麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第三十七話 思惑

 

 

 

「近衛、詠春……?」

 

 

 大宴会場が沈黙する。それも、無理は無いでしょう。

 

 関西呪術協会の長にして協会内における魔法使いとの融和派の中心人物。それが近衛詠春。魔法使いの本拠地を攻める計画に出てくる名前としては、心底意外でしょうね。

 

 なにせ彼は魔法世界の英雄の一人、その彼が、計画に協力するというのだから。

 

 

「馬鹿な! あり得ません!」

 

 

 声を上げるのは、幹部の一人。立場としては中堅どころだったはず。

 

 

「なぜそう思うのです?」

 

「なぜって……奴は実の娘を麻帆良に送るような男ですよ!?」

 

「そおっす。確か『裏に係わってほしくない』なんて理由だったと思いますけど、そんなことをする人が、俺らに手ぇ貸すとは思えないッすよ」

 

 

 そう言うのは神里空里(かんざと・くうり)。甲里さんの孫にあたるのですが、確かに彼の言うことも一理あります。ありますが……

 

 

「それ、前提が間違ってます」

 

「は?」

 

「どういうことっすか?」

 

 

 

「近衛詠春が木乃香ちゃんを麻帆良に送った理由は『裏の知識を与えない。また触れさせない』という物ですが……あれ、嘘です。木乃香ちゃんが麻帆良にいった後で絞り出した苦肉の策。要は後付けなんですよ」

 

 

 

「……は?」

 

「はっ?って言われても」

 

「いや、ど、どういうことっすか!? そんなネタ俺も知らないッスよ!?」

 

 

 驚いてますね。まぁ、しょうがないでしょうね、あの事件はそうとう詠春の株を下げましたから。

 

『近衛直系の近衛木乃香を、近衛詠春が独断で東の麻帆良学園に進学させた』

 

 ……という風に最高幹部会以外には伝わっている、否そういう風に伝わるよう情報操作した本山の特秘事項。

 

 実際は詠春すら知らぬ間に融和派幹部の独断で行われた、内乱寸前までいった大事件。

 

 

「知っての通り、彼は大分裂戦争の最も深い部分を知る生き証人の一人です。

私やさよさんもそうだと言えますが……とにかく、彼は正義を語る者達の本質を、とびっきり暗い部分を知っているんですよ」

 

「ほう、それで?」

 

 

 ん、ここで朴木さんが食いついてきましたか。彼女はこういう話、好きなんですよね。

 

 

「確かに彼としては、娘には裏に係わって欲しくないというのも本心としてあるようです。が……それが無理だというのは彼自身わかっているのでしょう。英雄の娘である以上、彼女もそう遠く無い日に世界の裏側を知る日がくる。

親として思うところがあったのかどうなのか……それはわかりませんが、とにかく詠春は木乃香ちゃんを外へ……無論いざというときすぐに手の届く範囲でのことですが、本山から出すことを考えていたようです。

“普通の”世界で暮らすことは何も悪いことばかりではありませんし、ある時期から段階的に裏の知識を教えていく、という方針なら強固に反対する理由もありません。今という時代を考えれば、一つの選択肢として充分成り立ちますからね」

 

「つまり、詠春は外といっても麻帆良に行かせるつもりではなかったと?」

 

「当たり前でしょう。あのぬらりひょんが家柄、ルックス、潜在能力と三拍子そろった木乃香ちゃんを言われた通りに裏と係わらせないなんてするわけがないですからね。駒にされるのが目に見えてます。」

 

「なら、何故?」

 

「だから、融和派です。進学先までの護衛として付けた幹部が、詠春が知っているよりも東と深く繋がっていた。気づいた時には麻帆良で手続きもすんでいたと」

 

「……笑い話にもならないね。だが、詠春氏とて黙ってそれを許すわけではないのだろう?」

 

