麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第百三十話

 

 

「木乃香にさ、言われちゃったのよ。明日菜が何をしたいのかわかんない――って」

 

 

 木乃香に泣かれたのは、初めてだった。京都でだって、泣かなかったのに。

 

 

「私はね。結局、答えられなかったの。突き詰めて考えたとき、自分が本当にしたいことは何なのか。どうしてそれをやりたいのか、その理由が何か。言えなかったのよ」

 

 

 怒鳴られた事なんて、怒られたことだって一度だって無かった。

 

 

「それでも、私は今ここにいる。それでも私は、ここまで来たの」

 

 

 木乃香に泣かして、刹那ちゃんと楓ちゃんを呆れさせて。でも、やっぱりまた無理を言って。

 

 

「わかる? ネギ。どうして私がここに来たか」

 

 

 答えは、出せなかったけど。

 

 

「ここに来た理由ならあるのよ。木乃香には、答えられなかったけどね」

 

 

 いつもと同じ、簡単なこと。

 

 

「私はさ、いつだって難しいことは考えてこなかった。考えたってわかんないし、考えるよりも動く方が性に合ってたから」

 

 

 それが、今までの私。そして、これからの私。

 

 

「けど、それで良かったのよ。ううん、ちょっと違うかな……それが良かったの。今ならわかるわ」

 

 

 夜に見る夢。あれもきっと、私。いろんな風に縛られて、自由に動けない私。私が忘れた、昔の私。揃ってはいけなかったパズルのピース。

 

 だから私は考えなくても動ける今を気に入ってたんだと思う。

 

 私は、それを受け入れてくれるこの麻帆良が好きだったんだ。

 

 私が今の私でいられる、この街が。

 

 だから……

 

 

「だから、ネギ。答えて」

 

 

 木乃香の言うことが、きっと正しい。でも私はここに来ないといけなかった。

 

 

「アンタがそこにいて、杖を向けるってことは――」

 

 

 西とか東とかじゃない。心のままに、信じたように動く。そうしないと――

 

 

「私達よりも、私達の日常を見捨てでも、やりたいことがある……ってことでいいのね?」

 

 

 そうしないと。きっと、私は私で無くなって、夢の中の私みたいになっちゃうと思うから。

 

 

「最後よ。選べ、ネギ。魔法使いでいるのか……私達の先生でいるか」

 

 

 

 不完全なハリセンを、魔を祓う剣へと持ち替えて。

 

 

 明日菜は言葉と共に、その切っ先を再びネギへと向けた。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 明日菜の言葉に、ネギは天秤の上に立たされた。天秤棒の端にあり、揺るぎないと思っていた物はいつの間にか軽くなって、感情の天秤は再び動き始めてしまった。

 超の味方を続けて、明日菜を退けるか。

 明日菜の味方になって、超を裏切るのか。

 超からしばらく連絡が来ていないこともまたネギの迷いに拍車をかける。

 本当に、自分は間違っていないのか。正しい事をしているのか。それが揺らぎつつあった。

 

『ネギ坊主!』

 

「超さん!?」

 

 そんな時に、ネギの耳に入っている通信機から聞こえて来た超の声。

 

「超さん、一体……僕は……!」

 

『言いたいことがあるのはわかっテル!』

 

 通信機の向こうから聞こえて来た超の声には、ネギ以上に余裕がない。それもそのはずで、麻帆良全体の情報を集め続けている超とネギとでは、状況判断に使える情報の量に大きく開きがあるし、何より超は葉加瀬が極大魔法の詠唱にかかり切っているためにその分の情報処理も行っているのだ。余裕などあるはずもない。

 そもそも、今の麻帆良に余裕のある人間などどれだけいるのか、ということもあるが。

 

『こちらにも余裕が無い。そちらはそちらで何とかして欲しイ。助けにはいけないけど、量産型茶々丸を回したから持ちこたえてくれ!』

 

 幾ら何でも無責任ではないか。そう言おうとしたときだった。

 

 

 

『頼ム……!』

 

 

 

 切羽詰まって、絞り出したような超の声。両者無言、沈黙の向こうでも、超が何かしか作業を行っているのか、雑多な音が通信機からは押し寄せてくる。

 

 そして、それもやがて切れた。ネギの返事を待つことなく。

 

 だが、ネギの腹はその一言で決まっていた。

 

