麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第四十五話 偉い人も大変

 

 

 天乃五環・執務室。

 

 そこで、多くの構成員と共に私は仕事をこなしていました。麻帆良内部ではどうしても電子精霊なんて便利なものがありますから、機密情報が盗聴される可能性があります。

 

 そのため、ときどき天乃五環に戻って来ては溜まった仕事をまとめてかたづけているのです。無論そう言うときは代わりの人員が木乃香ちゃんに付いているので問題はありません。

 

 今処理しているのは、昨日のちょっとした事件についての書類です。

 

 何があったのか、眠っていたさよさんが悲鳴と共に飛び起きたかと思ったら錯乱状態で、しかも悲鳴が周囲に響いた物だからさぁ大変。一気に警戒状態に移るわ一部区画で警報もなるわで……しかも夢で何を見たのかはけして教えてくれません。

 しかしその割に、ふと気づくと前にもまして側にさよさんがいたりと……何が何なのやらさっぱりです。

 

 一本の電話がかかって来たのも、そんなこんなで延々と働いていた時でした。

 

 

「長―、イギリスに飛ばされた朴木さんと、先任の神里さんから中間報告きましたー。暗号名“薬味”は遅くとも三日以内に麻帆良に到着するとのことです」

 

「わかりました。それは破棄しておいてください」

 

「はいー」

 

「長、第二縦抗から“やばそうな感じのする剣”が発掘されたそうですがどうしますか? 現場主任の葉頭(はず)さんが困ってますけど……」

 

「それは……“遺物リスト”と照合した後で、合致したら二級以上の封印を施して倉庫に突っ込んどきなさい。合致しなかったら一級で、きちっと倉庫のリストにのせておくように」

 

「開発班から要望書が来てます。爆薬が足りないそうです」

 

「あーー……採掘に使うのなら誰か術者を向かわせて符で代用しなさい」

 

「第一から第二十三までの各購買部の今期の売上決算来ました!!」

 

「総務と会計に回しなさい」

 

「トイレの紙がきれてると陳情が……」

 

「知りません」

 

 

 繰り返しますが、電話がかかって来たのも、そんなこんなで延々と働いていた時でした。

 

 

「長、京都から秘密回線です! 番号は最高幹部、天ヶ崎!」

 

 

 関西と関東の呪術協会の間にある秘密回線。教えられている者はごく限られているうえ、人によって番号は違います。使われるのは、緊急時のみ。

 

 

「出ます! こちらへまわしてください!」

 

『とーさまぁ……助けてぇな……』

 

「どうしました! 何があったのですか!?」

 

 

 電話の向こうの娘の疲れた声。ただごとではないと思いハンドサインで部下に指示を飛ばす。内容は、第二種警戒態勢発令。

 

 

『それが……』

 

『千草ねーちゃん、相手してくれ!!』

 

『うふふ、千草はん遊んでぇな。コタローはんがあそんでくれへんねん』

 

『ええい、またきよったか……!! 今電話しとるんや、後にしい!』

 

『つれまへんなぁ、千草はん』

 

『つーまーらーんー、つーまーらーんー! なーなーなーなー』

 

『……じゃあかぁしぃわーっ!!』

 

 

 

 ぶつんっ。

 

 

 

 つー、つー、つー、つー。

 

 

 

「「「「……」」」」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 と、いうわけです。

 

 まぁちょっとした息抜きもかねてるんですけどね。雑務はともかく裏に関する書類は持ち出せませんから部下に任せてきましたし、少なくとも移動の間は休憩がてら羽も伸ばせるという物です。

 

 それでも一応なるべく急いで、新幹線とタクシーを乗り継いで京都は本山までやって来たのですが……

 

 

「大丈夫ですか、千草ちゃん」

 

「無理。全然大丈夫とちゃう。首とか凄い痛い」

 

 

 千草ちゃんが、本山の一室でへばっていました。

 こうドベーッと言うか、べたーっと言うか、籐椅子の背もたれに身体を任せて力尽きたと言うような風体です。

 

 

「どうしそんなことになってるんです? あなただってもう最高幹部やって随分と立つでしょう」

 

「書類仕事の三徹明けにいつも元気なガキどもと全力で相手らしてられへん。融和派の連中にも目ぇ光らせとかなあかんし」

 

「で、そんなふうにへばっていると」

 

「とーさま、一日。一日でええんよ。一日だけあのガキどもの相手したって」

 

「……しょうがないですね。で、どこにいけば良いんです?」

 

「たいてい、道場か、沢のあたりに……すぅ」

 

「おや、もう寝てしまいましたか」

 

 

 机に突っ伏した千草ちゃんを軽々と抱え、あらかじめ敷いてあった布団に移して、少しの間頭をなでる。

 

 目の下にくまを作り、疲労困憊といった様子の自分の娘。

 

 最後に見てから、少しばかり痩せたかもしれない。

 

 

「ふぅむ……ちょいと悪ガキに灸をすえねばなりませんね」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「おお!? なんや、兄ちゃんが千草ねーちゃんの代わりに戦ってくれるんか?」

 

 

 私が悪ガキその一、犬神小太郎を見つけたのは本山の端の方、神鳴流の稽古場の横でした。どうやら自分のことは知らないようです。

 

 これだから最近の若いのは!

