていた。

 

 輸送艦としても運用される空挺仕様に換装された十番艦、船体側面部に大きく黒で癸酉と書かれた船の艦橋で、臨時に艦長を任された開発班の班長の一人はコーヒー片手にそうひとりごちた。

 

 ……もっともこの薄雲級、実際には百メートル近い全長にステルスを筆頭として様々な機能を標準装備したとても飛行船などとは言えないシロモノなのだが、本人達が言うにはあくまで飛行船らしい。

 

 

『え……あの……魔法なら、僕封印しましたよ』

 

「魔法って……もう一般人にばれてるのかよ。ったく……あーあーあーあー、入ってっちゃったよ、木乃香お嬢さん」

 

「何を言っても所詮はまだ十のガキんちょですからね、無理もないでしょうよ」

 

 

 同じくコーヒーを持った部下が相づちをうった。モニターに映るのは赤毛のパジャマの少年。そののほほんとした顔に、苦々しげにため息をつく。

 

 

「なんでだよ。世の中他にも魔法の使えるガキなんざいくらでもいるだろうが」

 

「そこはほら、周りがしっかりしてるから」

 

「はっ、だったらこの麻帆良がしっかりしてないってか? ……いや、考えてみりゃその通りか。わざと魔法バレ誘発させてるって話もあったし。なんたって組織の長があれじゃあなぁ」

 

「ああ、ぬらりひょん……俺も初めて見ました。あの頭なんなんすかね? 生物科学研究班は一応人間に間違いないって話ですけど……」

 

「妖怪にしか見えねぇやな……」

 

 

 手に持ったカップのコーヒーを少しすする。

 

 艦橋に投影された大きな3Dモニターには、監視対象を含めた数人の女子中学生とその担任教師が水辺の裏門から夜の図書館島に侵入する様子がくっきり鮮明に映し出されていた。

 

 

「で、どうします? 班長」

 

「どうしますもこうしますもないだろーがよぉ。長に言われてたとおり地上の奴らに連絡。空里さんと木乃根の部隊長、荻っちの順番でな。長は最後でイイから」

 

「りょーかいしやしたー」

 

「ったく、きっちり連絡しろよ? 俺らがとちったせいで何かおきて、サムライマスターに艦(こいつ)ごと八つ裂きにされるなんて冗談じゃねぇ。……ところで、“千里”の具合はどうよ」

 

 

 ――特装三番・千里。

 

 

 現在この十番艦の下部に装備されている特殊装備で、超長距離用複合観測システムの試作品である。

 複数の大型カメラスコープにそれを統合するコンピュータ、さらには小型カメラと中継・ステルス機能を搭載した無人機の管制。

 他にも重力波観測にレーダー機能、霊力観測など、観測や索敵に特化したこれ一台で最大二百キロ圏内の偵察監視ができるほどの優れもの。の、試作品。

 

 今回開発班の班長が臨時の艦長などやっているのも“千里”のモニタリングのためである。

 

 

「見ればわかるでしょう? 重力波観測機、複合光学投影システム、その他諸々問題ありません。子機もちゃんと音を拾えていますし、ステルスも良好です。どうします? 図書館地下に突っ込ませて地下何メートルまで拾えるかの試験もしますか?」

 

「馬ァ鹿、万が一向こうに回収されたらどうするよ? ……特定状況下での性能試験なら葉頭さんに頼んで本部の縦坑使やぁイイだろ。地下の観測は空里さんと“西”のに任せとけ。失敗しても俺はしらん。部隊の回収は九番艦の忍者の連中の仕事。情報漏洩が何より怖い。自己責任だよ自己責任」

 

 麻帆良北西十五キロ、高度二百メートルにいるであろう僚艦のことを頭に思い浮かべ、すぐにそれを振り払った。

 

 向こうにも自分と同じ開発班の班長がいる。心配するまでもない。

 

 

「了解しました。麻帆良に飛ばした子機、全十二機帰投指示出します」

 

「おーう、頼むわ」

 

 

 コンソールに向かい投影されたキーボードを叩く部下に空いている手をひらひらさせて、自分はズズズズズズ……とコーヒーの残りをすする。

 

 モニターには、門の近くに残された二人の少女が映っている。

 

 

「さぁってぇと……何事も無く上手くいきゃいいが」

 

「? 班長、何か言いました?」

 

「何でもねーよ。それよかとっとと働け」

 

「はぁ?」

 

 

 班長が飲んだコーヒーは、すっかり冷めてしまって苦かった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「……! 対象が動き出しました!」

 

『わかった! 僕も行きますから、瀬流彦先生はそのまま監視をお願いします』

 

「わかりました。監視をつづけます。……はぁ」

 

 

 魔法先生である瀬流彦は、ある人物の監視をしていた。

 

 相手は、荻原鈎介。関東魔法協会と因縁のある関東呪術協会の長、暗辺セイが代表をつとめる雑貨店のバイトチーフだ。

 

