麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第百三十一話

 

 

 

それが墜ちてきて、一体どれほどの人間が立っていられたのだろうか。

 

麻帆良に残っていた者のほとんどを衝撃波でなぎ倒し、枯れ葉の如く吹き飛ばし、泥にまみれさせ地に這いつくばらせた、それ。

星が堕ちた、とでも形容すれば良いのか。青空を引き裂くように、一直線に墜ちてきた赤い尾を引く流れ星。

 天災、ではない。それは人の手によって引き起こされた現象だ。

 

 ただそれが人の手による物であろうと、天の意による物であったとしても。引き起こされた結果に変わりはない。

 着弾点である麻帆良大橋付近では水が全て退けられて深いクレーターが穿たれ、瞬間的に音さえも消え失せたのだ。

 

 そんな状況下でも、動き続ける影があった。世界樹前のエヴァと千草である。

 

「――おい、なんだアレは」

 

問いかけたのは、影の一方、エヴァンジェリンだ。ナイトドレスの上から氷を纏った、闇の魔法を既に発動した状態だ。

 その顔に浮かぶのは、驚きよりも呆れの色が強い。問いかけながらも、大体の検討はついているからだろう。

 

「東の要塞の主砲やな」

 

 相対するのは、関西の最高幹部の一人、天ヶ崎千草である。ナイトドレスと洋装であるエヴァとは対照的に普段と変わらぬ和装である。

 しかし、この場において異形と呼ばれるべきは、氷を纏った吸血鬼であるエヴァではなく、千草の方である。

 あごのラインと後頭部を覆う、鬼を模した朱色の面。頭頂部を守るように環で繋がった四本の角。それぞれに劔を持った左右二本ずつ四本の腕。角と腕は独立して宙に浮いており、その有様は不定形の光であるが、輪郭が歪んだりするようなことは無く脆さは感じない。

 京都の西の総本山に封じられていたリョウメンスクナ。その力の一端である。

 

「違う。そっちではない。向こうの、夕方のアニメにでも出てきそうなロボの事だ!」

 

「あぁ、あれは……知らへん奴やな」

 

 麻帆良大橋とは丁度反対の方角にある建物の影から現れた機械仕掛けの赤い巨人。千草にも見覚えの無いそれは朴木の乗機であるのだが、この場においては関係ないので割愛する。

 

「……貴様といい奴といい、どうしてどいつもこいつも東の連中は非常識な」

 

 言いながら、エヴァが氷の剣となった腕を振るう。直接届くことはないが、その延長線上にいる千草の足下、石畳の隙間から氷柱が千草に向かって伸びる。

直下からの奇襲であるが、氷柱の先端が千草まで届くことは無い。面と同じ朱塗りの下駄に踏み砕かれ、四本の劔によって外向きに薙ぎ払われて、終いだ。

 数ヶ月前の千草であれば、こんな手段はとらなかっただろう。符で結界を張って防ぐか、跳んで避けるか。しかし今、それをしなかった。

 リョウメンスクナの力を得ての、余裕の表れでもある。避ける必要が無いし、除けた方が効率がわるいから、しないのだ。

 

 しかし、エヴァは不機嫌そうな顔をする。

 

「……」

 

 振り上げたその手の先に生まれたのは、エヴァの身長とさほど変わらぬ直径の氷球である。一ダースほどの氷球は振り下ろされたエヴァの手に合わせてまとめて千草へと向かう。無詠唱であるが、全盛期と変わらぬ力を取り戻した今のエヴァが使えば下手な魔法使いの上級魔法よりもその威力は高いものとなる。

 

 それに対して、千草は今度はどのような迎撃手段を取ったか?

 

「せっ!」

 

 再び先ほどの氷柱よろしく、ケリである。単にケリと言っても、京都で刹那の分身の腹にたたき込んだのとは訳が違う。

 今の千草はスクナの欠片を取り込んでいるために、人の分を越えた、それこそエヴァのような吸血鬼や悪魔などと言った上位存在並の出力にも充分に耐えられる。

 人の背丈を超える氷球の衝突に対しても、衝撃に耐えられなかったのは千草の肉体ではなく、地に着いた左足から衝撃が伝播した石畳と、氷球そのものの方だ。玉突き事故のように後続の氷球も次々と最初の氷球にぶつかるが、千草はその場から全く動くこともなく、氷球は全て砕け散った。

 

「おい、貴様」

 

 ここで、一端エヴァの攻撃が止む。

 

「先ほどから、なぜ攻撃してこない?」

 

 エヴァの言葉と共に、千草が足を下ろした。その顔には、薄く笑みが浮かんでいる。

 

「そら、うちのほんまの仕事は闇の福音を止めることやあらしまへんもん」

 

「ほう……それはどういう意味だ? よもや、この私など相手にするまでもないと言うのでは無かろうな?」

 

 ごう、と吹雪の如く風が吹き付ける。

 何かしたわけではない。ただ、凄んだだけなのだ。それに過剰に精霊が反応した。それだけのことなのだが、石畳は一面氷付いた。ただ、赤く浸食された部分を除いて。

 

「ちゃいますわ。うちはもっと大きなもん相手にせなあかんかもしれんさかい、あんさんばっかりにかもうていられんのです。わかりまへんか? うちがそもそもなんて言うたか」

