麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第四十三話 人でないということは

 夜。

 

 世界が闇に包まれる時間。

 

 雲に遮られて月の光は無く、表に出せない暗い話やイケナイ事をするにはもってこいの刻。

 

 この麻帆良でも、それは同じ。

 

 暗躍する者達は、闇に紛れて動きだす。

 

 いつもであれば、少女はそれを阻止せんと刃を手に森を駆ける。

 

 しかし、彼女は今日は非番。

 

 で、あるにも係わらず彼女は夜に出歩いていた。

 

 時間は夜七時。中学生が出歩くにはいささか遅い時間だが、必ずしも咎められる時間でもない。

 

 

 

 宵の口、彼女は歩く。

 

 目指すは、麻帆良内部に堂々といる麻帆良の“敵対組織”の仮の拠点。

 

 今はホテルのワンフロアを貸し切っているらしい。

 

 相手は関東呪術協会の長で関西呪術協会の最高幹部、暗辺セイ。

 

 神鳴流の先達にあたる葛葉刀子に進められた人物。

 

 それが、今から会いにいく相手。

 

 

「ここか……」

 

 

 少女、桜咲刹那には、ただのホテルが魔窟に見えた。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「よく来ましたね。話は刀子ちゃんから聞いています。ささ、座って」

 

 

 夜に訪ねてきた少女、桜咲刹那をソファに座らせる。防諜面の問題からワンフロア貸し切っていたが、使っているのは数室程度。

 その中の主に自分とさよさんが使っている部屋に少女を案内して座らせた。

 

 刹那ちゃんは少し、面食らっているようです。まぁ裏の重鎮がフレンドリーなら誰でもそうなりますか。

事前に刀子ちゃんから聞いた話は、自分のありようについて悩んでいるということだけ。

 

 本人はもっと具体的な事を聞いているのだろうし、最高幹部という立場上、機密も知れるわけで、悩む理由も予想はできる。

 しかし、それに安易に答えはやれない。刀子ちゃんも答えを伝えるだけならできただろう。

 だが、彼女はそれをしなかった。それをせず、私の所によこした。なら自分も答えを安易にやるべきではないのだ。

 

 与えるのはヒント程度に留め、答えは自分で探させるべきなのだ。

 

 ……無論、多少のサービスはしますがね。

 

 

「さて、話を聞きましょうかお嬢さん」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「なるほど」

 

「……」

 

「なるほど、なるほど」

 

 

 刹那ちゃんから聞いた話は、ある意味で私の責任であるともいえることでした。

 

 半人半妖。その存在はとても歪。

 

 人でなく、妖でない。

 

 人であり、妖でもある。

 

 それは、人の解釈によってあり方はたやすく変化する。

 

 人外であるがゆえの危うさというべきか。

 

 

「……私の罪でもあるか」

 

「は?」

 

「いえいえ、何でもありません。……それで、あなたがどうすれば良いのか、でしたね?」

 

「はい」

 

 

 さよさんが入れたホットミルクを手に持つ少女を見て、言葉を選びながら話していく。

 

 

「あなたが刀子さんに言われたことは、正しいことでしょうね」

 

 

 それを聞いて、刹那ちゃんはしゅんとしてしまいました。

 一時期の素子ちゃんと似た症状です。これを放っておくと反動でえらいことになるんですよ。

 

 

「護衛という意味でなら、今のあなたでは及第点にも届かない。友であるにしても、あなたから離れているようでは帰って木乃香ちゃんを傷つけているだけでしょう。なぜあなたは彼女の側へ行かないのか。何をするにしてもまずはそこです」

 

「それは……」

 

「言えませんか」

 

 

 刹那ちゃんは沈黙する。それは少女の最大の禁忌。もっとも慕うお嬢様に知られてはいけない絶対の秘密。

 

 しかし、ここでの沈黙は意味をなさない。

 

 刹那ちゃんが生まれる前から最高幹部をやっている私が、知らないわけがないのだから。

 

 

「あなたが人でないからですか」

 

「っ……!」

 

 

 刹那ちゃんが硬直するが、かまわずに続ける。

 

 

「あなたは厳密な人ではない。髪は染めているのでしょう? 瞳はカラーコンタクトですか? まぁ便利な時代になりましたからね、その程度なら特殊な技術がなくとも簡単にごまかせる。ですが、あなたが彼女から離れる理由は他にある」

 

「それはっ……」

 

「詠春からも聞いていますよ。……白い翼だそうですね」

 

「……はい」

 

 とても、とても小さな声だった。

 

 白い翼。ごく稀に現れる力を持つ者の色。

 

 烏族において禁忌とされる色。

 

 それゆえ、彼女は万が一木乃香にまで忌み嫌われることを怖れ、彼女に近づけない。

 

 自分の存在が、木乃香に裏を教えてしまうという理由もあるが。

 

 

「まぁ、極論してしまうと別にどうだって良いんですけどね、そんなことは」

 

「……え?」

 

 

 うつむいていた少女が、顔をあげた。

 

 

「良いですか、刹那ちゃん。あなたは勘違いしています」

 

「勘違い、ですか?」

 

「そう勘違い。……私を見なさい。私や私の家族に種族としての純粋な人間は誰一人としていません」

 

「そうなんですか!?」

 

 

 ……ああ、そういえば機密でしたか。まぁいずれはばれることです。

 

 そう思い話を進める。

 

 

「まぁとにかく、私は幸運にも家族を持つことが出来た。妻を得て、子宝にも恵まれた」

 

「……」

 

「私が言いたいのは、人でないと言うことは、人として生きられないということではないのですよ。まだ半分人の貴女なら尚更ね」

 

 

 刹那は、目を見開いた。

 

 

「で、でも、それは暗辺様が力があるからで……」

 

「それはまた違う問題です。下地があったとはいえ、私が今の地位にいるのは上手く立ち回った結果。今の実力は努力の結果」

 

 

 そして、戦争で戦い続けて勝ち取った結果、とは言わない。

 

 

「これは私の考えですから、あなたがどう思おうとかまいません。これでも最高幹部ですから、欲しい物もありますし、欲もある。あなたもやりたいようにやればいい」

 

 

 仮に刹那が木乃香とともに歩むとしたら、困難は多いだろう。

 それを疎ましく思う者はきっといるだろうし、本当の刹那を木乃香が受け入れるとも限らない。

 

 それでも――

 

 

「あなたが何を選ぶのかは知りません。貴女が木乃香ちゃんに対して今と同じ距離を保つのだとしても、私個人としては責めることはしません。あなたが木乃香ちゃんに歩み寄り、並び立って歩むことにしたのだとしても、私は悪いことだと思いません。……もう一度だけ言いましょう。やりたいようにやればいい」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「やりたいように、やればいい、か……」

 

 

 夜の町、街灯を見上げながらのんびりと歩く。

 

 会ってみたものの、やはり答えはもらえなかった。

 

 しかし、選択肢はくれた。

 

 私でも、お嬢様の隣へ行けるかも知れない。

 

 行っても良いのかもしれない。

 

 そう思えるようになったのだから、やはり行って良かったのかも。

 

 

「お嬢様……」

 

 

 私はどうすればいいのだろうか?

 

 どうしたいのだろうか?

 

 

 

 少女は、歩きながら考える。

 

 

 

 行きにはなかった、月の光に照らされて。

 

 

 

 




 今日はここまで。だいぶカオスになってきました。

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 ※誤字の指摘ありがとうございました。

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