麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第十七話 夜を焦がす 後編

 

 暗い……ここは……?

 

 見渡せども、辺りは闇。音もなく、光もなく、自分すらもわからない、いつかのような黒の世界。

 

 足は地に着いているようには感じない。しかし、確かに立っているような気もする。

 

 

 私は……こんどこそ死んだのでしょうか?

 

 

 まず頭に浮かんだのは、最後に見たさよさんの顔。それから斬魔剣・弐の太刀を受けたことを思い出した。

 腰の傷は深く、真っ二つになっていてもなんらおかしくはない物だったと思う。

 

 

 まぁ、あれでは、普通……ではなくても助からないでしょうね……

 

 

 魔法というのは知らない人間から聞けば万能に聞こえるらしいが、そんなことはない。

 

 魔法というのは科学と似て非なるもの。

 

 魔法には魔法の理が存在する。

 

 魔法使いが詠唱という形で己の意志を本当の意味での実行者足る精霊に伝え、それと同時に代価たる魔力を与えることで初めて魔法という現象が発生する。

 

 故に、そこに才能の有無などによる“ぶれ”こそ在れど、魔法そのものは決して無から有を生み出すような万能の奇跡などではない。

 

 それは世界中の類似する全てにおいても同じこと。無論、日本古来の物であっても。

 

 

 あの場で高位の治癒を扱える者はいない。

 

 さよさんに渡した治癒符で直すには傷が深すぎる。

 

 だから、私はきっと助からない。

 

 優しい奇跡など、起きるような世界ではないのだから。

 

 

 

 ……しかし、ここが地獄だというなら、随分と味気ない。話に聞いた血の池も針の山もない。ただただ闇が広がるだけ。

 

 私も、終わりですか……

 

 心残りは多々ある。と言うべきか、心残りしかない。春香から二度目の生を受けながら、何一つ成し遂げる事はできなかった。

 春香を麻帆良から連れ出すことは叶わなかった。腐りきった連合に復讐をすることもできなかった。さよさんと旧世界に帰ることもできなかった。

 

 ……

 

 なにもかもが、中途半端。余りにも早くあっけない幕切れ。

 

 諦めたくはない。しかし、もはやどうすることもできない。

 自分は、死んだのだから。所詮これが、たった一人の人間の限界。

 

 ……

 

 意識が、記憶が、少しずつ薄くなっていく。どうやら本当に死ぬらしい。

 

 日の本が国の形を成すより古い神話の時代。その一端を知る玄凪最後の生き残り。

 

 一族の歴史も、知識も、誇りも、何より記憶もそれらが全て何もかも失われる。

 

 走馬燈のように浮かんでは消えていくのは、自分が駆け抜けた短い人生のなかで、出会い別れていった者達。

 

 在りし日の、緑の中の隠れ里。

 厳格であった父、優しかった母、気の良い里の仲間達。

 そして、自分が想いを伝えた二人の女性。

 

 あるいは、燃える里。

 血だまりに倒れ伏す仲間達。鈍い痛み、血の熱と刃の冷たさ。

 自分たちが守り続けた平穏という日常を蹂躙し、滅びという災禍をもたらした魔法使い。

 

 そして、戦場。魔法世界の趨勢をきめる戦場で、最後に見たさよさんは、泣いていたのではなかったか。

 

 忘れて、良いのか?

 簡単に諦めて、死を受け入れて良いのか?

 自分はまだ春香を救えていない。さよを戦場に置き去りにしている。

 何もなさず、何も救えず、最後に残された自分が、諦めてしまって良いのか?

 

 

 

 

 

 

 ……良い、わけがない!!

