麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第二十五話 黒

 

 

 

 黒とは、どういったものだろうか?

 

 黒とは、単純に色という概念で言うのならそれは白と対をなす色。そしてこの世で最も何よりも、濃く、深く、重く、鈍く、暗い色だ。デュナミスが好んで身に纏う色でもある。

 

 転じて、たとえば白は概念的な清浄さを表す。他に歴史に語られる聖なる者や天使に代表される神の使い、あるいは光そのものといったものも象徴する。

 

 対して黒はその逆を行く。人の悪徳の一つととれなくもない清浄さの対極である不浄、不吉や不幸な出来事、邪な存在や悪魔の類。もしくは暗がりの先、影の奥、奈落の底の闇そのものといった物を思い浮かべるのではないだろうか。

 

 魔法であってもこれは同様で、むしろ裏の世界の方が顕著だ。

 白は光や雷といった好意的に受け入れられやすい属性を表すこともあるが、黒は闇や影といった大衆には嫌われがちな属性を象徴する。

 これは今でもそうだが、特に中世の頃のヨーロッパでは顕著だった。

 もっとも、魔法だけでなく世界中の多くの術式において“色”は基礎的でありながらとても重要なファクターの一つであるのだが。

 

 

 とにかく一般的は白と比べ余り受けの良くない黒だが、死者を悼む者達の衣装の色が黒であることも忘れてはいけない。

 

 

 黒は死を象徴する色でもある。残された者達はその黒を身に纏い、死者との最後の別れに真摯な気持ちで臨むのだ。

 

 なぜこのような話をするのか?

 

 

 それは、今、関西呪術協会の者達が纏う色が、皆一様に、黒だからである。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「……」

 

 

 一面の曇り空から降り続ける冷たい雨。土砂降りという訳ではなく、小雨といったところだが、もう三日目も降り続いている。

 

 そんな雨の中。関西呪術協会の一室、本山の奥に位置する百畳近い広さを誇る大部屋に、黒を纏った者達が集まっていた。

 

 西日本の裏社会をまとめる関西呪術協会の重鎮の中でも最高幹部が集まっているのだが、彼らの顔は一様に優れず、室内の空気は重い。

 

 その数は、私をいれて“十八”人。

 

 

「……関西呪術協会最高幹部会。始める前に、旅だった家族に黙祷を」

 

 

 室内の者が皆目を伏せ、短い黙祷を捧げる。まぶたの裏に浮かべる顔は、皆違うのだろう。

 

 

「さて……ほな始めよか。何の話かはわかっとるわな。今席が二つ空いとる。一つは引退する千蔵のじいちゃんの席や。これは本人から言うてきたことで、既にうちが長として承認した。これからはのんびりすごすそうや」

 

 

 ここで、長である木乃芽が一度話をきる。

 

 

「問題は天ヶ崎家の席や。天ヶ崎さんが大戦で亡くなって、千花さんは帰ってこれたけど……先日、事故で逝ってしもた。千草の嬢ちゃんはまだ小さいさかい幹部の仕事はできへん」

 

 

 そこで、と続ける。

 

 

「うちの考えとしてはな、千草ちゃんが一人前になるまで、セイはんに頑張って欲しいんよ」

 

 

 はて、これからの関西呪術協会、ひいては日本のこれからについて重要な話があるということで呼ばれたのですが、私に頑張ってほしいとは?

 

 

「セイはんには、千蔵さんの代わりに幹部になってほしいんよ。正直今のうちらには、あの腐った戦争で人が減ってしもて力が足りへん。そんな状況で、幹部の席に空きがあるっちゅうんは致命的や。

正直あの糞親父……あれが何してくるかわからへんのもあるし、そのときに現状では対処しきれんこともありえる。

せやさか、セイはんに形だけでもええさかい幹部に就任してほしいんや。先日の魔法世界での件、うちの耳にも入っとる。攻め込まれる口実にもなるやろけど、それ以上に抑止力にもなるて考えとる。……うちはな」

 

 

 一通りの説明の後、部屋の一番奥にいる木乃芽さんが末席にいる私を見る。嘲りもなく、媚びもなく、ただじっとこちらを見ている。

 

 結論はこちらに任せる……ということなんでしょうが、なかなか難しい問題ですね。

 木乃芽さんに話を振られた時点で断るのは難しいのですが、やはりメリットとデメリットが……

 

 メリットといえば組織のコネと人員が使えることがありますが、人が足りないと言っている以上、余り期待はできません。

 政府とのコネも期待できますし、一応の本拠地ができるのはありがたいですが……

 

 デメリットは多いですね。まずはある程度私の存在が裏の世界にばれます。また名前を変えねばなりません。

 私はいずれ麻帆良に帰りますから、そのあたりのこともおいおい話さなくてはならないでしょう。

 

 しかも、ここにはいつか青山詠春が帰ってきます。

 

 ただでさえ今回の戦争には不満を持つ者が多いのに、参加する理由の一端になった彼が帰ってくれば、その後の展開によっては関西呪術協会がひずみが生まれ、分裂までいかずとも一部が“割れる”可能性は出てくるでしょう。

 

 それに、もしも青山詠春があの馬鹿どもを連れてきたら、本山、いえ、京都が焦土になるかもしれません。

 

 なにより、形だけといってもやはり行動が制限される可能性がないとは言えないのが痛い。

 二十年あるとはいえ、するべきことは多々ありますし、どこか腰を落ち着ける場所も必要。幹部になることで解決できる問題もあるので結果的にはとんとんになるかも……むぅ?

 

 

「……まぁ、いいでしょう」

 

「! ほんまに!?」

 

「ええ、まぁいくつかの条件に憂慮していただけるなら」

 

「ほなその辺りはまた後日。あ~、それと、実はもう一つ頼みたいことがあるんよ」

 

「なんです? これ以上に厄介ごとが?」

 

「うん、まぁ、その~」

 

 

 おや、なんだか凄く言い辛そう。

 

 

「千草ちゃん、引き取ったってくれへん?」

 

 

 

 …………ん?

 

 

 

 





 次と合体させようか悩んで、やめました。

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