麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第二十八話 目覚めて

 

 

「んん……」

 

 

 目に最初に飛び込んできたのは、天井の木目。どうやら布団に寝かされていたらしい。濡れた布が置かれた頭を左に向ければ、正座のまま頭で船をこいでいるさよさんが。

 

 窓からは丁度朝日が差し込んだところ。一晩中自分の事を見ていてくれたのだろう。

 

 どうやら、あの後意識を失って倒れてしまったようです。

 思えば無理をしたものだ。人には過ぎた力を行使して、倒れただけですんだのだから。

 これも人を外れた肉体ゆえでしょうか。

 

 身体を起こして、改めて周りを見回すと、関西呪術協会からさよさんと二人で暮らすために用意された離れの一室のようです。

 自身が大屍の召喚に用いた術具は布団から少し離れた文机の上にまとめて置かれているのが目に入りました。

 

 よろめきながらも立ち上がり、文机に近づいて術具の状態を確認してみれば、酷い物です。

 小刀はひびが入っているし、杭はどれも折れるか砕けている。無事だったのは愛用の腰刀と、畳まれた蒼い布の上に置かれた“赤い剣”だけなんですから。

 

 

「おや」

 

 

 これには少し驚く。古代の遺物、事実上のオーパーツである赤い剣がどうにかなるとは思っていなかったが、現代技術でも再現可能な、質が良いとは言え数打ちの品である腰刀まで無事とは思わなかった。

 

 

「……んぅ、あれ!? セイさん!?」

 

 

 声がしたので振り返ると、目を覚ましたさよさんと目があいました。

 

 

「あ、ああ! セイさん、たちあがって大丈夫なんですか!? 今治癒術師の人を呼んできますから、部屋から出ないでくださいね!」

 

 

 引き留める間もなく、さよさんは部屋から飛び出していってしまいました。

 

 ……まったく、少しは落ち着いてほしいんですがね。

 

 そう思いつつ小さくため息をついていると、戸が静かに開けられました。

 

 

「あれ、もう起きとったん?」

 

 

 戸を開けたのは、果物の入ったバスケットを持った木乃芽さんでした。その後ろには千蔵さんもいます。

 

 

「大丈夫なんか? かなり霊力使っとったやろ?」

 

「ええ、なんとか」

 

「ふ~ん、まぁええわ。いろいろ話したいことあったんやけど……さよはんは?  ここ三日ほどつきっきりやったのに」

 

「さよさんなら治癒術師を呼びに飛び出ていきましたよ。……待ちますか?」

 

「かまへんよ、業務連絡みたいなもんやからセイはんが起きとるんっやったら問題あらへん。……大丈夫なん?」

 

「流石は総本山と言いますか、ちゃんと四肢が動き、霊力を流すことにも支障がない。まぁそれこそ体がだるいとか、その程度ですかね」

 

「ほなら早速話始めさせてもらうけど、ええかな」

 

「もちろん」

 

 

 話の内容は私が意識を失った後の情勢の推移についてです。リョウメンスクナの再封印は無事成功したそうです。

 

 もっとも、最後の術式は仮封印みたいなもので、私が寝ている間に湖の祭壇を用いてしっかりと封印し直したそうです。

 

 戦闘の終盤、大屍の大剣で内側から灼かれたのが相当堪えたようで、本封印はスクナの抵抗もなく粛々と行うことができたとのこと。

 

 それと、今回の一連の騒動について他の組織の反応は、国内、特に西日本においては京都の手勢だけでリョウメンスクナを鎮めたとあって、関西呪術協会の傘下でない組織からの評価が上がったとか。無論封印が解けた理由は伏せられています。

 

 ちなみに関東魔法協会からも真偽の問い合わせが来ており、確認の為に人を派遣したいという申し出もあったが突っぱねておいたそうです。

 この状況で訪れる者など、情報収集のための間諜以外の何者でもないですから。

 千蔵さん曰く、歯がみする関東魔法協会の使者を見て久しぶりにすっきりしたという。

 

