麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第百十三話

 

「――どういうことかな、これは」

 

 笑みを消したタカミチ……戦車群を吹き飛ばした時点から笑みなど無かったが、とにかく口元をやや歪めたタカミチが疑念と困惑を自身で整理する意味も兼ねて口にする。それほどまでに、目前の少女のこの場面での登場は不可解だった。

 

 タカミチが担当していた現3-A……旧2-Aの生徒達は今更言う必要もないが、相当癖の強いメンバーで構成されている。いたって普通の生徒もいるにはいるが、吸血鬼のエヴァは言うまでも無く、タカミチでさえその素性を正確には把握していないというとんでもない生徒すらいるほどだ。

 そういった生徒を一纏めにしていたのにも、理由はある。一つには“最初から”将来ネギのパートナーの候補として。

ゆくゆくは英雄の隣に並び立てるようになることを期待されて集められた生徒達がそうだ。これにはクーフェイや楓、真名などがそれにあたる。

 

 もう一つ。他のクラスにいれると面倒なことに……もとい裏とは何の関わりも無い物の、他とは一線を画す飛び抜けた感性や能力を持っている者達。

上に当てはまる生徒達ほどではないにしろ将来的には化けるのではないか……という判断の下3-Aに集められた生徒達である。

 これに分類されるのは、例えば天運に恵まれる椎名桜子や、クラス内では超、葉加瀬に次いでネット、特に一部の分野に関して強い長谷川千雨などがこれで、例外的ではあるが委員長、雪広あやかもそうだろう。

 無論これらの分類分けに関してはあくまでおおまかな線引きであって、全員が全員はっきりこう、といえる訳では無い。

クーフェイは実力では表側の人間としてはトップクラスであるがあくまでも表向きの人間であるし、裏の人間でありながら既にパートナーがいてネギのパートナー候補から外れている、という見習いシスター春日美空のような変わり種までいるのだから。

 

「説明するほどのことじゃないです。誰が気づくこともなく、ただそこにあっただけの私を連れ出してくれた人がいた。それだけです」

 

 そんな中でも、特に変わった生徒が一人。タカミチから、今はネギへと譲り渡された出席簿には載っている。

 

 その少女についての情報は、驚く程に少ない。出席簿から見て取れるのは写真に写る少女が麻帆良の昔の制服、セーラー服を着ているといこと。それと、記載されている“1960年~”(昭和35年)という理解不能な物の二点のみ。

 唯一事情を知っているであろう学園長、近衛近右衛門は口を噤み、魔法先生達からも忘れ去られ、半ば架空の物として扱われ書類の上でのみ認知されていた存在。タカミチですら只の一度も、この学園に在籍する全ての人間が実際にその姿を見たことが無い、エヴァの他では唯一、“学園に在籍し続けていることになっている”少女。

 

「今の私は、敵です。……いいえ、二十年前から、ずっとでしたね」

 

 ――それもそのはず。今目の前にいる、薄い笑みを浮かべた少女、相坂さよは、二十年以上も昔に麻帆良から離れ、いなくなっていたのだから。

 

「――四天は巡り」

 

言葉と共に、さよの意に従って宙を漂っていた紙吹雪が渦を巻く。

風は無い。純粋にさよの霊力と、肉体を得た今なお衰えることのないポルターガイストによって操作されている。

 セイが光でそうしたように、さよは符を丁寧に並べていく。符を繋げて線にし、重ねて円を描いていく。その動きに乱れは無く、生き物の群のような動きで形を成していく。

 

「――五行は環をなし」

 

 さよが手を前へタカミチへと向ける。符に書かれた文字が光り、符と符を結んでより真円に近い円を造る。

 発動するのは、セイが大戦中に考案し、二人共が式神の手の届かぬ位置にいる船を落とすため、対艦用として重宝した術式。

 

「――我は六方を定めて界となす!」

 

 近接対艦用の砲撃述式。正式な名前などは無く、ただセイとさよ、二人の間でそう呼んでいた術式。大戦中のみならず、何時だったか関西呪術協会の本山でも使われ、白夜の落星天球儀にも組み込まれている光の柱、その基礎となった単発大火力の攻撃手段。

