『うわぁ、凄くきれいです!』
近場の屋台に頭を下げ、使い捨てという箸をもらいそばを処理したセイは、麻帆良をさまよい歩いていた。
『どうやってあんなに大きなものを動かしてるんでしょう?』
神木の方向はわかるのだが、道がまったくわからない。昔であれば半刻もかからなかった道程が、記憶からかけ離れてしまったせいで建物が邪魔をしてうまく進めないのだ。
『あっ! あの子の衣装、フリルがたくさんついてて、かわいいな……』
ようやく道を見つけたかと思ったら、今度は「ぱれーど」とかいう派手でぴかぴかした集団のせいで通れなくなってしまった。
『あれ? あっちのお店、何を焼いてるんだろう?』
昔であれば考えられないような人の群の中で思うように進めず苛立ちが募ってきた頃に、術具として使える腰刀があるのを思い出した。
式神として鴉天狗でも呼び出してひとっ飛びしてやろうかとも思ったが、時々見かけた魔法使いらしき奴らに見つかりたくなかったし、流石に非常識かと思ってやめた。
『わぁ、とうもろこしだぁ! おいしそうだなぁ……』
それで、近くにいた〈実行委員〉という腕章をつけた少年にどうすれば神木……今で言うところの世界樹まで行けるのか聞いてみたところ、目の前の「ぱれーど」が終わるまではどの道も通れないときた。
しかも〈ぱれーど〉は始まってすぐらしく、緊急時と一部関係者以外は何時間も待たなくてはいけないらしい。
『……』
結局、手を打てぬまま時間だけが有り余ってしまい、せっかくなので麻帆良祭を見物することにしたのだ。
幸い、仮装している者が学生をはじめけっこういるので、今の褐色の和装に緋色の狐面というセイの格好でもそんなに周りからは浮いていなかったりする。
無論観光には現状確認と敵陣視察の意味もあるが、何にせよやはり狐の面をくれた屋台の親父には感謝である。
『はぁ…』
そして、あちらこちらを気の向くまま、しかし常に世界樹を視界に修められる範囲でふらふらしている内に、見つけてしまったのだ。
『うぅ……グスッ』
うつむいてすすり泣く、幽霊の少女を。
◆
『はぁ…』
初めまして皆さん、相坂さよです。私はもう何十年もこの麻帆良で幽霊をやってるんですよ? 後輩だって、何千人といるんです。えへん!
……
………
…………
うぅ、なにやってるんでしょう、私。いくら寂しいからって、はずかしいです。皆さんって誰のことでしょう。
でも、毎年この時期はまだいいんですよ? 夜になってもたくさん人がいますし、遅くまでどこも明るいし、珍しい物だってたくさん見られるんですよ。
だから、寂しくなんてないんですよ? 寂しくなんて……
『うぅ……グスッ』
……ほんとは、すごく寂しいんです。しってますか? 誰からも相手にされないのって、とってもつらいことなんですよ? いつもひとりなんです。
幽霊だから、眠ることもできないから、毎日毎日、一晩中ずっと暗い街の中でひとりなんです。今だって寂しいんです。
どんなにたくさんおいしいものが目の前にあったとしても、ほんのひとかけらも、食べることはできないんです。味も匂いも、わかりません。
唯一、いつの頃からか、鉛筆や白墨のかけらみたいなごく小さい物を動かせるようにはなってましたけど、それだけです。誰も気づいてくれないから、何の意味をありません。
それに、わたしは、過去のことはあまり思いだせないんです。
笑っちゃいますよね、私、自分がどうして死んだのかも思い出せないんです。思い出せるのは、幽霊になってからの、長い長い夜の記憶だけ。
私はこれからどうなるんでしょうか?
これからも、ずっと幽霊のままなんでしょうか?
ずっと、ひとりのまま……
「どうかしましたか? お嬢さん」
その声に顔を上げると、目の前には背が高くて、赤い狐のお面をつけた男の人が立っていました。鈴や飾り紐のついた不思議な衣装を着ています。
もしかして、この人は私に声をかけてくれたのでしょうか?
……いいえ、そんなはずはありません。だって私はだれからも見えないんですから。
きっと近くに、泣いている小さな女の子でもいたんでしょうね。
「そこの幽霊のお嬢さん、聞こえていないんですか? だとすると……少し困りましたね」
幽霊の……って、この人、もしかして、私のことが見えてる!?
『私のことが、見えるんですか!?』
◆
「どうかしましたか? お嬢さん」
しまった、と思ったのは、声をかけてしまった後だった。
最初は無視しようと考えていた。祭りというばに現れた少女の幽霊など、どう考えても面倒ごとになりそうな気がしたからだ。
しかし「ぱれーど」が終わるまであと二時間近くあるのに、することがなにもないというのと、なにより、ずっとうつむいたまま肩を震わせて泣いている。
視界に入れてしまった以上、流石にほってはおけなかった。
(しかし、こちらを向いてから反応がありませんね……)
「そこの幽霊のお嬢さん、聞こえていないんですか? だとすると……少し困りましたね」
(やはり反応が……)
『私のことが、見えるんですか!?』
……反応が無いと思っていたところに、予想以上の物が返ってきたことに驚く。
食いつきが凄い、というのもあるが、それよりも少女の顔が近いことに焦る。幽霊とはいえこの少女はセイの目から見ても美人であり、触れあいそうなほどに距離を詰め寄られると流石に少し困ってしまう。
『答えてください! 私のことが見えるんですか!? 私の声が、聞こえているんですか!?』
「え、ええ。見えてもいますし、聞こえてもいますが……」
『本当に?』
「本当です」
『…………』
(おや、また黙ってしまいました。どうしたのでしょうか?)
『うぇ……』
「え!? いや、ちょっと、なぜ!?」
『うえぇぇぇぇぇん!』
(泣き出してしまいました!)
どうすればいいのか考えるが、考えれど考えれど記憶の中に有用なものが見つからない。思えば里の子供をあやしたことこそあれど、それは小さな子どもの話。流石に年頃の女の子をあやしたりしたことなかった。
『グスッ、うえぇぇぇぇぇぇぇぇ!』
(ああもうどうすればっ!?)