麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第九十三話 窓の向こうに

 開け放たれた窓の向こうで、打ち上げられた花火が破裂音と共に白い煙を拡げる。天気は快晴。背景の青は白を際立たせ、遠くからでもよく見える。

しかし空に対してほんの僅かばかりの煙はすぐに薄くなり、空の青をぼかしていく。

 

仮に学祭に限らなかったとして、それでもなお有数の祭りの一つに数えられる麻帆良学園祭。三日間通して行われる、最大級の催し物。花火はその始まりの合図だ。

 

 

「始まったようじゃの」

 

 

部屋の中から窓の外の様子を眺めながら、老爺がため息をつく。

 

麻帆良学園学園長、近衛近右衛門その人である。

 

 

「今のところ、異常はないかね?」

 

 

窓のさんに手を伸ばし近右衛門は開け放たれていた窓を閉めた。

 

振り返れば、そこには数人の男女が居る。タカミチ・T・高畑を筆頭に明石、伊集院、瀬流彦といった学園の警備、それも裏の方面に直接関係する面々が揃っていた。その中でも応接用のローテーブルにノートPCを二台並べて今も忙しく手を動かしていた明石が応えた。

 

 

「問題在りません。現状では全ての監視カメラが正常に稼働していますし、セキュリティ部門のメインPCにバージョンアップした各電子精霊群とのリンクにも異常はありません」

 

「そうじゃろうな。まだ仕掛けてくるには早すぎる」

 

「と、言いますと?」

 

「今はまだ麻帆良祭も始まってすぐじゃ。人を潜入させてくるにしても、もっと人が増えてから雑踏に紛れるようにするじゃろうて。まったくもって困ったものじゃ」

 

「それは……しかし、バージョンアップに合わせて、カメラの数も増やしていますし、侵入経路は限られています。集中的にそこを張って、一度見つけた後は人員を直接付ければ見失うことはまずないかと」

 

 

 タカミチなど直接現場に出向くタイプと違い、明石は警備システムの構築やその指揮、防衛網の取る後方型。電子精霊に指示をやったり学園長の指示を全体に中継するなど、直接戦闘に出向かず後方支援に特化した分、そういった事にはタカミチ以上に造詣がある。

そういったところの経験から自然と導き出された予想だったが、近右衛門はそれを認めつつも否定的な見解を示す。

 

 

「確かに相手が手練れでもなければ見失いはしないじゃろうがのう、そもそも見つけられるかどうかが問題じゃよ。奴めがこの麻帆良に現れはや二十年。あるいは最初からこの日のために暗躍してきた伏しさえ在る。そんな輩がそう簡単に見つかるような手段で入ってくるとは思えんのじゃよ。

仮に見つけられたとして、あるいはそれも陽動やもしれん。敢えて姿をさらして儂らの目を引き、欺くことで本命を喉元まで近づける。それくらいのことは容易くやってのける相手じゃ」

 

「そこまで、ですか?」

 

「例えば、そうじゃの。関東の……神里と言ったかの、あの家は。表では総合警備などと言ってはおるが、その実は忍の集団よ。忍術というのは魔法とはまた違うからのう、機械では追いつかんこともある」

 

 

 近右衛門が髭をしごきつつそう言うと、明石は少し考え込んだ。

 

 忍の組織としてまず名前が出る有名どころは伊賀、甲賀、服部、風魔などだろう。しかし彼らが隆盛した戦国時代に彼らしか居なかったかと言えば、そんなはずはない。

 戦国大名と呼ばれる者達はそれぞれに忍者を抱えていたわけなのだから、忍の組織は他にも多く存在して当然なのだ。

 もちろん滅びた里も多いだろうが、それは自然と淘汰された結果。つまり、有名どころで無かったとしても、現在に残っている以上は余程運が良かったというのでもなければ相応の実力を持った組織と言うことになる。

 

 

「……少し、配置を見直してみましょうか。実戦経験者の中でも戦歴の長い人員を何人か駅の付近に増やしてシュミレーションしてみます」

 

「その辺りがまぁ妥当かのう。諸君らもそれぞれの分野で協力してやってくれ」

 

 

その言葉に対し、失礼しますと一言残し、明石はPCの一方を畳んで鞄に直し、もう一方を開いたまま抱えて部屋から出ていった。それに続き部屋の中の魔法先生が退出していき、残ったのは近右衛門とタカミチ、それから近右衛門の秘書として働く源しずなの三人。

 

 

「ふむ……時に高畑君、例の件であれから何か連絡はあったかの?」

 

