麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第百十四話

 

 

 

 

 頭上でそれまで先導していた二式大艇が機首を返し、再び麻帆良大橋の方へと帰って行くのを見送る。

 

 眼前には、聳え立つ世界樹がある。

彼女の力で復活を果たしたあの日と同じ場所。石畳が敷かれた、世界樹前の小広場。この場所に戻ってくる迄に、二十年機を待ち、そして今。

 そしてその結果が、今に集約されつつある。経過は概ね順調。当初の計画通り進み、緊急連絡も入ってきていない。

 特にネックとなっていた障害……強敵への対処も思いの外上手くいっている。麻帆良大橋方面ではタカミチに対してさよさんがあたっていますし、他の有象無象は開発班の“次”の機体や白エヴァシリーズなどでどうにかなるはず。

近右衛門にもそろそろ空里君が反転攻勢に出ているでしょうし、件の司書長殿も破壊工作のおかげで水没する図書館への対処で精一杯のはず。当面の時間は稼げます。

直接的な驚異ではありませんが、神楽坂明日菜……もといアスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアに対しても、既に“フェイト・アーウェルンクス”が動いている。クルト・ゲーデルに関しても、目的が対立しますから何とかするでしょう。

 

 よって。この現状ではこの場にまでたどりつけるような可能性を持つ一定ライン以上の力を持つ実力者は数人。その中で現実的な可能性があるのは三人。

 

 一人目。現状行方不明の葛葉刀子。神鳴流は驚異になり得ますし、同じ神鳴流を扱える者の中にはクルトもいますが、未だ居場所がはっきりしないというのはどうにもマイナス。おまけに最後に確認されたとされる場所が……とはいえ、いないものはどうしようもないので、姿を現すまでは放置。

 

 二人目。言わずと知れた英雄の息子、ネギ・スプリングフィールド。どうも超一派と合流したらしく、身のこなしが妙に良くなったりこれまて妙な装備を幾つか持っているようですが……どうにも青い印象が抜けきれないし、事実余程の隠し球が無い限りどうにかなる。手も既に打っている。よってこれも放置。

 

 そして、三人目。近右衛門、タカミチに並ぶワイルドカード。彼女は難しい。実力はトップクラス。勝てる人員などほとんど居らず、まともに戦えるというだけでもごくごく一握り。誰よりも気まぐれな、私の知る彼女であれば、きっと――

 

「――よう」

「……やっぱり。来るとするなら、ここですよねぇ」

 

 尾を石畳にすりながら、振り返る。

 

 そこに居るのは、当然のような顔をして悠々と佇む“女性”。いつぞやの、初めて会った時のような少女の姿では無い。

 日が昇りきった今の時間帯には不釣り合いな、夜会に着ていくような夜のように深い藍色をしたナイトドレス。それを纏うのは成熟した肉体。波打つ金の髪。大きく開けられた胸元を彩る紅い宝石。闇の福音、エヴァンジェリン。その全盛期の姿が、そこにある。

 

「これはこれは、闇の福音が全盛期の姿でしかも正装とは。夜会の帰りか何かですかね?朝の早くに随分な格好じゃ無いですか」

「貴様こそ、何だその格好は? 日が出ているんだ、今は化け物が出歩いていい時間じゃない。ここが本当に麻帆良なのか疑いたくなってしまうじゃないか。もっとも、貴様のようなのは魔法世界でさえそうそう見なかったがな」

「そうですか? 私がいた頃には結構見かけましたがね。翼がある者、角を持つ者、尾を持った者……さして珍しいとは思いませんでしたがねぇ」

「ほう、そうか? 本当に、そうだったか?」

「ええ、そうでしたとも。そういう貴女こそ、言わずと知れた闇の眷属でしょうに」

「フン、私くらいになれば気だるい程度だ。灰になったりはせんさ」

 

 エヴァは親しい友人に接するような気安い態度で、柔らかい笑みをたたえている。

軽い日常の会話に聞こえるし、私もそのつもりで話している。だが、エヴァ自身がまとう空気は冷え切っている。

比喩表現などでは無い。漏れ出た魔力が周囲の空気の温度を急激に下げ、初夏の爽やかさが失せて、さながら真冬の如く。周りでは石畳に霜が降りて白くなっているほどだ。

 いつでも戦闘に移れる……という無言の意思表示だが、その前に多少会話を楽しもうという腹づもりなのだろう。

 

「しかしアレだな」

「何です?」

「言っていた割に、やることがいささか地味だと思ってな」

 

