麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第二十一話 京の都の剣士たち

 

 

「食らえ、斬岩剣!」「斬空閃!」「斬鉄閃!」

 

「そんなの僕には効かないよー! てりゃー」

 

「「「ぎゃああぁぁぁぁぁ!?」」」

 

「あははははは! 飛―んでったー!!」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 おお、なんと言うことでしょう。

 関西呪術協会の総本山へと続く鳥居が立ち並ぶ道の上で、神鳴流の門下生の皆さんが周りの竹林を巻き込みながら次々吹っ飛んでいきます。

 

 吹っ飛ばしたのは時雨……ああ、この間見つけて仲間になった少年のことです。日本に入るのに必要になりましたからね、名前。

 ちなみに、名付け親は私ではなくさよさんです。

 

 

「うりゃー」

 

「ぐああぁぁぁ!?」

 

 

 ああ、また一人神鳴流門下生が、ゆるいかけ声からは考えられない、洒落にならない威力のパンチで吹き飛ばされて行きました。

 

 ……彼らの心配はしていませんよ? 周りの竹林の被害のことで、後で怒られないか心配ですが、この事態の原因は彼らにありますからね。

 私達は悪くありません。死んでなければ良いでしょう。

 

 なぜこのような事になっているか?

 

 そうですね……例の如く、簡単にまとめましょう。

 

 私達は白い目で見られつつも店を後にし、日のある内に関西呪術協会の敷地内に入ったんです。で、ここで問題が起きました。

 いつもなら巫女さん達が本山の途中で詰めているのですが、たまたま神鳴流の門下生が居ましてね、からまれたんですよ。

 

 私とさよさんは以前に一度訪れてから賓客扱いだから良いとして、時雨は初めてですからね。

 そのうえ時雨は人ではなく、私達と違う完全な人外。それもそんじょそこらの十把一絡げとは格の違う、です。

 その辺りは魔を討つ神鳴流、めざとく時雨が人じゃないことに感づいて『怪しい奴を本山に通す訳にはいかん!』ときたもんです。悪いとは言いませんが、人の話なんざ聞きゃしないのはどうなんですかね。

 

 で、問答してる内にしびれをきらしてかかってきて、時雨に片っ端から返り討ちにされているという訳です。

 

 止めませんよ? さっきも言いましたが、死ななければ良いのです。良い薬になりますし、彼らは見たところ随分若い。きっとこの日の体験が後々の糧となるでしょうから。

 

 それに、半分くらいは『あっちの男、あんな綺麗な美人の嫁さんがいるくせに、昔鶴子師範代とつきっきりで……ちくしょーっ!』とか言ってました。

 この手の勘違いからくるやっかみなど相手にしてられません。

 

かくして今に至ると。

 

 

「うわぁぁぁぁ、へぶっ!?」

 

 

 おっと、こちらに門下生が飛んできたんですが、私が何かする前に、さよさんの結界にぶち当たって、ズルズルと墜ちていきました。

 ……さよさんの結界展開速度も、随分と上がったものです。

 

 

「すいませんね、さよさん」

 

「えへへ、たまには私だって役に立たないと。いっつもセイさん一人で事を終わらせちゃうんですから」

 

 

 さよさんが私の肩に頭を預けながら微笑んでいます。あ、私達は蹴散らすのは時雨にまかせて休憩所の長いすで観戦に徹してますからね。戦っていませんよ?

 

 

「くそっ……これならどうだ! 神鳴流奥義・斬魔剣!」

「っ! 痛っ……」

 

 

 ああっ、時雨が斬魔剣の直撃をもらいました! ってほぼ無傷です。

 彼は私のような結界や障壁は使えないはずなので、単に防御力が馬鹿高いだけです。私だってまともに食らえば真っ二つだっていうのに……

 

 

「馬鹿な!? 斬魔剣が直撃してほぼ無傷だと!?」

 

 

 あ~、やっぱり驚いてますね。私も驚きです。

 

 おや、時雨の様子が……!?

 

 

「痛いや……鎖なしの僕に、傷を負わせられるんだ……へぇ?」

 

 

 わずかとはいえ、傷を負った時雨の気配が変わる。

 ぶわりと、時雨を中心に風が巻き、彼の影が周りを侵蝕するように円形に広がっていく。

 清浄なはずの竹林の空気が、周囲の者に重くのしかかる。

 

あれは、いけませんっ……!

