麻帆良で生きた人   作:ARUM

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彼はその時何をしていたのか

 

 

 

霊脈、地脈、龍脈などそれを示す名は数在れど、その実体は形を留めることを許さない力の奔流。霊脈の中に飛び込んだ上で個を固めるには、溶け込み、滞留し、意識に依って形を成す。

 

ここは春香によって肉体を再生させられた時に訪れた空間と言うか、それこそ狭間とも言うべき場所。本来は何も無い。あるはずがないし、何もあってはいけない。

 

しかし、玄凪セイという私と、春香という個をその流れの中に流されることなく存在させるためには、それを塞き止め歪める必要がある。

 故に作られる仮の“場”は記憶と魂に依り据えられ、初めには意識する間もなく、もっともなじみ深い形で自動的に形成される。負担がかからぬよう、前もってそうなるように術式を組んできた。

 だから、周りが光の潮流であるにも関わらず足下が畳張りだったり、目の前に麻帆良の別邸に据え付けていたテレビがあったりしても、それは本物ではなく、まやかしなのだ。

 唯一、そこに移されている千草とエヴァの戦闘映像だけは本物であるが。

 

「あれが貴方の娘の一人ね。西の方の鬼神の力を得たの」

 

 肩を並べるようにして、隣には正座した春香がいる。視線の先には、テレビの画面がある。

 

 棚上げしているようだが、計画の最終段階は急遽一時中断している。時間を無駄にするわけにもいかないので、テレビに“上”の状況を移しているのだ。

 

「ええ、そうです。飛騨のスクナを僅かに削いで、取り込みました」

 

「ふーん……止めてあげればよかったのに」

 

「そうもいかないんですよ」

 

 唐突に、視線の先で画面がバツりと切り替わった。

 千草とエヴァの代わりに横に広い画面に映ったのは、ネギと明日菜。画面の端には他にも見知った顔が幾つか並んでいる。

 

「やれやれ、明日菜ちゃんは結局ネギ君と殴りあうことを選んだんですか」

 

「彼女も難しい星の下に生まれたわね」

 

「半分以上は巻き込まれた形ですからね。それでもどうするか悩んで決めたんでしょう。それが正解になるかどうかは、まぁ結局彼女次第なんですが」

 

「私達も、あまり人ごとじゃ無いんだけどね」

 

じっと二人してハマノツルギを振るう明日菜の顔をみる。

 だが、最初はネギと明日菜の二人が映っていた画面がネギの方へとよっていく。リモコンでズームをかけたのだ。

何時までもネギ少年のドアップなど見たくはないので、それを操作していた“男”の手からからリモコンを奪い取る。

 リモコンを持っていたのは、本来はこの場にいるはずもない相手。否、世界中のどこであったとしても、いるはずがない“死人”とされていた男。

 黒いローブに包まれたそいつは不満なのか、口をへの字に尖らせた。

 リモコンを返せというのだろう。だが、誰が返すものか。

 

「おい、リモコン返せよ」

 

「黙れ。そして消えなさい」

 

「ひでぇな!?」

 

「……二十年。この期に及んでまだ祟るか。トラブルメーカーめ」

 

 

 

ナギ・スプリングフィールド。魔法世界の大英雄。

 

 

 

それが、テレビのリモコンを握っている男の正体だった。

 

 

 

 

 

 

◆彼はその時どこで何をしていたのか

 

 

 

 

 

 

「そもそも何でこんなところにいるんですかね貴方は。死んだと聞いていたんですが?」

 

「んだよつれねーな」

 

「消すぞ」

 

「へーへー、言いますよ。だがよ、言わなくてもわかってんじゃねーのか。お前」

 

 周りから霊力を手繰り寄せながら言うと、ナギは素直に頷いた。

 事実、ナギの服装は確かに見覚えのある物だ。後ろに下ろしてはいるが、目元まですっぽりと頭を隠せるフードの付いた黒いローブ。足下まで覆い隠すというか、どう考えても引きずるだろうという程、えらく裾の長いそれ。忘れようもない。

 

しかしこれもまた本来は、ナギと一致するはずの無い物で。

 

「“造物主”、ですか」

 

「おうよ。つってもまだあいつは寝てるみてーだけどな。そこら辺はよくわからん」

 

「情報が全く出てこないと思ったら、麻帆良の奥に封印されていたと……」

 

「そういうこった」

 