「当然です。流石に直接的な手段はいかな近右衛門でもとらないでしょうが、木乃香ちゃんが持っている携帯には、私と千草ちゃんの最高幹部二人に直轄の人員。その他にも、鶴子さんの妹で浦島ともつながりのある素子ちゃんのナンバーが緊急ダイヤルとして登録されています。彼女に関しては東に住んでいますし、連絡がくれば一時間以内に誰かが強襲をかけられるようにしてます」

 

「他には?」

 

「いざというときは、彼が直々に親権をたてに麻帆良に乗り込むそうですよ?」

 

 

 そんな事態はいかに近右衛門でも避けたいでしょうね。

 近右衛門自身は別として、魔法先生や魔法生徒、タカミチ・T・タカハタも大戦の英雄が相手では戦いづらいでしょうし、戦うこと自体に疑問を持つ者もいるでしょうから。

 

 そんな中途半端な戦力では損害が広がるだけでしょうし。

 

 

「……それで、結局近衛詠春が私達関東に協力してくれる理由はなんなんだい? そこまで話ができているなら、そこにさらに何かを加える必要はないはずだ。マイナスに働きかねない、何か新しい要素が加わらない限りは」

 

「やっぱり、知りたいですか?」

 

「当然。私は知りたいことを知るために生きているんだから」

 

 

 ふぅ、できれば隠しておきたかったんですけど、下手に朴木さんに嘘をついたり隠し事をすると面倒ですからね。この人、じつは協会内でもトップテンに入る実力者なんですよ。科学者なのに。

 

 

「……厳密には協力ではなく、互いに相手を利用するというのが正しいのですが……ようは牽制ですよ。あるいは保険と言ってもいい」

 

「牽制?」

 

「……彼がつかんだ情報によると、麻帆良に英雄の息子を連れてくる計画があるそうです」

 

「……スプリングフィールドか!」

 

「そう。英雄、ナギの息子。もしもこれが実現すれば……いえ、確実に実現するでしょうね。近右衛門は英国メルディアナの校長と旧知の間柄だそうですし、止める理由もない。

そしてそうなれば、木乃香ちゃんは裏に係わるどころの話ではなくなる。二度と抜け出せないところまで引きずり込まれるでしょうよ。

一度妥協したとはいえ、事実上はめられたわけですから、そこまでされては如何な彼とて黙っている訳にはいかない」

 

「それで、牽制と」

 

「そう。彼の望みの根幹は、木乃香ちゃんが幸せに暮らすこと。そのためなら、長にしないことも検討しているそうです。

普通に学校を卒業し、誰か好きな人を見つけて結婚して、一般人として平和に生きることも許すと。ただ、これは彼の考えであり、彼女の幸せかどうかはわからない。

だからあえて麻帆良に連れて行かれても妥協し、怒りを呑み込んだ。あるいは裏を知り、魔法使いを知り、その後で真実を教え、そこから得られた限られた選択肢で彼女が何を選ぶのか。それは彼女の人生だからと。しかし、ここで、彼は一つ間違えた」

 

「“妖怪”のところに送られた時点で、妥協するべきでは無かった、か」

 

「そのとおり、妥協する相手を間違えたんです。英雄の息子と、英雄の娘。彼が麻帆良に送った木乃香ちゃんの護衛によると、木乃香ちゃんのクラスには既に裏の関係者が集められているとか。既に彼と近右衛門の間の盟約はほとんど機能していないと見るべきでしょう。

このままでは確実に近右衛門の駒にされて深みにはまり、平和な生活など望めない。そのために英雄の息子の来訪に合わせて追加で人を送りたいが、並の者では近右衛門の交渉術に勝てず、しかし彼自身が動けるほどにはまだ状況がそれほど逼迫していない」

 

「それで、あなたか……確かに長なら、実力、影響力共に裏の世界でもトップクラスだ。コネもある。で、人選は? 既にすんでいるのかな?」

 

「基本は建前がありますから、関東呪術協会の長ではなく関西呪術協会の最高幹部として赴くことになっています。家族であるということもいれて、私にさよさん、時雨、煌、志津真の五人になりますか。

今回ばかりは詠春も全面的に味方してくれますから、ゴリ押ししてこの場にいる幹部からも一人二人連れて行くつもりです。できれば千草ちゃんも連れて行きたかったんですが、関西にも人を置いておきたいので」

 

 

 まぁ建前にも限界がありますからね。いくら長の娘と言っても最高幹部二人は無理です。

 

 

「ふぅん。まぁ妥当な所かな。私がいけないのは少し退屈だけれど、まぁしょうがないね。……ところで長」

 

 

 久々に嫌な感じがします。ここしばらく来てなかったのに……朴木さん、何を言うつもりですか?