「……いいえ、僕の方には何も。学園長には……」

 

「儂も同じじゃよ。まったく、本国に引きこもっておれば良い物を。狙いはクロト・セイじゃろうが、だからといってそのためにこの麻帆良を鉄火場にするわけにはいかんと言うに。ここは狩り場ではないのじゃぞ」

 

 

 学園長が毒づいた相手。それは、オスティア信託統治領の総督、クルト・ゲーデルその人である。

 このクルト、何をどうやったのか元老院から正式に許可を取り付けてメガロメセンブリア本国の人員とはまた別に魔法世界から子飼いの兵を麻帆良に送って来ようと言うのである。

 その数、重装騎士隊三個中隊とその他の人員を含め、おおよそ八百人ほど。実質一個大隊の規模であり、クルト・ゲーデル本人も来日する予定。しかもその予定日が今日とくれば、近右衛門といえども毒づきたくもなる。

 

 

「クルトも現場で戦える人間ですし、詠春さんの弟子でもあります」

 

「どれほどの物かのう。弐の太刀までも扱えると聞いたが……まぁ、この件はこれ以上ここで話しても埒があくまい。それよりもじゃ」

 

「ネギ君の件ですね」

 

「うむ。エヴァに魔法の教えを受けているというのはプラス材料じゃが、超君に拳法を習うというのは予想外じゃったわい」

 

 

 現在、学園側ではネギの動向を注意深く監視していた。監視できる時間が減り、少ない間により多くの情報を得る必要が出てきたからだ。

 悪の魔法使いにして真祖の吸血鬼、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。ネギが彼女に魔法の修行を受けるというのは、時期が大きくずれたとはいえ概ね想定の範囲内である。

 しかし、もう一人。悪い意味の方、つまり学園に何らかの害を与えるかも知れない要注意人物の一人超鈴音に拳法の教えを受けるというのは、まったく想定していなかった。それどころか、超が拳法を扱えるというのも学園では把握できていなかった情報だった。

 

 

「……学園長、超君が何か事を起こすと思いますか」

 

「起こすじゃろう。間違いなく」

 

 

 タカミチの問。近右衛門はそう断定した。

 

 

「何かしようと言うのなら、世界樹の大発光が起きるこのタイミングしかあるまいよ。どうにも工科大の方でも何やら動いているようじゃし……クロト・セイの方もこれに合わせてのことじゃろう。そうでなければ、十五年前のタイミングで麻帆良に攻めて来ていても良かったはずじゃ」

 

「難しい問題ですね」

 

「学園長は、どうなさるおつもりなのですか?」

 

 

 近右衛門が指揮する学園の魔法先生を含めた関東魔法協会。クルトの重装騎士隊。クロト・セイの関東呪術協会。英雄の息子であるネギは超の側にいて、そこからエヴァが超に付く可能性もある。この四つを並べて戦力を比較して、学園が一番不利となると近右衛門は判断している。

 関東は個の実力・組織力に秀でている上に、おそらく関西もバックアップについてくる。重装騎士隊は元紅き翼のクルト子飼いなだけあって練度が高い。関東魔法協会は極東最強と言われた近右衛門自身と元紅き翼で今なお世界の戦場を渡り歩くタカミチがいるが、他の人員の士気と練度にやや問題が残る。超に関しては、情報が少なすぎて判断のしようがないが、万が一ネギとエヴァが此処についたとれば台風の目になりえる。

 

 よって。

 

 

「……侵入を許すのはやむを得まい。敵がどれほどのものになるかわからぬが、倒すことが難しい場合は目的を邪魔する方向で動くべきじゃと思っておる」

 

「それしかない、ですかね」

 

「儂と高畑君で個別撃破ができれば良いのじゃが、手間を取られている間に本丸を取られかねんからのう」

 

 

 難敵のいる敵対勢力に、どう化けるかわからない不確定要素。

 

 多くの問題を抱えた関東魔法協会。そして、そこに更に追い打ちをかける問題が一つ。

 

 

「しずな君。彼女は……まだ見つからんのか?」

 

「残念ながら……」

 

 

 

 関西出身の麻帆良学園教師、葛葉刀子。

 

 彼女は、その姿を麻帆良から消していた。

 

 

 

 




 オマケのオリキャラ紹介シリーズ②

 志津真。シヅマ。

 出番が旧版からがっつり削られたキャラ。
 それに伴い設定もがっつり削られたキャラ。
 実はもう天狗とかでもいいかな?とかも思い始めてたり……

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