夢を見た。
気がつくと、森の中にいた。
緑が生い茂り、とてもきれいで“生きている”感じがする深い森。
『ははは……』
声のする方を見ると、京都で見た烏族のような、袖の無い着物のような物を纏った子供たちが駆けていた。
それをぼうっと見ていると、ふとそのうちの一人に見覚えがあるような気がした。
しばらく誰に似ているのかと考えていると、周りにいた子供がその子の名前を呼んだときにその謎は解けた。
『もー、セイは早すぎるよー』
『……セイ?』
そうだ。この少年はどことなくセイさんに似ているのだ。髪と瞳は黒いが、顔の形と言い造りと言いそっくりだ。なぜ気づかなかったのだろう?
しかし、もしあの子供がセイさんだとするならば、ここはまさか――
『セイさんの、夢の中?』
そう考えるのが一番しっくりくるのだが、なぜ私がここにいるのだろう?
そうこうしている内に、ふっと別の人物が現れた。
頭にピンと立つ獣耳に、着物のすそから伸びる七本の尾。
『白露さん?』
セイさんの式神の人柱。妖狐である白露さんが、尾と耳を隠すことなく平然とそこにいる。今とどこも変わっていない。
『主、お父上が呼んでおるぞ』
『うん、わかった』
不覚にも、にぱっと笑う小さなセイさんにときめいてしまった。
その間に去って行く二人を、慌てて追いかけていく。
やがて、森をぬけ、里に出た。建物はどれも石造りの土台の上に木で建物が組まれており、ほとんどが二階以上の大きさを持っている。
里の周りには堀と壁。門の近くには櫓もある。
そして、遠くの小高い丘の上にあるのは……
『世界樹……』
あれほどの大きな巨木、地形的に考えても世界樹で間違いない。
つまり、地形も、景色も、何もかも違うけれど。
ここは――
『昔の……セイさんがいたころの麻帆良?』
この事態に混乱している内にもかまわず二人は歩いて行くので、頭の中を整理しつつも自分も歩みは止めない。
そして、二人はひときわ大きな屋敷の前で一度歩みを止めた。だがまたすぐに歩き出し、門をくぐり、どんどん奥へと入っていく。
最終的に二人が止まったのは、ある一室の前だった。
『御当主、主をおつれしたぞ』
『ご苦労。入ってくれ』
白露が戸を開け、中に入る。中には髪を刈り上げたしかめっ面の偉丈夫と、自分のしるセイとよく似た女性が一人。
どうやらセイは母親似だったらしい。
そして、部屋の中にはもう一人。
『あ、春香―!』
小さなセイが、前に世界樹前広場で会った春香という女性に抱きついた。春香の方も、セイを抱き上げてから、自分のひざに座らせた。
『春香様、申し訳ありません。……セイ、こっちに来なさい!』
『ふふ、いいんですよ、ゼン。私もセイの面倒を見るのは好きですから』
『ですが……』
あたたかい家庭、と言っていいのだろう。実力重視の裏の世界ではこのような光景はとても珍しいと幹部達からは聞いたことがある。
だが、さよにはこの光景がたまらなく嫌だった。
ここには、自分がいない。
セイが、自分を必要としてくれていない。
心のどこかで、とても嫌な感じがする。
――自分は、春香という存在に嫉妬しているのだ。
それに自分で気づいた瞬間、急に場面が切り替わった。
部屋の中にいたはずなのに、また里の中に移動していた。
だが、そこはもはや里では無かった。
燃えているのだ。全てが。
建物が、人が、森が。何もかもが燃えている。
炎に包まれた地獄、それがここにあった。
(なに、これ……)
『これは、セイの知る最後の麻帆良』
声のした方を見れば、そこにいたのは世界樹の精霊、春香。
彼女が自分の方を見て、自分に向かって話しかけている。
ここは彼の夢ではなかったのか?
