麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第百二十二話

 

 

 

 ◆

 

 

 

 麻帆良から数十キロ離れた、森深く。

 

 未だ人の手がほとんど入っていない山中にあって、そのなかに不釣り合いな物が存在していた。

 

 敷設されてほとんど日が経っていないのか、錆が一切浮かんでいないレールが、鬱蒼とした森に隠れるようにそこに存在していたのだ。

レールの下には枕木があり、犬釘でもって固定され、衝撃吸収ようの砂利もきちんと敷き詰められた、仮設などではない歴とした線路だ。

 

 しかし、この線路はどの鉄道会社の物でもない。

 

 それどころか、正規の路線図には乗っていない――正規の路線図からは、どの路線であっても合流することができない、特殊な路線。

 

 関東呪術協会の所有する私有地に敷かれ、その発着場を辿れば途中からは地下に潜り、最終的に潜伏していた頃の天乃五環の三層へとたどり着く秘匿路線……それがこの線路の正体だった。

 

 敷設の目的は、開発班の№2、本部長補佐の一人千岳一衛(センガク・カズエ)の車両部隊の内、本人を含めた遠距離砲撃部隊、“ある兵器を運用する部隊”を砲撃ポイントまで移動させること。

 

 

 

 その兵器の名は、『列車砲』。

 

 

 

野戦砲などとはそもそも比較対象にもならず、対戦車砲や主力戦車の滑腔砲をも遙かにしのぎ、果てはかつての大戦における大戦艦の主砲にも匹敵し射程においてはリードした最高にして最強の陸砲である。

 

貨車に擬装した巨大な車体。射角調整や姿勢制御のために展開された、無骨でありながらそれ故に機能的な美しさを併せ持つ安定脚。そしてそれだけの装置を準備するに見合うだけの威容を持ちながらも砲塔の転回が可能という破格かつ長大な砲。

 

それが、全部で十両。一両につき一基四十センチ砲が搭載されているが、これはあくまで列車砲のみの数。他に移動のための動力車が六、整備や操作のための機材と人員が乗る車両が二、さらに上空の薄雲級からのデータリンクなどの指揮や通信を担当する指揮車両が二という計二十両、現代のモンスター列車だ。

 

もちろん全車両に装甲を施してあるし指揮車と動力車にも自衛手段があるので装甲列車と言えなくもないが、あくまでメインは列車砲。

 

 

 浪漫と実益を両立、とまではいかず、やや浪漫に偏っていることはいえ、それでも本部長補佐の一人の肝いりということもあり、一定の効果が見込めると踏んでいた、この部隊は。

 

 

 

 森の中で、人知れず。

 

 改良により幾らか小型化されたとはいえ、巨体故の自重を支える、頑丈なはずの貨車の車体が半ばで折られ。

 

 発射時の衝撃を吸収するための、強固なフレームを持つ安定脚がそこらに無造作に転がされ。

 

 歪みも隙間もなく、側面に取り付けられていた装甲板が細切れにされて。

 

 指揮車や動力車、その多くから黒煙を上げて。

 

 何より、象徴たる四十センチ砲が。鋼の塊であるそれが、幾重にも斬り裂かれて。

 

その“残骸”を、敷設されてそう間もない綺麗な線路の上で晒されていた。

 

 そして、そんな森の中で。

 

 彼女は……否。彼女と、その部下たる彼らは――

 

 

 

 

 

 

「白露さーん。大丈夫ですかー?」

 

「……偉い目に逢うたー!」

 

 さよが声をかけたのは、もはや橋“跡”になりつつある麻帆良大橋に空いた特大の穴。コンクリも鉄筋もぶち抜いて出来た穴の向こう。

白露の声が聞こえて来たのは、橋よりもずっと下。十数メートルは下の水面からだ。

 返事が聞こえて来てすぐに、白露本人が橋の上まで上がってくる。

 

 水に落ちたのだから、当然、ずぶ濡れである。

 

「……濡れ鼠ならぬ濡れ狐など冗談では無い」

 

「あー。びしょびしょですねー」

 

「着物はともかく、尻尾はな。まったく、終わったら毛繕いせねばならんの」

 

 着物の裾をちょいと摘む白露。それでできた隙間から白い足が覗くが、本人はそれよりもぐっしょりと濡れてほっそりとなってしまった尻尾が気になるらしい。

 本来はもふっとしていて毛づやも良いのだが、今は毛が水を吸い、毛づやも心なしか余り良くはない。

 

