麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第百十一話 麻帆良大橋にて

 

 

 

「長、時間です」

「避難の状況は?」

「完了しました」

「……よろしい。では予定通り始めて下さい」

「了解しました。……全機起動!」

『アイアイ』『アイサー』『待ってました!』『やっと、か』

 

 自分の直ぐ横……角と尾は健在であるため、少し離れた所にいる開発班の男性に、時計で時刻を確認した後、命令を伝える。それを男が無線機で伝達し、そこら中から一斉に蒸気の漏れる音がする。

 対岸に麻帆良の中枢たる学舎の群を望む麻帆良湖岸。麻帆良大橋の左車線の中央に、私はいます。

 音は道をことごとく塞ぐにようして止められた、列車の移動などに使われるような大型の運搬車両の荷台から。目で追えば、それが“荷物”が運搬中に動かぬよう固定していたアームのロックが解除された音だとわかるでことでしょう。

 そうして荷台から降りてくるのは、おそらく今日を逃せば二度と日の目を見ることが無いであろう開発班の蔵出し品……もとい、その中でも万が一撮影されてもごまかしが効く範囲の発明品。

 装甲を正面に集中させ小型軽量化させた戦車。同じく小型化された六輪の装輪装甲車。他にも種類や型の異なる雑多な装甲車両が並び、更に全て遠隔操作式の無人機であるため、情報を集約・中継する同じく無人の指揮車両もある。

今は三十両程が列び、命令に従う開発班の操作で順次麻帆良中心部へ向け、橋を渡り始めている。射線が重ならないように、歪な二列縦隊を造っているせいで、ますます統一性が無く見える。

 それでも、車両の群は進んでいく。無限軌道を鳴らし、装輪の車両と同じ速度で一糸乱れぬ行進を続ける。こちらの砲身が火を噴くことはまだ無く、同じように対岸から魔法による迎撃も、まだ無い。

 しかし、いずれその瞬間は必ず来る。数秒か数分か、あるいは今か、刹那の先か。ただ、まだ、というだけのこと。

 並んで進んでいるのを見ているだけでも感慨深い物があるのだろうか。何とも言えない笑顔でコンソールとモニターにかじりついている担当者には悪いが、多分一両も残らないだろう。

 

「しかし、よろしかったのですか?」

「うん? ああ、いいんですよ。確認したいこともありますし」

「ですが、白エヴァシリーズも全機控えていますし、万全を期すために用意した空戦用の機体もまだまだあります。多岐さんはともかく千嶽さんや天峰さんなんかは暇だと文句言ってきますよ?」

 

 先ほど指示を方々に伝達した男が、端末片手にそう言ってきた。口にしたのは、いずれも開発班の本部長補佐の名前である。

 

「今日ばかりは大丈夫でしょう。天峰さんは私の代わりに全体の指揮がありますし、千嶽さんは照準の最後の微調整に忙しいはずです」

「ああ……アレの出番は最初で最後でしょうからね」

「そう言えば、エナの修理はどうなっているんです?」

「エナについては担当者が鋭意取りかかっています。想定内の損害ですし、今日の為に予備パーツは機体ごとに数セット用意してきましたから」

「そうですか。なら問題はありませんね」

「はい」

「……しかし、今日が最後の機会という意味では、彼らに悪いことをしたかもしれませんねぇ」

 

 コンソールで戦車や装甲車を動かす開発班の人員を見る。人が見れば雑多な車両群にしか見えない車列も、彼らからすればきっと一両一両が丹精込めた作品に見えているのだろう。

 

「? それはどういう……」

「攻撃開始は、橋の中央を越えてからでしたね?」

「はい。軽量化の反動で小口径の砲しか積めなかったため、ある程度の距離まで近づかないと魔法使いの対物障壁を抜けませんので。……対物障壁貫通技術は実現したものの、砲弾サイズに縮小することはできませんでしたから」

「それが実現していれば、また違ったのかも知れませんね」

 

 開発班の男が、再び問の言葉を口にする前に、それは起きた。

車列の先頭。砲塔と車体が一体型になった、ゆるい流線を描く傾斜装甲を持った戦車が橋の中央を越えた瞬間から異変が起きた。

その戦車は車載重量が許す限り、側面や後方を極力薄くして正面装甲の厚を増していた。待ち伏せか真正面からの突撃くらいしか向かないような馬鹿なコンセプトだが、その分正面からには強いはずだった。

だからこそ車列の先頭に据えられたし、開発した男も自信があった。天乃五環にあるような対魔法用のシールド展開の機能はもちろん積めなかったが、装甲表面に塗装や刻印処理を施すことで魔法に対してもある程度の抵抗性もある。

 

 

 

そんな装甲が、何の前触れも無く前の方からくしゃりと紙のようにずたずたになった。前に突き出ていた砲は幾重にも折れ曲がり、板のように潰れた。

まるで、見えない何かが真正面からぶつかったように。隣に並んでいた車両も同様に、瞬きよりも速くスクラップへと姿を変えていく。

 異変はそれで終わらない。先頭の二両は壁にぶつけられた泥団子のように砕け、鋼材とケーブル、基盤が混ざったスクラップが後方車両を巻き込み、くず鉄の量を増していく。一瞬のうちにその質量を最初の数倍まで増したスクラップは、それまでの進行方向とは真逆の方向へ吹き飛んでいく。つまりは、セイ達がいる方へ。