 あっけらかんと笑うその明るさが、この場においては疎ましい。

 ナギからすれば  とも言えるこの自体も、私にすれば一刻の猶予も無いというのに。

 “造物主”と言えば、完全なる世界において、フェイトやデュナミスの上に立つ、首領に位置していた相手。

 かつて雇われていた手前、義理もあるが……

 

「それで、結局お前この日の為に動いてたみてーだけどよ、結局何がしたかったんだよ」

 

…………それは。

 

 春香から願い託されて二十余年。紆余曲折しつつも練り上げた計画。その全容。

 

 それは、“世界樹を犠牲にして、春香をそこから独立した確固たる存在として再編する”というもの。

 

 要は私の肉体を春香が再構成したように、今度は私が春香の器を作ってそこに春香を移そうというのだ。

 

 しかし、これは私の場合と春香の場合では、難易度が大きく変わってくる。そもそも、人と神の垣根がある。

 

 神を神でない物にする。それはつまりは、“かみおとし”だ。神をあるべきところから引きずり落とす、蛮行だ。

 

 魂の重さ、とでも言うべきなのか。元が人である私であれば、肉の器を作ってそこに移せば、それで概ねの事は済む。人の身でなくなったのは、春香の思惑と、世界樹としての性質に引っ張られたというのもある。

 これを春香でやろうとすれば、どうなるか。まず、そもそも春香の魂に耐えられるような器がそう簡単に用意出来ない。

これは上級悪魔や高位精霊の召喚を思い浮かべればわかりやすいだろう。召喚時に充分な魔力を供給できなければ召喚に失敗するか、仮に召喚できてもすぐに形を維持できなくなりやがて消えてしまう。それと同じ事が起こりうるのだ。

 

 もう一つ。世界樹だ。

 あくまで春香の本体は世界樹、器を用意出来たとしても、そこからどう春香の魂を切り離して分離させれば良いのか、そもそも引きはがせるのか、できたとしてそこから問題は起きないのか。難点ばかりが付きまとう。どんなに上手くいったとしてもやがて世界樹に引きずられかねないという危険性もあったし、近右衛門がまだ何か仕組んでいるという可能性もあった。春香が望んでいようとも、自然物としての世界樹の生存本能の方が勝るという可能性すらも。

 

 だから、私は選んだのだ。

 

かつての玄凪の象徴であり、歴史の証明たる世界樹よりも、春香とともにある未来を。

 

その為に、世界樹を犠牲にすると。

 

方針は割と早くから決まっていた。だが、それを成すには多くの物が欠如していた。それを補うための二十年だった。

 

 大分裂戦争で完全なる世界に与した折、書庫を開放してもらえたのは僥倖だった。魂や器の在り方、それらに冠する核心とも言える情報の多くが手に入った。

 そして、魔法世界の真実。力の流れを大本から切り離し、分離させ、滞留させて留める業はこでに既に完成されていた。

 

 世界に点在する古代の遺跡群。求めた知識は、魔法ではない古代の術式。現代の魔法よりも古く複雑で汎用性が無いにも関わらず、人が神を討つ伝説を残し、それを支えた古き叡智。

 人とともに生まれた神話ではない。もっと古く、人が人間としての社会を切り開く上で古き自然や災害との決別と対峙の、物証を辿る考古学では手の届かぬ、それこそ御伽話のような荒唐無稽な伝説でのみ触れられる時代の、本当の意味での神話で語られる技術が、語りようもない“奇蹟”を起こす術が欲しかった。

世界には幾らでも人間が神を討ち倒し人の世界を斬り開いた話がある。人と神が結ばれた話もある。それを成し得た“何か”が欲しかったのだ。

 

なんだかんだで、これについての最大の成果は術式では無い。“白夜の落星天球儀”は確かに大規模術式を展開できるという意味では今回の核とも言えるが、“それ”に比べれば霞んでしまう。

 それは他でもない、“時雨”だ。時雨そのものだ。あるいは二十年感での最大の幸運はこの出会いだったのかもしれない。

 強制転移で飛ばされたあの空間。見上げて映る遠くの格子。只人は近寄ることもままならず、入ればただ骸となるしか許されぬ骨の溜まった井戸の底。隔絶された古き地獄で見つけた神の模造品、写し身こそが時雨だったのだ。

 器の手本とするべき存在で、これ以上の物は存在しなかった。

 

 西と関係を持ち、旧来の東の勢力をまとめて得た物は、人の質もそうだが、組織としてくくれたことが大きかった。おかげで自分がおらずとも組織が機能し、動いている。

 古い縁を元にしたもののはずなのに、古い因習に囚われすぎず、裏の世界の新しい流れを作ることができた。だからこそできたアプローチも、多くあった。開発班の科学技術など、その最たる物だ。古いだけなら、科学のかの字も無かっただろうが。