 

 

 

 

 

 

 そこで、意識が急激に覚醒する。頭にかかっていた靄が晴れていくように、薄くなっていたいた自分が色を取り戻す。

 

 見れば、先ほどまでは何もなかった闇の中で、今ははっきりと自分の身体を認識できる。服はない。重力も感じない。辺りは変わらず闇のまま。

 だが、手はしっかり動く。足も確かについている。血こそ出ていないが、背中の傷も存在しているようだ。

 

 現状を確認した上で、どうすればよいか、覚醒したと言わんばかりに冴えきった頭で考える。

 この場所は春香に再構成される前に彼女と話した場所と似ている。

 もしこの状況で自分が死んでいないとするならば、ここは自分の深層心理といったところか。

 

 どうすればいいのか。自分が再び現実世界へ浮かび上がる術はないのか。自分の知りうる全ての術式魔法結界知識。

 

 どんな外法であったとしても、役に立ちそうな物がないか全てのこと思い出す。

 

 

 そこでふと思い出したのは、いつかのデュナミスとのささいな会話。

 

 

『たぶん貴様も変身できるぞ?』

 

 

 彼は確かにそう言った。己のこの身は、すでに半分人でない。

 まだ自分が死んでいないのなら、この深層心理から働きかけることで、肉体を人に近い物から、より外れた物に変質できるのではないか。

 もしそれが成功したなら、精神、あるいは魂といえる今の自分は再び現実世界に覚醒できるのではないか。

 あるいは、一つ“上”に至れるのではないかーー

 

 だが、実に荒唐無稽。できるかどうか、それが正しいのかすらわからない。

 馬鹿げた、実に狂気じみた試み。成功しても、残り半分の“人間”は失ってしまうかもしれないのに。

 

 それでも。たとえ完全に人でなくなるのだとしても、億に一つの可能性があるのなら、もはや躊躇わない。

 

 

 想像《創造》だ。

 

 

 思い浮かべるのは、あくまで自分。

 しかし自分でない新しい自分。自分を核に、より強く、自分がもつ知識と経験を軸とした、自身のイメージに合わせた新しい自分に作り替えていく。

 

 

 

 ただもう一度、戦場に。彼女の隣に戻るために。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「おーい、ナギ。こっちはどんなもんよ?」

 

 

 さっきまで斬艦剣で暴れ回っていたラカンが、俺の隣に降りてきた。

 

 

「……何か、つまんねぇ」

 

「あん?」

 

 

 不思議そうな顔をするジャックに、あごで方向を指し示す。

 

 

「あ~、なるほど……」

 

 

 その先にあるのは、車輪のついた箱の上で泣く女。

 

 声からするに同年代の少女だろうと見当をつける。その腕の中には、緑のローブを真っ赤に染めた男が一人。

 少女は男を抱きしめ、ただ慟哭を繰り返すのみ。戦おうとは、しない。

 

 

「んじゃ、あっちは何なんだよ」

 

 

 ジャックが指した方には、自分の仲間達と戦う三匹の怪物。人のカタチをしながらも、人じゃない。亜人ともまた違う。

 それほどまでに、奴らの戦う様は苛烈だった。

 ゼクトの最強防御が狐の尾を生やした女が放つ青い炎に次々と侵蝕されていく。

 アルは角を持つ大男に攻め立てられている。巨大な金棒で襲いかかる男は、重力魔法を物ともせずに突き進む。詠春に至っては、マトモに戦えてすらいない。

 

 詠春の相手をしている翼を持つ男は、異常なまでに速かった。詠春が野太刀を振り切る前に手に持つ短槍を野太刀に当てて動きを邪魔して、技を使わせないようにしてる。

 そのせいで詠春は思うように神鳴流を使えず、一番苦戦してる。

 

 

「あのローブが詠春にやられる前に出した奴ら」

 

「ご主人さまがやられちゃそりゃ怒るわ」

 

 

 これだけの戦いを、いつもなら俺が誰よりも先に突っ込む。でも、今日はしない。

 

 

「結構強いかと思ったんだけどなー。詠春に一撃でやられちまってよ……」

 

「ほー、油断してたんじゃねーの?」

 

「そうなんだろうがよ……あー、くそっ! つまんねぇっつうか……違うんだよ! ……あの女見てると、何かもやもやする」

 