 

 

「なら、ちょっと本気で……」

 

「時雨、よしなさ……」

 

 

 

 

 

 

「そこまでにしたってぇな、坊」

 

 

 

 私が時雨をとめようとしたその瞬間、遮るような形で、凛とした声が響きました。

 

 あそこにいるのは……もしや?

 

 

 本山の方から、抜き身の野太刀を片手に持った女性が一人ゆったりと歩いてくる。

 

 今この場は戦闘という名の一方的な蹂躙によって、鳥居は吹き飛び、石畳は割れ、もはや荒れ地とかしている。

 

 だがその女性は、そんなことは気にもとめず優雅に歩みを進める。

 

 

「ああっ! 鶴子師範代だ!」

 

「おお、師範代!」

 

 

 そこにいたのは、京都神鳴流師範代・青山鶴子、その人だった。

 

 

「さて、まぁえらいはしゃいどるようやけど……おまんらは何をしとるん?」

 

 

 唐突に、鶴子さんから言葉と共に強い殺気が放たれる。

 

 ただしそれが向かうのは、時雨ではなく、神鳴流の門下生達。

 

 

「ひっ」

 

 

 鶴子の登場によって希望に輝いていた彼らの顔が、一瞬にして青くなる。

 日頃からつきあいがある分、たとえ彼女が表面上笑っていても、その裏で怒っていることがよくわかるのだろう。

 

 

「どないしたん?」

 

「そ、それは……」

 

「なんや、言えへんようなことしとったんか? ……ま、この有様見たら何が起きたかは言わずともわかりますわ」

 

 

 ここで、鶴子さんは時雨を見て、それから私とさよさんを見た。

 

 

「セイはん、そこの坊つれて先に長のとこ行っといてもらえる?」

 

「鶴子さんは?」

 

「お客に手ぇ出すこのアホたれどもに軽く折檻してから行きますわ」

 

 

 抜き身の白刃がキラリと光り、門下生達が震え上がっています。ああ可哀想に。心から同情します。怖いから助けませんけど。

 

 

「そうですか。では、さよさん、時雨、行きましょう」

 

「はいっ!」

 

「あ、待ってよマスター!」

 

 

 腕にさよさんが抱きつき、元に戻った時雨が駆けてきます。本山はここからそんなに遠くは無いので、まぁのんびり行きましょう。

 

 

 ―― 雷 鳴 剣!! ――

 

 

 背後から断末魔が聞こえたようなきがしますが、きっと気のせいでしょう。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「ふぅ……良い月ですねぇ、さよさん」

 

 

 雲一つない夜空で、月が煌々と輝いています。

 

 

「そーですねー。まーんまるですねー」

 

 

 駄目だ。完全に酔ってる。

 

 今は、木乃芽さんと千蔵さんが主体で開いてくれた歓迎の宴を抜け出してきた所です。

 まだ天ヶ崎さん達が魔法世界の大戦から帰ってきていないので控えめですが、そんな時だかこそ、ガス抜きの為に多少なりとも羽目を外し、酒を飲める口実があれば良いのでしょう。

 あと、時雨はその場に置いてきたので、私達が居ないのがばれてもそんなに問題にはならないはず。奴は結構な大食らいですから人目を引きます。

 

 

「それで、何のご用です? ただ酒を飲みに来た……と言うわけでは無いのでしょう、鶴子さん」

 

 

 気配のする方に声をかける。木々の間から出てきたのは、昼間世話になった青山鶴子だった。

 手には昼間のように抜き身では無いが野太刀が握られ、顔には真剣な表情が浮かんでいる。

 

 

「いけずどすな。気づいてはったんなら、もっとはよに言ういくれてもええのに」

 

「ははは、気づけたのはついさっきです。……それで?」

 

「ほな、単刀直入に訊かせてもらいますわ。……セイはん、その身体、いったいどないしはったん」

 

「……はてさて、なんのことやら」

 

「とぼけんといてぇな。もともと、あんさんらが元から“混ざりもん”ゆうんはわかっとった。せやけど、長や千蔵さんが大丈夫言うたさかいに気にせんかった。気の使い方教える間に悪い奴や無いゆうんもわかったしな。

