麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第百五話 先駆

 

「これは……難しくなってきたネ」

 

 

 麻帆良、某所。多数のモニターに囲まれた室内で、そう呟いたのは超鈴音。

 見つめる先のモニターでは、丁度近右衛門が画面の外に消えた所だ。

 他のモニターにも麻帆良各所の映像がリアルタイムで送られてきているため、それらをつなぎ合わせれば近右衛門の動きも追えるはずだが、今はそちらにそれほどの感心は無い。

 いよいよ始まった関東の侵攻。その全体像をなるべく速く把握する必要があるからだ。

 

 

「ハカセ。偵察機はこれ以上増やせないか?」

 

「今がめいっぱいです。メンテ中のも切り上げて出し尽くしました」

 

「フムム……しかし、その割には関東勢の姿が見えないのはまずい。どこに隠れているのやら」

 

 

 超が諜報や監視に使っているのは無線で動かせる遠隔操作タイプの偵察機であり、電源はそれぞれに独立している。そのため学園側のように電源が落とされたからといって一度に動かせなくなった訳では無いが、監視カメラをハッキングして使っていたエリアもあるためその監視網は完璧とは言えなくなっていた。

 それを埋める努力はしているが、幾ら機械の数を増やそうともそれを扱うのは人で、なおかつ天才であったとしても限度がある。コンソールから続けざまに偵察機に指示を出し続けているハカセの手元には麻帆良工科大謹製の怪しいラベルのドリンク剤が何本も並んでいるし、それは超だって似たようなもの。それなりに無理を重ねて今日明日に望んでいるのだ。

 一日二日持てばいいのだ。多少の無茶も無理を押せば何とかなる。

 

 

「今の所、破壊されたのは全て電気系統カ。変電設備、送電網、一部非常電源……徹底的ダネ」

 

「はい。けどそれでスピーカーの回線は生かしてあります」

 

「あれは有線で電源と回線が共有だったはず何だけどネ。わかるかハカセ?」

 

「……多分、これだと思います」

 

 

 そう言ってハカセがモニターの一つに映したのは、路肩に駐車した三台のワゴンタイプの大型車の列。偵察機のカメラの位置が高いらしく、俯瞰するような角度だが、開け放たれた車の左右と後部ドアからケーブルが伸びているのがわかる。位置情報によると、どうやら麻帆良外縁部のようだ。

 車の側にはポールの上に据え付けられた外部スピーカーがあり、その根本にもケーブルが何本か伸びている。

 

 

「後部座席を取り払って、そこに機材を積んでいるようです」

 

「……電源を、直接持ち込んだ訳か? よくやるヨ、まったく」

 

「発見したときには既に周りに人はいませんでしたが、多分これがそうだと思います。他にそれらしいのは見あたりませんし、発電機とPCを用意して、同じメッセージを繰り返し流すように設定しておけば其れで済みます。

時間設定もできますし、発電機も燃料の量を調節すれば奪取される心配もありません。そもそも隠蔽処理が施されている可能性もあります。じゃないと警察に発見されなかったのがあまりにも不自然で説明できません」

 

「学祭期間中と言うことで見逃す可能性もアル……むしろそちらが有力かな? 手口から考えて多分使い捨てだろうネ。もしかすると爆薬がしかけて在るかも……人員が避難に紛れて姿を眩ませたのか?」

 

「ははは……」

 

「笑いごっちゃ無いヨ、ハカセ」

 

 

 一瞬会話が途切れ、静かな機械音だけが室内に響く。

 

 

「……それで、どうします?」

 

「変更は無い。待ちの一手ネ。龍宮サンにもそう連絡しておいてクレ」

 

「はーい」

 

 

 そう言って、ハカセがまた一本栄養ドリンクの蓋を開ける。パキリとこぎみのいい音をしてキャップは外れ、ハカセはそれを加えて手は動かし続ける。

 