 そう言って、エヴァは笑う。

 現段階で、既に複数箇所の爆破、数十両からの戦闘車両、他航空戦力を投入しているにも関わらず、未だ地味だと言って笑う。

 たいした事はないと嘲笑しているのか、まだ先があるだろう、速く見せろと催促しているのか。

 いやはや、流石と言うべきか……しかし、そこまで言うなら少し速いですが、私も次へ進むとしましょうか。

 

「では、これでどうでしょう?」

 

 手をかざし、指を鳴らす。先日仕込んだ、飛行船で運搬した柱の仕掛けの起動、そしてその実行者への合図だ。

 実行者とは誰に対してか? 関東の幹部か、はたまた開発班達か? そうではない。彼ら幹部相手なら念話でいいし、何より合図など無くとも割り当てられた役割を遂行するべくしかるべき時に自分で判断して動くだろう。開発班員であれば逆に、支援を求める通信が入らない限りは見た感じ相当切羽詰まっていたとしても限り現場の人間を信じて手を出そうとはしない。無論例外はあるが。

 

なら、誰か? 決まっている。言葉を持たぬ淡い存在。この麻帆良のどこにでもいる存在。ずっとこの麻帆良にいて、誰よりもこの麻帆良に近く、依存し、影響を受ける存在。人と時代が変わっても、地に根ざしているが故に動けず、また弱く朧気な意識である故に抗えぬ、しかしいつでもそこにいた。

 

――精霊だ。

 

 音と共に、光が走る。単なる現象としてではなく、本来は確たる意志を持たぬはずの下級精霊が意志を持っているかのように。それこそ、まるで生き物のように。

二人の周りを蛍のように。低いところを燕のように。膝の高さで波のように。石畳の上を這うように。空を流星のように。ある者はこの場に留まり、多くの光は方々へ散っていく。

 普段使っている割に、特別な技術を用いたりしない限りそれそのものの姿を見ることは魔法使いでさえも滅多にない、世界を構築している基礎たる多くの精霊達。火、水、土、風、他多くの精霊が、目に見える形で動いているのだ。

 

そして、変化が生まれる。

 

道に敷かれていた石畳の内、交差点の中央、一際大きな一枚にヒビが入って砕けて割れた。

 小広場に設けられた噴水が基部から風化し崩れ、制御されていた水流が無秩序に溢れ出た。

 人の余り来ない細い路地の、高いところにある植物の意匠のレリーフが真っ二つになり片割れが地に落ちた。

 他にも同様にして、幾つもの建築物やその一部が破壊され、その機能を失っていく。麻帆良が魔法使いの手に落ちて以来、百二十年余り、外敵の侵入を妨げてきた大結界、その媒体と基部としての機能を。これで電力が復旧しようが“柱”を全て叩き壊そうがもはや大結界は復活しない。

 

 その一部始終を見ていた、エヴァは僅かばかり笑みを深くする。面白い物を見た、という風だ。

 

「多少、派手にやってみましたが……どうです?」

「フン、多少ましになった、と言っておいてやろう」

「これだけやって多少とは。勘弁して下さいよ」

「これで終わりではないはずだ。中々珍しい出し物だったが、まだまだ手札はあるのだろう? 出し切って、これで終わりと言うまでは評価はお預けだ。拍手が欲しければ演じきってからにしろ」

「手厳しいですねぇ。貴女相手に全てを見せるわけにいかないのはわかっているでしょうに。……それに、貴女もこの期に及んで会話をしにきたわけではないのでしょう?」

「ああ。アレも一度決めていた待ちの一手を覆す程度には追い詰められていてな。大気中の魔力濃度の到達値が本来の三日目以上だそうだ。貴様を今すぐ止めてこい、と怒鳴られてしまったよ」

「……超鈴音?」

「そうとも。今更隠すことでも無い。しかし奴には悪いが私からすれば会話も目的の一つでな」

「この期に及んで、まだ私に聞きたいことが?」

「そうだ。是非とも聞いておきたいことがあってな。超にしても重要な情報だ。文句は言うまい。……ああ、一応無線のスイッチは切ってあるぞ? もっとも、情報ネットワークの再構成も急いでいたから、どこからか聞かれているかも知れんがな」

「別にかまいませんよ。そう時間はかけられませんがね」

「つれないな。ここまで来たんだ、多少の長話には付き合え」

「言っても聞かないんですよねぇ」

「もちろん」

 

 さて、と前置きし、エヴァはゆっくりと話はじめた。

 

「いつだったか……貴様は私と初めて会談に臨んだ時のことを覚えているか?」

 

