麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第百十六話

 

 

 

「ぬっ、がぁ……届かん!!」

 

 後ろ向きに吹き飛ばされた荻原は、空中でくるりと一回転し勢いを殺すと同時に体勢を整えて着地した。

 手には二本のくないを握っているのだが、左手のそれが刃の半ばで折れているのに気づき投げ捨てた。そして、すぐに寸分違わず同じ造りをした“次”を取り出した。

 ちらりと周囲に目をやれば、たった今同じように吹き飛ばされた部下達が木の根の壁際に倒れている。意識がないのか、立ち上がる気配は無い。

 再び、前へと目を向ける。四方から攻めたにも関わらず、荻原自身とその部下をまとめて吹き飛ばした張本人が、自ら動く様子もなく、こちらを見ている。

 

「おや、どうしました? 人の家の玄関をあれだけ派手にノックして、用が無いわけではないでしょう?」

(……化け物、か)

 

 口には出さないが、そんな言葉が脳裏をよぎる。奇しくも他の場所でも同様の単語を口にした者が何人もいるのだが、目の前の相手にもそれが言えるはずだ。

 

 人外魔境の図書館島の責任者、アルビレオ・イマ。あるいは中止になったまほら武道会に登録されていた名で呼ぶなら、クウネル・サンダースか。

 

麻帆良侵攻作戦において地下を任された荻原であるが、関東全体で見れば決して必ずしも上位の人間というわけでは無い。幹部で無いことからもわかるように、基本的に立場、実力共に中堅どころ。これには幹部から上が急にランクが上がるという事情もあるため、幹部を除けば上位に位置する。

 

 関東における組織図は、セイの下に幹部がいて、更にその下にそれぞれの組織がつく。よって幹部以上は一定水準にあるが、幹部以下の人間については組織によって質もバラバラである。例えば神里空里配下の神里忍軍などであればその多くは前衛後衛問わず戦場で活躍できるが、七守衣子の配下は直接戦闘には向いていない。

 無論幹部である七守衣子は接近戦はもちろん、中距離くらいまでなら問題なくこなせる。しかし彼女の一族や周りの者は本来は虫使い。あくまで特別なのは衣子の他は極数人で、本業である虫は謀や諜報が一番向いている。その数人にしても衣子には遠く及ばない。

 

 そんな中で、忍という戦闘集団の中に居る荻原は、立ち位置としては、繰り返すようだが中堅どころだ。幹部との間には、覆しがたい実力の差の壁がある。

 

 しかし、荻原が部下と共に相手をしなければいけないクウネル、もといアルビレオ・イマはその壁の向こう側の人間なのだ。

 

 タカミチやクルトと異なり、大戦期の初期から紅き翼にいて多くの会戦を越えてきた古参メンバー。重力魔法を手足のように使いこなす紛う事なき規格外の一人。行方不明とされていた魔法世界の英雄。

 

(今麻帆良にいる、紅き翼の三人目か)

 

 薄ら寒い笑みを浮かべるアルビレオの向こう側には、発破をかけられたにも関わらず、悠然と佇んでいる扉がある。多少焦げたようにも見えるが、傷がついたようには見えない。

 

「……行くか」

 

荻原が休んでいる間も、休む間を与えぬよう部下達が絶えず攻撃を続けている。しかし、その効果は無い。

持ち込んだ銃火器も、長く研いできた刃も、忍者の代名詞と言えるような投擲武器も。

全てアルビレオの周囲を不規則に回る幾つかの黒い球、重力魔法によって阻まれる。

 攻防一体のこの魔法のせいで、動かぬアルビレオ相手に既に四分の一が倒された。壁際に倒れ伏す部下達がそうだ。

 

 しかし、見方を変えればまだ四分の一しか倒されていない。

かといって、それは喜ばしいことではない。

 神里の忍が強いのではなく、アルビレオがまだ“様子見”だから保っているのだ。

 

 歯がゆくはある。しかし、それでも良いのだ。

 目的があり、自分達で打ち倒すことが叶わぬとしても、倒すこと自体は不可能ではない。

 故に、荻原は壁の向こう、更にその遙か高みにいる相手に、燕のように姿勢を低く、黒球の合間を斬り裂くように鋭角的な動きで飛び込んだ。

 

 これまでと違う動きに、アルビレオの目が確かに荻原へと向けられた。

 

(食いついた!)

 

 それまではアルビレオの周りにいた黒球が、荻原へと飛んでいく。防御の為に警戒しつつ、いつでも攻撃に動けるように動き続けていた時のような不規則な動きではなく、明確に、まずは荻原を潰そうという意志を持っての動き。そして、そちらの方が荻原としても動きやすい。

 

(ひとぉつ!)

 

 真正面、押しつぶすように下降気味に突っ込んできたのを、左にステップして迂回する。

 

(ふたぁつ!)

