麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第四十話 それぞれに思うこと

 

 夜の麻帆良。教職員寮。

 

 深夜であるためか、控えめなノックが聞こえた。その後に聞こえるのは、かぼそい少女の声。

 

 

「刀子先生」

 

「刹那ですか」

 

「ご相談にのってもらいたいことが……」

 

 

 夜の会合。いつもなら簡単な打ち合わせでおわるのだが、今回はそうはならなかった。

 

 それぞれの内に、疑念とわだかまりを残していた。それは、剣士と傭兵、二人の少女にしても同様だった。

 

 麻帆良の教師の一人、神鳴流の剣士として夜の警備も受け持つ葛葉刀子は、さして逡巡することもなく扉をあけた。そこにいたのは、桜咲刹那と龍宮真名の二人。

 

 二人を部屋に入れた刀子は、二人を座らせ、何か飲むかと聞いた上で自身も彼女らの対面に腰を下ろした。

 

 何の用件かはわからない。だが検討はつく。さきほどの会合に関することだろう。

 

 やがて口を開いたのは、刹那。

 

 

「刀子先生、あの方が……その……本当に暗辺様なのですか?」

 

 

 なんだそんなことかと軽く首肯する。

 

 

「ええ、それは間違いありません。私も小さい頃からお世話になっていますから、それは保証します」

 

 

 それを聞いて、刹那は問いかける。

 

 

「刀子先生、私はどうすればいのでしょう」

 

「どう、とは?」

 

「私は、これまで夜の警備が、麻帆良を守ることがお嬢様を守ることにつながると思っていました」

 

「……」

 

 

 刀子は、何も言わない。ただ手をあごの端にあて、黙って刹那の話を聞いている。

 

 

「今日の暗辺様の言葉が真実なら、私はお嬢様の側にいることが正しいのでしょう。学友として、幼なじみとして、お嬢様に気取られることなく側で護衛の任を果たすのが正しいことなのでしょう」

 

「でしょうね。確かにそちらのほうが護衛の在り方としてはより正しいといえます」

 

「しかし……」

 

「しかし、なんです?」

 

「お嬢様の側にいけない私は……どうすればいいのです!」

 

 

 刹那には、生まれながらにしての秘密がある。そのことを、自身がお嬢様と慕う木乃香はしらないのだ。

 

 これも、鶴子と同世代、秘密を知る刀子だから相談できることである。

 

 

「私では、お嬢様の側にはいられない。しかし、夜の警備も正しいとは言えないなら……私はどうすれば……」

 

「刹那……」

 

 

 刀子も、顔を伏せる刹那にどう言えばいいのかしばらく思案していたが、やがて一つの結論を出した。

 

 

「刹那」

 

「はい」

 

「それは、私がどうこう言えるような問題ではありません。仮に言ったとしても、あなたは納得しないでしょう」

 

「……はい」

 

「あなた自身が答えを見つけなければいけない問題です。いえ、自分に向き合うと言うべきですか」

 

「っ! ……はい」

 

「それでも、他人に答えを求めるならば……一度、暗辺様に話を聞いてもらいなさい」

 

「はい……へっ!?」

 

「あの方は人生経験も豊富です。決して答えはくれないでしょうが、ヒントはもらえるでしょう。私も、東に嫁ぐ時に相談に乗ってもらいました」

 

「え……でも刀子先生は今お一人じゃ……」

 

 

 すぅ、と刀子の目が細まる。

 

 

「失礼しました」

 

「わかればよろしい。それで、龍宮さんもなにか用事があるのですか?」

 

「ああ。暗辺セイのことについて聞きたい」

 

「暗辺様のこと、ですか。あの方は最高幹部ですし、私もそう多くはしりません。仮に知っていたとしても、あまりプライベートなことにも当然答えられませんが……そのうえで何を聞きたいのです?」

 

「聞きたいことは二つ。彼は昔外国に行ったことはないか? 主に中東に」

 

「……わかりません。しかし……そうですね、あの方は昔から世界を旅していたようですから、行ったこともあるかもしれません。あくまでかもしれないという確度の話なので、絶対とは言いかねますが」

 

「そうか」

 

「それで、もうひとつは?」

 

「……」

 

 

 言い出しづらいことなのか、少し悩んでいたようだが、それでも真名はその問いを発した。

 

 

「彼は……本当に人か?」

 

「……それは、どういった意味で?」

 

 

 少し、ほんの少しだけ刀子の空気が変わったのだが、刹那はそれに気付かなかった。

 しかし、傭兵として戦場を駆け、生き残るための術として空気を読むことに長けていた真名は、それに気付いた。

 

 

「……いや、やはりやめておく」

 

「そうですか」

 

 

 ただ、短く刀子は返した。

 

 二人の少女の心は、晴れなかった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 同刻、麻帆良郊外、森林部のログハウス。

 

 

 

「まったく、つまらん物を見た。期待していたのに、結局は口先ばかりの頭でっかちではないか」

 