 その様子に一抹の申し訳なさを抱きつつも、超は明日のことについて思案にふける。今必要なのは詫びることではなく先を見据えること。

手札は既に配り終えられ、出そろった。あとは手持ちの札をいついつ、どのように切るかに全てがかかっている。

 

 プレイヤーは自分と学園長、クロト・セイにクルト・ゲーデル。本来いたはずのプレイヤーが札となり、ありえざる乱入者が強敵として立ち塞がる。

 

 戦力を比べれば、どこも一長一短で実際にかち合ってみないとどうなるかわからない点が多い。

 

 現状麻帆良でもっとも数が多く、ムラがあるとはいえ強力なカードが揃った学園側。縦横に駆ける近衛近右衛門と、要所に据えられたタカミチ・T・高畑。既にツートップが動き出していることから、関東と最初に当たるのはここだろう。

 一方の関東は手持ちの札が多すぎて予想が難しい。そもそもが超の時代には存在自体が無い物として扱われていたはずの人物がほいほい動き回っているのだから、予想しろというのが土台無理な話。オマケに時々まるで勝手の違う手法をとるため、複数のゲームの札を一度に持っているような異常さが際立つ。

現状で確認できたのは無人のワゴン車とすぐに消えたセイとエヴァを模倣した機械人形のみで、やや札を持て余している感もある。

 次にクルト・ゲーデルの配下の重装騎士隊。数・質共に相当な物だが、なぜかその大半に動きは無い。唯一一個中隊のみが学園側と歩調を合わしているものの、残りはじっと沈黙を守っていて、クルト・ゲーデルの姿も確認できない。

 

 麻帆良祭は二日目。超はまだ動けない。仕込みはあるが、大半は大気中の魔力濃度が上がる三日目からしか使えないため、今日はまだ使えないのだ。

 

 何か不測の事態が起きれば、極々限られた手札でその難局を乗り切らねばならない。

 

 

「……ネギ坊主は、今は避難の手伝いに向かっているのか?」

 

 

 超の頭に浮かんだ、切り札の一枚。自身の先祖であり、やがては英雄となるはずの、今は英雄の卵。

 

 予想しきれない莫大な可能性を秘めた、エヴァンジェリンに並ぶ“ワイルドカード”だ。

 

 

「そうみたいですよー。クラスの何人かは教室に寝泊まりしてましたしー、魔法先生云々の前に、もともと正義感の塊みたいな人ですからねー。桜子ちゃんとかがいなくても一般生徒の為に動いてたんじゃないですかー?」

 

「正義感、カ。できればそんな物で余り動き回って欲しく無いんだけどネ」

 

「あはは。でもまぁネギ先生ですから」

 

「ン、ム……」

 

 

 口でもごもごと栄養剤の小さな瓶を上下させる葉加瀬に、同意しても良い物かと苦笑で返す。

 そんな時、狙撃地点を確保しているはずの龍宮マナから連絡が入る。念話では無く、電話によるものだ。

 

 

『超か!?』

 

「龍宮さんか? どうしたネ」

 

『西の空から何か来ている! そちらからわかるか!?』

 

 

 その言葉に、二人が動き出す。

 

 

「ハカセ、映るか?」

 

「無理です。監視カメラは電源設備の破壊で大半が使用不能、偵察機では倍率が足りません」

 

「ということだ。そちらで確認次第報告よろしく。頼んだヨ龍宮サン」

 

『了解』

 

「フム……タイミングが早すぎるナ。一般人の避難は関係ないのカ?」

 

 

超が葉加瀬が座るシートの背もたれに手をかけぐっと身を乗り出して声を上げた。モニター上に蠢く多数の緑の光点。一般人を示すそれらの多くが未だ移動途中であり、麻帆良大橋や大通りを経由して動き続けている。

 関東勢による電源設備破壊の目的が一般人を除いた後での大規模戦闘と想定される以上、このタイミングで動くのはおかしい。

 