 無論、たかだか数ヶ月前のこと。忘れるはずもない。あれは丁度、ネギ一行が図書館島の地下に潜り込み、詠春がぶち切れる原因をつくった日のことだ。

 

「ええ、覚えていますよ。確か煌も連れていった時のことですね? ちょうど学園長が図書館の地下で動いていて、こちらとしても動きやすかったのを覚えていますよ」

「そうだ。あの時お前は言ったな。戦う理由は色恋にあると」

「そんなことも、そういえば言いましたかね?」

「ああ、確かにそう言った。あの時は今時分に随分な馬鹿がいるものだと感心したが……あの後、よくよく考えて、おかしいことに気づいたよ」

「はて……何かおかしなことがありましたかね?」

「ああ、あったとも」

 

 ここで、初めてエヴァが笑みを引っ込めて真面目な顔をする。

 

「私はこれでもこの国にはそれなりに長いこと滞在していてな。その間、無聊を慰めるのに方々を旅して回ったこともある」

 

 エヴァが何に気づいたのか。薄々わかってはいるが、敢えてその答えを待つ。

 

「京都や畿内が多かったが、それでも北から南まで方々を回ったさ。その間に裏の界隈……特に東京界隈で何度か耳にした名がある。

“玄凪セイ”。魔法使い流入期、魔法使いと旧来土着勢力の紛争の最中に行方不明になったと聞いた。二つの勢力の最後の激戦地がこの麻帆良。そして、その玄凪セイが最後に確認されたのも魔法使いによって麻帆良が陥落する寸前。……わかってみれば余りに安直だが、これは貴様のことだな?」

 

 関東土着、あるいは相応の古い家系に連なりでもしない限りは出てこない玄凪の名。

歴史は勝者が造る物であるから、この麻帆良での玄凪の歴史も今となっては石畳とアスファルトの下。それから私の記憶のどこかに眠るのみ。それを他人から、エヴァの口から聞いたと言うことに、どこか感慨深いものを覚える。

 

「……ご明察。それで、続きは?」

「最初そのことに気づいた時はおかしいとは思わなかった。百年以上前の人間……というのにはおかしな物を感じたが、私という例もあるしな。本人であればこの土地を取り返そうと思うことはおかしなことじゃあない。

この麻帆良は霊地のなかでもとびっきりだからな。仮に本人でなかったとしても、細々と残っていた子孫が取り戻そうと動くことも、まぁおかしくはない。

事実、今の関東呪術協会に席を置く幹部連中はお前の下で十五年前にそうやって土地を取り戻して返り咲いたんだからな」

「私の下に、というのは正しくありませんよ。当時、私は関東の長ではありませんでしたから」

「だが、実質的な指導者は貴様だった。と、まぁそれは良い。話がおかしくなるのはここからだ。この土地、麻帆良を取り返そうというのは自然な流れだ。魔法世界での傭兵活動は資金集め。長期の潜伏は元老院の事件も復讐だとすれば納得もいく。しかし、だ」

 

 エヴァは両手を拡げ、問いかける。

 

「私が貴様を見た限り、貴様は不要なことは極力言わず含みを持たせるが、嘘は言わないタイプだ。察知されて対策を打たれること自体を前提において、二重三重に手を回して最大限策を重ねて、それでいて自分ひとりが訳知り顔で笑っている、そんなタイプだ」

「おや酷い。そんなことは無いですよ」

「黙れ。……とにかく、貴様は本来百年以上前に生きた人間。貴様が恋した相手は生きているわけはない……とうの昔に死んでいるはずなんだよ。だが、それでも貴様があの時言った言葉は嘘に聞こえなかった。

これはどういうことだ? 色恋の為とは、おまえは一体誰のために動いている? 貴様の隣にいた、あの相坂さよの為か? はたまた今を生きる名も知らぬ第三者、それともやはり貴様が最後に確認された、百年以上昔の死人ということもあるか? 仮に死人と何か約束を交わしていたとしても、麻帆良奪還を世界樹の大発光に合わせねばならんような約束とは一体なんだ?

貴様の目的は麻帆良という土地の奪還ではなく、その先、この世界樹の大発光を利用して、何か大きな術式を……ということではないのか? それこそ、一般人の目を極力排除してまで行うような、だ」

「……それから?」

「――ここまで言えば私が何を言いたいかはわかっているはずだ。言え。貴様は、何を見据えて動いている」

 

 

 

「――言っちゃだめよ、セイ。そこから先は、私が話すわ」

 

「――誰だ貴様!? いつのまに背後に!!」

 

「本当はそうではないけれど、敢えてこう言うわ。……“初めまして”」

 

 

 


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