麻帆良で生きた人   作:ARUM

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前回書き忘れたんですが、『月の下で』は旧版から持ってきたのでこの新版とは直接は繋がりません。IFルートです。





蛇足小話

 

 

 

 ひぐらしの鳴く夕暮れ時に、とある庵の縁側には二人の男の姿があった。

 

 両名とも、和装。碁盤を挟んであぐらをかいて板の間に直接腰を下ろしている。

 

近衛詠春と、近衛近右衛門。かつてはいずれもが長と呼ばれた男達だが、政争に敗れ去った今となっては、詠春の娘であり、近右衛門の孫である木乃香の下で軟禁状態にあった。

そんな二人は今、縁側で碁をたしなんでいた。

 

 碁盤を挟んで向かい合う二人。詠春が黒で、近右衛門が白だ。

 碁盤の横には大きな湯飲みが二つと、麦茶の入った蓋付きの硝子瓶が丸盆の上に置かれている。

 硝子瓶は、半ばまで空になっていた。

 

 どちらもさして話すことも無く、ぱちり、ぱちりと一つ、また一つと互いに石を置いていく。そんな中で、途切れる事無く続いていた石を置く音が唐突に途切れる。

 詠春が石を置く手を止めて、硝子瓶に手を伸ばしたからだ。

 

「どうですか?」

 

「んむ……もらおうかのう」

 

 返答と共に、近右衛門も湯飲みへと手を伸ばす。釉薬がかかっていないためにざらりとした質感を持った湯飲みになみなみと麦茶が注がれ、ひんやりとしていて手に心地よい。

麦茶で一服し、人心地ついてからはまたしばらく先ほどまでと同じように互いに黙々と石を並べていく。

そして、その内に詠春が投了し、盤上の石をざらざらと椀へと戻していく。石が割れかねないために眉をひそめられるような片付け方だが、二人とも気にしない。

 

 関東魔法協会が破れてからしばらく。軟禁状態にある詠春と近右衛門がずっと続けてきた繰り返しの、その一幕だ。

 

 もうそろそろ監視を兼ねた小間使いが夕餉の時刻と呼びに来る頃合いで、もう一局と続けるか、そろそろ止めようと切り上げるか悩ましい時間。

 

 詠春は、碁石を集めた椀に蓋をしようとして、その手を止めた。

 

「……お義父さんは、どうして魔法使いになったのですか?」

 

「ほっ?」

 

「あ、いえ。ふと、気になったもので……」

 

 当たり障りのない毎日の繰り返しだった中で、唐突な詠春の問に、近右衛門は目をしばたたかせた。

 なぜ魔法使いになろうと思ったか。思い返せばそれは随分と昔の話。四半世紀どころか、半世紀以上も昔の話になる。

 

「なぜ、今になってそれを聞くかのう」

 

 近右衛門の顔は、皮肉下に歪んでいる。

 関東魔法協会のトップとして、長く極東の魔法使いの上に君臨していたその地位を奪われた今。半生を振り返るには、丁度良いときのように思われた。

 

「……すいません」

 

「ほっほ、気にしてはおらんよ。さて、何故か……」

 

 近右衛門は、白黒の全てが一掃された平らな碁盤に目をやってしばし瞑目し、ため息をつくかのごとく、その言葉を吐き出した。

 

「そうさな……突き詰めれば、儂もこの国古来の血の生き残りを目指しておったのよ」

 

「……は?」

 

「信じられんか?」

 

「……ええ。流石に、それは」

 

「じゃろうなあ。何せ、儂はこの国の魔法使いの首領であったのだからのう。土着勢力の生き残りを図ろうと考えていたなどと、一概に信じられるはずはあるまいて」

 

 近右衛門は、詠春の手から白い碁石の入った椀を取り上げた。そしてその中から戯れに白い石をひとつまみ取りだして、碁盤の上に無造作に置いた。

 