 

 こわいこわいと嘯きながらも、千草の表情にはまだ余裕があるようにも見える。

 そのことをことさら不愉快に思いつつも、エヴァは千草が最初に何と言ったかを思い出す。

 

『――それは困りますなぁ。そんなことされたら、何が起こるかわからしませんのに』

 

 確か、そう言ったはずだ。つまり、今なお広がる赤の浸食に下手なちょっかいを出して欲しくはない、ということだ。そして、それをした場合に何か不測の事態がおこる可能性がある。ということでもある。となると――

 

「つまり……こいつをぶち込めば、少しは貴様もやる気になるということか?」

 

 唯一、出がけに千草からエヴァへと攻撃が行われたときに何をしようとしたか。

 そう、超鈴音から与えられた玩具を使おうとしたときだ。

 

「Bullet of Compulsory Time Leap……強制時間跳躍弾、などといったかな、この玩具は。なるほど、貴様のような者も嫌がるとは、余程のものらしいな、これは」

 

 胸の間から取り出した、一発の銃弾。先端が鋭く尖ったそれを、エヴァはチークか何かのように弄ぶ。

 対する千草は、笑みはそのままに飛びかかれる体勢に移る。

 宙を漂っていただけの劔を握る手にも気が巡らされ、刃の上に光が灯る。

 

 それを見て、銃弾をピンと指で弾き、握り込む。

 

「さて、こいつをどうしようか。地面に打ち込むか、いっそ直接世界樹にぶつけてやってもいいか?」

 

「やらせると思うてるんか?」

 

 刹那、エヴァは首を右へと傾げた。その直後、それまで頭があった場所を矢が貫き、そのままどこかへと飛んで行った。

 千草本人の手の内にいつの間にか握られた、これまた面と同じく赤い大弓……朱塗りの上に白い藤が巻かれた重籐弓から放たれた物で、おそらく最初に地面にクレーターを穿ったのもこの弓によるものと検討をつける。

エヴァの目の白と黒が反転し、それまで肩に乗っていたチャチャゼロも降りてくる。こちら側も様子見をやめてやる気になった、と言う訳だ。

 

「少しはやる気になったか。私相手に手を抜くなど……調教してやろう小娘」

 

「相手したるわ吸血鬼。いつまでもあんさんの天下やと思てたらあかんで。蹴落としたる」

 

「良く言った――!」

 

 

 

 千草が再び弓に矢をつがえ、エヴァが前に出ようとほんの僅かに、身体を前に傾けたときに――それは起こった。

 

 不意に、まだ朝であるにもかかわらず、視界全てが赤く染まったのだ。

 光源に目を向ければ、まだ根本までしか来ていなかったはずの赤い侵蝕が、世界樹の枝葉の末端に至るまで達しているではないか。

 そこから更に異変は加速していく。世界樹を中心として、赤い侵蝕が加速度的に拡大していく。そして現る術式陣。しかも現れた先は、ガラス一枚を挟んだようにして見える赤い侵蝕、平面の向こう側。

 

 

「なっ……小娘貴様っ!!」

 

 その通り、と言わんばかりに、千草は嗤う。

 まるで、嬉々としてアリアドネーの中枢に襲撃をかけた時の、往年のセイのように。

 

 

 

「時間切れ――」

 

 

 

《間に合ったゾ――!!》

 

 

 

 突然の超の声。どうもエヴァの携帯電話が両方通話中のままになっていたらしい。

 

 

 

「……」

 

「…………」

 

「何か言わんか貴様」

 

 そうは言うが、千草も言葉を探しているのかも知れなかった。天空に、瞬く間に展開されていく大魔方陣。おそらくセイは、こういうのを心配していたのではないかとも思うのだが、千草からすれば高度数千メートルなどというエリアはどちらかと言えば開発班の持ち分であり、如何にスクナの欠片を取り込んだとはいえ流石にすぐにどうこうというわけにはいかないのだ。

そうこうしているうちに、魔方陣の端々から紫電が舞い散り、悲鳴の如く鉄がねじ切れるような音がそこかしこから聞こえて来る。

 

「おい、一体何が起きている! 本当にあの馬鹿はこんな事をやろうとしていたのか!?」

 

「……」

 

「おい……」

 

 千草はもうエヴァを見ていない。向かう支線の先は、空に浮かぶ術式陣、魔方陣だ。

 宙に浮かぶ多くの円形陣。千草の知るセイのものと違い理路整然としておらず、ところどころが歪つに、滲んだように重なり混ざっている。

 術式陣を通る霊力の色も混ざり合っていて、大半を占める赤と緑に、白、そして黒を加えた四色が代わる代わる不気味に点滅を繰り返している。

 おまけに、それは陣だけに留まらない。セイが溶け込んだ赤い侵蝕。そちらも同じように混ざったような光が現れては消えていく。

 

 どう考えても、一本の世界樹を基点としてほぼ同時に発動された二つの極大規模の儀式魔法が互いに干渉し合っているのだ。

 

 

 

 

 

「まずいかも、しれへんね」

 

 

 

 

 

 







ちなみに朴木ロボはMH風なイメージで本部主砲はマスドライバーキャノン。ガルガンみたいなのではなくて、無限航路のボア・トーラス級みたいな環状のタイプ。

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