麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第十八話 依頼

 

 あの後、転移魔法で墓守り人の宮殿に帰ると、すわ何事かと普段常駐している構成員及び幹部達に取り囲まれました。

 私だと説明しても、警戒して信じてくれないんですよ。主に背中についてるものが原因で。

 ちょうどアーウェルンクスやアダドーといった顔見知りの幹部が所用でいなかったので、デュナミスがいなければ面倒なことになっていたかもしれません。

 

 他の幹部が臨戦態勢で警戒するなか、奴一人だけは『なるほど、貴様の大幹部戦闘形態はそんなふうなのか。うむ、興味深い。中距離支援型……いや、広域戦特化型か?』とか平素と何ら変わらぬ顔で意味のわからないことを言ってましたからね。

 

 とにかくデュナミスのおかげで誤解は解けたんですが、その後すぐに倒れてそのまま寝込みました。

 翼もどきが自然と引っ込んだ後、だいたい三日くらいは四十度前後の高熱が続きましたね。

 デュナミス曰く、これは無理な変身の反動で、本来は身体の急激な変質は肉体と魂の関係に致命的な軋轢を生じさせるので魔族だって絶対にしてはいけないそうです。

 下手したら死んでいたか堕ちて完全な化け物になるかの二択だったとか。

 

 ……成功してほんとよかったと思いましたね。

 彼が言うには、一度変身に成功すれば二回目以降は反動も全くないし、練習すれば部分的な変身なんてことも自由自在とのこと。ようは慣れなんだそうです。

 

 ただ、奴は部屋から去り際に『この程度なら、もう一段階変身が残っているかもしれんぞ?』と言い残していきやがりました。

 冗談じゃありません! 仮にもう一段階変身が残っていたとしたら、私はどうなってしまうんです!? 既に角と翼と尾でかなり禍々しい外観なのに、これ以上何がどうなるんです!

 

 ……触手か? もしかしたら触手とかが生えたりするのか? あるいは四肢が獣のようになったり、デュナミスみたいに腕自体が増えたりとか?

 

 ははは、どうしよう、絶対にないと断言したいのにできない。というか急に頭に想像図がパッ浮かびました。

 未来を暗示しているようで凄く不安です。尾も見ようによっては触手に見えなくもありませんし。……そもそも尾なのかも怪しいですし。

 

 まあとにかく熱が下がってからは報告と説明ですね。まず所用から帰ってきたフェイトにグレート=ブリッジの報告と辞めたい旨を伝えてから、さよさんと式神達への説明会です。

 

 説明し終えたあとで、『デュナミスによると、失敗していたら死ぬか心のない化け物になるかの二択だったとか。まぁ元から半分人ではありませんでしたしね』と軽口をたたいたら、さよさんに思いっきり殴られました。

 無茶をしないでほしいと。それから『セイさんが死んでしまうと思ったあの時、私がどれだけ悲しかったのか、辛かったのか、わかっててそんなことを言ってるんですか?』とか、『あなたが人を辞めるなら、私も人を辞めてあなたの隣に立ちます』とか言われました。

 不覚にもジーンときて、衝動的にさよさんを抱きしめてしまいました。それを見てにやにや笑っていた白露と六火を蹴り飛ばした私は悪くないはずです。ええ、決して悪くないはず。

 

 そんなことをしながら、悪の組織の総本部で日々を穏やかに過ごしつつフェイトの返答を待っていたのですが、ある日ついに声がかかりました。なんでも、最後にもう一仕事頼みたいのだとか。

 

 

 

「……ウェスペルタティア王国の姫を誘拐する?」

 

 場所は、アーウェルンクスに割り当てられている墓守り人の宮殿高層の執務室。

 

 あ、デュナミスやアダドー、アーウェルンクスや私といった大幹部クラスになると、専用の執務室と、それに伴う私室が与えられるようです。

 内装は様々ですね。フェイトは落ち着いた雰囲気、ウェイタは鉢植えなんかを置いた安らぎ空間、デュナミスは重厚感のある黒で統一されていたりと、多種多様です。

 ちなみに私の部屋はほとんど物がありません。出て行くのがわかってましたから物をあまり置かなかったんです。ただ、本来一人部屋なのですが、私はさよさんと二人で使っています。

 さよさんにも一応部屋が用意されているらしいのですが、どちらから言い出した訳でもなく、自然と二人で同じ部屋を使っていました。もっとも、私達は大概仕事で外に出ていて部屋を使う機会は多くありませんでしたが。

 

 ……それにしても、私に頼むにしては、また妙な仕事ですね。

 

 私は出されたコーヒーに口をつけつつ考えます。

 

 普段要人の暗殺や誘拐は、確実性を重視して実力のある幹部達の中でも古株がいく仕事です。

 私にはある程度の拒否権がありますし、実質外様ですからこの手のことは一度も頼まれたことは無かったのですが……

 

 半分ほどコーヒーを飲んだところで、カップを机に置き、疑問をぶつけます。

 

「また何で私が? それ以前に私はこの間のグレート=ブリッジの後の報告で、そろそろ組織を辞めるとあなたに伝えたはず。この時期に任せる仕事としては不釣り合いな気がしますが」

 

「……実はね、どうやら“紅き翼”が戦争の裏側にいる僕らに気づいたらしいんだ。こそこそと僕らのことをかぎ回ってる」

 

 

 彼もまたコーヒーを飲みながら答えます。そういえば彼はいつも同じ服ですが、何着も同じのをもってるんですかね?

