悪ガキとのストレス発散……もとい実践的武術指南を終えた私は次の日には麻帆良に戻り、しばらくはある程度平和な日々を過ごしていました。
あくまでも“ある程度”です。魔法使いからの視線が凄いので。気にしませんけど。
しかし、それも今日まで。また新たな難題が発生したのです。
今日、ついにこの麻帆良に赤毛の馬鹿……ナギ・スプリングフィールドの息子、ネギ・スプリングフィールドがやって来きます。
昨夜帰国した朴木・神里空里両名の最終報告によれば、品行方正。実直勤勉。礼儀正しく素直でまじめな良い子というのが周りからの評価らしい。
が、実際は禁書庫に忍び込んだりいろいろやっているらしい。
まぁ、それくらいなら許容範囲。若い内は多少の無茶もした方が良いでしょう。のちのち経験として生きてきますから。
問題は、最終報告にあったネギ少年が教師として麻帆良に配属されるという事実。
そう、“教師”として。
……まぁ言いたいことは色々ありますが、とりあえず腹が立つ。
たしかにこの麻帆良は認識阻害結界のせいで無茶を通して道理をどこかへ消し去っているからできなくはないだろうが、いくらなんでもこれは酷い。
木乃香ちゃんのいるクラスは、確かに普通ではない人材が多い。
神鳴流の桜咲刹那に、傭兵の龍宮マナ。天才、超鈴音にその協力者葉加瀬聡美。長瀬楓は甲賀の忍者だし、果てはロボットに吸血鬼までいる。幽霊だったさよさんの席まで残されているようですから、普通の先生では辛いでしょう。
しかし、普通の生徒だって多数いるのだ。そこに十の子供を教師として送るなど正気の沙汰とは思えない。
絶対に間違いなく問題をおこすのだろう。むしろこの学園の性質というか、学園長の性格上必然的に起こる。
だが、少年の監視は難しい。自分はついに完成した住居の結界や隠れ蓑として用意した店のオープンで忙しいし、男である以上女子校エリアで下手に動けば警戒される以前に捕まる。
さよさんはさよさんで認識阻害の眼鏡を付けているとはいえ、クラス名簿に載っている以上不測の事態はおこりえる。なのでまだ派手には動けない。
志津真は浮世離れした見た目のため目立つし、白露や六火も角耳尻尾を隠したとしても素の外見だけで志津真同様目を引いてしまう。かといって煌にはまだ早い。高畑辺りに補導の名目で拘束されることもありえる。
時雨は……論外。強いが監視など無理。無謀だ。
なので、鶴子さんに話を通して木乃芽さんが長をしていた当時の隠密部隊“木乃根”を呼ぶことにしました。
連絡を取ってみたところ、今は別件で出払っているが二三日中には来れるというので、それまでは自分の式神でなんとかすることにしたんです。
いくら赤毛の馬鹿(ナギ)の息子でも、報告書の内容から判断するに初日から魔法バレはないだろうと思い込んでいたのです。
で、自宅で今日の報告を式神から聞いていたんですが……
「朝の電車で、くしゃみで風を起こしてました。私もスカートでしたので……うぅ」
「その後で、木乃香お嬢様と接触。魔力で身体補助を使い、くしゃみの武装解除で少女の制服を消し飛ばしておりました。アレは女の敵です」
「教室でも障壁を消し忘れていたりしていたようですけど……階段から落ちた少女を助けたり、必ずしも悪い子だとは……」
「だが、そのすぐ後にまた武装解除で朝と同じ少女の服を消している。それも、今度は自分本位な考え方の元に故意にだ。その後でも多くの生徒の前で読心術を使うなど……下手に魔力がある分質が悪い」
「あ……それと部屋は西の長の娘さんと同じみたいです。良いんでしょうか……あれ」
式神は女子校エリアなので女性型の妖怪を用いましたが、他意はありません。
とにかく、結論。
私の淡い期待は、もろくも崩れ去りました。
そりゃあ確かに周りが悪かったのかもしれませんよ? 基本中の基本、最低限の魔力制御ができないなんてのは、本来周りの大人(魔法使い)が早いうちに矯正させるものですから。
しかしあの一族は、方向性こそ違えどとことんやらかしてくれる一族のようです。裏の人間としての常識に問題があるというのは……親の方よりかはまだ幾分ましですが……親が親なら子も子。蛙の子は蛙というのは事実でした。似て欲しくないところは似るというか、昔の人ってやっぱり賢いですね。ずばりその通りでしたから。
……あれ? これ二十年前にも同じようなことが……気のせいですよね。気のせいだと思いたい。
とりあえず、これらのことを踏まえて自分がまずするべき事は、携帯電話を取り出しまして、と。
「……ああ、どうも。私です」
『――――。――――、―――――――?』
「ええ、そうです。問題が発生しました。以前決めておいた非常事態レベルです」
『―――――!? ――――――!』
「実はですね――」
関係各所に連絡を入れ、黄昏時の麻帆良に繰り出す準備を始めた。
◆
「と、いうわけで六十分以内に少年の部屋を変えるか、しかるべき措置をとるか、どちらかをすぐに実行していただきたい」
午後七時、学園長室にてぬらりひょんと一対一での会談。内容は当然ネギ少年のことについて。
本音を言えばこうしてぬらりひょんと話している時間ももったいない。もったいないが、ここに高畑がいない以上、こちらの実力行使を警戒して女子寮方面にやっているのだろう。
