――突然ですが、私は今非常に困っているのです。
より具体的には、今私の前には三人の男達がなぜか正座して座っているのですが、そのメンツが問題なのです。
一人は、先日私の勧誘にきた水のアダドーを名乗る挑発の男性。二人目は、同じく長髪ですが、上半身裸で格闘家のような肉体をしたいかつい男。
そして、三人目が一番の問題です。いえ、二人目の格好も十分問題なんですが、それとはまたベクトルの方向が違います。
「やあ、初めまして、“笑う死書”クロト・セイ。僕はアーウェルンクス、ただの“アーウェルンクス”だ」
アーウェルンクスと名乗る魔法世界では珍しい詰め襟を着たこの青年は、他の二人と随分印象が異なります。
亜人には見えないので人のはずなんですが、何か油断できないというか、薄ら寒いものを感じます。あるいは高位悪魔、というのもあるかもしれません。
さよさんにはお茶を出してもらった後は別室で待機していてもらうつもりでしたが、今は後ろに控えてもらっています。
そうすればいざとなればさよさんと共に脱出することも可能ですし。
「より詳しい情報がないと、検討のしようがないという話だったね。今回はこちらの資料と予定している雇用条件についてまとめてある。
今ここで読んでくれるかい? 即決しろとは言わないけれど、外にもれると困る情報もあるからね。この交渉が終わり次第破棄する予定なんだ」
怖いですね。殺気もなく、威圧感もなく、ただ言葉だけで相手にプレッシャーをあたえるとは。どうやらアダドーよりも“上”の人物のようです。
「拝見しましょう」
机の上に置かれた資料を手に取り、目を通していきます。
組織の名前は……完全なる世界。名前からしてどうにもうさんくさい組織ですね。しかし十万人規模とはすさまじい。
雇用期間については交渉次第みたいですが、どうやら給料は良いようです。破格といっても良いでしょうし、契約する場合は、待遇は幹部クラスとして扱うと書かれているのですが……
「――二つ、いえ三つ気になる点があります」
「なにかな?」
「まずひとつ。雇用期間についてはまあ今はいいでしょう。ただし、この条件は破格すぎる。見ず知らず、何の係わりもなかった人間にだす条件じゃない。あなた方は私に何を求めているのです?」
こういうと、彼はあごに手をあてて考える素振りをしました。
……ああ、わかりましたよ。違和感の正体。彼は“人らしく”ないのです。些細な動作、細かな表情の動き、それら全ては人と変わらない。そういう点では、先日のオレンジ髪のお嬢さんよりも人間らしいと言えるでしょう。
しかし、瞳の奥に見える光りも、顔に張り付いた薄い笑みも、どこか芝居がかっていて、どこか人形のような薄ら寒さを感じるのです。
「そうだね、とりあえずは戦力確保かな。本当はここまでの待遇を用意するつもりはなかったんだけど、僕の隣にいる彼が余りにも君を評価したんでね。他に流れられても困るというのもあるけれど」
「まあ良いでしょう。次に二つ目、あなたたち、表の組織ではありませんね?」
「そうだよ。強いて言うなら悪の秘密組織さ」
おや。
「良いんですか? あっさり認めて」
「悪の秘密組織だというだけで断りそうな人のところにわざわざ幹部三人で来たりしないよ。それとも断るのかい?」
「……いえ」
「それで、最後の一つは? 別にこれ以上……」
「あなたたちは、いったい何がしたい」
手の甲で、人差し指ほどの厚さの資料の束をぽすんと叩く。
「この資料にはそれだけが、目的だけがすっぽりと抜け落ちています。
十万人規模の組織力、あなたたち幹部の実力、他にも切り札はあるでしょうし、一つの組織がもつにしては、小国の軍事力すら上まわる過剰なまでの力です。
世界征服すらこの戦争の情勢によっては可能となりえるだけの力を、あなたたちは何に向けるのです?」
彼の表情は何ら動きません。感情の色が無いが故に透明な、どこまでも澄んだガラスのような瞳が私に向けられています。
「うん、そうだね。それについては、仲間になってから詳しく話すよ。流石に今の状態じゃ話せないことだから。でも、ヒントくらいはあげようか。僕たちがやろうとしているのは――」
――世界を救うことだよ――
◆
あの後、結論は一時保留。三日後にまた来るといい、アーウェルンクス達は去っていきました。
悪の組織に参加することには私もさよさんもあまり抵抗はありません。月ごとの契約も可能なようですし、フリーの傭兵として契約するのが無難ですかね。
ただ、やはり気になるのは最後の一言。“世界を救う”。
あれが何を意味するのかがわかりません。流石に世界を更地にするなんていう計画ではないでしょうし……
とにかく、まだ細かい条件は決めねばなりませんが、とりあえず私とさよさんはともに完全なる世界とやらに傭兵として参加することに決めました。
まだ二十年以上時間はありますが、力をつけるにしても、やはり効率的にやったほうがいいですからね。
これだけ巨大な組織なら、方々に伝手も作れるでしょうし、ある程度の人員を引き抜くことも可能かもしれません。
さて、どうなりますかね……
◆
「――あそこまで、譲歩する必要があったか?」
「うん?」
アリアドネーの、大通りから離れた細い路地。大人がかろうじてすれ違うことが可能な細い路地に、三人の男の姿があった。
問いかけたのは、最も背の高い男。セイ達は知らぬ事だが、火のアートゥルと呼ばれている男である。
「ああ、彼のことかい? それなら問題ないよ。主の指示だからね」
「主の?」
「そう。まぁ僕も詳しくは知らない。何かお考えがあってのことだろうけど……」
「けど、なんだ」
アーウェルンクス。常に微笑を貼り付けた青年は、肩越しにアートゥルを見た。
「主曰く、面白いことになりそうだ、だってさ」
最後にちょいと書き足しました。