 

 

「家族と言えば、あなたの隠し子はどうするんだい? ほら、たしかスゥちゃんとか言った……!?」

 

 

 タァン!

 

 

 大宴会場に響いた銃声。撃ったのは私。手にある銃はベレッタM84。

 

 

「私に隠し子などいないとさんざん言ったはずです。次は違わず眉間を撃ち抜きますよ」

 

「あ、ああ、すまない。覚えておくよ」

 

 

 いかに幹部といえど、この件は茶化させません。どれだけ大変だったと思っているんですか。ああ、思い出すのも嫌になる。

 

 曰く、隠し子事件。

 

ある日、なんの前触れもなく西の本山に現れた私の娘を名乗る少女。その名はカオラ・スゥ。

 

 親の『あなたの本当のお父様はニホンにいるのよ』という言葉に従いやってきたという少女は、ついでに嵐を連れてきた。

 

 怒りと憎悪から黒化して私を追いかけるさよさん。ショックから泣きわめいて暴走状態に陥った千草ちゃん。そして機械仕掛けの亀に乗って私を追いかける自称私の娘。

 

 それに会合のために集まっていた西と東の呪術協会の幹部が加わって大変なことに。

 

 ……その後どうなったのかはわかりません。いつの間にか気を失って、気がついたときには全て終わっていました。

 

 何がどうなったのか、私には未だにわかりません。誰もそのときの事を教えてくれないのです。

 

 最終的に彼女を関東のとある場所、鶴子さんの妹の素子ちゃんのところに送ることで決着を見ました。

 

 

「とにかく! この件に関してはここまでが第一段階。第二段階以降は役割ごとに個別に伝えます。今日はここまで!」

 

「それでは皆さん、ここからは例年通りの宴会ですから、また元の席に戻ってくださいね」

 

 

 さよさんの合図と共に運び込まれる料理と酒。どやどやと腰を伸ばしつつ自分の席に戻る幹部達。

 

 

「さぁーって、景気付けに飲むッすよーーー!!」

 

 

 これから忙しくなりますし、今くらいは、こうしていてもいいですよね。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 オマケ

 

 

 

「煌、あなたなんでさっきからずっと給仕してるんです?」

 

「そうですよ。ちゃんとお父さんとお母さんのところで食べないと駄目ですよ?」

 

「母さん、僕もう中学生ですよ? それに、僕はこうやって身体を動かしているほうが性に合っています」

 

「……じゃあその格好はなんです?」

 

「オーナーが僕にくれたんです。フロアチーフとおそろいだって」

 

 

 

 玄凪セイとさよの息子、玄凪煌。齢十五して父譲りの長身と濃緑の髪と瞳を持つ。長めの髪を後ろで束ねた彼が着ているのは、畳に不釣り合いな燕尾服。襟に刺繍されているのはとあるお店の紋章。

 

 煌は八歳頃から五年間、社会勉強と修行の意味合いを兼ねてそのお店で住み込みで手伝いをしていたのだが、その五年間で店のスタッフから様々なスキルを習得して帰ってきた。

 

 クイックドロー、スローイングナイフ、動植物の知識に執事としての技能など、役に立つ者から立たない物まで多種多様。

 

 彼が帰ってきた二年前はセイたちも驚かされたものだ。何せ自分の息子が幹部並みに強くなって帰ってきたのだから。

 

 

「おーい煌君、こっち追加」

 

「はーい」

 

 

 

 給仕を続ける自分の息子の将来に、一抹の不安を覚えるセイだった。

 

 

 

 





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