麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第百十九話

 

「――天峰補佐!」

「はいはい何です何ごとですか」

 

 麻帆良学園都市の直上、三万メートルの位置に浮かぶ関東本部。

 

飛行要塞、天乃五環は。静かに雲に紛れて眠っていた。

 

巨体ゆえの膨大な輸送力、高出力の防御シールド、何時使うのかというような大型の兵装……開発班が重ね続けてきた多くの内の、そのほとんどを使うことなく、天乃五環は眠っていた。

事態が進み続ける中にあっても、天乃五環だけはただ静かに、沈黙を守り続けていたのだ。

 そんな天乃五環において、遂に動きが起きつつあった。

 

 統合部作戦室。外部との通信を封印し、自艦での情報収集のみを行いつつも、回線を封印していたが故に指揮をすることはなく、また他所からの通信も受け取っていなかった天乃五環の、本来は作戦全体の指揮を取るべき場所。

 その中でも全体を見渡せる一段高くなった場所の、さらに中央の一席に座る女に報告が届いたことで、ようやく眠り続ける天乃五環においても事態が動き出す。

 

「これを見て下さい」

 

 言葉と共に、報告に駆け寄った班員が手に持った端末を天峰と呼ばれた女に見せる。二人の目の前には据え付け型の大型モニターパネルがあるが、電力が通っていないのか何も映ってはいない。

 班員が見せたモニターに映っていたのは、真上から撮影していると思われる世界樹の姿。そして、その側にある“赤い円”も、欠けた月のように一部を世界樹の枝葉に隠されながらも、その姿をしっかりと捉えていた。

 

「……ついに、ですか」

「おそらく」

 

 そのことを自身の目で確認した天峰は、一度端末を机の上に置き、代わりに備え付けられていた内線を手に取った。

 あらかじめ割り当てられていた番号をプッシュすると、相手は1コール目が終わらないうちに出た。

 

『――はい』

「天峰です」

『はいはい』

「炉に火を入れて下さい。始めます」

『……全部け?』

「全部です。ではよろしくお願いします」

『あいさー。……おっと、あいまむ!』

 

 電話を切ったのは、相手の側。

 

「……」

 

 ざっと、周囲を見回す。

 室内に、空席は無い。

 全ての席で、光の消えたモニターの前で、班員達が仕事を待ち望んでいる。

 天峰は、一度大きく息を吸う。

 

「……状況を始めます!!」

 

 その言葉と共に、それぞれの眼前に光があふれ出す。

 

「現時刻を以て通信の封印を解除します。予備を除いて全てのネットワークを復活させてください。予備回線の方も起動待機状態へ」

「了解しました」

「通信網が復活したところから情報の収集を開始、状況の把握を」

「すぐに!」

 

 言葉と共に、それまでは眠っていた天乃五環が目を覚ます。最低限の機能を維持する以外には使用されていなかったエネルギーの数値が跳ね上がり、冷え切っていた動力炉が唸りを上げる。

 光を失っていたモニターが次々に起動し、閉ざされていた外界との窓を開いていく。

 そして、報告が次々に天峰の元へと届けられていく。

 

「航行システム全機能の再チェック確認完了、異常なし!」

「火器管制異常なし」

「一部通信系統に若干の乱れ。雲の影響ですが他の通信方法に切り替えることで対処可能です」

「艦内全リンク復旧。地上との通信再開……うあ」

 

 その内の一人が、小さく呻いたのを天峰は聞き逃さなかった。

 

「どうしました?」

「開発班実弾砲派の第一次戦車群が全滅です。残機無し」

「あ、そうですか」

 

 天峰自身は兵器課の人間では無いし、無人機であることも知っているので顔色に特に変化は無い。

 

「周囲の全薄雲級とリンク。現空域の薄雲に降下開始を伝達。国外に展開した部隊にも異常がなければ現地勢力と連携を取りつつ事を始めるように。各霊脈の基点に散った幹部連にも確認の連絡を」

「はっ!」

「本艦も高度を下げてください。二万五千まで降下開始」

「了解、降下開始します」

「……ふぅ」

 

 長であるセイを筆頭に幹部格が出払い、残された天乃五環の指揮を任された天峰は現状問題ないと自分自身で確認を取る。

 今の天乃五環は作戦指令と情報伝達の拠点、落ち着かなければいけない。うまくやれている。そう自分に言い聞かせつつも、何度もミスがないか反芻する。

 その甲斐あってか、この時点までは実際にミスは存在しなかった。天峰の指揮においても、周囲の班員の作業においても。

 

 しかし、予期せぬところから、凶報は飛んでくる。

 

「あ、天峰補佐!」

 

 班員の一人が、裏返った声で天峰の名を呼んだ。その様子に、嫌な予感が脳裏をよぎる。こういう時の勘はよく当たる。

 天峰も半ば覚悟して問い返した。

 

「どこで問題が起きたんですか?」

 

 

 

「て、展開していた千岳補佐の列車砲部隊が!」

 

 

 

 

 

 

「くっ……あ……?」

 

