剣で、槍で、拳で、斧で、魔法で、鬼神兵の一撃で。戦闘艦の主砲、あるいは副砲、精霊砲の砲撃で。
一度に数十数百単位の命の火が簡単に消えていく。
血が飛び散り、人だった物が四散し、影も残さず赤い蒸気となり、世界を朱に染めていく。
そして、ここはそんな異状が通常になる戦場という一つの異界。
ほんの半日前まで平和だったグレート=ブリッジは、今まさに戦場だった。
◆
私は今さよさんと共に黒輪火車に乗ってグレート=ブリッジを西進しています。最初は中央付近にいたのですが、いつかの赤毛の少年の作った“紅き翼”とかいう連中、右翼から来たんですよ。
おかげで今は全速力で移動中です。衝撃波で連合の兵が吹き飛んでいますが気にしません。時々巨大な土人形を形成する符を空からばらまいているので、それになんとかしてもらいましょう。
どれくらい移動した頃だったでしょうか、遠くの方で大魔法特有の派手な光が見えたと思ったら、普通は絶対あり得ない物が見えました。
「なんなんですか、あれは……」
どこからともなく神話の巨人が使うような馬鹿げたサイズの両手剣が現れて、帝国の戦闘艦に向かって飛んでいきました。
当然、直撃した戦闘艦は真っ二つ。火を噴き、爆発して粉々になって水面へ落ちていきました。
黒輪火車を黙って一度止めます。隣を見ると、同じようにさよさんが私の方を見ています。
「……セイさん、帰りませんか?」
「……そうしましょうか」
いくら命令でも、命あっての物種です。なんの能力かわかりませんが、あんな物くらったらいくら何でも私の結界でも防ぎきれるかわかりません。
デュナミスの助言と墓守り人の宮殿の書物の力で私の結界もバージョンアップしていますが、巡洋艦を一撃で沈めるような質量兵器での実地試験なんていくら私でもいやです。
でも、ここで何もせずに帰っては契約不履行でデュナミス辺りに怒られてしまいます。
「それじゃ、帰る前に中央付近でもう少し暴れておきましょう」
……めぇー……
「? さよさん、何か言いました?」
「え? 何のことですか?」
……て……ぞぉー……
「あ! セイさんあそこです!! 赤い髪の男の子が突っ込んできます!」
「何ですって!?」
慌ててそちらを見ると、視界は既に真っ白でした。おそらくは上位古代語魔法の一つ、千の雷。
白く帯電した世界を抜けると、こちらに向かって彗星のようにまっすぐ突っ込んでくる少年が一人。赤い髪をしていて、雷を得意としているらしい、その少年。
非常に残念なことに、心当たりが一人だけいます。
「見つけたぜ! お前が緋面だな! 俺と勝負しやがれ!」
……やはりこのガキは馬鹿なようです。オスティアであった時と何も変わっていません。
というか相手にしたくありません。ほんと帰らせてくださいよ。
「ナギ、一人で先走るな!」
「へっ、おせえぜ詠春!」
「ナギ、詠春はあなたが心配なんですよ」
「おい、アル!」
「おや、ちがうので?」
「別に心配などせずとも、死ぬようなたまではない」
「師匠、そりゃねーぜ!」
ああもう、どんどん増えてくっていうか、囲まれてるじゃないですか!
正面には赤毛のナギ少年が。その両隣にそれぞれアルビレオ・イマと青山詠春が。背後にはいつのまにか全体的に色素の薄い少年が浮かんでおり、ナギ達の後方からは更に褐色の大男がこちらへ向けて凄まじい速度で接近中。
ナギ少年一人なら単純に相性の問題で防ぎきるのは容易いでしょうが、相性の悪い神鳴流を扱う青山に、手札のわからない相手が三人はまずい。
おそらくアルビレオ・イマは術士系、接近中の大男は接近主体の戦士系。しかし、背後に陣取った少年がわからない。
何か固有技能を持った特殊型だったりすると、二人では手が足りなくなる。となると……
「さよさん、今から仲間を増やしますから、さよさんは人数分の転移の準備を。数は私達を入れて五人分。あれは馬鹿ですが……面倒です」
「それって、どういう……!?」
私は黙ったまま数枚の符をと取り出して、霊力を流し、“あの日”も最後まで付き従い共に戦った者達を呼び出します。
そして黒輪火車の上に現れる、数人の人影。そのいずれもが、妖怪と呼ばれながらも、高い知能と実力、それに相応しい“格”を持つが故に人に近い容姿を持つ、特級の式神達。
「……我らを呼ぶのは誰か?」
黒の翼をその背に持つ男が言う。
「なんじゃ、久々の出番かと思うて見れば、術者どのは西洋術師ではないか」
七本の狐の尾を揺らして女性が言う。
「つまらん。力任せの召喚か? 大将でないならやる気がせん」
額に二本の角を持つ大男が言う。
「ま、もっともその大将も今となっては土の下か。結局、春香の姉御とはくっつかんかったわな。カカカカぷもろっ!?」