きっと、今。自分にしかできないことが目の前にある。

 

「……明日菜さん」

 

 明日菜は答えず、剣を向けたままだ。取り残された感のあるフェイトとクルトも、互いを牽制しながらもやはりネギを注視している。

 

「僕は京都で一度、あのお爺さんを前に、戦うことを諦めました。勝てないと思ったからじゃありません。お爺さんの言ったとおり、できないと思ったからです。無理だと思ったからです。

今も、本当に自分が正しい事をしているのか悩むこともあります。迷いもします。きっと答えが無いんじゃないか。人の数だけ答えがあるんじゃないか……そんな風に逃げ口実を用意してる僕もいます」

 

けれど――

 

「僕は、僕が決めたことが正しい事だと信じます。僕は魔法使いです。でも、今も、これからも明日菜さん達の先生を辞めるつもりもありません」

 

 

 

「だから、邪魔はさせません。僕は誰に勝つつもりもありません。けど、負けるつもりもありません」

 

 ネギはそれまでの構えをとき、杖の石突きを、がつん、と石畳に打ち付ける。不思議と、響いた。

 

「成し遂げて、見せます」

 

 

ネギが吐露した心中を、明日菜がどう思ったのかはわからない。ただ、突きつけていた、剣先が、ぴくりと揺れた。

 

 そして、何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――否、何も言わなかったのではない。

 

 

 

 

 

 

言おうとして、言えなかったのだ。

 

新たな乱入者が、そこに姿を現したから――

 

 

「やぁ、これは丁度良いタイミングで来たのかも知れないね。僥倖、とでも言っておこうか。ふふ、似合わないね」

 

 

 ネギと明日菜はさて置いても、フェイトとクルトの二人にも察知されることなくその場に現れた女が一人。

 いつのまにか直ぐ側の建物の上に立っていた女。彼女は、戦いを始めようとしていた四人を冷ややかな目で睥睨する。決して人を見るような目ではない。書類の上の数字か何か……とにかく人でない物を見るような、冷たい目だ。

 

 

「さて、さて、さて。存外妙な事になってるみたいだね。私が直(じか)に出向いて正解だったかな? どうやら珍しく欲を出したようじゃないか。フェイト・アーウェルンクスにクルト・ゲーデル。流石にお姫様を“事のついで”で連れて行かせるわけにはいかないな」

 

「……彼は僕らの目的を知っているはずだけど」

 

「今は雇用被雇用の関係だろう? 文句があるならかかってきたまえよ。造反者として解剖しよう。私もアーウェルンクスシリーズはやったことがないから楽しみだ。で、どうする?」

 

「君が僕をどうにかできると?」

 

「長の顔に泥を塗るというなら、まぁ、そうなるかな?」

 

「……止めておこう。今はね」

 

「賢明だよ」

 

 

 魔法世界に悪名高き、完全なる世界の大幹部、フェイト・アーウェルンクスが戦うことを避けたということに、クルトも相手が誰か思い出そうと記憶を辿る。これだけ目立つ姿なら、きっと記憶にあるはずだ。

 起伏に富んだ身体付き。黒のスーツの上に着込んだ白衣に、白のハンチング。顔に包帯を巻き付け、さらに季節を無視して巻かれたマフラー。

しかし、思い出せない。当然である。何せ彼女が表舞台に立つのは、この十五年で初めてのことなのだから。

 

 

 

「……誰よ、アンタ」

 

「酷い言いぐさだね。君がそれを使うなら、大局的には味方の立場に身を置く者さ」

 

「!」

 

「そういうことだよ。まぁ、君の持つそれについて、今どうこういうつもりはないさ。私も私で暴れるけどね? たまに運動しないといけない」

 

 

 

 右手で鳴らした、フィンガースナップ。

 

 合わせたように、空に一条の光が墜ちた。

 

 

 

「――派手にいこう」

 

 

 

 関東呪術協会幹部・兼・開発班本部長朴木の、参戦である。

 

 

 

 





 実家から戻ってきたので久しぶりに投稿しました。長文書けない……
それはそれとして、お知らせがあります。

実はナンバリングされる話はうまくいけば次で終了の予定です。それに一話二話足して、完結になります。終わり方に納得がいかなくても石を投げたりはしないでくださいね!
それで終わった後のこと。今後のことについて活動報告に上げておくので、興味のあるかたはそちらへどうぞ。


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