麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第二十四話 掌中世界

 

 

 

「さて……そろそろ始めるとしましょうか。新たなる世界の始まりです!」

 

 

 

「マスター、一人で変なこと言ってないで、ダイオラマ魔法球の中どうするか早く決めちゃおうよ」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 私の目の前にあるのは、その名もダイオラマ魔法球。ジオラマと呼んだ方が本質を表す上でわかりやすい気がしないでもないこの道具は非常に希少な魔法具で、その効果はフラスコの中に異空間を造りだすというもの。

 

 この魔法具はフラスコの内部の空間の広さだけでなく、時間の流れすらも変更可能という規格外なものである。

 

 ただし、非常に希少である分恐ろしく高価な魔法具でもあり、あまり表には出回ってはいない。

 

 この魔法具を所有しているのは、魔法球のグレードにもよるが大抵は名高い魔法使いであったり、どこかの国の重臣クラスがほとんどで、個人が、まして一つでなく複数所持している者などまずいないのであるが……

 

 

「時雨くん、良いですか? こういうのは雰囲気が大切なんですよ? セイさんだってたまにはああやって楽しみたい時があるんですから」

 

「……さよさん、そういうことはせめて本人の居ないところで話してください。結構傷つきます」

 

「え、あ! ご、ごめんなさい!」

 

 

 とにかく、今目の前には台座に載ったダイオラマ魔法球が二つ。

 

 一つはアリアドネーから仕事の“正当な”報酬としていただいた物。もう一つは、完全なる世界での最後の仕事の報酬としてアーウェルンクスがくれた物。

 

 いずれも広さは一級品だが、現実世界との時間比率は一対一で、中はただ荒れ地が広がるばかり。

 

 これに特定の手順を踏んだ上で霊力、あるいは魔力を込めると夏のビーチやら熱帯の密林やらに変化するのだが、今はそれをどうするか考えている最中である。

 

 そもそも、思い立ったのは元老院の粛正を終えて魔法世界から旧世界に帰ってきて、関西呪術協会の一室で随分増えてしまった荷物の整理をしていたときのことである。

 

 鞄の奥からでてきた、二つの大きなフラスコ。単純に時間がなかったのと、半ば忘れかけていたというのもあって、そういえばこんなものもあったなと思い出し良い機会なので本腰をいれて弄ってみようかと考えたのが始まり。

 

 それで二人にどんな物が良いか聞いてみれば。

 

 

「そうですねー、私はすごしやすければ何でもいいですよ」

 

「僕は何でもいいやー」

 

 

 と完全に人任せなのであす。それで一人で何日か徹夜で考えあぐねたあげく、やっと案がまとまって変なテンションになっていたところを見られてしまった訳で。

 

 

「ま、いいですよ。とっとと霊力込めちゃいますから」

 

 

 そう言って、二つあるフラスコの一つに手をかざし、完成像をイメージしながら霊力をそそぎ込んでいく。

 しばらくすると作業が完了したのか、フラスコが強く光を放つ。それを確認してから、同じように二つ目のフラスコにも光るまで霊力をそそぎ込む。

 

 やがて、二つ目のフラスコも光り、作業が完了したことを確認する。

 

 ただの荒れた大地しかなかったフラスコの中に、今はボトルシップのように精緻な建物のジオラマが入っている。

 

 

「これで、完成です」

 

「わぁ……!」

 

 

 さよと時雨も、きらきらとした目でダイオラマ魔法球の中を覗き込んでいる。ただ、時雨の目が新しいおもちゃを見つけた子供の目であるような気がして、少し怖いのだが……

 

 一方のダイオラマ魔法球は、居住空間として考えた物で、テーマは水。

 

 地面は全て水面と大小幾つもの石造りの正方形の島を組み合わせたもので構成されており、だいたい水面が七で島の部分が三である。

 大きい島や中くらいの島には関西呪術協会のような和風の木造建造物がたてられており、それらは木の橋でつながっている。

 小さな島は様々で、何もない島から、灯籠が立っている物や樹が植えられている物など多種多様であるが、それらの島ほぼすべてに余すところなく白い砂利が敷き詰められているのも特徴だろう。

 ちなみに、フラスコの外から見ればすぐに気づけるのだが、これらの島は全てダイオラマ魔法球の出入り口に設定してある場所を基準として、点対称になるように配置されている。

 

 二つ目の魔法球は、かなり特殊な仕様となっていて、まず基本的に地表は全て森となっている。

 構造物は全て空中に浮かぶ島に建てられており、それらの島の大きさ、高度は様々。

 その上それらは橋などでつながれてはおらず、中には星のように一定のコースを回っている物さえある。

 そんな島々の移動手段は虚空瞬動か飛行魔法。あとは鳥居を模した転移ゲートを使うかしかない。

 

 それと、この魔法球の中では常に時間帯が夕方に設定されている。

 特にこれといった理由はないのだが、なんとなくやってしまったのである。

 用途は主に設定していない。修行につかってもいいし、新しい術の試験にも使えるように造った。

 一つ目も二つ目も、広さだけはあったが故の仕様である。

 

 

「ま、とにかく一度入ってみましょう。こちら側に集まってください」

 

 

 二人を自分の側に集め、ダイオラマ魔法球に近づく。すると、足下に魔方陣が発生し、光が三人を包み込んだ。

 

 光がやむと、そこには誰も残っておらず、畳張りの部屋に不釣り合いな大きなフラスコが二つだけ残されていた。

 

 

 

 


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