 

「真西……湖を越えて、人がいなくなったエリアから順次直接人を送り込むつもりでしょうか?」

 

「……図書館島という可能性もアルガ……そもそも双胴の飛行船かどうかもわからない。あれが相手だと、三日目以降でも手こずル」

 

 

 混乱する二人に、更にマナから続報が入る。

 

 

『こちらマナ。……もういい、対象をスコープ越しだが視認した』

 

「何だったネ?」

 

『……あー。その、な』

 

「……何、だったネ?」

 

 

 電話の向こう、どう言った物かと悩んでいる風なマナの様子に、超の方も不安になる。まさか一般人が幾らか残っている現状で空を横切る大艦巨砲の空中戦艦でも持ち出してきたわけではあるまいが、相手は関東呪術協会。超の知る歴史には無い、存在自体がイレギュラーな組織。双胴飛行船もあったことだし、無いと言い切れないのが怖い。

 

 ――そしてその超の予想は、“半ば”的中する。

 

 

 

『とりあえず、今確認出来るのは三機だ』

 

「龍宮サン、答えになってないヨ。私は“何であるか”を訊いているんだ」

 

『多分、私の見間違いで無ければ“二式大艇”だ』

 

 

 ……ニシキタイテイ?

 

 

「……はイ?」

 

『だから二式大艇だ。……ああ、わからないか? 旧日本海軍の二式飛行艇だ。コピーしたのかわざわざ似せて造ったのか……まぁどちらにしろ元と比べれば随分魔改造されているんだろうがな』

 

「…………はイ?」

 

『……おい大丈夫か?』

 

 

 

  ◆

 

 

 

「各員、準備は良いですね?」

 

『はい!』

 

 

 二式大艇の後部に設けられた格納庫。そこに、整列した男達の姿があった。

 

 三機に分乗した百名ほどの人員。神里総合警備の中でも最初から裏に携わってきた人間、つまり神里忍軍生え抜きのほぼ全メンバーである。彼らは普段のような緑のジャージでは無く、身体の線に沿った紫紺の忍び装束……戦闘服を身に纏い、その上から武器弾薬などの装備を身に付けている。あるいは楓のようにどこかにしまい込めば良いのではと思うかも知れないが、忍だからといって皆が皆何でもできるというわけではないのだ。

 無論、空里を始め影に得物をしまい込める技量を持つ物もいるが、それも多くは無い。今から始まる降下ににあたり最終確認を行った荻原は当然後者である。

 なお、空里他数名は既に麻帆良内部で放送の細工やセイの援護の為に既に麻帆良入りしているためこの場にいない。

 

 

「一般人の排除が完了していない現状では、地上部隊、及び上空の薄雲級からも砲撃支援はありません」

 

 

 事務的な口調でそれを告げる荻原。しかし、それを直接耳にした者も、無線越しに聞いた者も、動揺は無い。

 

 

「もう一度だけ確認します。五、六、七班は敵の攪乱、後は私に続いて図書館島上層の制圧。及び下層にいると想定される“司書”の足止めです。……我々が先駆けです。失敗は許されません。身命を賭して事に当たりなさい。良いですね?」

 

『はい!!』

 

「よろしい。それでは事を開始します。降下、開始」

 

 

 増設された後部ハッチ。

 

開け放たれた向こうには、湖に浮かぶ図書館島が見えている。

 

 神里忍軍、精鋭部隊計百三名。

 

 風に抱かれ、落ちていった。

 

 

 

 




 次回は火曜日までを目途に。完成すれば早く上げます。

 なお、二式大艇はもろ趣味です。次回細かめの描写は入れますが、イメージしやすいよう先に言っておくとカラーリングは白+グレー(微量)と暗めのグレーと白(多め)+水色(微量)+グレー(微量)の寒色系スプリッター迷彩です。
 わからない? 趣味なんで勘弁してください。

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