最後の、人のことを馬鹿にした大男に関しては殴る。
こいつらは、どうやら私が私だと気づいていないようです。殴った直後から私にばしばし殺気を叩きつけてきてますからね。
「貴様……召喚主とはいえ、我らのことをなんだと思っている?」
「目の前に本人がいるのに気づかない薄情な戦友どもです」
そう言って、紅き翼には見えないようにしつつ、そっと狐の面をずらします。
「なにか言いたいことはありますか?」
羽の男こと志津真(シズマ)が目を見開き、狐耳の女性こと白露(ハクロ)が全ての尾を驚きから逆立てた。
おお、驚いてる驚いてる。そういえばあの戦いは百年前ですから、戦を逃げ延びたとしても、普通死んでますよね。
「た、大将か? 気配が人とちがうではないか」
「いろいろあって、今はもう人じゃないんですよ」
「仮に本物だとして、なぜ生きている。それに、その格好は一体?」
「事情は後で説明しますから、今は指示に従ってください。きますよ」
仮面を再び装着し、ガキの方を向きます。小さなノートのようなものを見ながら詠唱に入っています。またあの大魔法ですか。芸のない。
「六火(リッカ)はここでさよさんを護衛。白露はこちらに接近してくる相手の迎撃を。志津真は私と前に出て彼らの足止め。強いですから倒そうなどと思わないように」
「千の雷!!」
ずどーん。まだこれくらいじゃあ私の結界は揺らぎません。カンペに負けてたまるものですか。
「がーーっ! これも防ぎやがった!」
少年は再び詠唱を開始しているようです。無駄なことを。しかしこの規模の魔法を一人で、かつ連続で放てそうなところを見ると、魔力の量が半端じゃないようですね。
なるべく早く撤収しましょう。ええそうしましょう。それが一番良い選択です。なんだか嫌な予感もしますし。
腰刀を逆手で抜き、さぁいざというところで六火から声がかかる。
「おい大将、何をしたいかはわかったが、この嬢ちゃんはだれだ?」
見た目は大鬼の六火が訊いてきます。なんて応えましょうか。そうですね……
「さよさんです。わたしの……お嫁さん予定、ですかね。少なくとも今はまだ」
「今はまだって……はぁ!? じゃあ春香の姉御は!?」
「今彼女は動けません。ですが、だからといって春香への思いが消えた訳ではありません」
これは、私の偽らざる本当の気持ち。昨日言おうかと思い言えなかったこと。どっちも大切なんだからしょうがないです。
「……ほんまにセイの大将か? あんなにうじうじしておったのに……」
失礼な。ただ踏ん切りがつかなかっただけです。
「斬魔剣……弐の太刀!」
「しまっ……いかん! 大将!」
最初に気づいたのは、話に興味が無かったのか周囲を警戒していた志津真だった。
ナギ少年の影にいた青山詠春が瞬動でこちらに接近し、宙に浮く黒輪火車の下方、死角に入られる。
浮かぶのは焦り。ナギのインパクトが強くて忘れていたが、詠春の情報は木乃芽や千蔵から聞いて知っていたはずだった。
――神鳴流の免許皆伝。武者修行に出た身ではあるが、当代の長である木乃芽との婚約が許されるほどの腕であると。
志津真の声に慌てて黒輪火車を下げるが、視界にとらえた詠春は既に型の終わりにさしかかっている。
そして瞬き程の間もおかず、剣閃は放たれた。
斬魔剣・弐の太刀。斬るべき物だけを斬る太刀は、それ以外の物を透過する。
私の結界は何の意味もなさず、射線上に出た式神達の身すら透過し、黒輪火車の上の私とさよさんに向かってくる。
そして、転移符の用意をしていたさよさんはそれに気づけない。
この状況下、取るべき選択肢は回避。しかしそれをすれば、さよさんは直撃を喰らう。抱いて逃げるだけの時間は無く、己か、さよさんかの二択のみ。
答えを決める前に、身体は既に動いていた。
「さよさん!!」
「え? きゃあ!?」
出来たのは、肩を掴み、無理矢理抱き寄せるようにして身体の位置を入れ替えたことだけ。
――そして……背を、冷たい物が撫でていった。
「セイ、さん? い、いや……いやあああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「大将!」
「大将!?」
言いようの無い熱を感じ、見れば、腰のすぐ上の辺りをざっくりと斬られていた。
そこからの、おびただしい量の出血。
腰から下の感覚がなく、視界が急激に暗くなってゆく。
もしかすると、自分はここで死ぬのかもしれない。
「セイさん! セイさん!! そんな……治療用の符を貼ったのに、ちゃんと確認して、間違えてないはずなのに、どうして……!」
それを最後に、闇に落ちた。