「それで、うまくいったかの?」

 

「ええ。時雨君がやってくれました」

 

 二人が目を向けた先には、倒れ伏すタカミチと、それを縛り上げる時雨がいる。

 

“うねりび”をかわしてすぐ、時雨はそのままタカミチの視界からはずれるように動いた。

 その間、うねりびはタカミチを襲うが、その火は歪曲面の飾り盾に阻まれ攻撃は通らない。しかし、時雨がタカミチの視界から完全に消えることで、フリーになるのだ。

 

 後の話は簡単で、白露がタカミチの気を引いている内にさよがポルターガイストで歪曲面の飾り盾を取り上げ、時雨が背後から強襲するだけ。うねりびでタイピンが魔法具であることは確実になったし、もし他にまだ持ち合わせがあって防がれていても、最悪時雨がパワーで押し切れば、タカミチの“捕縛”はできないが強敵の“排除”はできた。

結果事は上手い具合に運び、強敵であるタカミチの捕縛に成功したというわけだ。

 

 ただ唯一といっていい手違いは、タカミチが思いの外白露の挑発にはまって激昂し、七条大槍無音拳を撃たれたこと。

 

 おかげで白露は生てこそいるものの、妖力をがりがりと削られた上に橋をぶち抜いて湖までたたき込まれ、濡れ鼠ならぬ濡れ狐となりはてたわけだ。豪奢な着物もぼろぼろであるし、背中の側は叩きつけられた時にやったのか大きく破れ穴が空いてしまっている。

それでも白露にしてみれば尻尾>着物らしく、まだどこか尻尾に気をやっている。

その様子に、さよが苦笑しつつも注意を促す。

 

「白露さん。まだ終わってないんですから」

 

「厄介なのは片付いたがのー」

 

「いいえ、まだです」

 

「んむ?」

 

 言われてみたのは、魔法使いの側の陣地。

そちらはタカミチがさよの対艦術式を躱したために直撃を受けているはずなのだが……

 

「……無事なようじゃの。少なくともさっきのを食らったような被害が無い」

 

「防がれたようです。あれ、見えますか? こちらに向かうような紡錘形の陣。多分、アリアドネーの戦乙女騎士団の陣形魔法です」

 

「先頭の角付きか。意匠は確かに魔法使いのそれよな」

 

 視線の先。タカミチが落ちてなお、魔法使いの陣地は確かにそこに存在していた。

 兜の左右から二本の角をせり出した鎧甲冑を先頭に、二十人ほどが紡錘形を形成してこちらを向いている。

 

「どうする? あれらくらいならどうとでもなるじゃろうが、あの鎧甲冑の強さ如何によっては手こずるぞ」

 

「えーと……」

 

 さよが手持ちの術具を確認すると、結構な量の符を消費してしまっていた。

 幾ら大量に用意してきたとはいえ、湯水のように使えばその分消費する速度も速くなる。

 並の相手なら問題は無い。しかし、近右衛門やクルト・ゲーデル相手に戦っている時に、符の残量を気にしないといけないようになると、勝てる物も勝てなくなる。

 そういったことも踏まえつつ、しばらく思案して。

 

「時雨くーん」

 

「んっ? 何?」

 

「行っちゃって下さい」

 

 タカミチを縛り終えた時雨に、ゴーサインを出した。

 

「わかった、ますたー」

 

 橋は半ば崩壊していて、対する敵は正面にある。

 時雨の本領は正面突破。過剰な正面への攻撃力と、並外れた防御力も、本来は突破し蹂躙するためにあるようなもの。

 終わった後に交渉で使えるタカミチを確保した以上、ある程度の効率もみる必要がある。だから、さよは時雨に命令を出した。

 

 そして、時雨トップスピードを出すべく、構えを取る。陸上競技のクラウチングスタートよろしく、地面に両手を突いて、片膝を付く。

 それを、さよと白露の二人は真後ろ……ではなく、斜め後ろから眺める。

 

 これでまた一つ決着が付く。

 

相手と自分の戦力を比べつつ、何の危機感も無く、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 巨大な黒い衝撃波が、時雨と言わず、さよも白露も、残っていた橋の基部から何から巻き込んで、吹き飛ばすまでは。

 

 

 

 

 

 

 






旧版からの方は違いに気づかれたと思いますが、列車砲には犠牲になっていただきました。
うヴぁー……プロット変更でやむを得ず。

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