 

 

「ほう、それで? まさか幹部全員で奴らを始末しにいくから人手が足りないなんて言うんじゃないでしょうね?」

 

 

 いくら何でもそんな理由であるはずがないのはわかってますが、多少の嫌みはご愛敬でしょう。もっとも彼は嫌みだと気づいてくれませんが……

 

 

「彼らに関してはしばらく放置。下手に手を出してもいたずらにこちらの人員を削るだけだよ。問題は、彼ら同様にこの戦争に疑問を持ち、彼らに協力する勢力があることなんだ」

 

「というと……どこです? アリアドネーは中立ですから積極的に動くとは考えづらい。どちらかと言えば共倒れしてくれればありがたいとか考えてるでしょうね。

となると……やはり帝国ですか? あるいはそのウェスペルタティアの姫がそうだと?」

 

「両方だよ。帝国のテオドラ第三皇女、ウェスペルタティアのアリカ王女。それにメセンブリーナ連合のマクギル元老院議員……」

 

 

 ほう、と一息。

 

 

「驚きましたね」

 

「そうだね、僕も驚いているよ。どうやら女性の方が行動力があるというのはほんとうのようだ」

 

「いや、そっちではなく、元老院議員の方です。マクギルとかいう」

 

「……なぜ?」

 

「なぜって、それは……」

 

 

 それは、元老院がこの百年で私の記憶にあるものよりさらに腐敗していたからです。

 完全なる世界は各国の上層部のほとんどに内通者や組織の人員が紛れ込んでますからね。

 最初にそのリストを見せてもらった時は驚いたものです。特に連合上層部に至っては、構成員は少ないのに内通者は山ほどいるという状況。

 これは、上層部が権力と政治力はあるのに自分の利益のためにしか動かないものがほとんどで、あまり完全なる世界としても懐内には入れたくないという事情があるようです。

 そんな悪の秘密組織からも嫌われるような状況で、まだ元老院にまともな思考ができ、なおかつ動けるだけの気骨のある奴がいたとは……正直驚きですよね。

 

 余談ですが、私がそのリストを見たときにはアリアドネーの内通者は全て×印が書かれていました。

 なぜかと思いたまたま近くにいたアダドーに聞いてみると、私が暴れたあの事件が原因だったそうです。

 おかげで『完全なる世界のアリアドネーでの影響力がほぼ無くなってしまった』と愚痴られました。

 

 

「まあいいや。話を戻そう。とにかく僕たちはこの動きを潰しておきたいんだ。ここまで大きくした戦争を、ここで止められるのは困るからね。

既に彼らの影響を受けている人たちもいるみたいだし、なるべく早い内に手を打ちたいんだ。でも、全てに対処するには時間と人が足りない」

 

「そこで、私に頼みたいと」

 

「そうだよ。どうやら近々紅き翼とマクギル元老院議員が、僕らとメガロメセンブリア執政官のつながりを示す証拠の受け渡しのために接触するらしい。

僕とあと数人でそちらは押さえるから、君とさよさんには秘密裏に会談を予定しているテオドラ皇女とアリカ王女をまとめて確保して欲しいんだ。これはこちらから無理を言っているんだから、相応の報酬もだすよ。 

もしどうしても嫌だというのなら、当初の契約にもとづいて組織を辞めてくれてかまわない。でも、できるなら君たちに受けてほしい」

 

 

 ふむ……

 

 

「……あくまで、確保するまでが仕事なんですね?」

 

「いや、確保して、彼女達を“夜の迷宮”まで移送してそこで終了。君たちはそのままゲートポートに向かってくれていいよ。前もってどこのゲートを使うか教えてくれれば、そこに報酬を持たせた部下を送るから」

 

 

 ……悪い仕事ではなさそうです。彼らにも世話になりましたし受けてあげてもいいでしょう。

 私はカップに半分ほど残っていたコーヒーを飲み干し、フェイトに向き直ります。

 

「わかりました。お受けしましょう。ゲートポートはトルコ・イスタンブールとのゲートです」

 

「了解した。正直助かるよ。……しかし残念だな、君たちのことはマスターも割と気に入ってたのに」

 

「マスター……というと、造物主が、ですか?」

 

 

 変ですねぇ、私は造物主とは会話したこともないはずなんですが……あまり近寄らなかったので。

 

 

「そうだよ。理由は僕も知らないけど」

 

「はぁ……ま、いいでしょう。それより、彼女らの周りにも何人か工作員を潜り込ませているんでしょう? その辺りはどうなってるんです」

 

 

 私の問いに、彼は『ああ……』と思い出したように言いました。

 

 

 

「アリカ王女の方の付き人はほとんどが僕らの手の者だよ。何せ王が僕らの味方だから簡単だったよ。流石にテオドラ皇女の方は半分ほどだけどね……」

 

 

 

いやアーウェルンクスよ、それだけいるなら私を無理に行かせる必要ないんじゃ……

 

 

 

 

 

 


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