麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第百九話 影の一幕

 

 

 

「明日菜! ……間に合うた?」

 

「ぎりぎりでござったが、何とか」

 

「良かった……」

 

 

 明日菜は楓に連れられて、森の中にいた。地面には苔が生し、その下を縦横に這うようにして木々の根が蔓延る、樹海と言っても良いような森の中。

 薄暗く、緑の匂いも濃く強い。しかしどこからか風が抜けているのか、不思議と不快さを覚えるほどでは無い。

 人の手が全く入っていない原生林。植樹したのではこうはいかない。人工的に光が入るようになどされていない、自然の中での生存競争、淘汰の果てに生まれ、そして今も残る森。一本一本の木々が太くたくましく、何より意志すら持っているような……そんな存在感を醸し出している。

 

 そんな場所で、明日菜と木乃香は無事を確かめ合う意味も兼ねて抱き合っていた。無論いたって健全な範囲でのハグである。あしからず。

 

 

「木乃香……」

 

「無事で良かった。間に合わへんかと思てたけど……ありがとう、楓ちゃん」

 

「なに、一度依頼を引き受けた以上は最善を尽くすでござるよ。報酬もいただいたことでござるし」

 

 

 少し離れた所にいた楓が、自身の白い袈裟の端を摘んで持ち上げて見せた。隠密行動に威力を発揮し、他に精神干渉系にも耐性のつく一品で、西の本山の宝物庫にあった品の一つである。

 その価値を楓もうすうすわかっているのか、表情には申し訳なさと戸惑いがある。しかし、それに木乃香は笑って返した。

 元々、楓が明日菜を助けに向かったのは木乃香からの依頼があったからだ。報酬として提示されたのは木乃香が西の本山から、詠春やセイ、他幹部などがお小遣いや祝いなどで振り込んでいた口座の中身の大半で、莫大な金額だった。甲賀の中忍である楓で無かったとして、一流どころを何人か雇ったとしても充分おつりが出るような額だった。

 無論楓も学友である木乃香からそんな額の金銭を依頼とはいえ受け取る訳にはいかず、何より現在の麻帆良の状況では危険すぎると一度はやむなく依頼を断ろうとした。

 そんな時に、木乃香が代案として出してきたのが、この白い袈裟だったのだ。

 

 

「しかし本当に良かったのでござるか? このような高価な物を……」

 

「かまへんよ。危険なとこに行ってもろたし、明日菜には変えられへん」

 

「むぅ……貰いすぎた気もするが、そう言うのであれば」

 

 

 一つ頷くと、納得したのかそれ以上どうこう言うことは無かった。周りには人どころか動物が存在する痕跡もまばらな為、当然この場に居る以外に人の気配は無い。それでも刹那は木乃香の背後に控えて離れないし、楓も油断したりはしていないだろう。

 

 

「木乃香、助けてくれてありがと。でも正直何が何だか……いいんちょ達もどうなったかわかんないし……」

 

 

 明日菜の表情は優れない。一度に余りにも多くの事が起きているのに、情報が少なすぎるせいで状況を把握しきれていないのだ。当然である。

 現在の麻帆良の情勢は混沌としている。攻勢を強めつつある関東呪術協会。防御を固めた関東魔法協会。動きつつある重装騎士隊。待ちの一手の超一派。それら全てを把握している人間など、誰もいないのだ。

 

それこそ、仕掛けたセイであったとしても。

 

 

「教えて、木乃香。今、何が起きてるの? いいんちょ達はどうなったの? ネギは? 学校はどうなるの?」

 

「明日菜。とりあえず、3-Aのみんなは無事。それは大丈夫」

 

「そ、そっか。……そうよね。いいんちょやクーは強いし、本屋ちゃんたちだってパルがついてるんだもんね」

 

 

 安堵の表情を見せた明日菜。何せ、クルトによってさんざん不安をあおられた後である。とりあえずの無事が確認出来ただけでも、心の安定を取り戻すには大きなことだった。

 

 

「せやけど、後の二つは……ちょっとうちにも把握し切れてへん」

 

「え……」

 

「明日菜、クルト・ゲーデル……あのスーツ着た眼鏡の人に、どこまで事情聞いたん?」

 

「えっと、京都であった人達が、本気で学校とかを潰しに来てるって……」

 

「……端折られてるけど、まぁ間違うてへん。けどそれやったらどこから説明したらええやろか……」

 

「お嬢様、最初から全部、ちゃんと説明したらどうでしょう」

 

「……そやね。一個一個説明していった方がええかな。けどせっちゃん、またうちのことお嬢様言うてる」

 

「……あっ」

 

 

 木乃香がこめかみを押さえ、それから懐から何枚かの符を取り出した。地面に投げると、投げられた符はポンと小さな煙を立ててデフォルメされた人の形をとった。

そのうちの一つ。白い服に、後ろに突き出た後頭部。その姿はデフォルメされているものの明日菜にも見覚えがあった。

 

 

「これって学園長?」

 

「ん、そうよ。んでじいちゃんがまとめとるんが関東魔法協会て言うて、此処麻帆良の、学校の裏の顔。日本の魔法使いの本拠地で、先生方の中にも魔法使いが結構いてる。噂の魔法親父とか聞いたことあらへん? もしかすると高畑先生なんかが見られてたんかもしれへんね」

 

「高畑先生も……」

 

「んで次やけど、一つは関西呪術協会。修学旅行でいった京都の、うちの実家が大本になってる。こっちは魔法使いやのうて陰陽師やとか、せっちゃんみたいに刀扱う人も居る。明日菜が修学旅行で会ったんはたぶんこっち」

 

「……関東呪術協会とは違うの?」

 

「近いけど、違う。この間までお父様が長やったけど、今はうちがそう」

 

「え……」

 

「続けるえ。で、最後が関東呪術協会。できたんは、他二つと違ってここ最近……て言うてもうちが生まれてすぐくらいらしいから、十五年から前になるんかな? ここは特に関東魔法協会と仲悪うて、今麻帆良に攻めて来てるんもここ」

 

 

 木乃香の言葉に合わせて、デフォルメされた詠春が倒されてその上に小さな木乃香が座り、一方でデフォルメされた近右衛門は緑の髪をした人形と壮絶に殴り合っている。

 

 

「仲悪いのにも理由はある。長くなるから今は詳しく言わんけど、相当長い間色々あったみたい。今起きてるのも、それが原因。多分やけど……うちは、学校はもたへんと思う」

 

「……うそ」

 

「明日菜……」

 

「そんなのおかしいよ。だって、学校よ? 先生がいて、みんながいて、ネギがいて……京都じゃなくてそんなの、おかしいじゃない」

 

 

 それだけ言うと、明日菜はへたりこんでしまった。木乃香が駆け寄るが、起き上がろうとはしなかった。

 刹那も、遠巻きに見ている楓も、表情は似通っている。なまじ情報を知ってしまっている分、中途半端な慰めはかえって傷つける結果にしかならないとわかっている。だから、動けない。

 

しかし……明日菜はすっと立ち上がった。表情は二人からは見えないが、木乃香を見下げるような構図になっている。

 

 

「木乃香。もう一つだけ教えて」

 

「ん……」

 

「“私”には、何ができるの?」

 

 

 

 


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