 

 そして二十年という時間の流れの中で。自我の変質を防いでくれた、隣に、あるいは後ろに、多くの時間を共にした人がいて。

 

 思いつく限りは、全て。何もかも揃っていたはずだった。

 

 だからこそ、計画に穴は無かったはずだったのだ。

 

 

「まぁ、なんとなくわかんだけどな。世界樹いらないとか言ってたし、当ててやろうか。テメエは世界樹を斬り捨てて……」

 

「結構です」

 

「代わりに……うおぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 ぱしりと畳を叩けば、ちょうどナギのいる2畳分だけが支えを失い直下の霊脈の中へと呑み込まれていく。

 いつまでも邪魔者にいてもらっては困るのだ。こうしてこの場から排除すれば、ナギの精神は今も封印されたままの肉体の方へと戻っていくはず。

 

 不確定要素は、なるべく減らさなくてはなりません。

 

「セイ」

 

「ええ、わかってますよ。遊んでいるつもりはありません」

 

 ため息の一つでもつきたいところだが、ついてどうにかなるものでもない。

 

「まさか造物主が麻帆良に封印されていたとは……おかげで、二人分の霊力が足りません」

 

「最後の最後で魔法使いにしてやられたわね。あの馬鹿の封印に、大発光の霊力が向かうように仕向けられていたなんて」

 

「どこで失敗しましたかねぇ……」

 

 

 だが、意図せず引っ掛けられた落とし穴は予想以上に深く、悪辣だった。

 

 空里君が指摘していた地下の大扉のずっと先、麻帆良の最奥にに封じられていたのは、完全なる世界の首領、造物主。

 その封印を維持するために、ループさせていた魔力がどんどん回されていく。この大発光に合わせて次の大発光までの分を確保する、そんな術式が組んであったのだろう。

 

 気づいた時には手遅れだった。おかげで、私達二人の両方を再び現界ことが難しくなった。一度身体を崩した以上、私の分も肉体を用意する必要があるというのに。よりにもよって、科学半を動員してまで行った術式起動時に制御を容易にするため、霊力の流れを制限する柱の投下が裏目に出るとは思わなかった。

 

 費やした時間の割に、前もって準備した仕掛けは半分成功、半分裏目と来れば、やはりうまくはいかないものだと思い知らされる。

 さらに、ここにきての超鈴音だ。もう、一刻の猶予も無い。

 

 

 

 ああ、畜生め。

 

 

 

「さて……いつまでもこうしているわけにもいきません」

 

「そうね、空の上も騒がしくなってきてるみたいだし。わかるかしら」

 

「超鈴音。彼女も予想以上と言えばそうですか。世界十三の聖地と月の同期。本来は明日の物を無理に修正して、不完全ながらも術式を起動させられるとは」

 

「ますます足りなくなるわ。で、どうするの」

 

「もう二十年、このまま待つというのも一つの手も無いではないですが」

 

 二十年間、常に揺らぎ続ける霊脈の中で自己を保つというのは無理があるかもしれない。かもしれない、というのも流石に前例が無いからだ。客観的に見れば、普通は無理の一言で済む。

 現世の方、上では関東呪術協会が負けるとは思ってはいないので、問題点はそこだけだ。

 

 選択肢は明瞭だ。もう二十年ばかりこの状態を維持し、次の機会を二人で待つか。それともどちらか片方を先に現界させるか。選ぶまでもないことだが。

 

腹は決まっている。なら、実行するだけで良い。いいや、既に実行している。一時止めていたものを、再び進めるだけだ。

 

 

「しょうがありませんかねぇ。それじゃ――」

 

「いやよ」

 

「……いやも何もまだ何も」

 

「いや」

 

「……」

 

「私だけ先に再構成して、自分一人残るつもりなんでしょ」

 

 

 

 

 

 

「流石、鋭い」

 

 

 

 言いつつ、術式の最後の鍵を起動する。特別なことは必要無い。ただ、そうあれと思い浮かべるだけだ。

 

 この場においてだけは、それで術式が成る。

 

 きっと私は、今笑っているような気がする。

 

 

 

「セイ……!?」

 

 

 

 

 

 

「こればっかりは、わがままですよ。私の」

 

 

 

 

 

 ――いつか二人で、歩めるように。

 

 

 

 

 

 そして、世界が白に消えた。

 

 

 

 

 

 

 


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