「確かに問題ではあるが、それはいくら何でも酷くないかの? それに彼は子供じゃ。多少のことは目を瞑ってもらいたいのぅ。しかも六十分以内など、部屋の用意ができんぞい。もともと部屋が空いとらんから木乃香に頼んだんじゃし、もう夜じゃ。すっかり日も暮れ撮る」
額から汗を流しながらも、できれば内政干渉は控えて欲しいんじゃが……と、ぬらりひょんこと近衛近右衛門は付け足す。
その人を食ったような表情に、さらにいらだちが募る。おそらくは表情どころか、額の汗すら演技でしょうに。古狸め。
しかし、対策はしっかりとっています。
「……これは別に教えなくてもいいことですが」
「む?」
「京都では、大戦の英雄が目の色を“反転”させて刀を研いでいるそうですよ? 彼の諸々の準備が完了するまで……ああ、あと五十八分になりました」
「ほあっ!? まさか婿殿にも知らせとるのか!? というか六十分とはその時間じゃったのか!?」
「当然でしょう。木乃香ちゃんの親権は彼にあります。むしろネギ少年が……魔法使いが同室になるのを止められなかったのは私の失態ですからね。報告して当たり前。あと五十七分三十秒」
そう、京都では大戦の英雄こと近衛詠春が本当に野太刀を研いでいるらしい。
夕方の内に秘密回線で京都の詠春に連絡を入れたのだが、それから数分後、千草から秘密回線が来たのだ。
『とーさま、長が凄い顔して刀研いどるんやけどどないしたん!?』と。
それからすぐに今度は同じく京都にいる最高幹部、鶴子さんに連絡をとったのですが、神鳴流ゆかりの秘蔵の品をいくらか詠春が持ち出したそうです。
なんとか詠春止められないか聞いたところ、この件にあわせて融和反対派と賛成派がそれぞれ動き出したらしく、それを東に悟らせないので精一杯だとか。
下手に詠春を止めると、内紛の危機らしい。はっはっは、今更ながら少しやり過ぎた気がしないでもありません。
「いやはや、私も長も“近右衛門殿なら大丈夫”だろうと思っていたのですがね……で、どうします? この場で正式な返答が得られるのなら詠春に連絡しますが、そうでないなら……」
――この麻帆良が、戦場になりますよ? と口に出しはしない。言わずともこの妖怪もどきならわかっているだろう。
「……本気かの?」
何をいまさら、と思う。
「前にも言ったかもしれませんが、我々を舐めていませんか? 魔法使い。我々は既に警告はしていた。
それを“お願い”と勘違いして勝手なことをしたのはそちら。戦争になったとするならば、無論原因はそちらにある。
英雄の息子の首が胴体と泣き別れてもそれは未熟な彼自身とあなた方の責任です。我々は何ら関知するところではありません」
静かに、それでいて確実に少しずつ魔力と霊力が練り上げられ、二人の間でせめぎ合う。
「……ただで済むと思うてか。こちらの背後に何があるか、忘れたわけではあるまい」
すっかり昼行灯から裏の最強クラスへと変貌した近右衛門が言うが、その程度わかりきっている。
だが、あえて何も言わずに、席を立つ。近右衛門は私が譲歩したのだろうと魔力を拡散させるが、実際はそんなことはない。
なぜなら近右衛門の背後、麻帆良の上位に位置する物と言えば、魔法世界最大の大国、メセンブリーナ連合。そしてその元老院の事である。関東呪術協会の発足の頃と違い、随分と立ち直ってきてはいるが……
部屋から去り際、扉を閉める間際に、部屋の中の近右衛門に言う。
「元老院ごとき、私一人でもどうとでもなりますよ」
――二十年前のように、ね。
「!?」
そして、扉を閉めた。
◆
ここから先が本当の正念場だ。
近右衛門がネギ少年を木乃香ちゃんから離せばそれでよし。離さぬならば、詠春は止まらない。
となれば、計画は大きく崩れる。
時期が早すぎるのだ。全体的な計画はまだまだ途中までしか、どうこうできる段階までは進んでいない。大幅な変更が必要となるでしょうが、それは良くない。
それを防ぐためにも、もう少し適度な圧力をかける必要があると判断し、懐から取り出した携帯電話をプッシュする。
「―――ああ、もしもし朴木さん。イギリスはどうでしたか?」
『楽しかったと言うと思うかい?』
「ははは、そう怒らないでください。元はと言えば悪いのは貴女です。それを短期間の国外任務で済ませたのだから感謝されても良いはずです」
『それは違うよ、長。あの件は完全に私の落ち度。また別の形で埋め合わせる。……それで、麻帆良でなにか?』
「ええ、少しばかり厄介ごとが」
『あなたが厄介という位だ。相当なんだろうね』
「それはもう。大戦の英雄が直々に刀を研ぎ出しましてね」
『酷いね。世も末だ』
「いやまったく。それでその件で少し保険をかけておきたいんですよ」
『具体的には?』
「“例の物”が仕上がっているなら一隻、一応神里さんの部隊を乗せて麻帆良北西十五キロの所に待機させておいてください」
『いいのかい、アレを見せてしまって』
「あれくらいなら問題ありません。固定概念に囚われた連中は空挺の運用くらいにしか考えないでしょう」
『それもそうか。普通はあんなことの為にわざわざこんな物を開発しないからね』
――双胴飛行船なんて、さ。