 結果として、関西呪術協会は管理する霊脈が少し乱れた程度で、全体的には概ねプラス。そのため今回はそれを考慮して、スクナ復活の件はお咎めなしということに。

 

 話が終わった後、さよさんが治癒術師を連れて戻ってきて、軽い診察が終わった後はなんだかんだでいつのまにか雑談になりました。

 話している内容はたいしたことのないどうでもいいような内容ですが、集まってる顔ぶれは豪華です。

 関西呪術協会のトップ、元最高幹部、現最高幹部とその妻と、ただの雑談をしていると知らない誰かがこの光景を見たら何か大きな計画について密談でもしているように見えるんじゃないですかね。そんな事実はカケラもありませんが。

 

 

「ところでセイはん。これからどないするつもりなん?」

 

「これから、ですか」

 

 

 やはり当初の計画通り世界の遺跡巡りを決行して古の技術を探したいんですが、時雨の件もありますし、下手をすると遺跡の奥で封印された神とご対面!なんて事態にもなりかねません。

 やはり情報が必要なので、すぐに目を付けていた中東や中南米に、とはいかないでしょうねぇ。

 

 術具も結構減ってしまいましたし。符ならまだ何も書かれていないまっさらな物を用意してもらえれば自分で量産できますが、小刀などは流石にすぐ……とはいきませんから。

 

 

「術具なしで国外は……いえ、国内の遺跡巡りの方が難しいですか」

 

 

 国内にも、遺跡はある。が、どこもどこかの組織、もしくは国の管理下にあり、利益とリスクが釣り合わない。かといってそういった管理のない自然の鍾乳洞のようなものはそれはそれで“どこと繋がっているかわからない”危険性がある。

 

 そこでふと思い出したのは、さよさんと共に麻帆良を離脱した後で、かつて関東に根を張っていた幾つかの組織の本拠地巡りをしたときのこと。

 

 あの時は時間がなくて本拠地があった場所しか行かなかったが、もう一度、ある程度時間をかけて周辺の土地を探して見れば、その子孫を見つけることができるのではないだろうか?

 関東の組織の中には、玄凪と関わりのあった組織も少なくはない。回ることが出来なかった場所の方がずっと多いし、なら、改めて探してみる価値はあるはずだ。

 

 麻帆良周辺はもちろんのこと、なるべく関東魔法協会の魔法使いとは出会わないように気を付ける必要があるが、もし生き残りがいて、今も復讐、あるいは何らかのけじめを付けたいと考えているならば、力を借りることもできるだろう。

 

 ……もしも、一人の子孫も残らず、完全に滅んでいたのなら、線香の一つくらいはあげてやるのが筋でしょうし。

 

 

「関東……」

 

「ん?」

 

「昔、東の裏の組織があった場所を巡りたいと思います。主に玄凪と関わりのあった家を中心に、他にもたくさん。もう一度、各地を巡って、できれば彼らの子孫を、そうでなくても墓くらいは見つけたいですね」

 

「東、かぁ」

 

「無論それだけじゃありませんよ。技術者の勧誘も行います」

 

「……機械の方の? 術者やのうて?」

 

「ええ。ちょっと考えがありましてね。そちらの方面の人材もほしくて」

 

「ふーん……」

 

 

 木乃芽さんは私の話を聞いて何か考えているようですね。アレ? なんでだろう?

 

 いやな予感がします。非常にいやな感じです。魔法世界に居たときほどじゃないにせよ、地球に戻ってきてからは一番かもしれません。

 おかしいな、なんだか寒気が……

 

 

「まぁええのんとちゃう?  行ってきたらええやん。時々こっちに電話で状況報告してな?」

 

 

 すっごいニコニコしてますね。怖いくらい。

 

 ……関東行き、やっぱりやめましょうか。

 

 

 

 




 今日も一話で打ち止めです。ちょっと二三話新しく書くので、次の投稿は今週中を目指します。それが終わればまたペースを上げていきます。

 

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