嫌な予感が的中しました!! なんですかこの少年、きらっきらした目で人を見てきます。
……嫌いな目ですね。幼いだけならともかくとして、これは純粋で、なにもかもが自分の思いどおりに行く、自分こそが正しいと思っているやつの目です。
この手の輩は大概ろくなやつはいません。歪んでないだけましですが、それはそれで面倒ごとの固まりです。
立派な魔法使いを目指してるくちですかね? だったら最悪です。
そもそも出会いがしらにいきなり人に上位古代語魔法ぶっ放してきたくせに仲間になれって本気でしょうか?
謝罪の言葉もなく、いえ、あったとしても仲間にはなりませんが、それにしたって礼儀ってもんがあるでしょうに。
……やめです。相手にするだけ時間の無駄、用件をすませてとっとと帰りましょう。
ええ、そして司書長を経由してアリアドネー上層部に今回の報酬ふっかけてやりましょう。
それでさよさんと二人ちょっと良いお店にいって美味しい物たべるんです。
「……木乃芽さんから伝言がありまして、『無事を願っています、必ず帰ってきてください、ずっとあなたを待っています』だそうです」
「木乃芽さん……!」
「無視された!?」
詠春とやらはなんだか知りませんけど打ち震えてますね、そんなに嬉しかったんでしょうか?
しかしこの眼鏡な人と木乃芽さんですか……人生わからないものですね。
少年ですか? 当然無視です。
「……それと伝言はもう一つ」
「まだあるのか? 鶴子さんからか?」
「いいえ、これも木乃芽さんです。……コホン、『信じとるけど、もしもそっちで女作りよったら、近衛、橘、青山、天ヶ崎他幹部連中みなでぶちのめしたるさかい、覚悟しいや? 二度と日の目見れんようにしたる』だそうです。あの目は本気の目でしたよ?」
おお、今度はさっきと違ってものすごく震えています。
ガタガタっていう言葉をこれ以上ないくらい身体で表現しています! 顔とか真っ青ですし。
さて……それじゃあ用も済みましたし、帰りますか。
「俺を……」
「ん?」
「無視してんじゃあ……」
はて、声が……
「ねえっ!!」
バシィッ!!
「いいぃぃぃぃってええぇぇぇぇっ!! なんだこの障壁、やけに固ぇ!!」
「ほう、不可視の障壁ですか? なかなか珍しい術をお使いになるようで」
……ああああ、どんどんめんどくさい方向に話が進んでいきます。
少年が素手で私に殴りかかってきて天球儀式結界術(仮)で自爆してわめいているかと思えば、ずっと笑みをうかべたまま黙っていたローブの男が出てきましたよ。
すいませんね、お嬢さん。やはりあなたを連れて行くのは無理そうです。
「……なんですかね。私は一仕事おえて帰るところなんですが」
「おやおや、せっかちですね。名前くらい名乗っていってはどうです。私はアルビレオ・イマ。そっちがナギ・スプリングフィールド。詠春は……知っているようでしたね。で、あなたは?」
「……クロトです。急ぎますので、失礼しますよ」
いけません。ナギ少年とはまた違う嫌なタイプです。
気づいたらズルズル引き込まれて抜け出せない、なんてことになりかねない。
「おいっ、待てよお前!! 俺たちの仲間になれって言ってるだろ!?」
あーーーもーーー、このガキはっ!!
「……なるわけないでしょう、ガキ」
「んなっ!? なんでだよ!」
「仲間になる必要性がありません。今の仕事もありますし。そもそも、あなた何のために戦ってるんです?」
「決まってるだろ! 強いやつと戦うためだ! んで、俺が最強だって証明する!」
「本物の馬鹿か……いえ、もう話す価値もありません。では」
そういって瞬動で即座に塔から離脱。
さらに虚空瞬動をくりかえして付近一帯から離れます。ああ、嫌なことを聞きました。胸くそ悪い。
最強? そんなことのために、思想もなく、覚悟もなく、戦場に立つというのですか。
護りたい物も、譲れない思いも持たないくせに。
あれは戦争を、そして、人の生き様というものをなめてます。
……必要もなく戦場にたったのです。その業は、いつか最悪な形で返ってくるでしょうよ。
◆
「ああああぁぁぁぁっ! 何なんだよあいつ、せっかく誘ってやったっていうのに! 次あったらぶっ飛ばしてやる!!」
しかも俺のことを馬鹿とか言いやがって!
「……ナギ、今のあなたでは、おそらく彼には苦戦します。いえ、もしかしたら負けるかも」
はあっ!? 俺が負ける!?
「おい、どういうことだよ、アル。お前あいつのこと知ってんのか!?」
「おそらく、彼は少し前からアリアドネーに現れたという“笑う死書”でしょうね」
「わ、笑う死書!?」
なんか強そうじゃねえか! でもししょってなんだ?
「アル、笑う死書とはいったい?」
お、さっきからずっと震えてた詠春が復活しやがった。
「なんでも、アリアドネーのとある図書館で本の回収業務にあたっているそうです。相手がどんなに強かろうが、規則に従い本を回収していくそうで、噂では燃える天空の直撃を受けても、煤ひとつ付けず平然と焔の中から出てきたとか」
「燃える天空!?」
燃える天空っていやあ、かなりつええ魔法じゃねえか!
それをくらって無傷ってことは、あいつやっぱり……
「……よーし、決めた」
「ナギ?」
「次あったら、とりあえずぶっ飛ばす!」
そうすりゃたぶん、仲間になるだろ!!
◆
「ただいまー。さよさん、帰ってきましたよー」
いやー、暗くなってしまいました。あんまりいらいらしたんで、黒輪火車最大出力で帝国勢力圏を突っ切って来ましたが、結構かかりました。
直線距離9000キロはだてじゃなかったです。およそ日本を一周半。
そういえば黒輪火車の最大出力初めて使いましたね。流星のように見えていたかもしれません。
とにかく家に帰りつきました。帰れる場所と、待ってくれている人がいるのはいいものです。
それと、家はオーナーの許可を得て改装済み。中はさよさんの意見をとりいれた和風の造り。安らげます。
拠点化? 日々の暮らしの改善が先です。
「あ、せいさんお帰りなさい。お客さんが来てますよ」
割烹着を纏ったさよさんが出迎えてくれます。癒されますね。
しかし、はて、お客? ここを訪ねてくるような知り合いはほぼいないんですが……
「誰です? 司書長ですか?」
「違います、司書長さんじゃないですねー。とりあえず居間にお通ししました。ちょうどさっきお見えになられたところですよ。すぐに追い返すのも失礼なので、とりあえずお茶を出しておきましたけど」
ふうむ、誰でしょうか……。
あ、ちなみに司書長はさよさんと顔を合わせたことはあります。妻として紹介しました。
……まだ正式に籍をいれた訳ではありませんよ? 便宜上必要だったのです。とにかく、いちど会ってみるしかないでしょう。
居間に入ると、そこには黒衣に身を包んだ長髪の男が一人正座で座っていました。横には彼の物であろうマントがたたまれて置いてあります。
ゆるりとしていながらも、油断している様子は無い。
彼は私を見ると湯飲みを机に置いて言いました。
「あなたが“笑う死書”、クロト・セイ殿ですか?」
「ええ、確かに私がクロト・セイです。今日は一体何のご用で?」
「――単刀直入に申しあげます。私たちの仲間になりませんか?」
確定しました。……今日は厄日ですね。