 最初にその目に映ったのは天井、では無く灰色の曇り空。

 それから、自分が何をしていたのかを思い出す。麻帆良大橋防衛線。侵略してくる関東呪術協会を橋の対岸から迎え撃とうとしていて、それから……

 

「あっ、クリスさっ、あ痛ぁっ!?」

 

 思い人の顔を思い出した男――瀬流彦は起き上がろうとして、意志に逆らう身体の節々の抵抗に悲鳴を上げた。それから、遅ればせながら自分を含めた魔法使いが障壁からのフィードバックで倒れた事を思い出した。

 

「あたっ、つっ、~~~!」

 

 仰向けに寝かされていたらしく、枕代わりに来ていたはずの背広が丸められていた。それに手を伸ばそうとして、鈍痛が動きを止める。

ならばとりあえず起き上がろうと腹筋に力を入れるが、とてもじゃないができそうにないと断念。やむをえず身体の向きを変え手を突いて立ち上がろうにも、また激痛。

 

 そうこうしているうち、特に痛む胸を押さえながらようやく立ち上がった瀬流彦は言葉を失うことになる。

周りにいる同僚達は外傷こそ一見して見あたらないものの、意識がないのかぐったりと倒れ伏している。それ以外も座り込んでいたりと、無事なようには見えない。

 そしてさらに遠くへと目を向け、絶句する。

 

 戦場に立つのは、学園側ではタカミチのみ。その周りでは狐の形を模した火が踊り、追い立てるように動き回っている。

 橋は完全に崩れ落ち、湖の上に塔のように残った基部の上からは七本の尾を持つ女性がタカミチを見下ろしていた。女性……白露が手に持つ扇をタカミチに向ければ、扇の先に火球が生まれ、幾つも連なって落ちていく。

 タカミチはそれを避けるのではなく、撃ち落とすことで対処するが、その間にも炎でできた狐はタカミチへと向かい四方から駆け込んでいく。

 まるで狩りのような一幕。狩られる側が味方でなければ、あるいは素直に賞賛できたのかもしれない。

 

 だが、狩られる側が自陣の、それもトップクラスともなればそんな余裕はどこにもない。あるのは焦燥と混乱、それから恐怖だけ。

 

「瀬流彦さん!」

 

 瀬流彦に声がかかり、見れば、背後から駆け寄るクリス・アミークスの姿があった。隣には弐集院光の姿もある。

 弐集院は普段と変わらぬスーツ姿だが表情に余裕は無く、クリスに至っては全身に鎧甲冑を纏っている上に、肩に何本もの槍を担いでいる。兜のバイザーを上げているからクリスだとわかるものの、そうでなければ一分の隙も無く完全装備をしたこの人物は一体誰だとなっているところだ。

 

「良かった。気がついたんですね。ここでは最低限のことしかできなかったんですが」

「は、はい。身体の節々が痛みますけど、なんとか」

「それなら早速だけど手伝ってもらうよ瀬流彦君。タカミチ君が頑張ってくれてるけど、攻め手にかけてるから僕らが動かないとね」

 

 瀬流彦からは弐集院がタカミチを見ているように見えたが、実際は違う。

 そのさらにずっと向こう。白髪の少女と、少女以上に長い髪をした灰色の少年を、弐集院は見つめている。

 

「瀬流彦君、現状をどれだけわかってる?」

「このまま凄くまずいとしか。あいたたた……」

「……まぁ、間違ってはないよ。あれが見えるかな、あの少女の上の、光ってる奴」

 

 弐集院が指し示したのは、さよによって再度張られた符による術式陣だ。

 

「……アレ、こっち向いてませんか?」

「そうだよ。だからタカミチ君も動けないんだ。動けば、避ける術の無いこちらにそのまま直撃するからね。攻撃も遠距離からでは灰色の彼に防がれてしまったし、このままだと地力で負ける」

 

 弐集院の見たところ、相手の目的は高畑をここに縛り付けておくこととこちらの殲滅らしい。

 その証拠に、幹部級らしき相手が二人増えてなお、誰も別行動をおこして先へ行こうとしていない。

 まるで、望んで降着状態を創り出そうとしているかのように。

 

「参ったね。あの遠距離攻撃術式さえなければ、少しずつでも人を移して体勢を多少なりとも整えられるんだけど……」

「残念ながらそれもかないません。本国にいた頃に似たような物を見たことがあります。大戦中の古い記録資料でしたけど……あれの一発でヘタをすると航空巡洋艦が沈みます」

「巡洋艦が……」

 

「そう。……そして、今から僕らはそれを受けなくちゃいけないんだ」

 

 瀬流彦が、弐集院を見る。弐集院の表情はいたって真面目そのもので、冗談を言っているようには見えない。

 

 ごくり、と唾を飲んこんだ音がした。瀬流彦ではなく、それを耳にした周りの別の誰かの物だったかもしれない。

 

「最低三発、耐えてみせよう。それで駄目なら、これ以上どう頑張ってもこの場の事態は好転しない。それが、僕と明石君とで出した結論だよ」

 

 

 

 悪の首魁でなく。英雄でもなく。はたまた未来の英雄でもなく。

 

 試練は、瀬流彦に訪れようとしていた。

 

 

 

 


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