麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第四十七話 魔法使いの憂鬱

 

 

「学園長の言葉通り、暗辺セイが大戦で名を売った傭兵、クロト・セイであるというのは間違いないようです」

 

 

 麻帆良学園長室。今は壁にプロジェクターでもって幾つもの情報が映し出されているこの部屋に夜の遅い時間であるにもかかわらず集められたのは、この麻帆良の中枢を成す者達。

 

 学園長を筆頭に、大学部の明石教授やシスター・シャークティ。ガンドルフィーニや葛葉刀子、二集院光、瀬流彦など。

 

 タカミチ・T・高畑はこの場にいない。ネギ少年を自分の部屋に移すために女子寮の近衛木乃香・神楽坂明日菜両名の部屋に向かっているはずだ。

 

 

「学園長、この麻帆良周辺に不審な飛行船が現れたとも聞きましたが……」

 

「……うむ。明石君」

 

 

 シスター・シャークティの問いに、近右衛門は明石教授に目で合図を出した。

 

 

「……確かに、七時三十分頃、麻帆良北西十五キロの地点に突如として所属不明の飛行船が現れました。これがその写真です」

 

 

 学園長室の壁に映し出されたのは、巨大な“二つ”の船体を持った“一つ”の飛行船。

 

 写真は衛星から撮られたのか、いささか画質が荒い。

 

 

「そして、学園長がネギ君を高畑先生の部屋に移すとクロト・セイに伝えてから三分後の写真がこれです」

 

「……!」

 

 

 その写真に、室内にいる者達は目を見張る。

 

 写真の飛行船は、その巨体の前半分が透けて消えつつあるのだ。

 

 

「光学迷彩、もしくはそれに連なる魔法か……明石教授、追跡は?」

 

 

 明石は黙って首を横に振る。

 

 

「学園長、いくらなんでも危険すぎます! 関西の幹部として来ているというなら、詠春殿と交渉して他の幹部と変えてもらうことは……!」

 

 

 声を上げたのは、ガンドルフィーニ。

 

 

「無理じゃ。今回の件、婿殿は単身ここに乗り込むつもりじゃったようじゃ。交渉するにしても、今すぐにとはいくまい」

 

 

 大戦の英雄、魔法世界でも名の通ったサムライマスターが敵になっていたかもしれない

 

 多くの魔法や敵兵。時に鬼神兵までも切り捨てたその刃が自分に向かっていたかも知れない。

 

 もしそうなっていた時のことを想像し、魔法先生達はいずれも顔を青くした。

 

 

「あの……葛葉先生。参考までに聞きますが、クロト・セイについて何か情報があったりは……」

 

 

 それまで何も言わず、ただ瞑目していた葛葉刀子に視線が集まる。彼女は関西の出身であり、あるいは学園長よりも彼については詳しいかもしれないのだ。

 

 

「あの方は、私の知る中で最強クラスの一人です。私一人であったなら、不意を突き、尚かつ特攻覚悟でもし一太刀入れられたならば僥倖と言っていいでしょう……あの方はそういうレベルの世界の住人です」

 

「で、でも、後衛主体の術者なら接近戦に持ち込めば……」

 

「瀬流彦先生、こんな言い方はいけないのかもしれませんが……私でも近づくことは容易ではありません。伝聞ですので詳しくは知りませんが、あの方は面制圧、あるいは空間制圧を得意とする範囲殲滅型らしいので。それに仮に近づけたとして、近接戦闘の為の手札など幾らでも用意しているでしょう。押しつぶされるか四散させられるか……下手をすれば木っ端みじんというのもありえます」

 

 

 そう語る刀子に、問を発した瀬流彦はさらに顔を青くするばかり。

 

 

「最初から手詰まりでは、動きようもない。このことは、本国の元老院にも報告してある。……動いてくれることを期待するしかあるまい」

 

 

 召喚大師など多くの異名を持つ魔法世界歴代最高額の賞金首。それが、麻帆良にいる。

 

 学園長室の空気は、とてつもなく重かった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「総督、リカード元老院議員が到着しました」

 

「おや、予定していたよりも早いですね。どうぞお通ししてください」

 

 

 新オスティア信託統治領。

 

 現在はメセンブリーナ連合の実効支配を受けるこの地にも、クロト・セイに関する情報は回ってきていた。

 

 秘匿されかけたその情報を、運良く入手した男の名はクルト・ゲーデル。オスティアの現総督。

 

 彼もまた、かつては紅き翼に身をおいた者の一人だ。

 

 

「お久しぶりですね。リカード議員」

 

「ハッハッハ、お前も随分偉くなったじゃねえか、クルト総督サマよ! ……で? わざわざ俺を呼んだってことは、何かあったか?」

 

 

 クルトはリカードに席に着くように促し、自身もまた彼の向かいに腰を下ろした。

 