「ケケケ、機嫌ガワリーナ、ゴシュジン」

 

「うるさい、チャチャゼロ。まったく、じじいめ!」

 

 

 真祖の吸血鬼、闇の福音エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは、そう家に待機させていた己の従者に愚痴っていた。

 

 十五年前、自分がこの麻帆良にとらわれる少し前に、関東魔法協会の勢力を大きく削り取った関東呪術協会の長、暗辺セイ。

 

 どれほどの物かと気が向き、わざわざ出向いてみれば、少し期待外れだった。

 

 確かに、術者としては一流なのだろう。魔力は隠していたが、かなりの量がありそうだし、おどけた口調に反して隙もほとんどなかった。

 

 海千山千のじじいにほとんど反論すらさせなかったのは称賛に値するだろう。

 

 それに、気配も気に行った。吸血鬼の真祖だからこそ、闇の福音とよばれた自分だから気付いた、匂いとでも言うべきか。

 

 いわく、血の匂い。

 

 そして、己が内に闇を飼う者独特な匂い。

 

 それは、彼の家族にしても同様で、いずれもただの人ではないとエヴァンジェリンは確信していた。おそらく、正義を語るだけの魔法使い達とは一線を画す存在、それをそうと馬鹿どもに気取らせないだけの技量。

 

 それを、エヴァンジェリンは一目見て気に入ったのだ。

 

 だというのに。

 

 

「まったく、タカミチの坊やもじじいもなぜああも唯唯諾諾と……!」

 

 

 奴の戦い、実力の一端も垣間見ることはできなかった。

 

 じじいのことだから、きっといつものように誰かを当てて実力をはかろうとすると思って見ていたら、あれよあれよと言う間に話が終わり、何も起きなかった。

 

 正直、お見合いなどと絶対勝てない弱点を造り続けていた近右衛門には失望しか抱かない。もっと強かだと思っていたが、奴のせいで、貴重な夜の時間を浪費してしまったのだ。

 

 

「それで、茶々丸、検索結果はでたか?」

 

「イエス、マスター」

 

 

 出席番号10番、カラクリ茶々丸。チャチャゼロと同じ自らの従者で、最新鋭の麻帆良の科学と自身の魔法技術の融合である高性能なガイノイド。それが彼女だ。

 

 エヴァンジェリンは、せめて何かわからないかと茶々丸にまほねっとを経由して旧世界、魔法世界問わず情報を集めさせていた。力あるものは、自然とその存在は広まっていく。隠そうと逃げようと、それはいずれ破たんする。

 

 それは自分が自身が経験からよく知っているのだ。だから、確実に情報はあるとふんで茶々丸に調べさせたのだ。

 

 

「検索結果、多数ヒットしましたので、抽出、まとめました」

 

「出せ」

 

 

 茶々丸の首につなげられたケーブルの伸びた先、プロジェクターから、壁にその情報が映し出され、次々とウィンドウが開いていく。

 

 

「……なんだ、これは」

 

「身長、骨格、魔力パターンから、98.96%の確率で同一人物です」

 

「く、くく……ハハハハハハハハッ!!」

 

 

 その余りの量と“内容”に、エヴァンジェリンは唖然とした後、笑いだした。

 

 

「オイ、ゴシュジン、俺ニモ見セロ」

 

「ハハハ……よかろう、チャチャゼロ。ほらこれで見えるか?」

 

 

 魔力不足で自分では動けないキリングドールを机の上に置き、その内容を見せる。黙って見ていた人形は、やがて主と同じように笑い出した。

 

 

「ケケケケケケケ! コイツハスゴイ! トンデモネエ大物ジャネーカ!!」

 

 

 映し出された内容は、主従を驚かせ、楽しませるに足る物だった。

 

 映し出されたのは、戦場で望遠レンズを使って採られたであろう写真。

 

 巨大な骸骨の頭に乗ったその姿。

 

 アリアドネーのある意味伝説。

 

 連合の悪夢、鮮血事件の主犯。

 

 自分を抜く、歴代最高額一千万ドルの賞金首。

 

 笑う死書、召喚大師、鮮血と爆砕の悪魔など多くの異名を持つ傑物。クロト・セイ。

 

 それが、暗辺セイの本当の顔。

 

 それが、今日来た男の正体。

 

 きっとじじいも、全ては把握していまい。

 

 

「ククククク……愉快なことになったなぁ、じじい。随分な獲物じゃあないか。さてどうなるか……いや、おまえはどうするつもりなんだ? クロト・セイ……フフ、ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 

 自分の計画にも支障がでるかもしれない。だがそれ以上に、麻帆良に現れた自分の同類の存在にエヴァンジェリンの胸は高鳴っていた。

 

 

 

 ジィーーーーー……

 

 

 

 そしてその様子を、彼女の従者はずっと録画していたという事実を、彼女は知らない。

 

 

 

 


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