 

 全てが一瞬の出来事で、開発班の担当者達は何が起きたか全く訳がわからなかっただろう。

 何せ、今の今まで道の先が、あるいは前の車両の後部が移っていたはずのモニターが全て一斉にブラックアウト、もしくは異常を示す赤に染まったのだから。

 

「と、こうなるわけですよ」

「うわああああああああああっ!?」

 

 隣を見れば、それまで世間話のような気軽さで会話していた男が、ワンテンポ遅れて尻餅をついている。無理は無い。眼前には、視界を完全に遮るスクラップによる鈍色の壁。

 障壁で直接的な被害は防いだが、障壁は飛んできた物を優しく、柔らかく受け止めるような物ではありません。少なくともそういう使い方はしなかった。そのせいで酷く耳障りな、劈くような音がした。音は振動、もはやちょっとしたというには強すぎる衝撃波でしょう。

それに加えて、まるで正面から鉄砲水にでもあったかのように、訳もわからないうちに一瞬で用意した車両がひしゃげ、砕け、鉄くずになったのだ。砲弾のような速度で大質量が飛んできたのだから、腰を抜かした彼を誰も攻めることは出来ないだろう。しかし戦闘車両、三十両分。修理できないでしょうねぇ。全部おじゃんですか。

 

「な、にゃにっ、何が……」

「吹っ飛ばされたに決まってるでしょう。学園側の攻撃です」

「いや、え、しかし反応は何もっ!」

 

 確かに、直前に魔力の反応はありませんだした。彼の端末にも、大気中の魔力濃度の上昇は表示されていても、攻撃の直前にあるような呪紋詠唱によるピンポイントの魔力上昇は確認されていないでしょう。

 

「魔法が攻撃手段の全てじゃないでしょう?」

「え、いや、ですが麻帆良に魔法以外で……あ……」

「それであってると思いますよ」

 

 男の表情が、一瞬止まる。魔法によらない、近代兵器を一撃で破壊しつくすような攻撃。できる人物は一人だけ。

 

「やはりこちらにいましたか高畑教諭。姿を隠して、不意を突いてくるかとも思いましたが……真っ正面からですか。まさかとは思いましたが近右衛門共々、どうやらのっけから全開みたいですね」

 

 元とはいえ、音に聞こえた紅き翼らしいと言えばらしいのかもしれませんが……

 

「全開みたいですねじゃないです! 第一陣全滅ですよ!?」

「ですねぇ」

「ですねぇって!」

 

 ちらり、と。車列の操作を行っていた担当者のいる一角を見る。コンソールを幾つも並べた即席のブースのような場所で、人員の半数ほどがキーボードに突っ伏したり、モニターの前で凍り付いている。

 

 それ以外の人員も、障壁で防いだ際の轟音に身を凍らせ、鈍色に輝くスクラップと化した戦車や装甲車のなれの果てをじっと見ている。彼らも、整備やら何やらで手を貸していた分、思い入れはあるだろう。

 

「…………さて」

 

 スクラップの壁に掌を付けて、障壁を解除する。相当な威力だったのか、障壁を解除したと言うのに押し固められた壁は揺らぐこともなく、崩れない。

 だが、今は好都合だ。空を今も旋回している大艇や高高度にいる薄雲などから情報を得られるこちらと違い、向こう側の目と耳は既にこちらが爆破し寸断してある。よって、この壁は目隠しとなる。

 

「立て直さないと……長、指示をお願いします!……長?」

「もう少し、離れていてくれますか?」

「いや、指示を……」

「いいから」

 

 声に少し険を滲ませると、怯えたように必要以上に距離を取って、彼はケーブルに足をとられてこけました。何もそこまで逃げずともいいと思うんですがね。

 

「……今から、少しばかり、ほんの少しばかり派手にやります」

 

鉄屑の壁の正面に向かい、言う。手を伸ばした直線上には、片側二車線の麻帆良大橋の左射線、そのセンターラインがずっと伸びている。

 

「ここからは、世界樹まで立ち止まりません。天峰さんがこのまま全体の指揮をして合わせてくれるでしょうが、私はフォローに回りませんし、周りも私に追いつけないでしょう」

 

 普段は不可視化されている術式陣を可視化して起動する。関東呪術協会として組織をまとめ、長と呼ばれるようになり、めっきり減った前線に立つ機会。それと反比例してたまるフラストレーション。エヴァとの戦闘はいつ以来のまともな戦いだったろうか。

 もう耐える必要は無い。最後の仕込み、朱い剣も打ち込んだ。役者も既に揃い、始めてしまった以上あとは舞台に上がる意志一つあれば良い。カーテンコールまで走り抜けるだけだ。

 

「ですから――」

 

 光点が線になり、繋がって完成した陣はシンプルに、円。見た目の上は、何の飾りっ気もないただの丸。

 その完成と同時に、背後にも光が生まれる。転移だ。確認する必要は無い。このタイミングで来てくれたなら、誰かなど決まっている。

 

 

 

「久しぶりに……後ろ、お願いできますか? さよさん」

 

「――はい、もちろんです!」

 

 

 

 








 一話分だけ投稿。間に合えばその都度投稿します。あと、試しに行間を詰めてみましたが、今までのとどちらが見やすいのでしょう?

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