麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第百二十九話

 

 

 

 

 

 

 

「全権委任状?」

 

「それは……流石にまずいのではござらんか?」

 

 

 話は少し遡る。楓の手によって明日菜が木乃香と刹那の下に連れて来られてから、すぐの話。

 自分が何が出来るのか、それを訊ねた明日菜に対して、木乃香の出した答えがそれだった。

 

 

「問題は……無い訳やあらへんけど、たぶん大丈夫。前までならともかく、今の西は東の呪術協会に近いから」

 

「つまり?」

 

「“自分がこうだと思ったなら、やれるもんなら全力でやってみろ。ただし最後に力負けして叩き潰されても文句言うな”みたいな感じです」

 

 

 木乃香の言葉を刹那が継ぎ、楓の質問に答える。木乃香は手の中の書状と、地面の上でデフォルメ近右衛門人形と殴り合う同じくデフォルメされた緑髪の人形、つまりセイの人形を見た。大筋では間違っていない。ちなみに今はセイの人形がマウントを取っていて、近右衛門人形はピンチのようだ。

 

 

 

 書状は、外側の白い紙には単に関西呪術協会長全権委任状とのみ。中身はそのことについての詳細と、明日菜の名前と木乃香の書名が入れられている。

 ここでミソとなるのは、“関西呪術協会全権委任状”ではなく“関西呪術協会長全権委任状”となっていることだ。

委任されるのは関西呪術協会の全権力では無く、修学旅行時に起きた関西内乱によってそれはもうがりがりと削られて実権などほとんど無くなった西の長としての職権なのだ。

 そんな物を渡されて何が出来るのかと言えば、実際の所これだけでは何も出来ない。

政変で書類一つに裁可を下すにも長以外に幹部格のサインが必要だし、逆に幹部格のサインがあれば長の署名無しに通る書類だってあるのだ。

そもそも今木乃香は東の麻帆良にいるのだからそうでもしないと仕事が回らないという理由もある。

 

 ともかく、この書状があるから具体的に何ができるかといえばやはりほとんど何もできない、としか回答のしようがないのだ。

 

 なら何の意味があるのかと言えば、西の長の代理であることの証明となるのだ。先のような書類に木乃香の代わりに署名することが可能となり、それが効力を発揮する。

その“身柄”は、権力を削られた今ならば西の長本人と近しい物となる。僅かな権力しかないながらも、長の代理として認められるのだ。要は、“西の身内”であることを保証するのである。

 

 小手先と言うよりか小ざかしいと分類されるような技術、もはや詐術に近いが、縛られた立場にいる木乃香の乾坤一擲の一手なのだ。

 

 

「ちゅうわけで、とりあえずこれがあれば西と東の呪術協会の人らからは抵抗せえへん限り手荒なことはされんと思うし、セイさんとこの外部からの協力者やら他の第三勢力なんかは手ぇ出しづらなる、はずなんやけど……まぁ、移動にしか使えん手形みたいなもんやと思っといてぇな」

 

「で、でも! そんなことして、木乃香は大丈夫なの? 聞いてる感じだと、そんな勝手なことできなさそうだったけど……」

 

 確かに、実に便利な物ではあるが、そんな物を渡してしまって大丈夫なのか?というのも当然出てくる。

 

 

「かまへんよ。せっちゃんは側にいてくれるし。それに、もともとウチらの世代が京都で無茶したから、こっちでも引っかき回すん期待してこっちに帰したみたいなところもあるみたいやし。刀久里のお爺ちゃんやセイおじさんらは。それやったら期待に応えても文句言われることあらへん」

 

 

 水無原のお兄ちゃんとかは嫌やったみたいやけどな、と木乃香は笑うが、隣の刹那はやはりどこか悄然としていて、必ずしも木乃香の言葉通りでないことを窺わせる。

 確かに、京都の後、木乃香が麻帆良に帰ってこないというのも現実問題としてありえたことで、刹那などはすっかり諦めていたほどだ。

 

 

「話続けるけど、正直何もかもそのままて言うんは不可能やと思う。多分、この戦は西が勝つと思う。おじいちゃんも頑張るやろけど、おじさんらは今日に全部賭けてるから、耐え切れん。終わった後には、きっと今の麻帆良は残らへん」

 

「……っ」

 

「けど、皆が離ればなれになるんは、ある程度防げるかもしれん」

 

「ちょっ、どういうこと!?」

 

 

 思わず明日菜は声を大きくするが、木乃香の表情は渋い。

 

 

「簡単や。学園都市としての麻帆良を潰すんは簡単やけど、その受け皿が用意出来へん」

 

 

 麻帆良学園都市は名の通り幾つもの学校が存在し、その生徒数を全てまとめたなら膨大な人数になる。それが、一度溢れたらどうなるか? 国内最大級のマンモス学校と言われた麻帆良の、全生徒、付随する職員や教員も含めて、対応ができるか?