 

「リカード議員。私は大戦中、紅き翼に属し、戦場をいくつも巡りました。それは、当時提督であったあなたもそう」

 

「あん? そりゃそうだが……それがどうした? 思い出話なんぞ人を呼びつけてまですることじゃあねぇぞ」

 

「少し、看過し得ない情報を手に入れまして」

 

「ほぉ? 新進気鋭の若手総督様が看過し得ない情報ねぇ」

 

「ここからは単刀直入に行きます。……クロト・セイ。聞き覚えは、お有りのはずです」

 

「……!」

 

 

 その言葉を聞くや否や、リカードの表情が引き締まった。その名は連合に所属した兵士にとって、それ以上に元老院にとっては大きな意味を持つ。

 

 とびっきりの、厄ネタだ。

 

 

「元老院の上層部は秘匿する腹づもりのようです」

 

 

 リカードはフン、と鼻をならす。

 

 

「そりゃそうだ。今の上層部、それもほんの数人しかいねぇ当時の生き残りからすれば戦々恐々だろうよ。なにせ当時の同僚を皆殺しにされたんだからな。それも白昼堂々、真正面から乗り込んで、な。

……わかるか? 当時の元老院っつったら、世界で一番安全な場所の一つだったんだぞ? それを単機で真正面からやられたんだ。関わりたくも無くなるさ」

 

 

 鮮血事件。メガロメセンブリアの惨劇とも言われるこの事件。当時の政界を混沌の底へと突き落とした大戦後期の最大の政変だ。

 

 

「……そこで、当時軍の提督という立場にあったあなたの話を是非聞かせて欲しいのです。クロト・セイに関する噂でもなんでも良い」

 

「……? んなこと聞いてどうする」

 

「対策を立てます。彼は今旧世界、極東にいます。現在唯一存在を確認された完全なる世界の大幹部格。大戦終盤前に離脱したため、元が付いているとしてもその程度たいした問題には……」

 

「ああ、無駄だ無駄。あれはもう一つの天災だ。手を出さない方が良い。少なくとも俺は部下にそうさせたぞ。あの戦争中ずっとな」

 

「……理由を聞いても?」

 

「無駄だからだ」

 

 

 その言葉に、さしものクルトも呆れてため息をつく。

 

 

「ですから、それが何故かと……」

 

「効かないんだよ」

 

 

 リカードは、クルトの言葉を切ってまで言う。酷く、真剣な光を宿した目で。

 

 

「アレには何も効かなかった。厳密にはこちらの攻撃が奴まで通らん。詳しくはわからんが、あれの障壁は硬すぎる。兵の剣も、高位魔法も、艦載主砲級の精霊砲であってもぶち抜けん。それに大戦中の戦艦撃墜数のレコードはラカンが持ってるが、被害の大きさで言うなら奴の方が凶悪だ。狙い澄ましたように嫌なところを突いてきていたからな」

 

「……馬鹿な」

 

「本当のことだ。しかもやつはラカンの気合いやナギの馬鹿げた魔力頼みの力押しとも違う。上級魔族みたいな量の魔力を、完全に制御して理詰めで戦いやがる。

はっきり言って、あいつ一人でグレート=ブリッジよりも厄介だ。考えてもみろ、あいつ一人送り込めば、帝国がやった大規模転移術式を用いた作戦と同程度の効果を出せるんだぞ?」

 

 

 クルトもまた、旧世界の麻帆良にいる魔法先生達と同じように顔を青くした。

 

 

「それは……」

 

「そりゃ無論弱点が無いわけじゃない。ほとんど唯一と言って良い奴の負傷記録があって、お前の師匠のサムライマスターが相手だそうだ」

 

「斬魔剣、ですか」

 

「そこまでは知らん。だがそれにしたってそうそう上手くは如何だろうし……極東までお前が出向くつもりか? “総督”のお前は簡単には動けんだろう。動くのはお前の子飼いの兵。装備の質と連携が売りの連中に、一騎当千の二つ名持ちが倒せるか?」

 

「それは……いえ、それでも、やらねばならないのです」

 

「ふん。秘匿がかけられていない記録なら今度まとめておいてやる」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 

 ――クルトはリカードの知らないもう一つの情報を握っていた。

 

 二十年前の、アリカ王女との会話で知ったことだ。

 

 

 当時、彼は紅き翼同様戦場で活躍する傭兵、アリアドネーの笑う死書、クロト・セイを勧誘してはどうか、と進言したのだ。

 

 それに、アリカはなんと答えたか。

 

 

 

『クロト・セイを、仲間に?』

 

『はい。話に聞く通りなら、きっと力を――』

 

『無理じゃな』

 

 

 

『奴は……奴もまた、完全なる世界の、大幹部であるのだからな』

 

 

 

 


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