「……千草ちゃん、セイさんだって重いんですから、そこからおりましょうね?」
「……いやや。とーさまはおもいなんていうてない」
「セイさん」
「いや、まぁ子ども一人ですし……」
「ほーらー」
がしっ。
「……そんなこといわずに、ね?」
ムギュウゥゥゥ。
「いーやーやー!」
「……どうしても、いやですか?」
「うん、いやや。とーさまのせなかはうちのもん」
ピキッ。
「……そうですか、わかりました」
「さ、さよさん? 懐から符なんて取り出してどうするんです? そんな物騒な物しまいましょうよ」
「――四天は巡り、五行は環をなし、我は六方を定めて界となす!」
「ちょっとさよさんそれって大戦の時に私が教えた近接対艦用の砲撃術式ですよね!? なんでそれを千草ちゃんに!? というかあれ? 照準が私に向いてる!?」
「わたしだって……」
「……え? なんです?」
「わたしだって、セイさんに甘えたいんですー!!」
「ええっ!? ってこんな距離でその術式はあぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「きゃー」
「わー」
ちゅどーん。
……これは、梅雨明けの日差しの強い、初夏のある日のことである。
◆
私の関西呪術協会での新しい役職が決まりました。対外的には“特別顧問”で通すそうです。それにともなって、無駄な足掻きかもしれませんがまた名字をかえました。今回は暗辺(くらべ)です。
玄凪、クロト(黒兎)、暗辺ともう三つ目になりました。何時の日か玄凪に戻る日まで、幾つ名前が増えるんでしょうね?
それと、関西呪術協会での仕事ですが、基本的に何もしなくていいそうです。ただ、暇な時に若手を指導したり、手に負えない大物が出たときは力を貸して欲しいとのこと。
まぁ、それくらいなら行動予定の妨げにもなりませんし、別に問題はないでしょう。
問題は千草ちゃんの件です。結局本人の意志にまかせるという話に決まってしまって、さよさんと二人千草ちゃんに会いにいったんですが……
最初、私達が行った時はふさぎ込んでいたんですが、話をする内に元気を取り戻していって、最後に千草ちゃんに『私達の子供になりませんか?』と言ったら、前から知り合いだったこともあって『あたらしいとーさまとかーさまやー!』と言って私の背中に飛びかかってきて、それからずっと私の肩に乗っています。
ですが、それからなぜか徐々にさよさんの機嫌が悪くなってしまったんです。
――そして、話は冒頭に戻る。
「待ちなさ-い!」
「幾ら何でも待てるわけないでしょう! 私を殺す気ですか! お願いですから正気にもどってください!」
今、私は符を十枚単位で浮かべたさよさんに追いかけられています。
本山の敷地内の森の道無き道を走っているのですが、千草ちゃんを背負っているせいでスピードを出せず、ふり切れていません。
まずいですね。大戦の頃は背中を預け合ってあんなに心強かったのに、敵?にまわるとこんなに厄介な物だったとは。
……時雨? 時雨なら少し前にさよさんに撃ち落とされましたよ。戦艦の主砲が直撃しても平気な時雨が、人の形をとっているからといって一撃でやられるとは・・・
「さよさーん。落ち着いて話しを聞いてくださーい」
「だったら止まってください!」
無理です。だって今止まったら確実に砲撃術式が直撃しますもん。
至近距離であんな物くらったら私はともかく、千草ちゃんに悪影響がでます。私の結界で防いだとしても、高密度の霊力はそこに存在するだけで人に強く作用しますからね。子どもなら尚更です。
私やさよさんのように、人から外れる必要はありません。
そんなことを考えている間に、いつの間にかさよさんの追撃が止んでいました。振り返ると、少し離れたところでうつむいて立っているではないですか。
と、さよさんの声が風にのって聞こえてきました。
「……こんなに必死に追いかけてるのに止まってくれないなんて」
「あ、あれ? さ、さよさん?」
なんだか様子が……
「もう……何なんですかっ! 約束だって守ってくれないですしっ!」
「へっ?」
「グレート=ブリッジでのことです! セイさんから言ってきたのに、こっちに戻ってきても千蔵さんにも長さんにも言ってくれないし、宴会の後はいきなりまた魔法世界に行くって言って、行くだけ行って暴れるだけ暴れて帰ってきてもやっぱりっ! もうあれから何ヶ月経ったと思ってるんですかっ!」
「あー、それは……」
事実です。反論できません。弁解の余地が自分のこととはいえ全くないことに驚きです。むしろなぜ忘れていた私。
「セイさんの……」
「いやでも。ちょ、待っ……」
「バカーーーーッ!!」
キュィンッ!!
宙に浮く符が陣をなし、そこからまばゆい光が放たれる。発動したのはとある砲撃術式。ようは細くて速い貫通ビームです。
とっさに身体をひねって回避したのですが、それが飛んで行った方が悪かった。
ビームの先にあったのは、湖の上に建つ祭壇と、そこに祀られた巨大な一枚岩。
ビームは、何の因果かその大岩の中心を貫いたのでした。
今回はここらで打ち止めです。
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特に誤字脱字は自分では気づけていないので助かっています。皆様ありがとうございます。