 できなくはないだろう。極力少数ずつに区切って分けたり、全国に存在する廃校を一時的に復活させるなどの措置をとれば、なんとかできなくはない。

 しかし、それをするとその手間はとんでもないことになるし、情報操作も難しくなる。そういったことは、一纏めにしたほうがやりやすい。麻帆良に染まった人間を外に放てば、外とのギャップから来る混乱もあるだろうし、それを防ぐためにも拡散はしたくない。

 

 なら、どうするか? 一纏めにしたままもう一つ器を用意すればいい。仮設の学園都市を用意すればいいのだ。木乃香や刹那が知る呪術協会の頭は、どうせ費用がかかるならばときっとそちらを選択する。

 

 

「問題は、そこに何をプラスできるか。例えば、ネギ君とか、高畑先生とかは難しくても、3-Aをバラバラにせんといてー、て言うんなら、案外楽にいけるかもしれへんやろ? そういうことや。けど、ただお願いするだけやとあかんかもしれん」

 

「……ごめん、ちょっと待って。それって」

 

 

 言葉の端に嫌な物を感じたのか、明日菜が一度会話を止める。だが、木乃香はそれを口にした。明日菜にとっては、受け入れようもない、その話を。

 

 

「そうや。ウチは、明日菜に西に味方するように説得してるんや」

 

「木乃香っ!!」

 

 

 明日菜が、激情のままに木乃香に掴みかかる。

 

 それに対して木乃香は、“前”に出た。

 

 

「え……」

 

 

 一瞬後。気がつけば、明日菜は地面に倒されていた。見上げた先に移るのは、強ばった木乃香の顔だった。

 

 

「……明日菜、よう聞いて。今回ばっかりは、ほんまにまずいんよ。行き当たりばったりじゃ済まされへん。その書状があれば、確かに動き回ることはできる。けど、そこから先がどうにもならへん。何もできへん。できることなんかないんや」

 

「どういうことよ」

 

「明日菜一人じゃ、どうにもできんてこと。今の明日菜に、戦車を倒せるん? 先生方を軽う蹴散らすような人らを相手に、あんなハリセンもどき持っただけの明日菜がどうにかできるん? できるわけないやん、そんなん」

 

「だったらなんで……っ!」

 

 

 こんな書状を渡したのか。そう言おうとした瞬間、かぶせるように、木乃香が叫んだ。

 

 

「明日菜のことを守る為やっ!!」

 

 

言い切った後、森がしんと静まりかえった。

空気を引き裂くような大喝である。

そしてそれが木乃香の口から出た物だという事が、明日菜も、黙って話を聞いていた刹那と楓の二人も、信じられなかった。

 

 怒鳴ったのである。お嬢様で、どこかぽやぽやしていて、いつだってにこにこしていた木乃香が、泣きそうな顔になって明日菜を見下ろしているのだ。

 

 

「今の麻帆良は、さしずめ魔窟なんよ? 西と東だけやのうて、他所からも人が来てる。修学旅行の時みたいに支援だけしとるんやのうて、隙があるなら噛み殺そとしてくる。そんな中で明日菜一人ふらふらしとったらどうなるか、わからへんやんか!

それなのに明日菜は京都みたいにふらふらしようとするし! 京都の時は何も無しにウチも明日菜もせっちゃんも帰してもらえたけど、そうとも限らんねんで!? せやのに、せやのにっ……全然危機感ないやんか! 明日菜は!」

 

 

 一息に言い切ったあと、しばらく続く荒い呼吸。その間、他の誰も口を開かない。否、開けない。

 

 

「……明日菜。ウチに、自分に何ができるかて言うたけど、ウチが言えるんは結局一つだけや。『長いものには巻かれろ』。どっかの組織と協力するしかあらへん。ウチのコネが使える東西どっちかの呪術協会が現実的や」

 

 

 

 どないするん? うぅん、結局明日菜は、どないしたいん? ウチにはもう、わからへんよ。

 

 

 

 それだけ言い切って、ついに木乃香は、明日菜を地面に押さえつけたまま泣き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 







 暑い。すすまない。暑い……うぼぁー。

 気分転換に艦これの短編でもやってみようか……

 いや、やめよう。需要がないし何より暑い……

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