『それは間違っていないわ。今までのは間違いなく彼の見た夢。彼が今この時見ている夢。古き日の、私がまだ力を持ち、彼もまた正しく人であったころの夢。今思えば、麻帆良の歴史の中で一番良かった時代ね』
そして、さらに場面が変わる。今度は黒。周り一面何もない深淵の闇。そのなかで、自分と春香の二人だけがいる。
(どうして……)
『どうして? それはどういう意味でのどうしてかしら? 私がここにいる理由なら、それは私が彼とのつながりをたどったから。
ある意味、私とセイの両方の眷属ともとれるからできたこと。セイがこのマホラの内にいるからできること。
……貴女を呼んだ理由。それは貴女に頼みたいことがあったから』
『頼みたいこと?』
彼女が、春香が自分に何の頼みがあるというのだろう? 彼の人生の中心にあり、彼の夢にすら出てこれる彼女が、自分に何を頼みたいというのだろう?
『あなたに、彼を支えて欲しいの』
それは、今の私ではセイさんを支えられていないと言いたいのだろうか。
『それは違うわ。貴女はとてもよくやってくれている……ねぇ、貴女にとって、今のセイはどう見えているのかしら?』
(……飄々としていて、でもちゃんとしっかりしてる)
『まぁ、普通はそう見えるでしょうね』
(……そう見える?)
『どう言えばいいのかしらね。〈言葉〉というのは難しいから。……そう、人を〈器〉で例えましょうか。ただ、人徳とかそういったものじゃなくて、もっと広い意味での』
春香は、視線をさよから外し、炎に暗く照らされた空を見上げる。
星も月も、雲すらも。空を覆う煙で見ることはかなわない。
『……器は躯(からだ)。等号で結ぶかどうかは人によるけれど……其処に入れられるのは全て内面的な物。
概念として最初は白く真っ新な〈心〉。
ある意味で器でもある学術的な意味での〈精神〉。
不変であると同時に、変転しうる矛盾した〈記憶〉。
嫌が応でも刻み込まれ、色褪せることの無い〈経験〉。
全てを生み出しうる根幹たる〈魂魄〉。
そして……全てに侵蝕し、上書きされ続ける、〈感情〉。
わかるかしらね? あくまで言葉にできる範囲だから、全て本質とは少しずれているけど……とにかく、“そういうもの”が入るわ。
そして、それらは器に“変化”を強いる。つまり、成長ね』
彼女は、見えることのない空を見上げたまま。
『全ての下地には心がある。似て非なる精神、記憶、経験、感情はそれぞれ互いに影響しあう。時に接近することで近似し、時に離れることで分派して停滞する不確定要素。
それらによって蓄積された“上澄み”のような物……あるいは沈殿して残った物が魂魄に取り込まれ、人は少しずつ上位の存在へと近づいていく。それこそ、この場では人間とでも言えば良いのかしら』
今どんな顔をしているのか。ほんの短い距離であるはずなのに、陽炎にまかれてわからない。
『けどね』
――でも、どうしてだろうか。
『善い方向にしか変化(せいちょう)しないなんてことは、ありえない』
どうして、ただそこに“いるだけ”なのにこんなにも怖い?
『この、燃え堕ちるマホラが全てを表しているわ。皮肉なことにね』
暗い空。煙と火の粉以外に何も移らぬ夜空に、他に何を見ているのか。
『〈感情〉は悪意によって容易く悪い方へ流されていく。理不尽を強いられた〈経験〉は風化しようの無い〈記憶〉として残り、自制する〈精神〉を汚染する。それによって〈魂魄〉は軋み、〈心〉は歪んで、最期には写し身である〈躯〉。つまり器を破壊する』
言葉の圧が増すと共に、世界が暗くなっていく。今まで燃えさかったいた炎が言葉の重みに気圧されたように下火になり、端々から消えて行く。
月明かりも、星の光も無い世界。残されるのはただ仄暗い闇ばかり。
『ああ、言うなれば前ウェスペルタティア王。あれが一番近いのかしら』
そして……最後の言葉と共に、暗転した。
『――だから、あなたが彼を支えてあげて』
大分変りました。ぱくてぃおーなどなかったのです。