「あの時代はの、難しい時代じゃった。力を持っていると思われてはならなんだ。寄る辺足る国が破れ、舵取りを間違えればこの本山とて危なかった。それこそ根こそぎ焼き払われんくらいには、のう」

 

 白い石を左手に寄せ、今度は黒い碁石の入った椀へと手を伸ばし、中身の黒い石を取り出した。ただし今度はひとつまみではなく、ひとつかみ。

 

白い石の反対側にそれを落とせば、ざらざらと音を立てて散らばり、盤上を埋めていく。

 

詠春には近右衛門が白い石と黒い石、それぞれを何に見立てているのか、何となくわかっていた。

そしてそれは今に繋がる歴史であり、当時を生きた近右衛門にどう世界が見えていたのかを訴えかけているかのようだった。

 

「あの頃は儂も若く、今ほどの実力が無かった。天才術士などとうたわれようと、所詮は一人の術士に過ぎん。国という表の防波堤さえも無くなれば、どうなるかなど先が見えておったのよ。それをわからん馬鹿どもは血気盛んに声を上げておったし、わかっていながら戦いを叫んだ者もおる。待っておるのは等しく滅びだというに」

 

 そう多くない白い石。それを、指で一つ二つと弾いて落とした。

 

「故に、の。儂は魔法使いの側に行ったのよ。それなりにネームバリューはあったからの、魔法使いの側に付くのにはそう困らんかったわ」

 

 そうすれば、魔法使いは共倒れを狙って儂を使い潰そうと前線送りにするじゃろう?そうすればこっちの思うがままよ。儂なりに、飼い慣らそうとしたんじゃよ。この国の裏を、のう。と近右衛門は嘯いた。

 

 詠春の見たところ、近右衛門は嘘を言っているようには見えない。だが、だとするなら腑に落ちないことも出てくる。

 

「東をまとめることは、できなかったのですか?」

 

 そう、詠春と近右衛門を廃し、覇権を勝ち取った関東呪術協会。その前身は、東の土着勢力のはず。なら、それを束ねて西と合力すれば、一大勢力として魔法使いにも充分対抗できたのではないか。

 

 しかし――

 

「できるわけがなかろう」

 

 どれ、と言って近右衛門は懐からある物を取り出した。

 

「チョコ菓子?」

 

「そう、当時の東はこんな感じか」

 

 紙製の円筒型の入れ物に入った、色とりどりのチョコ菓子。チョコの上から砂糖でコーティングされた、おはじきのようなそれ。

 ぽんっという軽い音とともに、それもまた碁盤の上にぶちまけられる。

 白でもなく、黒でもなく、色とりどりの、一つ一つがモノクロの中で存在感を示す物達。

 碁盤の上にあってはいけない、白と黒で表せない物達。

 

「東というのは、独立心が強い。それはもう将門公の昔からじゃ。西と違って一枚岩というわけでもなく、このように幾つもの独立勢力が散らばっておるようなものなのじゃよ。それを西の若造が音頭を取って一つにまとめるなど、無理も甚だしい話じゃ」

 

 それに、と続ける。

 

 

 

「あの当時は、玄凪はもうおらんかった。それも、あったのかもしれんのう」

 

 

 

 空になった紙筒を丸盆の上に立てて、近右衛門は再び瞑目する。

 

 

 

「結局の所、儂は何にも手は届かんかったのよ。その場その時で、考え得る最善、次善を打ってきたつもりじゃったが、の……」

 

 

 

 元関東魔法協会会長。近衛近右衛門。

 おそらくは二度と表に顔を出すことの許されぬ老人が、その心中で本当は何を思っているのか。

 

 

 

 詠春には、わからなかった。

 

 

 

 

「もう一局、付き合っていただけますか」

 

「……うむ」

 

 

 

 日はその姿を消して、ひぐらしだけが鳴いていた。

 

 

 

 





近右衛門は詠春とセットで軟禁END。
罰が足らんだろと思った方は、この投げやりな扱いがそうだってことで勘弁してください。すんませんやっつけなんです。


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