 今までの麻帆良であれば、平時はもちろん、魔性の時間である夜であったとしても麻帆良で用いることは難しかっただろう。

 何せ元々が対艦用。セイもつい先ほど用いた以外では、旧世界で使用したのは数えるほどしかない。

 だが、今の麻帆良ならなんら問題は無い。ど派手だろうが、音が凄かろうが問題は無い。既に平時ではないからだ。

 で、あれば。問題が無いのであれば、躊躇う必要もない。

 だからさよは、迷うことなくこの術式を使う。戦艦を落とすための術式を人に対して向けるのだ。タカミチと、その周囲の魔法使いを排除するために、全力で。

 

 この日、二度目の光の柱は一度目の物よりも細く、しかし速度を増してタカミチに迫る。それに対して、タカミチが選んだのは回避ではなく迎撃。

 背後でダウンしていている魔法使いの数はこの場にいる全体の半数ほど。おまけにすぐには使い物にならない。

 退くとまではいかず、場所を変えること自体はたやすい。しかしそれをすれば味方の大部分が戦闘不能、そうなればただでさえ関東呪術協会有利で推移している全体の戦局が取り返しがつかなくなる。そのことは当然さよも理解している。

 

「だが、その程度で!」

 

 故に、不動。タカミチは道のど真ん中で、真正面からさよの術式を迎え撃つ。

ポケットに突っこまれた両手。無造作に突っ込まれているだけのように見える拳を居合の要領で抜き放ち、拳圧を飛ばす。それがタカミチの音に聞こえた無音拳だ。

 だが、さよの術式に向かうタカミチから抜き放たれたのは拳圧などでは無い。目前に迫り、正面からではもはや壁にしか見えない光の柱と同質。規模でいえばそれ以上の巨大な一撃。

 

 ――七条大槍無音拳。

 

拳を振るう音無きが故に名づけられた無音拳。しかし奥義ともとれるこの技は、技の“入り”動作が無く正しく無音。しかしその威力は戦場ごと敵を蹂躙するに足るほど。

戦車群を鎧袖一触にしたのと同じ技だが、今はそれに加えて“究極技法”出力の底上げも図っている。

 もはやセイのそれすら上まわり、さよの術式を勢いを減じることなくそのまま押し返した。

 今度は受ける側になったさよだが、さよも動こうとはしなかった。符の配置を変え、陣を組み替え、障壁を張る。

 

「んっ……」

 

 障壁からの負荷のフィードバックに、さよは少しだけ眉間に皺を寄せた。それ自体は耐えられないような痛みではない。ほんの少しだけ不快なだけ。

 耐えられないのは痛みでは無く、障壁の方。霊力が足りないのでは無く、符が出力に耐えられないのだ。

 どんなに素材を厳選しても、如何に特殊な製法を取ろうと、紙は紙。長所も多いが耐久性では他の物に劣る点ができる。過剰な数の電池を直列で繋いだ豆電球のフィラメントと同じで、高出力で維持しようとすれば、一瞬で燃えて塵となって終いだ。

感覚では、もって数秒、といったところ。

 次の符を再配置しても間に合いそうなタイミングではあるが、やったところでそれも数秒で焼け落ちる。故に、取るべきは別の手段。

 懐から取り出したのは、数枚の符。今まで用いていた物より二回りは大きい代物。召喚符。その起動と同時に、障壁を構成する符が一斉に焼け落ちた

 

「やったか!?」

 

 何度目かの応酬。既に橋は崩れ落ちつつある。巻き上げられるような砂埃はとうに吹き散らされ、視界を塞いでいた攻撃が消えればすぐに、相手を確認出来る。

 ――そう、穴だらけで湖面を覗かせる橋の向こうに見えるのは、身に纏うローブをボロボロにしてはいる物の、表情は未だ変わらぬ一人の少女の姿。

 

 そして、もう一人。さよの前に立つ、少年が一人。それを見て、タカミチは。

 

「……化け物共め」

 

 煙草のフィルターを、強く噛みしめた。

 

 

 

 


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