 

 俺の肩に手が置かれる。ジャックだ。

 

 

「――うだうだ悩む前に一暴れしてこいよ。それができないなら先に帰ってろ。馬鹿なんだから考えるだけ無駄だぜ?」

 

「あぁ!? なんだとてめぇ!」

 

「……ナギ」

 

 

ジャックが、ぬっと顔を寄せてこっちを覗き込んできた。

 

 

「お、おおう。なんだよジャック、まじめな顔して」

 

「お前よ。今なんかもやもやするっつったろ。それよ、いらいらっつうか何か気持ち悪いっつうか……そんな感じだろ?」

 

「……何でわかんだよ」

 

「誰でも一度は通んだよ、それは。むしろ絶対に通らなきゃいけねえ。ここに立つ以上は誰でも、な。ナギ、お前でもだ」

 

「あ? ……何言って……」

 

「良いか、ナギ。まだよく理解できてねぇんだろうがよ。あれが誰かが、人が“死ぬ”ってことだ。直接じゃねぇが、お前が殺したんだ」

 

 

 俺が、殺した……?

 

 その言葉の意味を考えて黙っていると、肩を思いっきり叩かれた。

 

 

「今までひたすら暴れてただけってのに驚きなんだが……ま、今はいいさ。これまであれだけ暴れてきたんだ、そのうち嫌でも理解させられちまうからよ。どっちにしろ、お前は馬鹿なんだから考えたところで答えなんざ出やしねえさ!」

 

「っんだと!? くよくよなんざしてねぇ! さっきから黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって!!」

 

 

 ちょっとでも見直したのが馬鹿だった! やっぱ殴る!

 

 

「おー、おーおーおー! やるかぁ!? ナギィ! “先輩”として気ぃすむまでつきあってやっぞ!?」

 

「上等だジャック! 吠え面かくなよコラァ!」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「セイさん……ぐす……セイ、さん……」

 

 

 もうずっと彼の名を呼び続けているが、反応はない。

 

 反応があるはずが、ない。背中の傷からはもう最初ほど血は流れていない。治癒の符が効いたのではなく、もうそれほど血が残っていないのだ。

 腕の中の彼の顔は青白く、どんどん身体も冷たくなってゆく。それが嫌で、どんなに強く抱きしめても、彼の体は熱を失ってゆく。

 

「セイ……さん……」

 

 もう何枚目かもわからない治癒の符を背中の傷に貼り付ける。符は光るが、皮膚は繋がらない。効果がないのはわかっているが、なにもできないのが嫌で、せめて奇跡が起きるのを祈って符を使い続けているのだ。

 

 符をはったばかりの傷を手でそっとなでる。すると、今までにない変化に気づいた。傷が、ほのかに熱を持ち、淡く光っている。そこから熱が身体全体に伝わり、彼の体が少しずつだが暖かくなってゆく。

 

 

「セイ、さん?  セイさん!  セイさん!!」

 

 

 もしかすると、奇跡が起こったのかもしれない。そう思い、必死に彼の名を呼び続ける。

 と、うっすらとだが、彼の目が開いた。

 

 

「う……さよ、さん?」

 

「セイ、さん……よかった……!」

 

「はな、れて……て、ください」

 

「セイさん? 何を言って……きゃっ!?」

 

 

 セイさんが、強い力で自分を突き飛ばした。

 突然の事態に混乱しながらも、セイさんを見る。たちあがり、胸と頭を抑えるセイは、とても大丈夫そうには見えない。

 しかも、傷から発せられる光が、淡い物からより強く、直視できないほどにまで荒々しく輝いているではないか。

 

 

「セイさん!?  そんな、いったいなにがどうなって……この光は……?」

 

「大丈夫、で……ぐ、つっ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「セ、セイさん!?」

 

 

 瞬間、夜の帳につつまれたグレート=ブリッジを、太陽のようにまばゆい光が照らし出した。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「げふっ、がふっ! はぁ、はぁ……ふぅ……」

