麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第百六話 接敵

 

 

 

「おっ、あいつらが来たと言うことは……そろそろ八時くらいッスか」

 

 

 空里が空から振ってきた長く響く低重音に空を見上げると、丁度頭の上を巨体が横切り、影を造って通り過ぎていった。

 

 二式飛行艇。二式大艇の通称で呼ばれる、旧日本海軍の大型飛行艇。空の戦艦とまで呼ばれた攻防速力航続距離とマルチな高性能機だ。

無論本物ではなく、ギリギリまで外観にこだわった中身は別物の模倣品である。そもそも今となっては実機が一機しか残っていないにもかかわらず、三機が編隊を組んで飛んでいるのだから一目でわかる。

 

 しかし、模倣品とは言っても開発班がこだわったと言うだけあってシルエットはほぼ完璧で、塗装が寒色系のスプリッター迷彩に変更されていなければまず誰が見ても二式大艇だと判断するだろう。

 エンジンも、スクラムジェットにしろ魔力式にしろその他にしろ、もっと良いエンジンを用意出来るのに、四枚羽根のプロペラが良いとわざわざ造ったレシプロエンジンであるし。

開発班に言わせれば、波消しの曲線がスバラシイとか、補助フロートの位置が絶妙だとかああだとかこうだとか語り出したら止まらないのだが、そこまで詳しく無い空里にすれば単に「もの凄くかっこいい飛行機」でいいと思えるのだが、どうもそうではないらしい。

 そこまで同じのが良いならだったらスプリッター迷彩を止めろと言いたくなるが、そこは実機と全く同じのは駄目だと力説された。

あれだけの巨体、プラモデルと違いマスキングするだけでも大変だろうに、それでも労力を惜しまないあたり難しい世界だと嘆息する。ため息を吐くだけで、愚痴をこぼしたりは決してしないが。

 

 とにかく、頭の中にたたき込んでおいた予定表によれば、今頃は部下達が図書館島へフリーフォールで降下して、粛々と制圧作戦を開始しているはず。空里自身もそろそろ動き出さなくてはいけない。

 

 

「さってっと~?」

 

 

 それまで身を潜めていたビルの屋上、柵の内側から、にゅっと顔だけ出して狙撃に用いたスコープを使い学園の中央の方向を見る。

 

 黒の長髪をなびかせて、狙撃用のライフルの銃口をこちらに向けた褐色スナイパーな少女とばっちり目があう。

 

 

「おっ、美人さんだ」

 

 

 一旦首を引っ込めて、少し離れた場所から今度は先ほどとは真逆の方向を見る。頭を引っ込めたときに頭上を何かが高速で飛翔していった気がしないでもないが気にしてはいけない。

 

 屋根の上をこちらめがけて駆けてくる爺と一瞬視線が絡みあう。

 

 少女の時とは違い、今度は慌てて右へと飛ぶことで緊急回避。直後、コンクリートで出来ていた丈夫なはずのビルの柵が内側に向かって吹き飛んだ。

 置いていた紙パックのレモンティーが、ずたずたになって中身をまき散らした。

まだ半分ほど残っていたが、たかが紙パックのレモンティーに命をかけるわけにはいかないので未練は無い。本命の季節限定菓子パンは腕に引っ掛けたビニール袋の中にある。

 

 

「あー、もったいない」

 

 

 嘯いた空里に、期待していなかった返事がかえってくる。

 

 

「ほっほ。ならば後で差し入れてやってもかまわんぞい。紙パックなどでは無く、茶葉から出したのをの」

 

「無論、牢獄の中で手足を厳重に拘束した上でのう。何、多少自白剤が風味を壊すかもしれんし、結局ストローを使うことになるかもしれんがな」

 

 

 音源は、2箇所。

 

 

「……中々怖いことをよくもまあさらっと……というか忍者でも無いくせに分身すんな爺」

 

 

 空里の目の前には、近右衛門が“二人”いた。

 

 

「ファファファ、銃弾が飛んできた方を見て見れば、何と関東の幹部がおるではないか」

 

「となれば……潰すしかあるまいて。頭と胴さえ残って居れば情報も引き出せるしの」

 

「だから怖いってーの」

 

 

 言うが速いか、空里は逃げる。悪名高き近衛近右衛門などそうそうマトモに相手にはしていられない。

 瞬動をかけたバックステップで一気に後退。柵を越えたところで柵の縁を蹴って半回転し勢いの方向を換え、加速してさらに逃げる。

 

 極東最強という二つ名、それは魔法使い側から、外側から客観的に見て付けられた二つ名に過ぎない。若かりしころは魔法世界の戦場で戦ったこともあっただろう。しかし近右衛門はその大半を麻帆良、つまり日本で過ごしている。であれば、何を相手にして戦い、最強の二つ名を手に入れたか?