 夜も遅く、テスト問題を造っていた瀬流彦に学園長から『何か動きがあるかもしれん』と連絡がかかってきて、監視するように指示されたのだ。

 

 関東の長暗辺セイの方にも、監視の人員はいっているらしい。かわりに手薄になったこちらに自分がまわされたというわけだ。

 

 ……正直眠い。凄く眠い。

 

 この時期、一般の教師にまして魔法先生は死ぬほど忙しいのだ。冗談ではなく、下手すれば過労死しかねないほどに。

 

 理由はテスト。そう、テストだ。

 

 魔法生徒はまだいい。たしかに夜には警備かりだされ勉強の時間がとれなくなるが、テストを乗り切ればそれで終わりだ。

 

 だが、魔法先生にはそれに加えてテストの採点がまっているのだ。さらに成績もつけなくてはいけない。

 

 なのに、ここに来ての通常シフト外の急な呼び出し。理解できる部分もあるので仕事はするが、せめて残業代が欲しい。いつもの警備だって無償なのに。

 

 夜の警備は、決して公務員の仕事では無いはずなのだ。

 

 

「おっと、いけないいけない」

 

 

 眠さもあってつい思考が愚痴っぽくなってしまい、対象を見失うところだった。

 

 頭をふって眠気をはらい尾行を続ける。

 

 相手が裏の関係者だと決まったわけではないが、限りなく黒に近いと麻帆良首脳部では判断している。油断は出来ない。

 

 

「!」

 

 

 と、その時、荻原に複数の男女が合流した。人数は荻原を入れて全部で十一人。その全員がバイトメンバーだというのだから、瀬流彦の気も引き締まる。

 

 彼らが集合したということをガンドルフィーニに念話で連絡し、自分も後をつける。

 

 彼らはその後も別れることなくまとまったまま移動し、やがて繁華街のある一件の店に入っていった。

 

 

「ガンドルフィーニ先生、対象、店に入りましたけど……どうします?」

 

『……中に入って様子を見ててくれますか? 僕ももうすぐ合流します。中で合流しましょう。店の名前は?』

 

「天川です。定食・天川」

 

『ああ、繁華街の。ではすぐ行きます』

 

「ふぅ……よし、行こう!」

 

 

 頬をパンと叩き、気合いをいれる。瀬流彦は定食・天川に向けて足を踏み出した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「荻原さん、来ましたよ」

 

「さっき追加で注文した生中?レバニラ?それともラーメン?」

 

「違いますよ。ほら、あの入り口のとこ」

 

「ホントだ。でも一人か。まだ来るな」

 

 

 定食・天川。夜になると居酒屋もやる店の一角に、彼らはいた。関東の潜入員七人に、関西の木乃根が四人。十一人の男女が机を囲っていた。

 

 彼らがこうしてこの場に集まったのには当然理由がある。それは――

 

 

「えっと、生中三つお待たせしました」

 

「レバニラと、ラーメン。お持ちしました」

 

 

 唐突に声がした方を見れば、机の高さに頭が二つ。

 

 

「ん、ご苦労さん。偉いねルリちゃん、ラピスちゃん。まだ小さいのに」

 

「ありがとうございます!」

 

「どうも」

 

 

 ビールと料理を手分けして持ってきた双子の看板娘の頭をなでる。天川の二枚看板・天川ルリと天川ラピスだ。

 

 二人に対するエピソードとして、昔酔った麻帆良大生が二人にちょっかいを出した所厨房から影のような動きで飛び出してきた父親(店長)に瞬きの内に七人が鎮圧されたという事件がある。

 

 この時、父親のエプロンに大きく漢字で“黒百合”と書かれていたことから、二人は黒百合の逆鱗とも呼ばれている。

 

 

「……いいんですか、荻原さん。お酒なんかのんで」

 

「良いんですよ、それが指示ですから。なんてったって私達は」

 

 

 ―――囮なんですから。

 

 

 そう、あの時彼が長から命令されたのは、何か動きがあったらバイトメンバーを集めてどこかのお店で迷惑にならない程度に飲んで食べて騒ぎ、麻帆良の注意をある程度こちらに集めること。

 

 特に何かに気を付けろとも、誰かを尾行しろとも言われてはいないのだ。

 

 

「ほら、のんでのんで。今日の分の飲み代は店長が後で全額払ってくれるそうですから、飲まないと損ですよ。すいませーん、例のヤツお願いしまーす!」

 

「はーい!!」

 

 

 荻原は、ここぞとばかりに店で一番高い酒を頼んだ。

 

 それを機に、他の面子も遠慮せずに夜限定の高いメニューを頼み始めた。

 

 

 

 ――その様子を見て、職務中で酒を飲むわけにもいかない瀬流彦は涙をこらえていたそうな。

 

 

 

 


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