 

 

 大きく息を吸い、呼吸を整える。眼下に広がるのは、今も戦闘が続くグレート=ブリッジ。

 どれくらい時間がかかったのかわからないが、なんとか戻ってこれたようだ。

 

 

「セイさん!!」

 

「さよさん……」

 

 

 真正面から、泣きはらして赤い目をしたさよさんに抱きつかれます。しかし、すぐに彼女は私から身体を離しました。

 

 

「セイさん、ですよね? ……なんなんです、これ……?」

 

 

 さよさんの言葉は、もっともです。今の私は、どう言いつくろっても人には見えないでしょう。

 四肢こそ変化していませんが、背中の傷がふさがり、そこから不定形の翼のようなものと尾がそれぞれ複数生えています。あと側頭部から真上に向かって鹿のような枝分かれした角も。

 そんな化け物が血塗られて真っ赤になったボロボロになったローブを着てるんですから、さよさんも驚くでしょうよ。

 

 

「はは、死なないために……生きるために、人間、いよいよやめちゃったかもしれません」

 

「人間をやめたって、どういう……」

 

「さて、まあその辺りはまた後で。……とにかく一息入れたいですね。この姿なら転移も軽いでしょうが、その前に一撃でかいのをくれてやりましょう」

 

 

 数ある翼の中でも一際大きい一対を身体の前に出し、霊力を集中させます。

 

 それにともない、天球儀式結界(仮)を最低限の物を残して解除。普段はそれらに回している力も翼の先端に集中させる。過剰な力に、翼が波打つように青白く発光し、細かく振動し始める。

 

 標的は、私を斬った詠春……でも良いのですが、木乃芽さんが悲しみますし、至近距離に志津真がいるのでやめます。ここはやはりあのガキにしておきましょうか。

 

 すぐ側にいる男がおそらく情報の筋肉馬鹿なんでしょうね。直接の恨みはありませんが、まとめてくらってもらいましょう。

 

 

「くらいなさい」

 

 

 輝きをさらに増す一対の蒼白の翼。それぞれの先に超高密度の霊力の球が発生し、次の瞬間にはそれらが二条の光となって夜空を駆けた。

 

 

「っ! 気合い防……!」

 

 

 残念ながら筋肉馬鹿が何かしたようで、青い光は彼らをかすめて、海を引き裂いた末に大爆発しました。

 

 ……まずいですね。この技、あまり使わないようにしましょう。夜なのに北の空が昼のようです。どこの黙示録ですか。

 

 

「ナギっ!」

 

「これはいかん!」

 

 

 あのガキの仲間はあわてて彼らがいた辺りに飛んで行きます。あの分だと死んではいないでしょうが、即座に戦列復帰というのは無理なはず。

 この隙に、白露達を自分たちの元に再召喚します。こいつらにも説明がいりますからね。

 

 

「大将! 無事でよかった!」

 

「何が無事なものですか。六火、さよさんを護れと言ったでしょうが」

 

「いや、そうは言ってもいきなり死角から神鳴流が飛んできたらどうもできん」

 

「それよりも、その面妖な格好はいかに。もうほとんど人間ではないではないか」

 

「だからその辺りのことは後でまとめて説明しますよ。他の部隊が集まってきたら相手をするのも面倒ですし、転移して逃げるのが先です。……行きますよ!」

 

 

 

 ――こうして私たちは、帝国、連合ともに大きな被害を出したグレート=ブリッジを転移魔法で後にしました。

 

 

 

 後に聞いた話ですが、この後連合は圧倒的な物量と、結局無事だった紅き翼の活躍でグレート=ブリッジ奪還に成功したそうですが、私の最後の一撃を帝国の新兵器だと勘違いして終始戦々恐々だったそうです。

 

 

 




 そこそこ修正しました。

 ご意見ご感想誤字脱字の指摘批評などよろしくお願いします。

 今日はここで打ち止めです。

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