 それは、明治以降、関東が魔法使いに落とされてなお残っていた土着諸勢力……つまりは関東呪術協会を構成する各組織や、今となっては滅んだ組織に他ならない。

 空里の神里は軍の一部と繋がりがあったため残りはしたが、祖父、甲里の体験談は近右衛門を警戒するには充分過ぎる物だった。オマケに結構本気なのか、いきなり空里もどん引きな密度の分身を使っている。よって、空里といえどとりあえずは“逃げ”を選択する。今を生きる忍といえど、一人でラスボスは勘弁願いたいのだ。

 

 

(……しっかしこれで逃がしてくれるほど易しくは無いンスすよね?)

 

 

 ちろり、と背後を振り返る。背後からは、当然のように二人の近右衛門が一糸乱れぬ動きで追いかけてきている。その表情はにこりともしていない。

 手に赤く鈍い光を纏わせている辺り、いつでも大魔法でこちらを攻撃できるということなのだろう。逃がしてはくれないらしい。

 

 試しに、この日の為に配られた符を何枚か走りながら撒いてみる。符の種類は爆裂符。改良型で、セイの造った術式を薬草やら何やらを混ぜた特殊なインクで印刷した量産品。発動するときに相応の量の気を込めなくてはいけないタイプだが、それなりに威力もあるし、符の発動程度なら空里でも問題ないし、今いる区画は避難が済んで人もいないので遠慮もいらない。

 撒かれた符は高速で移動し続ける空里自身が起こした風で地に落ちたり、巻き上げられたりと上手く近右衛門の行く手を遮るように広がった。

 次の瞬間には期待通りに爆発し、火球が黒煙を伴って焔の壁を造り……とここまでは上手くいった。しかし、案の定というか、空里の淡い期待は裏切られる。

 

 近右衛門は手をかざすことも無く、そのまま火球の壁を突き抜けてきたのだ。

 

 

「ノーダメどころか素通りとかっ……!?」

 

 

 不意に、空里の背筋に冷たいのが奔る。忍びの経験上、ちょうど不意打ちで狙撃される寸前に感じるのと同質の恐怖に、空里は虚空瞬動ではなく短距離転移符を惜しむことなくしようする。

 爆裂符と同じく量産品で転移距離は短い。わずか三メートルほど上空に移っただけだが、その行動が間違いではなかったことを確信した。

 

 真下を、ジャベリンのようなサイズの魔法の射手が二本通過していったからだ。

 

 

「ほっ、おしいの」

 

「……しゃれになんねえ」

 

 

 空里は再び虚空瞬動で加速し逃げる。既に近右衛門の手には先ほどと同じ赤い光が復活しており、いつでも撃てるということなのだろう。

 近接戦闘に持ち込んでも、至近距離で今と同じ物を撃たれる可能性もある。特大の魔法の射手が直撃した建物は外壁が崩れて内部がむき出しになっていて、瓦礫の破片の中には溶けて形が崩れた物もある。まともにくらえば空里でも辛い。無手でも強いというふうに祖父(甲里)からも聞いているし、厄介な限りだ。

 

 

「ファファファ。ほれ、まだまだいくぞい」

 

(ぬああああああ! ほんっとに洒落にならん! だから一機はガンシップにしようっつったのに天峰の馬鹿は! いつまで保たせられる!? 長、早くお願いしますよ!?)

 

 

 空里の側を、続けざまに炎の槍が通り過ぎていく。

 

 

 鬼ごっこは、始まったばかりである。

 

 

 

 




 セーフ! そしてここ三話くらいの修正タイムです。どこだったっけ……?

 なるべく3-Aを出したい……

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