せやけど、今のセイはんは前来たときよりえらい人から外れとる。言うなら、“堕ちた”気配がする。……なにがあったん?」

 

 

 鋭いですねぇ……ごまかすのは、無理そうです。正直に話すとしましょうか。

 

 

「魔法世界の戦場で、一度致命傷を負いました。私には、まだ成さねばならないことがあったから、生きるために人を辞めた。それだけの話です」

 

「さよか」

 

 

 鶴子さんが、さよさんの反対側、私の隣に腰を下ろしました。二人して月を見上げます。少しの間会話が途切れ、辺りを静寂が支配する。

 

 しばらくして、鶴子さんが口火をきりました。

 

 

「セイはんの結界をして致命傷とは、どないな相手でしたん? 名のある剣豪か、異国の術師か、はたまた桁外れの怪物でも?」

 

 

 ……どうしましょう。黙っていたら露見した時に問題が起きるでしょうが、言ったら言ったで後々問題になる気がしますし……まぁ、べつにいいか。そのときはそのとき、良かれ悪しかれどうとでもなるでしょう。

 

 

「……青山詠春、ですよ。斬魔剣・弐の太刀でそれは綺麗にばっさりとやられました。私が新しい結界を過信しすぎたというのもありましたがね」

 

「なんやて!?」

 

 

 おお……鶴子さんが驚いてます。驚いてる顔初めて見ました。

 まぁ驚くのも無理は無いでしょう。死にかけた理由が自分の同門だっていうんですから。

 でも、そこまで驚くことでも無いと思うんですがね。

 

 しかし・・・さっきからさよさんの反応が無いと思ったら私にもたれかかって寝てるじゃないですか。

 私と鶴子さんは結構真面目な話をしてるのに……

 

 

「あんのアホ詠春、どんだけ周りに迷惑かければ……!」

 

「いえいえ、油断した私も悪いんですよ。それにあそこは戦場でしたし、しょうがないですよ」

 

「…・・すまん、セイはん」

 

 

 私が月を見上げ返事をしなかったために、二度目の静寂が訪れる。

 

 私はもうあまり気にしていませんが、鶴子さんは思うところがあるのでしょう。

 人を護り魔を狩る神鳴流が人外の原因になってれば世話無いですし。

 

 

「……決めた」

 

 

 鶴子さんがすっくと立ち上がり私の顔をまっすぐ見つめます。

 

 

「セイはんに、神鳴流の奥義を伝える事にします。野太刀は向いてへんやろから、無手の技だけやけど」

 

「何故に!? そんな流れじゃなかったでしょう!」

 

 

 なんで!? 理由がまったくわかりません! 話の脈絡がなさ過ぎるでしょう! というか、まさかまた地獄の一週間睡眠一時間生活!?

 

 

「ほんまは他所(よそ)の人に教えたらあかんのやけど、お詫びのかわりどす。セイはんやったら力に溺れることもないやろし、まぁ万一があるかもしれんからこそ心身鍛えるけですけど」

 

「むしろ神鳴流だったらかえって堕ちやすくなりません?」

 

 

 鶴子さんが私の言葉を無視して襟首をつかんで持ち上げます。この細腕のどこにこんな力が!?

 

 

「大丈夫どすえ~。セイはん、気の扱いの時も優秀やったし、三ヶ月も頑張ればだいたい習得できますやろ」

 

 

 三ヶ月も!? 助けて! さよさん助けて!!

 

 

「あ、そうそう」

 

「あ痛っ!?」

 

 

 鶴子さんがいきなり手を放したので、地面に身体を打ち付けました。地味に痛いです。

 

 

「あの時雨とかいう坊はなんなん? 千蔵はんに訊いてこい言われとったの忘れてましたわ」

 

 

 時雨の正体、ですか……いえ、隠しても、いずれはばれることです。

 

 

「……他言無用でお願いしますよ?」

 

 

 私の雰囲気が変わったのを察知したのか、鶴子さんも表情を改めます。

 

 

「長と千蔵さん以外なら」

 

 

 

「時雨は……んー、言うなれば、神の模造品。神代よりは今に近く、しかし現代よりはずっと昔の古い時代に、ジャガーノートの再現を目指して造られた失敗作……私以上の、純粋な意味での怪物ですよ」

 

 

 

 


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