 

 ……一度は言ってみたいですねぇ。

 

 

「ええ、そうですよ。これでも最高幹部です……ところで、もう一人の月詠ちゃんと言うのは?」

 

「ん? ねーちゃんならかわいい妖怪探しにどっかいった」

 

「……そうですか」

 

 

 彼はひょいと立ち上がり、首やら肩やらをぐるぐる回す。そして、ぱしんと両の拳を打ち合わせて私に向き直る。

 

 

「よっしゃあ、千草姉ちゃんが今日はすぐにつぶれて暇しとったんや。最高幹部の実力ッちゅうのを見せてくれや!!」

 

「いいですよ」

 

「いくでぷげらぁあああっ!?」

 

 

 足に気を溜め瞬動で突っ込んでこようとする小太郎の顔に、“足”をおもいっきり顔に食らわせました。

当然、身体の小さい彼は回転しながら飛んでいく。やがてぐしゃっという効果音と共に止まった。

 

 

「……やりすぎましたか」

 

「……やりすぎましたか、ちゃうわぁーっ! なにすんねん!」

 

 

 小太郎はすぐに立ち上がる。一撃で学ランがボロボロになったようですが、まだ戦うには何の支障もないレベルのようだ。

 

 そして私は小太郎の問いになんでもないように、さも当然といった感じで答えます。挑発も兼ねて。

 

 

「サマーソルトですが?」

 

「そういうことちゃうわ! 普通格下にちょっと様子見するとか先手を譲るとかあるやろ!」

 

「まったくもってありませんねぇ」

 

「それでも最高幹部か!」

 

「……何か勘違いしていませんか?」

 

 

 私は腰に手を当て、離れた所にいる小太郎を見下しながら言う。

 こういう演技も、完全なる世界時代に学んだ一つです。見下し方なんざ知らない方が良いんでしょうけどね、本当は。

 

 

「本来、最高幹部というのはもっとも高い権力を持つから最高幹部を名乗るのではありません。協会において、ひいては出雲と伊勢など一部を除いた関西において最高の実力を持つ者が名乗るのが最高幹部なんです。千草ちゃんも私も術者タイプですから、私が格闘というのは十二分に手加減です」

 

 

 そしてその力は、それは長がその職務にふさわしくないと判断されたとき、実力を持って排除するためでもあります。

 まぁ、未熟である彼にはまだまだ早い話ですか。

 

 それを小太郎は唖然とした様子で聞いていましたが、それから打って変わってどう猛な笑みを浮かべた。

 

 

「……上等やぁ! いけや犬神!」

 

 

 小太郎の影から黒い犬の形をした影が伸び、四方から私に向かって伸びてくる。

 しかしこの程度であたる義理は無く、虚空瞬動で飛び上がっただけで軽々とかわせてしまい、砂煙を巻き起こしただけで終わりました。

 

 

「んなぁ!? どこいっ……」

 

「遅い」

 

 

 トン……と、小太郎の背中に拳を当てる。

 

 

「斬岩拳」

 

「か、ぁっ!?」

 

 

 小太郎が、派手に吹き飛んだ。ですがまだ、これだけでは終わりません。

 

 

「斬岩蹴……」

 

 

 瞬動によって先回りし、大きく上に蹴り上げる。

 

 

「斬空裳!斬空裳!斬光蹴!龍破裳からのぉ……斬空裳散!!」

 

 

 空中パンチ空中パンチ空中キック下に叩きつけるからの打ち下ろし攻撃。ここまで二十六コンボ。

 

 

「ぐっ……まだやぁ!!」

 

 

 驚いたことに、小太郎はまだ戦える様子。

 切り札として、おそらくは獣化を使おうとしているようですが……やはりわざわざ待つ義理は無いんですよね。ちょっと見て見たいきもしないではないですが。

 

 

「滅殺斬空……」

 

「げ! それは止め……!」

 

「斬魔拳!!」

 

「ぎゃーーー!!」

 

 

 

 ――これは、あくまで“比較的平和”な関西の本山における“日常”の一コマである。

 

 

 

 


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