 

 左右両方から来たものには、二つが衝突する前に、今度はまっすぐに隙間を強行突破する。

 

「三つ目、だ!!」

 

 最後。カーブを描きながら飛んできた複数の黒球の内、直近の二つに両手に持っていたくないを飛ばして動きを止める。止められるのはほんの一瞬。影縫いの応用だが、本当の影と重力魔法による光の屈折で出来た影では加減が違うのか、止まったと思った次の瞬間には同じ速度で再び迫ってくる。

 だが、そんな一瞬であっても、止まれば、其れで良い。

 その隙に止まった黒球が入るはずだった隙間に滑り込めば、アルビレオと荻原の間に遮る物が何も無い射線が確保される。

 しかし、その手には武器はない。黒球を止めるために投げてしまったのだから。

 だから、代わりを用意する。

 

 勢いはそのままに、きつく結ばれているはずの袖口から伸びたのは、針。縫い針などとは違う、釘と、あるいは杭と見まごうような長く鈍色に輝く針。

 

 それを全身の筋肉のバネを使い、喉元めがけて投げ放ったところで。

 

 荻原は黒球に呑み込まれた。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「おや、針とは珍しい」

 

 荻原が渾身の一針は、貫くこと叶わずアルビレオの手の中に収まっていた。

 手の中にあるそれを眺めて見れば、その実障壁破壊と破魔が何重にも付与されていた呪物であることに、ほんの少しばかり驚異を覚える。

 もし仮にこれを“手でつかみ取っていなければ”、あるいは届いていた、かもしれないのだから。

 しかし、結局は、届かず、手の内に収まっている。荻原が失敗したタイミングで全方位攻撃を行い、他の忍も、扉を爆破した二人を含め既に全員が倒れ伏している。

 

「ふむ……さて、どう動きましょうか」

 

 そう呟いて、アルビレオは思考する。とりあえず、この場に居た忍者は倒したが、どうも他にもまだまだ地下にいるらしい。地上も騒がしく、学園長や後輩たるタカミチも動き回っているとなれば、この期に及んで傍観という訳にはいかないのだろう。

 

「……おや?」

 

 一度ネギの様子を見ておこう。そう考えたアルビレオが、おかしな事に気づく。

 

「転移(と)べない、とは。何か仕掛けられているのか……そうとしか考えられませんか」

 

 転移が出来ない。そのセリフを聞いて、倒れたまま、天井を仰ぎ見る荻原は心の内で大いに笑う。

 ざまぁ見ろ、と。

 結局、荻原は壁の向こうには届かなかった。しかし、この場にいない部下は上手い具合にやり遂げたらしい。

 

 図書館島地下に突入した神里の忍を、荻原は全部で七つの班に分けていた。

 五から七は、上層の制圧後に、それぞれ麻帆良陣営を攪乱する為に動いていた。上層を水没させるための七班。その復旧を妨害する六班。脱出路、逆に言えば敵の進入路を確保するための五班。

 残る四つの班の内、人の最も多い一と二はここにいる。ここにいて、全員が全員倒れ伏している。お優しいことに、死人はいないらしい。

 しかし、三班と四班の人員は、この場に居ない。上層の制圧後に、途中でわかれたからだ。三班は転移の妨害装置を設置させていたから、上手くやったというのはわかる。それは、四班も同様だ。

 高等魔法である転移を妨害するには、ちゃちな装置では難しい。相手がアルビレオ・イマなどという、自分達のトップ並みの怪物とくればなおのこと。

 故に、持ち込んだ装置は特異な物になり、起動するのに一定以上の実力を持つ“術者”が必要になってしまった。一度起動すれば後は問題ないとはいえ、荻原達は忍者である。忍術で術者紛いのことは出来ても、決して術者ではない。よって起動することができない。それは事前にわかっていた。

 

 だからこそ、転移の妨害というのは、その“術者”の到着を意味する。

 四班の仕事は、その“術者”を麻帆良に招き入れること。

 

「ふっ、ふっ……!」

 

 荻原に意識があるにも関わらず、アルビレオは眼中にないとばかりに歩みを進める。

其れでも良い、其れでも良いのだ。

 間に合った。これで、荻原が受け持った仕事は完了したのだから。

 

一人で叶わぬなら、己を鍛え力を磨けば良い。

 

 新たな力を得てなお及ばぬなら、人を増やせば良い。

 

 数をして及ばぬなら、策を弄せば良い。

 

 策をして及ばぬなら、諦めるか?

 

 否、そんなことはない。

 

一人(自分)を軸に考えるから、上手くいかないのだ。策を弄して叶わぬと知り、そこからそれに気づけたならば、もう一つ先がある。前に戻るとも取れるが、それも一計。

 

 

 

――強者を、連れてくれば良いのだ。

 

 

 

 そして、荻原に。倒れ伏す忍者達に。

 

 世界樹の根の天井をぶち抜いて。

 

 福音にしては、あまりに低い男の声が降ってくる。

 

 

 

「フハハハハハハハハハハハハ! 行かせんぞアルビレオ・イマ!! この拳を受けるがいい!!」

 

「……! まさか、ゲートを……!?」

 

「そうとも!! 二十年ぶりだな? 貴様らに預けていた物、返して貰いに来たぞ!!」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

 

 

「――貴様正気かっ!?」

 

最初の頃の余裕は無く、エヴァが叫ぶ。

 

正気かと問われているのは、春香だけで無く、私もだろう。

 

狂っていると言わないが、正気だと答えることもできはしない。

 

正気のままで、こんなことができるはずもない。

 

 正気であるならば、“まとも”な内に、とうの昔に死んでいてしかるべきなのだ。

 

そういった機会はそれこそ幾らでもあった。

 

 最初からどこか外れていたから今に辿り着いたのか、それともその都度知らぬ間にどこか歪み続けながら歩いてきたから今こうしてあるのか……狂っていたウェスペルタティア王を今となっては笑えやしない。

 

 しかし、私や春香が狂っていたとして、あるいは正気であったとしても。

 

 

「少なくとも。私達は冷静で、どこまでも本気ですよ。……エヴァ」

 

 

 春香が語るのは、計画の一端。

 

しかし、それを知る者はほんのわずか。つまりは、真実のひとかけら。

 

 

 

「もう一度言うわ。まほらは取り戻す。けど、今の人と街は別にいらない。そして――」

 

 

 

「――それらと同じように。……もういらないのよ、世界樹は」

 

 

 

 

 








でゅなみすさんです。

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